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2024年07月15日 17:47
「DeNA−広島」(15日、横浜スタジアム) お笑いタレントのみやぞんがスピードガンコンテストと始球式に登場し、スピードガンコンテストでは力強い投球で104キロをマークした。始球式ではインコースへワンバウンド投球となった。 みやぞんは元高校球児で、荒川商ではエースで4番として活躍。いつものリーゼント姿、背番号「38」のユニホーム姿で登場すると、躍動感溢れるフォームから速球を投げ込み、球場は大きく沸いた。 J:COMの公式Xでは意気込みの動画が投稿され、「何キロ出るかわかりませんが、100キロ目指して頑張ろうと思います」と語っていたが、有言実行となった。
2025年02月10日 20:29
去就が決まらぬブレグマン、空いている三塁の定位置
3月18、19日に東京ドームの開幕カードでドジャースと激突するカブスが、新たな補強へ不気味な気配を漂わせている。アストロズからFAとなり、未だ去就が決まらない大物内野手について、MLB公式サイトの番記者が「獲得するための余地がある」と可能性をにおわせた。
カブスは9日(日本時間10日)にスプリングトレーニングを開始。今オフはアストロズとの大型トレードでカイル・タッカー外野手を獲得し、代わりに昨季途中から三塁を守っていたアイザック・パラデス内野手を放出。三塁手のレギュラーは不在で、現状はメジャーでプレー経験のない23歳の有望株、マット・ショウが有力候補だ。
MLB公式サイトのジョーダン・バスティアン記者は同日、「カブスはフリーエージェントに対してオープンだ」と題した記事を公開。記事中では、カブスのジェッド・ホイヤー編成本部長のコメントとして、アストロズからFAとなっているアレックス・ブレグマン内野手を獲得する可能性に触れている。
昨季のカブスは、ぜいたく税の基準額を少し超えていたが、今季について記事では「3000万ドル(約45億5000万円)強の柔軟性を持っていると見積もられている」と、まだ余裕があることを指摘。その3000万ドル強の資金で「カブスはブレグマン獲得を目指すのか、または他の先発投手を獲得するための余地がある」と、開幕を前にした積極補強に含みを持たせた。
記事中で、ホイヤー編成部長は「常に(補強の)チャンスは探し続けている」「どんなことも排除しない」とコメント。この状況は昨季、コディ・ベリンジャー外野手がFA市場で長期間残り、最終的に2月末にカブスと契約を結んだことと共通点が見える。
MLB通算191本塁打のブレグマンは、アストロズの組織的なサイン盗みが問題になった2017年、ドジャース相手のワールドシリーズでも2本塁打と活躍。三塁手として2019年にシルバースラッガー賞、2024年にゴールドグラブ賞を獲得している大物だ。もしもカブス入りとなれば、大谷翔平投手や山本由伸投手らを擁するドジャースとの日本開幕戦が、さらに盛り上がる要素が増えそうだ。(Full-Count編集部)
2025年02月10日 20:27
「広島紅白戦、白組2−5紅組」(10日、天福球場)
広島が今キャンプ2度目の紅白戦を実施した。2軍キャンプスタートとなっていた遠藤淳志投手(25)が1回1安打無失点、2奪三振の好投。13日から1軍キャンプが行われる沖縄行きの切符を手にした。
白組の3番手として登板。先頭の田村から空振り三振を奪い、高木に右前打を許すも、仲田を空振り三振。最後は中村健を中飛に打ち取り、マウンドを降りた。最速144キロを計測した直球には威力があった。
新井貴浩監督(48)は試合後の取材で「遠藤を沖縄に連れて行きます」と明言。「指にかかったいいボールが多かった。先発、ブルペンじゃなしに、生き残れるように頑張ってもらいたい」と期待を寄せた。
2025年02月10日 20:00
外野の名手に突きつけられた三塁へのコンバート指令。巨人のV9戦士だった高田繁さん(79)は長嶋茂雄監督からの難ミッションを見事に遂行した。守備力を認められて転向1年目にダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ)を受賞、打撃でも自己最高の成績をマークし、長嶋巨人の初優勝に貢献した。選手として鮮やかに復活を遂げた高田さんがコンバートによって得たこと、そして長嶋監督へ抱く思いとは。
◇ ◇
転向1年目となった1976年シーズン。長嶋さんの定位置だった三塁で高田さんは輝きを放った。
「長嶋さんみたいに格好良くやろうとか、見せる余裕はなかった。ただ、捕ったら、ボールさえ握ったら、一塁へ絶対いいボールを投げる自信はあったね。自分でもそんなに違和感はなかった」
外野とは打者との距離感が全く違うポジションで、ひるむことなく打球に食らいついた。
地獄の日々を過ごしたからこそ新天地で躍動することができた。後楽園に導入されるのと同じ人工芝を敷いた多摩川グラウンドで長嶋監督から浴びせられた容赦のないノックを高田さんは回想する。
「長嶋さんは現役を辞めたばかりで元気だから、手加減なし。人工芝だから今まで以上に打球は速いしね。まあ、それがよかった。結果オーライ。打球への恐怖感とかは全然なくなった」
懇切丁寧な指導があったわけではない。
「僕が長嶋さんの立場で、選手のコンバートをして、全然経験のない外野手に内野をさせるなら教える。『いいか高田、構えはこうして、グラブの使い方はこうして、こう捕って、フットワークはこうして』って。長嶋さんは一切ないから。もうバンバン打ってきてね」
今だからこそ、笑って話すことができる。
コンバートによって高田さんは選手としてよみがえった。本職の三塁手を差し置いて、史上初、現在でも3人しかいない内外野でのダイヤモンドグラブ賞を受賞。打撃面でも、キャリアハイの打率・305をマーク。前年最下位だったチームの優勝に攻守において貢献した。
受賞については「おまけだよ。素人の選手が外野から内野に来てよくやってるよねって感じで」と謙遜したが、新たなポジションへの挑戦が相乗効果を生んでいた。
「いい意味で集中力がすごかった。ずっと試合に入り込んでいた」
経験はのちに別の形でも生きた。
「自分がGM、監督をやってる時に、何人かの選手をコンバートしたけど、言えるのは、逃げ道があったら絶対に成功しないってこと。後がないところまでやらないと。俺はそこだったから。やるなら死に物狂いでやらなきゃだめ。選手のためだけ、チームのためだけだったらあかん。両方そろわないと絶対、成功しない」
高田さんだからこそ語れる、重みのある言葉だった。
長嶋監督がセオリーや常識にとらわれない勝負師であることを、身をもって確信するにも至った。
「俺のコンバートについて、長嶋さんは周囲からいろんなことを言われていた。『何、考えてんだ、経験のない高田をなんで三塁に持っていくんだ』なんてね」
失敗すれば、批判がさらに高まるのは火を見るよりも明らかだった。
「普通だったらできない。いろんなことを考えるよ。でも、あの人は怖がらないんだ。覚悟してやってる。誰彼構わずやらしてるわけじゃない。感性というのかな。周りにとらわれることなく、初めてやる人、だからすごい」
高田さんの分析は興味深い。
「後付けかも分からんけど、長嶋さんは『高田は(外野で)内野手と同じように、1球ずつ構えて同じようにスタートしてたから、やれると思った』って言っていた」
長嶋監督でなければ、外野の名手である高田さんを内野にコンバートする発想も選択もなかった。高田さんでなければ、前代未聞のコンバートを成功させることもできなかった。
「一大転機だった。張本さんが来て、三塁にコンバートされて、プロとしてやれるかどうかというのを乗り切って、5年間やれた。長嶋さんのおかげで完全燃焼したからね。もう辞めます、燃え尽きましたっていうぐらいまでやれた」
激動のコンバート。そこから始まった新たなプロ野球人生。高田さんはすがすがしい表情を見せた。
(デイリースポーツ・若林みどり)
高田 繁(たかだ・しげる)1945年7月24日生まれ、79歳。大阪府出身。右投げ右打ち。外野手、三塁手。浪商高から明大に進み、67年に巨人からドラフト1位で指名され入団。1年目からレギュラーとして活躍し、68年は新人王と日本シリーズMVPに選ばれた。堅守、巧打、俊足でV9に貢献、71年には盗塁王を獲得した。76年には三塁手にコンバートされた。80年に現役を引退し、85年から日本ハムの監督を務めた。退任後は巨人のヘッドコーチなどを歴任、05年に日本ハムのGMに就任。08年からヤクルト監督、11年からはDeNAの初代GMを務めた。
2025年02月10日 19:37
■珍しい午前11時開始の試合に向けた調整で驚きの行動
超人的な活躍を続けるドジャースの大谷翔平投手について、また新たな仰天エピソードが明らかにされた。
2025年02月10日 19:15
プロ野球・ヤクルトに育成3位で入団した元オイシックスの下川隼佑投手が、1軍のキャンプでスタートを切り、猛アピールしています。
プロ野球2軍オイシックスで去年、最多奪三振のタイトルを獲得し育成3位でヤクルトに入団した下川隼佑。育成指名の新人では12球団で唯一、1軍キャンプに抜擢されました。
特徴は、プロでも珍しいアンダースロー。高津監督や古田敦也臨時コーチが見守る中、ブルペンで64球を投げ込みました。
■下川隼佑投手
「自分がいるのがありえない感じがする。まだまだ足りないものがいっぱいあるので、このキャンプで少しでも成長できるように頑張りたい。」
支配下入り、そして1軍のマウンドへ猛アピールを続けます。
2025年02月10日 19:02
甲斐の移籍によって生じたチャンスを生かすのはどの選手か
長年にわたってソフトバンクの正捕手として活躍した甲斐拓也捕手が、2024年オフにFA権を行使して巨人に移籍した。チームとしては代わりの新たな主力捕手の擁立が急務となった一方で、他の捕手陣にとっては昨季までに比べてチャンスが大きく拡大することになる。今回は、2025年における福岡ソフトバンクの春季キャンプが開始した時点で、1軍に相当するA組に帯同した捕手たちについて紹介。飛躍を期す4選手に注目したい。
海野隆司捕手は東海大から、2019年のドラフト2位でプロ入り。1年目の2020年は2軍で43試合に起用されて打率.240を記録し、1軍でも5試合に出場。続く2021年は1軍で11試合に出場し、わずか4打数と限られた出場機会ながらプロ初安打を記録した。
プロ3年目の2022年は2軍での14試合で1本塁打、打率.306と好成績を残した。1軍でも47試合と出場機会を伸ばし、プロ初本塁打もマーク。翌2023年は8試合の出場にとどまったものの、2024年には自己最多の51試合に出場。同級生の大関友久投手が先発する試合ではスタメンマスクを務めて好投を引き出し、控え捕手としてリーグ優勝に貢献した。
谷川原健太捕手は豊橋中央高から、2015年のドラフト3位でソフトバンクに入団。プロ入りから5年間は1軍出場を果たせなかったが、プロ6年目の2021年に1軍デビューを果たして59試合に出場。打率.146と打撃面では苦しんだが、捕手で2試合、外野手として48試合と複数のポジションを務め、抜群の強肩を活かして守備固めとして奮闘を見せた。
翌2022年は自己最多の71試合に出場。捕手として8試合、外野手として57試合と引き続きユーティリティ性を発揮。打率.234、OPS.684と打撃面でも成長を見せた。2023年にも63試合で打率.233と前年と同等の打率を記録し、捕手として自己最多の20試合に出場するなど本職での存在感も高めた。貴重な「打てる捕手」は心機一転
渡邉陸捕手は神村学園高から、2018年の育成選手ドラフト1位で入団。プロ入りから2年間は3軍以下が主戦場で、2軍での出場は1度も果たせず。だが、プロ3年目の2021年には2軍で66試合に出場して3本塁打、打率.263を記録し、同年8月に支配下登録を勝ち取った。翌2022年には2軍での68試合で4本塁打、打率.308の成績を示し、念願の1軍デビューを飾る。1軍でもわずか20試合の出場で3本塁打、打率.273、OPS.909と優秀な数字を記録し、当時22歳という若さながら、貴重な「打てる捕手」候補として鮮烈なインパクトを残した。
2023年は2軍で打率.225、2024年は同じく2軍で打率.201と打撃不振に苦しみ、2年続けて1軍出場を果たせず、背番号を「79」から「00」に変更し心機一転を図る。さらなる成長を示して再び1軍の舞台でインパクトを放ちたい。
盛島稜大捕手は興南高から、2022年の育成選手ドラフト14位で福岡ソフトバンクに入団。プロ入りから2シーズンは主に3軍と4軍で試合出場を重ね、2年目の2024年には2軍でも3試合に出場。放った安打は1本で打率.143にとどまったが、着実にプロとしての経験を積んでいる。
2022年の育成選手ドラフト14位でプロ入りした盛島は、同年のドラフトにおいて12球団全体で最後に指名を受けた選手でもある。今回のキャンプでA組に抜擢を受けた20歳の若武者は、かつての甲斐のように育成下位指名からスターダムを駆け上がるというシンデレラストーリーを描くことができるか。
海野と谷川原がともに27歳、渡邉が24歳、盛島が20歳と、4人ともに捕手としては大いに伸びしろを残す年齢にある。昨季の起用法と実績を踏まえれば、海野が定位置争いを一歩リードしていると考えられるが、これから急成長を遂げる選手が現れるかどうかも見どころの一つといえよう。果たしてどの選手が熾烈なポジション争いを勝ち抜き、「ポスト・甲斐」として名乗りを挙げるのか。開幕前から要注目のポイントとなりそうだ。(「パ・リーグ インサイト」望月遼太)
(記事提供:パ・リーグ インサイト)
2025年02月10日 18:41
◆ 石川歩「痛みなく投げられている」
ロッテの石垣島春季キャンプ第2クール4日目の10日、野手の打撃行程も昼過ぎに終わり、その後、室内練習場に戻って打撃練習する選手や第二球場で特守を受ける選手などいたが、夕方頃には全選手が練習を終えるなど、今年の石垣島春季キャンプでは始めての短い1日となった。
石川歩は昨年の石垣島春季キャンプは、23年10月24日に『右肩ベネット骨棘切除術および後方関節包解離術および関節唇クリーニング術』を行った関係でリハビリ中だったが、今キャンプでは2月2日に初ブルペン入りすると、ここまで4度ブルペン入りしている。
石川歩はここまでの石垣島春季キャンプに「まあまあ順調にきていると思います」とし、「去年はリハビリできていたので、(今年は)痛みなく投げられている。やることが違いますね」と続けた。
石垣島春季キャンプメンバーは若手中心のメンバー構成となっているが、今年の4月で37歳を迎える石川歩に若手選手たちと積極的にコミュニケーションを図ったりしているのか訊くと、「去年はファームにずっといたので、そんなに変わらないのかなと思います」とのこと。
今季に向けては「少しでも長く投げて、いっぱい投げたいと思います」と意気込んだ。
◆ 石川柊太「練習の中で質を求めていく」
今季ソフトバンクからロッテにFA移籍した石川柊太は、ロッテでの初めてのキャンプに「すごくやりやすい環境でやらせてもらっているなというところで、自分のやりたいことがしっかりできているのではないかなと思います」と充実した日々を過ごす。
昨年12月の入団会見で、1年間先発ローテーションで投げるために自分の中で1年通してのプランがあると話していた。現在はどういう状況なのだろうかーー。
「1年間投げるのは体力面もそうですし、クオリティが高くないと投げていけないのがいちばんにあるので、球の質を上げていくところで普段意識しながらであったり、練習の中で質を求めてというところを意識していますね」。
「まだ実戦が始まっていないので、リアルに質に対してのアプローチはここからだと思います。ひとまず体を万全な状態で実戦に入っていけるように準備するところで言えば、プランに向けて順調に進んでいるんじゃないですかね」。
◆ 栗原コーチに聞いた実戦での評価ポイント
11日には紅白戦が実施される予定で、15日と16日には楽天モンキーズとの対外試合もあり、18日からは沖縄本島での実戦が始まる。いよいよ新シーズンに向けた“競争”が本格化する。
栗原健太打撃コーチに“打撃コーチ”として、この先の練習試合、オープン戦でどういう部分を評価していくのか訊くと、「まずは真っ直ぐに対してタイミングがどうなのか、しっかり自分のポイントで振れているのか、スイングができているのかというところじゃないですかね。そこが遅れてたりすると、う〜んというところがあるので、そこの見極めをまずはしたいなと思いますね」と教えてくれた。
バッティング面では“ストレートに対してのタイミング”、“自分のポイントで振れているか”がカギになってくる。
取材・文=岩下雄太
2025年02月10日 18:40
チーム一筋、中継ぎで491登板のワイルドな仕事人
昨季まで3年連続最下位の屈辱から再起をはかる中日が、思わぬ形でSNS上の注目を集めている。
2025年02月10日 18:37
野球評論家の高木豊氏が9日に自身のYouTubeチャンネルを更新。「【中日】根尾昂が中継ぎ転向“これは仕方なない決断?”」などとして、3年連続リーグ最下位から井上一樹新監督のもとで浮上を目指す中日の戦力について語った。
投手力が評価されがちな中日だが、先発左腕の小笠原がメジャーへ移籍し、守護神のマルティネスも巨人へ。高木氏は「むしろ投手」と課題を挙げた。その上で先発投手は柳の復活やベテランの涌井に加え、新助っ投のマラー、新人の金丸ら即戦力を補強しており、「根尾を生かすのは、単発で瞬発力がいるところで使った方が彼の魅力が出てくる」と井上監督の中継ぎ起用方針を評価した。
その理由を「気質は野手なんだよ。先発の長いイニングは根尾にとっては疲れる作業なんじゃないか。瞬発力のあるところでガーッといって、抑えてよっしゃ、みたいな」と説明。「中継ぎの方がチャンスがある。適性はリリーフだと思う」とした。
一方で「基本は抑えないことには話にならない。どこで使われたって結果が伴ってこないと、使う場所がなくなってくる」とし、仮に今回の配置転換が失敗すれば「中継ぎもできないのかと。そうなってくると、もうそろそろというのは考えるよね。根尾は危機感をもってやるべき」と指摘した。昨季まで2軍を率いていた井上監督は右腕の適性を理解しているはずで、根尾に対しては「最初からいいポジションを与えられるはずはない。敗戦処理かそれに近いポジションから上がっていくしかない。分かってやらないと間違いを起こす。何でだよと不満を持つようなら1軍に上がらない方がいい。どんな場面でもチャンスだと思って頑張って欲しい」と奮起を促した。
2025年02月10日 18:10
日本ハムに加入した育成右腕・清宮虎多朗が紅白戦で1回無失点
オフに楽天から戦力外となり、日本ハムと育成契約を結んだ清宮虎多朗投手が8日、1軍キャンプで行われた紅白戦に登板した。3四球と制球に不安定な面は見られたが、アウトを全て三振で奪う投球に「いい拾い物したなぁ」「まじで1軍で見たい」「やっぱロマンはあるんだよなぁ」とファンから期待の声が寄せられた。
紅組の4番手としてマウンドにあがると、先頭の上川畑大悟内野手に制球が定まらずストレートの四球。その後も2四球で満塁のピンチを迎えたが、最後は水谷瞬外野手を空振り三振に打ち取り無失点に抑えた。アウトを全て三振で奪う投球で移籍後“初登板”を果たした。
清宮虎は八千代松陰高から2018年育成ドラフト1位で楽天に入団。2023年はイースタン・リーグで22セーブをあげ最多セーブのタイトルを獲得し、最速161キロを計測したことでも話題となった。昨年4月に支配下契約を掴んだが、3登板で防御率12.00。結果を残せずオフに戦力外通告を受けていた。
清宮虎の紅白戦登板の様子を「パーソル パ・リーグTV」が公開すると「開花したら面白い」「三振を取る能力があるのは分かってる」「最高のロマン枠」「球の軌道好き」「凄いピッチャーになりそう」「普通に変化球がえぐい」「いい拾い物したなぁ」「左打者のインコースに投げれたらもう最強です」と右腕の覚醒を待ち望む声が集まった。(Full-Count編集部)
2025年02月10日 18:00
◆ 白球つれづれ2025・第6回
ある時は「今牛若丸」、またある時は「ムッシュ」の愛称で親しまれた元阪神監督の吉田義男氏が2月3日脳梗塞で亡くなった。91歳の大往生だった。
1953年に、立命館大を中退して阪神に入団。以来73年にわたりタイガースをこよなく愛し、チーム強化に心血を注いだレジェンドである。
39回と6回。これはセ・パ2リーグに分立した1950年以降の巨人と阪神のリーグ優勝回数だ。名門同士、伝統の一戦と常にライバル関係にあったが、実情は巨人の一強。阪神には長い冬の時代が続いた。この苦難の時代を知り、ようやく光明を見出した85年の球団初の日本一。影の時代も、光の時も常に吉田氏がいた。
その白球人生を振り返ると、四つの大きな節目がある。
まずは現役時代。167センチの小柄ながら、堅守俊足巧打の遊撃手として1年目からレギュラーの座を掴み取る。その華麗な守備は「マジックスロー」と呼ばれ「捕るが速いか、投げるが速いか」と王貞治現ソフトバンク球団会長が偲べば、中日のエースだった権藤博氏は「唯一無二の名手で、別格中の別格」と証言する。
当時の巨人には広岡達朗がショートを守り、三塁は長嶋茂雄の黄金三遊間と人気を博した。だが、そんな彼らよりも巧いと言われたのが吉田と三宅秀史のコンビだった。
次の節目は監督時代である。75年からの第1次監督期では3年間で2度のAクラスも最終年に4位で終わると退任に追い込まれる。それから8年後の85年に二度目の監督に就任すると初年度に球団初の日本一を手にした。
ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の強力クリーンアップで伝説の巨人戦バックスクリーン3連発ばかりがクローズアップされるが、捕手、二遊間に中堅を含めたセンターラインの強化で守備力を高めた吉田流の守りの野球の勝利でもあった。
97年からの第3次監督時代はわずか2年で幕を閉じるが、日本一監督の称号は、その後も色あせることはなかった。
さらに吉田氏を語る上で欠かせないのは「国際派」の知見だろう。
現役引退後には、何度も米国に渡っている。本場のメジャーリーグを観戦し、戦術からトレーニング法まで学び、後の指導に役立てた。
フランスのナショナルチーム監督に就任したのは、日本一になってから5年後のことだった。パリにアパートを借りて、フランス語も学びながら、野球後進国の指導に心血を注いだ。目標とした五輪出場は叶わなかったが、現地では「ムッシュ・ヨシダ」と親しまれ、今でも「吉田チャレンジ」と名前を冠した国際大会が開催されていると言う。
そして、四つ目は有力OBとしての“政治力”も見逃せない。
3年前に2度目の岡田監督誕生時には、当時の角和夫オーナーと岡田氏の間に立って尽力。それが球団史上2度目の日本一につながった。
球団は今年が創設90周年。これを記念して吉田氏を始め、掛布、岡田、田淵幸一氏ら9人を「アンバサダー」として起用すると発表したばかりだった。
伝説のスター選手は数多く輩出しているが、3度の監督を務めたのは吉田氏以外いない。それどころか、田淵、掛布、江夏豊氏らは一軍監督に起用されたことがない。
阪神と言う球団は長く親会社や役員人事によって監督人選に影響を及ぼして来た歴史がある。人気球団ゆえ、タニマチが選手を夜の街に引き連れていた弊害も指摘されたことがある。選手による不祥事もあった。
長い冬の時代。伏魔殿のような難しい組織にあって、天国も地獄も味わいながら常に球団のシンボルであり続けたのが吉田義男と言う男だ。
華麗にして堅実な現役時代。柔和に見えて頑固で信念の指揮官時代。球史に残る名人が阪神タイガースと言う熱い血を宿して天国に旅立った。
新生・藤川タイガースに新たな使命が加わった。
文=荒川和夫(あらかわ・かずお)
2025年02月10日 17:33
昨年のドラフトで指名、まだプレーしていない若手有望株
1月にレッズからトレードでドジャースへの移籍が決まった若手有望株のマイク・シロタ外野手が8日(日本時間9日)、ドジャース専門ポッドキャスト番組「The Dodgers Bleed Los Podcast Network」に出演。
2025年02月10日 17:09
ロッテは10日、3月9日のソフトバンクとのオープン戦(ZOZOマリンスタジアム、13時00分試合開始)試合終了後のグラウンドで2025プレシーズントークショーを開催することになったと発表した。
このイベントでは、今シーズンに向けての意気込みやファンへのメッセージなど参加選手によるトークショーが行われる。参加選手は決定次第球団公式サイトにて発表。なお、イベントの模様はCS日テレNEWS24で放送され、パーソル パ・リーグTV、DAZN、Rakuten TV、ベースボールLIVEでもネット配信する。
また2025年シーズンシートオーナーと球団公式ファンクラブTEAM26有料会員はグラウンド内にてイベントに参加できる。
▼ 2025プレシーズントークショー詳細
開催日時:3月9日vsソフトバンク(ZOZOマリンスタジアム、13時00分試合開始)試合終了後
放送・配信先:CS日テレNEWS24、パーソル パ・リーグTV、DAZN、Rakuten TV、ベースボールLIVE
内容:選手によるグラウンド内でのトークショー
2025年02月10日 17:04
西武は10日、ベルーナドームで開催する3月28日の日本ハムとの開幕3連戦を「2025開幕シリーズ」として、各日来場者全員に限定グッズを配布すると発表した。
28日の初戦は、フラッグとペンライトがひとつになった「フラッグ付きペンライト」を配布。フラッグはライオンズ定番の応援アイテムとして、ペンライトは勝利後のビクトリーセレモニーで活用でき、ライオンズの試合観戦には欠かせない一石二鳥の応援グッズだ。なお、フラッグは今年のチームスローガンである「ALL ONE」のロゴをあしらい、ペンライトは9色のカラーチェンジが可能。
29日、30日の配布グッズは、「キルティングジャケット」と「ジェット風船専用ポンプ&風船2本セット」。キルティングジャケットは、開幕後のまだ少し肌寒い気候でもさらっと羽織ることができるため、球場で活躍すること間違いなしのアイテム。カラーは2種類で、29日はアイボリー、30日はネイビーのジャケットを配布する。「ジェット風船専用ポンプ&風船2本セット」は、7回表終了時の「ライオンズラッキーセブン」と「ライオンズが勝利した瞬間」に使うアイテム。
開幕3連戦を含む3月28日から5月1日までの観戦チケットは、2月14日のファンクラブ先々行抽選より順次販売。一般販売は2月24日より開始。
2025年02月10日 17:00
今季もプロ野球はセ・リーグが面白い。
昨季は優勝した巨人から4位広島まで4チームが10ゲーム差に収まる大混戦。終盤に巨人が抜け出したが、2位阪神と3位DeNAも最後まで粘りを見せた。
そして迎えたポストシーズンはDeNAの独壇場だった。ポストシーズンで上位チームを次々となぎ倒し、最後はソフトバンク相手に2連敗から4連勝し、26年ぶりとなる日本一に輝いた。
今季は2年連続日本一とともに1998年以来のリーグ制覇を狙うDeNAの戦いぶりに注目が集まるが、守護神奪還を誓う山粼康晃の存在も気になるところだ。
区切りのプロ10年目となった昨季は、防御率こそ前年(23年)の4.37から1点以上良化させ、3.35と復活の気配も見せた。しかし、登板数は自己最少の38に留まり、4セーブ、11ホールドとかつての輝きを取り戻すには至っていない。
山粼のプロ生活10年を前後半の5年ごとに分けると、かなり極端な数字が浮かび上がる。新人王に輝いた1年目から5年目までは毎年57試合以上に登板し、合計163セーブを積み上げた。もし5年目までのペースを維持すれば、35歳で迎える13年目のシーズン(2028年)半ばに400セーブに達し、岩瀬仁紀(元中日)が持つ407セーブの日本記録を超える勢いだった。
ところが6年目から昨季までの5シーズンで記録したのは68セーブ。そのうちの37セーブを2022年に挙げたが、他の4シーズンの成績が振るわない。
山粼が不振に陥るターニングポイントとなったのが、6年目の2020年シーズンだった。
世界の景色を激変させた2020年の新型コロナショックがあった年である。3月に予定されていたプロ野球の開幕は遅れに遅れて、シーズンが始まったのは6月中旬。交流戦やオールスターは中止となり、約1か月間は全くの無観客で公式戦が行われた。
春先から世界中でソーシャルディスタンスが叫ばれ、選手たちは練習もままならない日々が続いた。また、公式戦が始まって以降も選手らには様々な制約が課された。
そんな影響を大きく受けた1人が山粼だ。「ヤ・ス・ア・キ」の掛け声に合わせてファンがジャンプする名物応援の“ヤスアキJUMP”が、有観客試合に切り替わった後も禁止された。もっとも、2022年までは声出し応援自体が禁止されており、“ヤスアキJUMP”が解禁されたのもほんの2年前のことである。
普段からファンとの交流を大事にしていた山粼にとって、大声援の後押しがない中でマウンドに登ることは思いのほかマイナス要素だったのだろう。
また、不動の守護神として迎えた20年は開幕から2試合連続でセーブを挙げていたが、3試合目の阪神戦で打ち込まれ3失点。シーズン初黒星を喫したが、この試合もターニングポイントの一つとなった。
山粼はこの試合でプロ入り6年目にして初めての牽制球を投げたのだ。些細なことだが、この試合を境に調子を落として、その後に中継ぎへ配置転換されたように、牽制球が山粼のリズムを崩すきっかけとなった可能性も考えられる。20年は結局、6セーブに終わり、翌21年も1セーブと、一気にスローダウンしてしまった。
山粼にとっては“負の5年間”が終わり、気分を一新して11年目のシーズンに臨みたいところ。再び“岩瀬超え”を狙えるようなかつての投球を見せることができるか。まずは春季キャンプで首脳陣にしっかりアピールし、オープン戦で圧倒的な結果を残したい。
文=八木遊(やぎ・ゆう)