2024年08月07日 12:46
「ファーム練習試合、楽天−富士大」(7日、森林どりスタジアム泉) 楽天・田中将大投手が、大学生との練習試合に先発。自身3月20日のイースタン・DeNA戦(横須賀)以来となる復帰戦は1回で22球を投げ、2安打1四球2失点だった。 先頭を味方の失策で出すと、四球とヒットで無死満塁のピンチを背負う。ここから適時打と犠飛を許し、2点を失った。ただ、時折笑顔も見せるど吏ラック下表情だった右腕。最速は146キロをマークした。 田中将は昨年10月に右肘のクリーニング手術を受けた。その後は2月のキャンプ、3月のオープン戦と1軍に帯同。順調に回復しているように見えたが、そこから実戦から遠ざかっていた。
2024年09月14日 06:00
ヤクルト7―2巨人(セ・リーグ=13日)――ヤクルトが3連勝。
初回に村上の3ランで先行し、その後も小刻みに加点した。山野が3か月ぶりの白星。巨人は打線につながりを欠き、連勝が3でストップ。
◇
優勝を争う広島との直接対決3連勝から一転、巨人が最下位のヤクルトに完敗した。投手陣が13安打と打ち込まれ、打線も山野に好投を許した。悪い流れをもたらしたのが、初回の3失点。三回を持たずに降板した山崎伊は「粘れなかった」と悔やんだ。
立ち上がりから直球が走らず、甘かった。一回、先頭の長岡に外角直球を中前へ運ばれ、犠打を挟んでサンタナには死球。そして4番の村上に、真ん中に入った直球を捉えられ、バックスクリーン右への先制3ランを浴びた。二回以降も立ち直れず、三回に4点目を失ってマウンドを去った。
開幕からカード初戦で投げてきた疲れもあるのだろう。1試合平均失点は前半戦の1・4から、後半戦の7試合で3に悪化した。昨季、先発ローテーションに定着したばかり。この日、前回から中9日と休養は十分だった登板でも、本来の投球に戻らなかった。
スローカーブなどを器用に操る右腕。多彩な変化球は、軸となる直球があってこそ生きると自覚している。普段はコンスタントに140キロ台後半をマークする球はこの日、140キロ台前半も目立った。土台となる体力はもちろん、1年を乗り切る自己管理も必要だ。後半戦に入って落ちるどころか、ギアを上げられる菅野や戸郷を見習いたい。
試合後、阿部監督は「リフレッシュして、体調を整えて戻ってきてほしい」と、ファームで再調整させることを明かした。能力は高く、「長い回を投げてリリーフ陣を休ませたい」と責任感も強い。終盤戦、ポストシーズンでも必要な柱だからこそ、この壁を乗り越えたい。(福井浩介)
2024年09月14日 05:01
ヤクルト・青木宣親外野手(42)が13日、今季限りでの現役引退を表明し、都内の球団事務所で会見を開いた。努力と探究心で走り続けた21年間に悔いはない。NPBではヤクルト愛を貫き、海を渡ってメジャーにも挑戦。「100点満点」の野球人生を振り返り、終始笑顔の会見だったが…。山田、村上が花束贈呈でサプライズ登場。号泣する後輩を前にベテランも最後は涙腺決壊。顔を手で覆って男泣きした。
「諦めなかったよ」−
野球を始めた小学1年生の自分に、少しだけ胸を張った。晴れやかな表情を浮かべた青木が笑う。戦い、走り続けた21年間がある。どんな苦境でも諦めず、道を切り開いてきたゴールテープだ。
決断に至った理由は、実に青木らしかった。「自分のパフォーマンスがなかなか出せない、今年の成績を見ても、後輩たちに示しがつかないなって」。抹消後も1軍に帯同しながら模索。志願で2軍戦にも出場した。そんな日々の中、「やっぱり若い子たちも成長しているのはすごく感じた」と言う。後輩たちの頼もしさがうれしかった。
心に決着をつけたのは「最近」になってからだ。これまで支えてくれた妻、原動力になった2人の子どもたちが涙する姿に、「やっぱりプレーをいつまでも見ていたかったでしょうし。子供に伝えるときがやっぱり一番辛かったですね」と振り返ると同時に感謝した。
会見には山田も駆けつけ、村上は涙で目を真っ赤に染めた。これまで6年間、合同自主トレで寝食を共にしてきた師弟関係がある。顔を覆いながら肩を震わせる後輩の姿に、青木も「俺も涙出てくるよぉ。やめてくれよぉ」ともらい泣き。会見が始まり、30分後。笑顔の引退会見が、後輩の思いに触れ涙に染まった。
努力と探究心で叶えてきたいくつもの夢。04年にドラフト4位で入団してから、2年目に大ブレーク。12年からはメジャーにも挑戦し17年には日米通算2000安打に到達。18年には愛着ある古巣に復帰すると、21年には悲願の日本一に人目をはばからず涙した。
今後についても「野球がいまだに好き。監督もやってみたい。野球絡みは全部、興味がある」と笑う。今後は指導者の道を含めて模索していく予定だ。「ファンの歓声が自分の中にダイレクトに伝わる瞬間が、ものすごく幸せな瞬間でした」。積み重なった日常の幸せよ、ありがとう。歴代5位の日米通算2723安打。誇りと結果を胸に、惜しまれながらユニホームを脱ぐ。
◆青木 宣親(あおき・のりちか)1982年1月5日生まれ、42歳。宮崎県出身。175センチ、80キロ。右投げ左打ち。外野手。日向から早大を経て、2003年度ドラフト4巡目でヤクルト入団。首位打者3回、最多安打2回、盗塁王1回、最高出塁率2回、新人王、ベストナイン7回、ゴールデングラブ賞7回。12年にポスティングシステムでブルワーズ移籍後、17年までMLB在籍。18年にヤクルトで日本球界復帰。06・09・17年WBC、08年北京五輪日本代表。
2024年09月14日 05:01
「イースタン、楽天5−5日本ハム」(13日、森林どりスタジアム泉)
右肘手術からの復帰を目指す楽天の田中将大投手(35)が13日、イースタン・日本ハム戦(森林どりスタジアム泉)に先発し、今季最長となる7回を投げ7安打3失点(自責2)だった。「ゲームレベルで問題なく投げられてるのはいいこと」と収穫を口にした。
前回までは“リハビリ登板”として、イニングや球数に制限を設けてきたが、この日は無制限。「(緊張感は)一番ありましたね」と違いを感じる中で、初回にいきなり失点するなどしたが、粘り強い投球を見せ、「状態もはっきり上がってきている」とうなずいた。
1軍戦がなかったため、今江監督、青山1軍投手コーチも視察に訪れた。青山コーチは「良かったと思う」と評価しつつ、1軍復帰については「頑張ってるピッチャーもいるので」と慎重な姿勢。田中将自身は「自分にできることをしっかりやるだけ」と語った。
2024年09月14日 05:01
オリックスが米メジャーからも注目されているU−18台湾代表の右腕、陳睦衡(チェン・ムーヘン)投手(18)を獲得を視野にリストアップしていることが13日、分かった。
2024年09月14日 05:01
今季限りでの現役引退を表明したオリックス・安達了一内野手(36)が13日、京セラドーム大阪で引退会見に臨んだ。
「守備が守れなくなったら引退と決めていた」
5月1日・ロッテ戦では1イニング3失策し、「あのあたりから様子がおかしくなって、そこからだいぶ悩むようになりました」と苦悩の日々が続いた。プロ13年間を振り返り「守備のおかげでここまでできたので、後悔はない」と口にした。
16年1月に潰瘍性大腸炎が発覚。持病を抱え、プレーしてきた。診断された時は「素直に辞めようと思いました」。ただ、家族やファンの支えが続ける理由となった。
先日、引退会見に臨んだT−岡田が花束贈呈サプライズ登場。少し涙目の安達は「本当に(T−岡田が)いてくれて良かった」と感極まった。
◆安達 了一(あだち・りょういち)1988年1月7日生まれ、36歳。群馬県出身。179センチ、80キロ。右投げ右打ち。内野手。榛名から上武大、東芝を経て、11年度ドラフト1位でオリックス入団。プロ初出場は12年5月12日・楽天戦。16年1月に潰瘍性大腸炎を発症して同年4月に1軍復帰。プロ通算1175試合で打率・244、36本塁打、325打点。
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
ウイニングボールをキャッチした阪神・近本光司外野手は、表情を崩すことなく勝者の列に向かって、高橋に手渡した。勝ち越し打と二つの押し出し四球で4打点。「ヒットも出てましたし流れ的にもこっちに来てたので、そこで僕もしっかりつなげたのが良かったと思います」。5タコに終わった11日・DeNA戦(甲子園)から一転、2位浮上がかかった一戦で責務を果たした。
下位打線のチャンスメークを、上位で仕留める−。昨季の猛虎打線が得意とした攻撃パターンが、連覇への正念場で“完全復活”している。その象徴が同点の四回。梅野の四球、木浪の内野安打に、高橋が犠打を決め、2死二、三塁で打順が巡る。自身の打席ではこの日初めての内角直球を初球撃ち。打球はピッチャー返しで中前へ抜けた。
「ある程度打ちに行くと決めたら、インコースもアウトコースもどっちも手を出してたと思うので、ストレートであろうと変化球であろうと、タイミングがあってたのが良かったのかな」。冷静に分析した勝ち越し2点適時打。6年目までの通算安打で歴代1位の巨人・長嶋茂雄まで、あと7本とカウントダウンを進めた。直後には18個目の盗塁もきっちり決めた。
選球眼も光った。二回と五回に押し出し四球。いずれもカウント3−1から見極めた。「3−1だったんで、いこうかな、やめとこうかな、いこうかなと思ったらフォアボールでした」と“葛藤”の結果、2打点を積み上げた。
兵庫県で生まれ育ち、甲子園は身近な存在だった。野球観戦に訪れたこともあり「自分のことよりも、アリアスがホームラン打った試合は覚えてる。それの方が大きいかな」。聖地での忘れ得ぬ興奮の記憶が、今でも脳裏に焼き付く。
かつてはスタンドから見つめていたが、ヒーローインタビューで大歓声を浴びる立場へと変わった。「本当に大事な試合が続くんで、僕たちもしっかり頑張るんで応援よろしくお願いします」。虎党と気持ちを一つに、奇跡への道を進む。
2024年09月14日 05:01
阪神は13日、秋山拓巳投手(33)が今季限りで現役を引退することを発表した。先発で3度の2桁勝利など通算49勝を挙げた右腕は、18年に手術を受けた右膝の痛みに苦しみ、近年は思うような投球ができずに今季は1軍登板がなかった。近日中に引退会見が行われる予定。愛媛・西条高から09年度ドラフト4位で入団し、タテジマ一筋15年でプロ野球生活に幕を下ろす。
決断した右腕はすっきりした表情だった。秋山はいつも通りの口調で、現役引退を決めた理由を明かした。
「開幕前から今年ダメだったらっていう気持ちでやっていたんで。膝の状態も良くなりそうにないのが一番ですかね」
山あり谷ありのプロ野球人生だった。高卒1年目の10年に4勝を挙げて華々しいデビューを飾ったが、11〜16年の6年間は2勝にとどまった。
それでも抜群の制球力と、キレのある直球を武器に17年は自己最多の12勝。チームの2位に貢献した。18年5月8日・巨人戦(東京ド)は左翼席へ本塁打を放って完封。高校時代に“伊予のゴジラ”と称された力強い打撃でも注目を集めた。
しかし、18年に右膝の手術を受けた後は痛みとの戦いが待っていた。「術後から1回もスッキリすることなく」。20年に11勝、21年も10勝を挙げたが、22年から成績が下降。チームが日本一に輝いた昨季は2試合の登板に終わり、今季は1軍に昇格できなかった。
この日は鳴尾浜での2軍練習に参加。あいさつでは「結果の世界なんで、頑張って上でやらないとこうやって野球ができなくなるよっていう話をさせてもらいました」とメッセージを送った。
今後はシーズン終了までプレーし、2軍で2回1/3に迫った通算1000投球回達成を目指す。「ちょっとわがまま言って、そこをクリアさせてくださいっていうことで、2回ぐらいもらいました」。残された登板で周囲への感謝も伝える。
◆秋山 拓巳(あきやま・たくみ)1991年4月26日生まれ、33歳。香川県出身。188センチ、101キロ。右投げ左打ち。投手。西条高から2009年度ドラフト4位で阪神入団。高卒1年の10年8月21日・巨人戦(東京ドーム)でプロ初登板初先発。ルーキーイヤーはプロ初完封を記録するなど4勝をマーク。高校時代には「伊予ゴジラ」と呼ばれ、プロ初本塁打を17年8月18日・中日戦で記録。18年オフに右膝手術。20年から2シーズン連続2桁勝利を挙げた。
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
阪神・前川右京外野手がようやく長いトンネルを抜け出した。
2024年09月14日 05:01
「ウエスタン、阪神16−3くふうハヤテ」(13日、鳴尾浜球場)
最後の打者を打ち取ると、思わず笑みがこぼれ出た。阪神・茨木秀俊投手が9安打3失点でプロ初完投し、6勝目を挙げた。それでも「最後打たれてしまったんで、もう少し練習が必要かな」と最初に口から出たのは反省の言葉。高みを目指すストイックな右腕らしい一言だった。
前日の宣言通り、初回からギアを上げた。先頭からこの日最速となった146キロの直球などで攻め、ゾーンいっぱいの見逃し三振。続く大山に右前打を許したが後続は遊ゴロと二ゴロで仕留めた。途中の疲労もあり四回、九回はともに連打で失点。ただ「力を抜いてリリースだけ力を入れたんで、そこで工夫できた」と前向きに振り返った。
前回3日のウエスタン・広島戦では5回4失点と立ち上がりなどの自身の課題が浮き出た。「リリースのタイミングがバラバラだったので、上からたたくイメージで」とフォームを改善。低めへの意識を徹底することで無四死球で抑えた。
「これを自信に次もしっかり投げられるように」。引き揚げる際には、心地いい疲労感に、にんまりとしながら「疲れました」とつぶやいた。今年で終わる鳴尾浜で見せた快投を、次へとつなげる。
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
阪神が逆転勝ちで広島と入れ替わりで2位に浮上した。先発全員安打の13安打7得点。投げては高橋が六回途中3失点で復帰後4連勝。首位・巨人に3ゲーム差に迫った。以下、岡田彰布監督との一問一答。
◇ ◇
(テレビインタビュー)
−打線が先発全員の13安打。
「ああ、そうですか。後ろにつなぐというかね、タイムリーもいい時に出ましたね」
−下位打線からチャンスを作って上位でかえした。
「全員安打いうことは、どっからでも点が取れるいうことで、そういうのを続けていかないといけないですね」
−近本が4打点の活躍。
「ピッチャー(高橋)にね、変に前に飛んでゲッツーになるんだったら、三振せえって言うてたんだけど、それも近本が後ろにいてるから」
−2位に浮上して首位に3差。
「まず甲子園の3試合を、目の前の試合を一つずつ勝っていくだけですね」
(ペン囲み)
−前川は久しぶりの複数安打。
「調子悪かったからやろ。調子良うなってきたから今日使うたけど」
−桐敷は打順の並びを見て七回の時点から任せるプランだったのか。
「あの点差やったらな。あと1点2点開いたらな島本用意してたけどな」
−今後も勝ち負け。
「そや」
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
負けられない一戦で、勝利につながる投球を見せた救世主に、惜しみない拍手が注がれた。阪神は先発の高橋遥人投手(28)が5回2/3を4安打3失点。登板4戦4勝で広島相手には3勝目となり、チームは5カード連続初戦勝利で42日ぶりに2位に浮上した。この日敗れた首位・巨人には3ゲーム差に迫り、この勢いでアレンパに向けて戦っていく。
また勝った。高橋が自己最長の4連勝で無傷の4勝目。でも、勝利の味は少し苦かった。「六回を投げ切れずというのは申し訳ない。後ろの投手に助けられた」。復帰後最少の85球で走者を置いての降板。喜びよりも、悔しさが強かった。
初回に先頭の秋山に二塁打を浴び、1死三塁から小園の三ゴロの間に先制点を献上。六回は先頭の代打・上本に死球を与えると、堂林の適時打と坂倉の犠飛で2点を失った。2死一、二塁で交代となり5回2/3を4安打3失点。スタンドからは大きな拍手が送られたが、ベンチでは頭をかいた。
登板前日のテーマは先頭打者を出さないこと。結果的に先頭打者の出塁が失点につながった。「先頭バッターを出して、点を取られた。粘れてないですかね」。勝利から数分後、高橋は身を隠すように選手通路へ小走りでやってきた。「全然ダメ。難しいな…」。勝ちはしたが、反省の言葉ばかりだった。
前回登板の3日・中日戦(甲子園)から中9日での登板。今回は打線に助けられたが、高橋のテンポが好循環を生み出していることもある。「みんなが勝つという気持ちが強いから、僕は今日それに乗り遅れてた。もうちょっとしっかり投げたい」。野手と中継ぎに感謝しながら、次戦を見据えた。
今朝、高橋の心を揺さぶる知らせがあった。秋山の引退。「当たり前のようにいつもいてくれる存在だった。当たり前の人がいなくなるっていうのは、まだ実感ないですけど、さみしいことだと思う」。食事に連れて行ってくれた。助言もくれた。2軍での復帰戦も見守ってくれていた。負傷離脱していた伊藤稜の復帰登板を、一緒に見届けたこともあった。「本当に見本になるような先輩だった」。これからは恩返しの投球が始まる。
バットでは同点につながる、3年ぶりの安打もあった。「たまたまです」と笑ったが、バントでも勝ち越し点を演出。高校時代に“伊予ゴジラ”と称された秋山のように投打で輝きを放った。
チームは5カード連続の初戦白星で42日ぶりの2位浮上。前回は高橋の勝利から5連勝と勢いに乗った。「もっともっと良くなるように頑張りたい」。昨年、優勝を決めたのが9月14日。その“記念日”を前に挙げた価値ある勝利。残り13試合で2度、登板の可能性がある救世主の勝利から、逆転優勝への扉を開く。
2024年09月14日 05:01
「ヤクルト7−2巨人」(13日、神宮球場)
まさかの大敗を喫した試合後、巨人・阿部慎之助監督は帰り道を急いだ。
2024年09月14日 05:01
「西武7−6ロッテ」(13日、ベルーナドーム)
ロッテのネフタリ・ソト内野手のバットからまたしても快音が響いた。20号2ランを放ち、DeNA時代の2019年以来、自身2度目となる4試合連発。「ゾーンの甘めに目をつけていた。真っすぐを打ちにいってうまく当たりにできました」と手応えを得た。
1−0の三回2死二塁で打席へ。カウント1−1から西武・松本が投じた146キロの直球を完璧に捉えた。打球はロッテファンが待つ右翼席へ一直線。貴重な追加点を奪い、ベンチでは大喜びのナインとハイタッチ。決めポーズも決めた。
残り15試合とレギュラーシーズンの最後が近づいてきたが、「チームのためにどうやって打てば良いか。チームの勝利につながるバッティングだけを考えています」。チームの連勝は止まったが、助っ人が快進撃を止めずにシーズンを走り抜く。
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
阪神が5カード連続の初戦勝利で2位に浮上。首位・巨人に3ゲーム差に迫った。先発の高橋遥人投手(28)が5回2/3を4安打3失点で復帰後負けなしの4連勝。広島には3戦3勝となった。
◇ ◇
高橋は前回登板の9月3日・中日戦、高橋宏の直球に打席で衝撃を受けた。「真っすぐって本当に魔球だなと思いました。みんな速いんですけど一番でしたね」。7学年下の真っすぐを褒めると同時に、改めてストレートの大切さを痛感した。
真っすぐがあってこその変化球。「いい投手は真っすぐがいい。やっぱり大事ですよね」。最もこだわってきた武器でもある。大竹が5日に8奪三振したのも「真っすぐに意識がいってるから」と軸に直球があると分析していた。
そんな高橋のストレートも“魔球”だった。村上が高橋とのキャッチボールを終えた後、独特の表現で球筋を教えてくれた。「下から浮き上がってくる感じ。アンダースローの投手みたいです」。才木は上からズドンと来るようだが、高橋は唯一無二の軌道だという。
高橋は「絶対に盛ってるでしょ」と苦笑いだったが、受け手が感じたことにうそはない。“魔球”にさらなる磨きがかかった時、もう手がつけられないだろう。(デイリースポーツ・今西大翔)
2024年09月14日 05:01
「阪神7−3広島」(13日、甲子園球場)
肝が据わっている。阪神・森下翔太外野手はスタンドの熱狂を全身で味わうように、ゆっくりとダイヤモンドを一周した。自己最長を更新する4試合連続本塁打。メンタルの強さを感じさせるダメ押し弾だった。
六回無死で中崎の直球が左肩付近に直撃。あわや頭部死球の危ないボールだった。その場に倒れ込んでもん絶。それでもプレーは続行した。
次打席は七回2死。「怖くないかって言ったらそんなことはないけど、踏み込んでいかないと打てないので。もう1球当てられてもいいくらい踏み込んで、という気持ちだった」。カウント1−1から大道の真ん中低めへの148キロ直球を捉えた。死球の影響を感じさせない、いつものフルスイングで左中間へ123メートルの放物線を描いた。
日々の細かな修正が結果につながっている。「構えでの力の入れ方とかも日々、ちょっと変えたりしている」という。前半戦は「(力を)入れすぎていた部分があった」と振り返るが、打席を重ねる中で程よい感覚をつかんだ。「より芯に当てられている感覚もあるし、打球の質がちょっと変わった。ドライブ傾向がなくなってきて、バックスピンかかるような形は増えた」。無駄な力を抜けるようになったことがアーチ量産の一因だ。
自己最多の月間4発で、8試合連続安打&打点に伸ばした。69打点はリーグ3位。「野手が打った方がピッチャーも投げやすい環境ができると思うので。ピッチャーが100%、120%の力を出せるような形で投げさせてあげられれば」。逆転Vへのキーマンは頼もしく言い切った。
◆阪神選手の4試合連発 森下が4試合連続本塁打を放ち、阪神選手では16年・江越大賀以来、8年ぶりとなった。なお、最長はNPB最長タイでもある7試合連続で86年のバース。