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2026年02月25日 05:00
「阪神春季キャンプ」(24日、宜野座) 朝日が差し込む宜野座のサブグラウンドに、この日も助っ人の姿があった。キャム・ディベイニー内野手(28)が今キャンプ5度目の早出特守に参加。志願の特訓でレベルアップを図っている。 キャンプ序盤は土のグラウンドに苦労した。環境に慣れるため、朝からグラブを手に黙々と白球を追った。「チャンスがあれば、そういう練習(早出特守)に参加して量をこなしたいと思っていた。ボディーコントロールも改善したし、焦らずいい形で捕れている」と手応えもつかんできた。 22、23日のオープン戦では2試合続けて遊撃を守らず、DHでの出場だった。その理由について藤川監督は「地方球場のグラウンドは(シーズンで)あまり使用しませんから。(帰阪して)甲子園、京セラで、いよいよメインで使う球場に入ってきますから。足場をならすのは十分」と起用の意図を説明した。 ディベイニー本人も帰阪後、本拠地の甲子園を含め、シーズンで戦う球場での試合を楽しみにしている。「そういう機会(実戦)が多いほど、慣れることができるし、新たな課題にも挑戦できる」。土、人工芝と幅広いスタイルのグラウンドにもいち早く順応したい。 多くの課題に直面しながらも、着実に収穫を得たキャンプも残すは1日。新助っ人は南国での鍛錬を糧にし、自信を持って関西に戻る。
2026年02月25日 08:00
23日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2026』に出演した野村弘樹氏と谷沢健一氏が、ソフトバンク・栗原陵矢について言及した。
栗原は捕手として入団も、近年は三塁での出場がメインで、捕手での出場は2021年を最後にない。そんな中で、春季キャンプで異例の捕手に再挑戦。
野村氏は「小久保監督は本気でどこまで考えているかですよね。本人は当然明るくやっていますけど、結構大変なポジションなので、バッティングに影響が出る、出ないの可能性もあるでしょうし、そこが本当に小久保監督がどこまで考えているのか気になる」と話した。
谷沢氏は「怪我しないといいけどね。栗原選手はキャッチャーとして入団したけども、久しぶりだからね。内野やったり、外野やったりしているからね」と、故障しないか心配していた。
☆協力:フジテレビONE『プロ野球ニュース2026』
2026年02月25日 07:51
アドバイザーのダルビッシュが参加した宮崎合宿が終了
野球日本代表「侍ジャパン」に選出されている楽天の藤平尚真投手が24日までに自身のSNSを更新。宮崎合宿でともに汗を流したダルビッシュ有投手(パドレス)への感謝の思いを綴った。
3月に開催されるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向けた宮崎合宿には、ダルビッシュがアドバイザーとして参加していた。23日には選手による決起集会が開催され、ダルビッシュは翌24日に自身のX(旧ツイッター)で「あっという間の楽しい時間でした」などと報告。ダルビッシュの帯同は合宿までが予定されている。
合宿を打ち上げた直後、リリーフの切り札として期待される藤平も心境を明かした。「たくさんのことを学びました。そして、少年野球に戻ったような気持ちでもう一度、野球に向き合うことができました」と振り返った。日米通算205勝を誇るベテランからの金言は、自身のプレースタイルを見つめ直す大きなきっかけとなったようだ。
続けて「野球選手としての先入観や、正しいと思い込んでいたこと。それらを見つめ直し、考えを改める大切な時間になりました」と吐露。「自分の可能性を信じて、さまざまなことに挑戦しながら、もっともっと高みを目指していきたい。そう思える、最高の時間をいただきました。やっぱり野球って最高ですね」と新たな決意を滲ませた。(Full-Count編集部)
2026年02月25日 07:45
◆ 球団史上最高年俸で契約延長
アトランタ・ブレーブスは現地時間24日、クリス・セール投手(37)と契約延長に合意したことを発表した。来季年俸2700万ドルに加え、2028年の球団オプションが含まれている。
セールは2010年のドラフト1巡目指名でホワイトソックスに入団し、同年にMLBデビュー。2012年に17勝を挙げてブレークすると、レッドソックス移籍後の2018年まで7年連続2桁勝利をマーク。オールスターゲームにも7年連続で選出され、最多奪三振を2度記録した。
2020年以降は度重なる負傷に苦しむも、ブレーブスにトレード加入した2024年に18勝3敗、防御率2.38、225奪三振とナ・リーグ投手3冠に輝き、35歳にして自身初となるサイ・ヤング賞を獲得。昨季は21先発で7勝5敗、防御率2.58、125回2/3を投げて165奪三振という成績だった。
2026年02月25日 07:40
ソフトバンクの3年目、藤原が侍ジャパンとの試合で好投
衝撃の余韻が残っている。
2026年02月25日 07:20
元西武・渡部健人が社会人野球・三協クリエイトに入団
暗いトンネルの先に差した唯一の光だった。2026年2月に発足し、社会人野球へ新規参入する「三協クリエイト硬式野球部」の記者会見が23日、岡山県岡山市で開かれた。創設メンバーの中に、2021年に桐蔭横浜大からドラフト1位で西武に入団し、2025年オフに戦力外を告げられた渡部健人内野手の姿があった。心機一転し、社会人野球からNPB復帰を目指す。
プロ1年目から長距離砲として存在感を放っていた。4月に1軍登録されると、昇格した日のソフトバンク戦で和田毅からプロ初本塁打を放ち、華々しい1軍デビューを飾った。2023年は1軍に昇格のチャンスを掴むと、最下位だったチームを4番打者としてけん引した。しかし、怪我などの影響により1軍定着とはならず、2025年オフに戦力外となった。
それからは「まだできる」と自分の力を信じ、他球団の編成部へアピールするため、契約が切れる11月最終日まで同球団施設で練習を続けた。11月にマツダスタジアムで行われた12球団合同トライアウトでは参加選手の中でただ1人、本塁打を放ち、持ち味の長打力を見せつけた。
だが、数日経っても電話は鳴らず。12月からは桐蔭横浜大のグラウンドで体を動かし、NPB球団からの連絡を待ったが、「どこからもなかったすね」と振り返る。独立リーグ、海外のプロチームからも連絡はなく、アピールできたという自信があっただけに「こんなはずじゃなかったと思いました」と話し、悔しさから口をつぐんだ。NPBにこだわる理由…西武ファンが教えてくれた“醍醐味”
そんなときにかかってきた1本の電話。声の主は、2019年まで西武で4年間プレーした、「三協クリエイト」の松本直晃ヘッド兼投手コーチだった。「まだ野球は続けるのかという話をしていただいて、僕自身まだ野球がやりたかったので、続けますと」。ただ、この時はNPB以外でプレーすることは想定していなかった。
「この電話のあと、もしかしたら、他から(オファーが)あるかもしれない。そんな風に思ったので、すぐには答えが出なかったですね」。岡山に土地勘がないことも躊躇した理由の1つだった。「1週間くらい考える時間をいただきました。クビになってからずっと大切にしていたのは、もう一度プロに戻りたいって気持ち。野球を続けられるチャンスをいただけたことに感謝して、もう1回、アマチュアから頑張ろうと決めました」と明かした。
同社の正社員として雇用され、働きながら、チームの目標である「創部1年目での全国大会出場」に向けて、月に10〜15回の練習試合をこなしていく。同社が球場を保有していないため、県内の球場を借りて、主に午前中を練習に充てる予定だ。「自分の魅力は長打力だと思うので、しっかりと一発で仕留められる打者であることを、成績でアピールしていきたい」と、NPB復帰に意欲を見せた。
獅子の魂を燃やし、ともに戦ってくれた西武ファンの人たちが、NPBでプレーする醍醐味を教えてくれた。「1軍にあがると野球が楽しかった。打席に立つだけで、大きな声で大勢のファンが応援してくれて、打つと、その声がもっと大きくなる」。あの心強い声援を、再び背中で感じるために。チャンスを与えてくれた新天地で、渾身のアーチをかけ続ける。(喜岡桜 / Sakura Kioka)
2026年02月25日 07:10
胸郭出口症候群が奪った日常
病気と向き合いながらグラウンドに立ち続ける男がいる。ロッテの高部瑛斗外野手は、沖縄での春季キャンプで軽快な足取りを見せていた。プロ入り後、幾度も故障を乗り越えてきたが、突如襲った胸郭出口症候群が野球人生を脅かした。先の見えない日々の中で、再起への道を照らしたのが、1人のチームトレーナーとの出会いだった。
2019年ドラフト3位でロッテに入団。プロ1年目から1軍の舞台を経験したものの、思うような結果が残せず、2年間の出場は計38試合にとどまった。試行錯誤を重ねながら2軍で経験を積み、転機が訪れたのは2022年だった。137試合に出場し148安打で打率.274をマーク。44盗塁でタイトルも獲得するなどキャリアハイの成績を残し、レギュラーの座を掴みかけていた。
その矢先だった。「腕にしびれが出て、握力は10キロ前後まで落ちました。腕をあげた瞬間に血の気が引いて、指先の感覚もなくなりました」と打ち明けた。診断は「胸郭出口症候群」。翌2023年は1軍に上がることなくシーズンを終えた。
「もう野球はできないと思うぐらい、ボールが投げられなかった。終わったなと思いながらも、最後の望みで手術をしました。それでなんとか今もプレーできていますけど、いつ弊害が起きて野球ができなくなるかわからない。覚悟を持ちながら、ずっとやっています」と振り返るほどの深刻な状態だった。
どん底に沈んだ日々を支えたのが、当時チームトレーナーを務めていた伊藤憲生氏の存在だった。毎日のように寄り添い、復帰への道筋をともに模索。現在はドジャースで活動する同氏の支えが、高部の再起を後押しした。志願した背番号「0」
症状は消えることはない。今でも腕には力が入りづらいという。それでも「ゼロにはならないけど、付き合いながらやっていくしかない」と受け止め、前を向く。胸郭出口症候群を乗り越え、すでに1軍の舞台にも戻っている。
昨季までチームに在籍していた荻野貴司外野手が退団。オフには同じ外野手として尊敬していたレジェンドの背番号「0」の継承を志願した。「僕の方からお願いしました」。プレーにかける自身の思いを伝えたという。
返ってきたのは温かい言葉だった。「お前が付けてくれるなら一番嬉しい。瑛斗がやりたいようにやってくれたらいい。自分の背番号にしてほしい」。背中を押され、覚悟は固まった。
引退の2文字がよぎり、ボールを握ることすらできなかった日々があった。それでも僅かな可能性を信じて手術に挑み、不安を抱えながらも再びグラウンドへ戻ってきた。万全とはいえない体で戦い続ける覚悟。入団時から着けて愛着のあった「38」から「0」に生まれ変わった28歳。逆境を知る男が新たなシーズンに挑む。(岡部直樹 / Naoki Okabe)
2026年02月25日 06:50
甲子園のヒーロー、太田孝司氏のプロ1年目は0勝1敗
追い込まれた。元近鉄右腕の太田幸司氏(野球評論家)にとってプロ2年目(1971年)は大試練のシーズンだった。三沢高時代に甲子園を沸かせた超人気者として注目を集めながら、この年は14登板で0勝1敗、防御率6.84。シーズン途中からは「どう投げていいのか、わからなくなった。ちょっと精神的にヤバい状況だった」とのことで、完全に自信喪失。「オフには野球を辞めようと思った」という。
プロ1年目(1970年)の太田氏は1勝4敗ながら、リリーフでも先発でも、大崩れした試合は少なかったし、2年目の成長が期待される内容だった。1年目のオフに退寮し、一戸建てを購入、青森から両親を呼び寄せての新生活をスタート。やる気満々だったが、逆の目が出た。勝ち星は1勝より下のゼロ。「あの年は僕の野球人生で一番の大きな危機というか、途中で何かイップスみたいな感じになりましたからね」。躍進どころか、大きく後退した形になった。
シーズン初登板は開幕7戦目の4月18日の南海戦(日生)で、3-14の9回に4番手で投げて1回無失点だったが、4月22日の西鉄戦(北九州)では先発して5回1/3、4失点で敗戦投手。その後もピリッとしないケースが目立った。この年、2度目の先発となった6月19日の南海戦(日生)では0/3回で3失点。「フォアボールでしょ」と太田氏は言うように、初回にいきなり3連続四球を与えて降板となった。
「怪我とかじゃないですよ。(首脳陣に)“あー、これは無理だな”と判断されたってことでしょう。もうホント、どう投げればいいか、わからなくなっていましたから。技術的というより、精神的にちょっと……。1年目はそこそこやっていけたのが、いけなくなったことでね」。シーズン前半の太田氏の登板はそれが最後で再調整となったが、そんな状態でもオールスターゲームに2年連続ファン投票で選出された。
「それでオールスターに出なければいけないんだからねぇ。1年目も1勝で出たけど、2年目は0勝ですからね。そりゃあ、もうつらかったですよ」。第1戦(7月17日、西宮)に6回からパ・リーグ3番手でマウンドに上がり、最初の打者の巨人・長嶋茂雄内野手を三ゴロに打ち取るなど、2回1失点投球だったが、とにかく必死だったのだろう。「あの年のオールスターの結果は、ほとんど覚えていないなぁ」と話す。
その試合では阪神・江夏豊投手が先発してパ・リーグ打線から9者連続奪三振の3回無失点投球。「それは見ていました。(やられた側でも)パ・リーグのバッターは『せこく当てに行くなよ』とか『一発かましてきたるからな』とか言って、みんな威勢良く空振りしていた。空振りするたびにパのベンチも盛り上がっていましたよ。魅せるっていうかな。オールスターの醍醐味だったなぁ」と印象に残っているが、その後に投げた自分のことは記憶が飛んでいるそうだ。マスコミも掌返しの「人気先行」
後半戦は4試合に投げただけで、2軍生活が多かったが「2軍でもあまり投げていなかったんじゃないかなぁ。もう何か投げられる状態じゃなかったんでね」。この年の1軍最終登板は10月9日、ダブルヘッダー南海戦第1試合(日生)の先発で4回5失点だった。「もう(プロでは)やれないんじゃないかと思った」とオフには引退まで考えたという。
「マスコミも最初は『太田、太田』だったのが『人気先行、人気先行』に変わった。勝手に持ち上げられていたのが、そのはしごを外され、今度はバッシングされるようになった。自分の結果もおかしいし、周りからもワーワー、ヤジが飛んでくる。もうどうしよう。いたたまれないというか……」。それほどまでに追い込まれていた。
そこから立ち直れたのは「あるお寺のお坊さんに『俺は、野球は全然知らないけど、太田幸司の名前は知っている。今、何か苦労しているみたいだけど、一回、甲子園で投げていた太田幸司を捨ててみなさい。プロのピッチャーとして新しい何かを模索してやってみたらどうですか。プライドは大事だけど、ある時は捨てないといけないよ』って言われたから」という。「お坊さんは知り合いに紹介された。『ちょっと気分転換にお寺に行って話を聞いてこいよ』と勧められて行ったんですけどね」。
太田氏は気持ちを切り替えた。「じゃあ真っ直ぐとカーブのピッチングを思い切り変えようとなった。近鉄には清(俊彦)さんというスライダーの達人がおられたので、その握りを聞いたり……。自分はどっちかというとインコースは勝手にシュート回転する方だったから、(投球フォームを)ちょっとスリークオーターにしたらシュートがグンと曲がったので、この横の揺さぶりでやろうと2年目の冬は、その練習に取り組みました」。
このモデルチェンジが3年目以降につながった。徐々に自分にモノにしていった。近鉄で2桁勝利を3度マークしたのも、この2年目オフの出来事があったからだ。「プロに入ってから、自分よりも球が速い一流のピッチャーを何人も見ていたから、そこに張り合おうとは思ってもいないし、オールラウンドで、いろんな球で抑えていく。そういうピッチャーを目指しました。そのお坊さんはもうだいぶ前に亡くなられたんですけど、あのアドバイスが効きましたね」と太田氏は感謝している。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
2026年02月25日 06:35
21日の非公開練習で秘かに実施「こういう時間の使い方があるのか」
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で大会連覇を狙う野球日本代表「侍ジャパン」は24日、宮崎キャンプを打ち上げた。
2026年02月25日 06:00
「広島春季キャンプ」(24日、沖縄)
女子ソフトボール界のレジェンド、宇津木妙子氏(72)=ビックカメラ高崎シニアアドバイザー=が24日、広島の1軍キャンプを訪問し、新井貴浩監督(49)と新井良太1軍打撃コーチ(42)に“金言”を授けた。宇津木氏は五輪で2度、ソフトボール女子日本代表をメダル獲得へ導いた名指導者。8年ぶりのV奪還を目指す新井カープに、自身の経験を踏まえながら熱いエールを送った。
ソフトボール界のレジェンド指導者の言葉に、新井監督が真剣な表情で耳を傾ける。“勝ち方”を知る名将が新井カープに金言を授けた。激励に訪れた宇津木氏は「やっぱり、勝ちにこだわらないとプロじゃない。期待しています」と、笑顔の中に鋭い眼光を光らせながら、V奪還への確かな期待を口にした。
宇津木氏は日本代表監督として00年シドニー五輪で銀、04年アテネ五輪で銅メダルに導いた。現在はビックカメラ高崎のシニアアドバイザーを務めており、チームが沖縄でキャンプ中。カープとチーム宿舎が同じという縁もあり、午後からコザしんきんスタジアムに足を運んだ。
新井監督とは勝負の世界における「厳しさ」について深く意見を交わしたという。宇津木氏は「言葉は悪いけど、選手がいい子では勝てない。新井監督には『もっと鬼になって』と伝えました。やっぱりそのぐらいの覚悟をファンは期待している。いい意味でのシビアさが必要かなという話はさせてもらいました。私も勉強させてもらいました」と力説。チームの先頭に立つ者としての心構えを互いに確認した。
かつての教え子には“宇津木流”のティー打撃を伝授した。新井1軍打撃コーチは、中日での新人時代に2時間半も連続でノックを打ち続けた間柄。約4年ぶりに再会したという師は、トスを高低ランダムに放り、的確に捉える練習法を説き、ドラフト6位・西川に実演。「いろんなボールがある中で対応していかないと」と狙いを説明し、体感時速170キロ超の世界で戦った経験を、まな弟子と若鯉に惜しみなく伝えた。
新井監督は名将の訪問を「指導者としても人間的にも尊敬しています。ためになる話をたくさん聞かせていただきました」と感謝。新井打撃コーチも「同じバットとボールを使う競技。参考になる部分は多い。引き出しの一つにしたい」と、再会したレジェンドの言葉を心に刻んだ。
新井兄弟との熱い交流を終えた宇津木氏は「今年はやってくれるんじゃないですか」と太鼓判を押して球場を後にした。リーグ優勝、そして悲願の日本一を報告することが、最高の恩返しになる。
◇宇津木妙子(うつぎ・たえこ)1953年4月6日生まれ、埼玉県出身。ユニチカ垂井で14年間プレー後、86年に日立高崎(現ビックカメラ高崎)で監督。日本代表監督では2000年シドニー五輪で銀、04年アテネ五輪で銅メダルに導いた。
2026年02月25日 05:01
今春の選抜大会に出場する滋賀学園・吉森爽心内野手(2年)が24日、主力として昨年のリベンジを果たすことを意気込んだ。昨年もセンバツに出場したが、1回戦で敗退。「藤川と自分が(センバツを)経験してる立場なので、そこを伝えて、全員がしっかり準備した状態で入るべき」と主将の藤川とともに経験者として引っ張る考えだ。
例えば守備では甲子園の広さゆえ、スローイングも高めに浮きやすかったといい、「常に低く」とチームメートに伝えている。秋季大会では4番を担ったが「勝負強さがなかった」と反省。山口監督にも「おまえが決めないと試合にならない」とハッパをかけられた。
センバツでも主軸を任される見込みで、現在はミート力向上に取り組んでいる。「まずは目の前の勝利を一つずつ狙っていきたい」と滋賀県勢初の甲子園優勝に挑む。
◆吉森 爽心(よしもり・そうしん)2008年7月29日生まれ、17歳。愛知県名古屋市出身。179センチ、83キロ。右投げ左打ち、内野手。小学2年から名古屋ドジャースで野球を始め、中学は愛知西シニアでプレー。昨年のセンバツには「5番・三塁」でスタメン出場。2年春から4番を務める。50メートル走6・5秒、遠投95メートル。
2026年02月25日 05:00
「阪神春季キャンプ」(24日、宜野座)
阪神・岩崎優投手(34)が24日、今キャンプ初めてライブBP(実戦形式の打撃練習)に登板し、貫禄の投球を見せつけた。谷端、嶋村と3度ずつ対戦して24球。安打性の打球はなく、上々の内容を披露した。キャンプは具志川組で迎え、17日から宜野座組に合流。精力的に汗を流し、一歩ずつ段階を踏んできた。守護神が着々と戦闘態勢を整えていく。
夏を思わせる日差しに照らされながら、宜野座のマウンドに“大トリ”が登場した。丁寧に腕を振りながらも、リリース時の力強さは抜群。岩崎が今キャンプ初めて打者と対戦し、さすがの投球を示した。「思ったよりは投げられたかな、ぐらいです」と淡々と振り返るも、ここまでの充実ぶりを象徴するような内容となった。
谷端、嶋村と3度ずつ顔を合わせ、沈み込むフォームから左腕をしならせた。安打性の打球は0本。直球で差し込んでファウル、鋭く曲がる変化球で空振りを奪うなど、強振させる場面はほぼなかった。全24球のうち15球がストライク。仕上がりの良さが際立った。
ライブBPのテーマを問われると「バッターを立たせて(の)感覚です」と語り「試合というか、ちょっとそんなこともイメージしながらやってました」と実戦も想定していた。
その一端が変化球。カットボールやスライダー、チェンジアップなどメインになる球種を一通り確認した。「ストレートは何となく自分で手応えが分かるものもありますが、変化球はバッターが立ってみないと(分からない)ところもあるので」。実戦形式の練習を活用して、持ち球の現状把握に努めた。
今キャンプは具志川組でスタート。自身のペースで調整を続け、17日に宜野座組に合流。走り込みやブルペン投球など、豊富な経験に基づいて精力的に研さんを積んできた。藤川監督は「いいキャンプになったんじゃないですかね。あと1日ですけど、順調に送れたキャンプだったんじゃないかなと見えましたね。ボールを見てもね」と全幅の信頼を寄せた。
昨年同様、初実戦は3月の見込み。「このまま向こう(関西)に戻ってからもケガなく、自分の調整でいけたらなと思います」と岩崎。静かな口調からは、かえって自信がうかがえる。13年目の今季。守護神の視界をさえぎるものは何もない。
2026年02月25日 05:00
「阪神2軍春季キャンプ」(24日、具志川)
日焼けした分だけ強くなる。
2026年02月25日 05:00
「侍ジャパン強化合宿」(24日、宮崎)
今年3月のWBCに出場する侍ジャパンは24日、ひなたサンマリンスタジアム宮崎での事前合宿を打ち上げた。阪神の坂本誠志郎捕手(32)は米大リーグ・エンゼルスの菊池雄星投手(34)と初タッグ。22日にチームへ合流し、今合宿で初めてブルペン入りした左腕の投球を受けた。菊池は3月7日の1次リーグ2戦目・韓国戦(東京ド)での先発が有力で、坂本が女房役を務める可能性が高まった。アドバイザーのダルビッシュ有投手(39)からも絶賛された頭脳で日米通算121勝の大投手をリードする。
合宿が終わっても、坂本の表情は引き締まったままだった。侍ジャパンの選出が決まってから、常に口にしている「勝ちたいだけ」。11日間、投手陣を中心に多くの対話を積み重ねてきたが、まだ本番は先だ。菊池や菅野が合流し、その先には山本もやってくる。捕手としての課題を洗い出して、最善のリードができる方法を考えている。
そんな虎の正捕手が大役を担うことになりそうだ。この日は菊池が異例のブルペン入り。約3年間、ブルペン投球をしなかった男と18・44メートルの距離で向き合った。魂のこもった球を、かみしめるようにキャッチング。日米通算121勝のすごさを左手で感じ取った。
「球も強いし、いろんなことを考えながら投げられている。寄り添っていきながら、また実戦でいろんなことを確認したい」
投球後には入念に言葉を交わした。要求されたことの一つは構え方。「こんな高くていいんですか?」と驚くほど、今までの常識を覆された。「まず知るということが大事。その中でこちらも工夫したりしながらだと思う」。メジャー組の球を受けるのは初めてだからこそ、互いの意見交換を大切にしている。
菊池は25日にバンテリンドームでライブBPに登板予定で、坂本も休日返上で参加。菊池からは「坂本くんが明日も来てくれるので、休みですけど」と感謝された。左腕は3月7日の1次リーグ2戦目・韓国戦での先発が有力。1戦目の台湾戦は山本−若月のコンビが予想され、2戦目は菊池−坂本のバッテリーとなりそうだ。
まだ明言はしていないが、井端監督の起用の意図は推測できる。ピッチクロックやピッチコムへの対応に加えて、メジャー組との意思疎通は容易ではない。今合宿で全日程に帯同したアドバイザーのダルビッシュは「会話をしていても考えてるなというのが分かるし、頭がいいなと思いました」と坂本を絶賛。対応力の高さは持ち味の一つで、虎の頭脳が侍ジャパンでも求められている。
本戦まで残り4試合。大谷、吉田、鈴木も名古屋からチームに合流する見込みだ。「その選手ともコミュニケーションを取りながら、個々もチームもどんどん状態を上げていきたい」。大事な日韓戦でのマスクまで、あと11日。今、この瞬間も野球のことで考えを巡らせているに違いない。
2026年02月25日 05:00
阪神・高橋遥人投手(30)と、デイリースポーツ評論家の中田良弘氏(66)が対談を行った。2020年以来6年ぶりにオープン戦で登板した左腕。このまま順調なら開幕ローテーション入りは確実で、中田氏はリーグ連覇のキーマンとして期待する。一気ブレークの14勝を予言する同氏に、高橋はキャリアハイを目標にした。休日の過ごし方など、あまり語られていないプライベートも明かしつつ、今季への思いを語った。
◇ ◇
中田良弘氏(以下、中田氏)「インタビューをする前に、誰と話したいですか?と聞かれて高橋投手がいいなと。それで来ていただきました」
高橋遥人(以下、高橋)「ありがとうございます(笑)」
中田氏「今年は第1クールからブルペンに入った。何年ぶりかな」
高橋「5年ぶりくらいですね。入団4年目以来だと思います」
中田氏「それだけ順調にきているよね」
高橋「そうですね。投げられているということは過去の4、5年よりはいいのかなと思います。投げているボールに関してはまだ全然、ムラもあるし、もっと良くなるのかなと思います」
中田氏「ボルトを抜いたんだよね」
高橋「プレートとボルトは2024年の11月に抜いたんですかね」
中田氏「やっとスタートラインに立った。今年の目標はあるかな」
高橋「これまで5勝がマックスなので、それ以上は勝ちたい。ケガをしないというのは大前提すぎて、それを目標にするのは微妙ですよね」
中田氏「どこかでパーンッといきたいね」
高橋「はい」
中田氏「一つの目標とすれば開幕ローテ」
高橋「そうですね。入れたらいいなというか、入れるように頑張ります」
中田氏「それだけコンディションも整った」
高橋「はい。痛いところはないです」
中田氏「少しかゆいところがあるか」
高橋「(爆笑)」
中田氏「ブルペンでも球の勢いがあった」
高橋「一回、見てもらいましたね。具志川にいる時ですよね」
中田氏「途中でブルペンの位置も変えた」
高橋「そうです。あの時が一番、ちょっと…。もっと頑張ります」
中田氏「遥人は休みの日に何をするのか。やっぱりゴルフとかか」
高橋「ゴルフは下手くそで、地面をダフりそうなのでやってないです。キャンプ中、ケガをした時は散歩によく行っていました。今は何もしていないです(笑)」
中田氏「海を眺めながらゆったり歩く」
高橋「ちょっとした散歩じゃなくて3時間くらい。誰かを連れていきます。ケガしていなかった21年は自転車を借りて、行ったことがないところまで行くのが楽しかった。沖縄の民謡を流してペダルをこいだら全部忘れられるなと(笑)」
中田氏「今年は一年間、ローテーションを守ったら、自然と14勝くらいは勝てると思うよ」
高橋「いや全然…そんな。頑張ります」
中田氏「今年いくつになるのかな」
高橋「31歳になりますね。気がつかないうちに先輩になっていました。ケガしている間に、後輩がいっぱいです」
中田氏「いい後輩が押し上げてくるね」
高橋「頑張って追いかけます(笑)」
※この対談の模様は3月13日の「熱血!タイガース党」で放送予定です。
◆高橋 遥人(たかはし・はると)1995年11月7日生まれ、30歳。静岡県出身。181センチ、82キロ。左投げ左打ち。投手。常葉橘高から亜大を経て、2017年度ドラフト2位で阪神入団。18年4月11日・広島戦(甲子園)でプロ初勝利。度重なる故障に泣き23年オフに育成選手契約。24年7月に支配下復帰。NPB通算57試合で21勝20敗1ホールド、防御率2・79。
2026年02月25日 05:00
「阪神春季キャンプ」(24日、宜野座)
阪神は岩崎優投手が今キャンプ初めてライブBPに登板。嶋村とルーキー・谷端(日大)の若手2選手を相手に、計6打席でヒット性の当たりは1本も許さなかった。「いいキャンプになったんじゃないですかね」と全幅の信頼を寄せた藤川監督。主な一問一答は以下の通り。
◇ ◇
−練習中にドリスと話をしていた。打球が当たったことの確認か。
「手に当たったので確認しただけで、本人は全然、大丈夫です」
−シートノックを含め成熟度が上がってきた。
「どうでしょうね。キャンプが終わって、また次、甲子園球場に帰って練習ができますから。いい伸び代になればいいなと思いますね」
−投内連係を実施。確認も大切な練習になる。
「選手が疲れていたから、そういう練習にしました。オープン戦3試合に練習量も多かったので、体力を使う練習じゃないものにしましょうと決めていましたから」
−ディベイニーは連日、鍛錬を積んでいる。
「シーズンに生きてくればいいですよね」
−ディベイニーはこれからステップアップか。
「23日の日本ハム戦でDHに入れて守備に就かなかったのは、地方球場のグラウンドはあまり使用しないからです。足場をならすのは十分かなというところ。向こうに帰って、またですね」