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2026年03月09日 19:54
〇今シーズンからオイシックスのCBO(チーフベースボールオフィサー)に就任されましたけれども、ご自身の周りの反響はいかがですか。 《桑田さん》本当に新潟に行くのっていう感じで。まあ行くよといろいろね新しい挑戦してくるねっていう感じなんですけどね。まあでもみんなあの興味を持ってくれて応援しますって言ってくれてますので非常に僕も楽しみにしていますし選手たちも大きな力になるんじゃないかなと思いますね。 〇春季キャンプにも参加を実際にされて直接ボールを握りながら指導される姿もありましたけれども手応えいかがですか? 《桑田さん》本当にね僕が思っていた以上に一生懸命取り組んでいる選手たちを見て感動しましたし、この選手たちを育ててあげたいなぁって思いましたね。 〇改めて桑田さんの実績を。高校時代全5大会で甲子園ベスト4以上。甲子園行くだけでもすごいのに5大会中4大会で決勝に甲子園進出していると。 《桑田さん》まあでも3回負けてるんですけどね 〇そしてプロ野球時代は読売巨人軍で21年間で173勝。メジャーリーグでもプレーをしまして引退後は巨人の二軍監督でイースタンリーグの優勝にも導きました。 そんな中で今回オイシックスのCBO就任になったわけですけれどもこれお話というのはどれくらいからあったんでしょうか 《桑田さん》10月末に対談することになって11月初旬ですね何度も熱いメッセージをいただきながらまた自宅にも押し寄せる人もいてですね。その思いを聞くたびにですねいや僕はちょっと今年あの来年は難しいよって話してたんですけど、何度も会うたびにですねいや何とか力になりたいなって思ってですね、最終的にあの契約することになりました。 〇その決断に至った何か心に響く言葉などはあったんですか 《桑田さん》でもやっぱりオイシックスの選手たちっていうのはNPBを戦力外になった選手かドラフトに指名されなかった選手ということで非常に戦力的に厳しいチームだと思うんですね。そこで何かきっかけをつかんで成長できる何かが僕にはできるんじゃないかなと思ったんですよね。やはり何かこの気づきとかきっかけがあると劇的に成長する選手もいますので、そういった気づきとかきっかけをつかんで成長する選手を一人でも、二人でも増やしていけたら、なんか嬉しいなと思ったんですよね。 〇きっかけを与えてあげられるような、そういった存在になっていきたいと。 《桑田さん》どちらかというと野球選手って自分の気持ち良い練習、自己満足の練習する選手が多いんですけどなんとか自己実現できる、本当に必要な練習をして実力をつけていってもらいたいなと思いますね。 〇実際指導されている中で今のこのオイシックスのチームであり選手の皆さんのポテンシャルってどう感じてますか? 《桑田さん》いやポテンシャルはあると思いますね。ですからあの言い方変えれば伸びしろがすごくあるんですよ。自分の殻を破るきっかけ作りをしていきたいなと思ってますけどね。 〇今回CBOという立場になられたわけですけれども、最近では球界でも広がりつつあります。そもそもまずCBO(チーフベースボールオフィサー)とは選手への指導のほか球団運営やチーム編成などほんと多岐にわたって球団の発展に貢献する役割としてこのチーフベースボールオフィサー。ここ最近ですと日本ハムファイターズでは栗山秀樹さんがソフトバンクホークスでは城島健二さんが実際にこのCBOになられているわけなんですよね。 1 2 3 次へ
2026年04月15日 06:00
巨人4―3阪神(セ・リーグ=14日)――巨人は八回、大城のソロで追いつき、九回に松本の適時打で勝ち越し。
その裏をマルティネスが締めて接戦を制した。阪神は救援陣が粘れず、連勝が4で止まった。
移籍後初白星こそ逃したものの、巨人の則本は「先発の勝ちは運」と気に留めなかった。6回2安打無失点で、阪神の強力打線を抑え込んだ。救援陣が逆転を許した後も、ベンチで声を張り上げ続け、終盤に再び試合をひっくり返したチームの勝利を喜んだ。
先発予定だった9日の広島戦が雨で流れ、中11日での登板。その分、「いい調整ができた。体の状態も、前回登板より良かった」という。十分な休養の効果もあり、一回に150キロをマークするなど、前回登板より球威は増した。2点リードの六回、走者を1人置いて3番森下を迎えた場面では、臆せず速球で押し込むと、最後は外角低めの148キロで見逃し三振。マウンドで雄たけびを上げた。
滋賀県出身で、幼い頃は阪神ファン。「まさか巨人のユニホームを着て対戦することになるとは思わなかった。特別な思いはある」と、登板を楽しみにしていた。甲子園での先発は、楽天時代、2014年6月の交流戦以来。「やっぱり、雰囲気はちょっと違う」と敵地の圧力を感じながらも、久々のマウンドでは「自分らしく、落ち着いて投球できた」。完封勝利を挙げた当時と遜色ない気迫あふれる投球でゼロを並べた。
「チームが勝つことが一番大事。阪神を相手に、そこに貢献できたことが自信になった」と則本。先発ローテーションが再編され、重要なカード初戦を任された右腕は「もう少し長いイニングを投げるのが理想」と反省も忘れなかった。好調な阪神の中軸打者を封じる好投はその役割に値する仕事ぶりだった。(緒方裕明)
巨人・阿部監督「(則本は)すごくテンポも良かったし、投球内容も素晴らしかった。(大城のソロで)また自分たちに流れを持ってこられた」
2026年04月15日 05:27
球団発表
ドジャースは14日(日本時間15日)、フィリーズからマイナーのグリフ・マクギャリー投手をトレードで獲得したと発表した。フィリーズにはインターナショナル・ボーナスプールが移る。
米最大の移籍情報サイト「トレード・ルーマーズ」によると、26歳のマクギャリーはかつてフィリーズ傘下の有望株として高い評価を受け、2023年シーズン前には専門誌ベースボール・アメリカの若手有望株ランキングで球団3位に入った。しかし、2023年から2024年にかけて成績が伸び悩み、評価は後退。それでも2025年には1A、2A、3Aで計21試合に登板して2勝5敗、防御率3.44。83回2/3を投げて124奪三振、奪三振率13.34を記録した。
2025年12月のルール5ドラフトでナショナルズへ移ったが、3月下旬に再びフィリーズへ移っていた。今後は傘下3Aオクラホマシティに合流する見込みで、投手層強化の一員として期待される。(Full-Count編集部)
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
阪神は接戦を落とし、連勝は4でストップ。首位から陥落した。それでも2点を追う七回、前川右京外野手(22)の右前適時打で1点を返し、代打・高寺望夢内野手(23)がバットを折りながらも中前に逆転2点打。救援陣が打たれて逆転負けしたが、甲子園で行われた伝統の一戦で若虎が意地を見せた。切り替えて、再び白星を積み重ねる。
歓声はやがて、地鳴りのような熱狂へと形を変えていた。今季初の伝統の一戦。同最長の5連勝を目指し、前川と高寺の若虎コンビが宿敵相手に牙をむく。ただ白星には直結せず、連勝は4でストップ。首位陥落という結果になったが、劣勢ムードをはね返したシーンに虎党は胸を熱くした。
打線は六回まで2安打と沈黙。重苦しい雰囲気の中、2点を追う七回の攻撃前に放たれたジェット風船が“反撃の合図”になった。
代わった北浦を攻めて1死一、三塁の好機が到来。ここで前川が初球146キロを鋭く振り抜くと、打球は右前に抜ける適時打となった。待望の1点をもたらした本人は「(狙い球を)絞っていけたので、良かったです」と思い切りが奏功したと振り返った。
なおも2死二、三塁の場面に、ベンチは代打・高寺を送り込んだ。高寺はカウント1−1からの3球目にバットを折られたが、フラフラと舞い上がった打球は外野の芝生にポトリ。遊撃・泉口の背走も及ばず、逆転の2点中前適時打となった。
熱狂の渦に包まれたグラウンドで、背番号67は力強くガッツポーズ。プロ入り初の代打適時打をマークした高寺は「打てるボールをしっかり打とうと」と打席内での意識を明かした。
試合は序盤から巨人ペースで進み、相手先発・則本に手を焼いた。右腕とは楽天時代に3度の対戦があるものの通算で防御率0・00。その突破口を切り開いたのも、前川だった。二回2死一塁でチーム初安打となる中前打。2球で追い込まれるも、ファウルで粘りながら8球目のスライダーをヒットコースに運んだ。
開幕は2軍ながら、7日に1軍初昇格をつかんだ。この日の2安打で2戦連続マルチ安打とし、起死回生の逆転適時打を放った10日・中日戦から出場3試合連続安打。コンスタントに結果を残している。
「本当に数字を積み上げていくしかない。1年間通して、やらないといけないなという気持ち」と笑顔を一切見せず、次戦に視線を向けた。敗戦の中で際立ったのは、レギュラー奪取を狙う若虎たちの執念。燃える闘志を心に宿し、勝利につながる一打を求めていく。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
幾度もピンチを切り抜けた。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
柵越えまであとわずか−。一時逆転の口火を切る一撃にも、阪神・佐藤輝明内野手は二塁上で天を仰ぎ苦笑いを浮かべた。
「完璧だったんですけどね…」。悔しげに振り返ったのは、0−2の七回だ。2番手・北浦の代わりばなをたたいた。先頭で甘く入ったカットボールを力感なくスイング。風にも乗った打球はぐんぐんと伸びたが、惜しくもスタンドインならず、左翼フェンス上部に直撃した。それでも今季両リーグ最多9本目の二塁打でチャンスメークすると、その後、前川と高寺の適時打で逆転。「つないでくれたので良かったです」とうなずいた。
チームは則本に六回まで2安打と苦戦。佐藤輝も2打数無安打で「丁寧に投げていたと思います」と宿敵の新戦力について印象を明かす。とはいえ、5戦連続安打で打率4割をキープと好調維持。「また明日も頑張ります」と前を向いた。
2026年04月15日 05:01
15日の阪神戦に先発する巨人・田中将大投手が静かに足元を見つめた。
3月に対戦したオープン戦は森下、佐藤輝不在ではあったが3回1安打無失点の好投。「WBCに選ばれるような選手。その2人の状態はいいと思うし、打線全体的に状態がいいと思うので、どれだけそこを線にしないか。分断させることができるかどうかが大事」と表情を引き締めた。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
勝利の方程式が、巨人打線を前に崩壊した。阪神は逆転に成功した直後の八回、マウンドにはダウリ・モレッタ投手。ダルベックを一邪飛、キャベッジは1球で中飛と2アウトまでは順調だった。しかし、ここまで2安打1打点と当たっていた大城への3球目だった。
高め148キロ直球を右中間スタンドへ運ばれた。来日7試合目の登板で初失点。試合を振り出しに戻す一発を浴び「今日の投球については自分のせいなので反省するしかない」と肩を落とした。
同点の九回に登板した岩崎優投手も巨人打線につかまった。先頭の中山は初球で二ゴロに打ち取るも、続く代打・坂本勇に左前打を浴びた。浦田は犠打で2死二塁となり、迎えたのは松本。直球を適時左前打とされ、勝ち越しを許した。岩崎も今季6試合目の登板で初失点し、初黒星を喫した。
それでも左腕は試合後「次が大事だと思うのでまたしっかり頑張ります」と前を向いた。モレッタも「次に切り替えて頑張ります」と気を引き締めた。悔しい1敗を無駄にせず、次戦につなげる。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
巨人・則本昂大投手が6回2安打無失点の圧巻投球をみせた。
2026年04月15日 05:01
「ファーム・西地区、阪神4−3ソフトバンク」(14日、日鉄鋼板SGLスタジアム尼崎)
「左手首の関節炎」で2軍調整中の阪神ドラフト1位・立石正広内野手(創価大)が「5番・左翼」でスタメン出場し、約3週間ぶりに実戦復帰した。3打席に立ち、復帰後初安打こそ生まれなかったが「試合にしっかり出場できたので良かった」と喜びをかみしめた。
「5番・レフト、立石」のアナウンスと観客の拍手に包まれながら打席に入った。二回1死で迎えた復帰後初打席。最終的には空振り三振に倒れたが、初球からスイングを仕掛け、積極的な姿勢を見せた。2、3打席目も快音は響かず「課題はいっぱいある。しっかり整理して臨みたい」と次戦を見据えた。
1月の新人合同自主トレで発症した「右脚の肉離れ」が癒え、3月25日にリハビリ組から外れた。しかし、同日のファーム・オリックス戦(京セラ)で今度は左手首を負傷。「ちょっと時間がかかると知った時はショックな部分はありました」と開幕直前でのリハビリ生活への逆戻りに、心は穏やかではなかった。
それでも、選手寮で1軍の試合を欠かさず観戦。「毎試合強い。『この舞台でやりたい』と毎日思わせてくれた」と自室のテレビを眺めながら刺激を受け続けた。
この日の試合では、SGLで初めて外野を守り、八回の守備からベンチに退くまで無失策。試合後には約30分間の居残り特守にも参加した。患部の状態は「大丈夫です」と力強い。“完全復活”に向けて歩みを進める。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
4万2603人の悲鳴とため息が、銀傘に反響しグラウンドに降り注いだ。大観衆の落胆を包み込むように、小雨が混じる夜風が通り抜けていく。阪神は終盤の一時逆転で見せ場を作ったが結果的に方程式崩壊で、連勝4でストップ。試合後、藤川球児監督は「展開的にタイガースっぽくはなかったですね」と敗戦を表現した。
二回だった。先頭・ダルベックの打球を木浪がファンブル。球足の速い打球が捕球手前でバウンドを変えた。拾い直した一塁送球もそれ今季初失策。キャベッジには中前打を浴び一、二塁とピンチが広がった。ここで打席に大城。フルカウントから二塁左を襲った打球は、中野がバウンドを合わせられず外野へ抜けた。
4−6−3の併殺が一転、記録は中前適時打で失点。続く増田陸にも適時二塁打を浴びた。試合前の時点でチーム失策はリーグ最少タイの「3」。守備率は同トップの・995と鉄壁を誇る守備陣が、本拠地で“っぽくない”ミスを連発。巨人が好守を連発する一方で対照的な試合となった。七回、一塁・大山のファンブルを含め、複数失策は今季初めてだった。
途中交代した木浪は「バウンドが変わった?全然。自分のミスです」と言い訳はせず「反省なので、しっかり意識してやるだけ」と唇をかんだ。昨季から甲子園球場のTG戦は9戦連続で1点差ゲーム。宿命のライバル対決に指揮官は「これを経て、また強くなっていけばいいだけですから」と気持ちを前に向け、ミスを責めなかった。
「やはり巨人も全力できていますからね。お互いにギリギリの勝負をしていくと。明日もそれが続く。頑張りましょう」
唯一の懸念材料は救援陣の整備か。石井の負傷、及川の不調で昨季無双を誇った方程式が崩壊。この日は1点リードの八回、モレッタが同点アーチを浴び、同点の九回に岩崎が決勝打を許した。長いシーズンを無失点では防げないが、2人の不在をカバーする若手の台頭が欲しい。ただ、伝統の一戦はこれで2勝2敗。ギリギリの勝負から結束力を高めていく。
2026年04月15日 05:01
「ヤクルト5(降雨コールド)3DeNA」(14日、坊っちゃんスタジアム)
六回表途中、降雨コールドで勝利が決まるとヤクルト・池山隆寛監督は整列したコーチ、選手たちとハイタッチをした。1軍監督就任後、初の松山での“凱旋”試合で白星をつかみ、今季2度目の3連勝。「良かったです。もう(ウイニング)ボールも頂いた」と充実感に浸った。
雨が降り注ぐ中、執念を見せた。2点を追う五回。選手を心から信頼し、打って勝つ池山野球の真骨頂を披露した。無死一、二塁で起用した代打・橋本は送りバントではなく中前打で好機を拡大。「星哉(橋本)なら打って返してくれると思っていました」。その後一挙4点を奪って逆転し、「本当によくつながった」と目を細める。
松山は“ブンブン丸”発祥の地だ。現役時代に自主トレを行い、礎を築いた。多くの関係者や知人が観戦に訪れた一戦。やはり特別な感情がある。「監督で帰ってこられたのはすごく喜びもあります。試合前に『勝つゲームを見せる』ってみんなに宣言してたので本当に良かった」と感慨深げだ。
「雨の中、応援していただいて本当にありがとうございました」とファンに心から感謝した将。首位の座を奪回し、貯金は今季最多の7となった。DeNA戦開幕4連勝は1993年以来33年ぶりだ。第二の故郷でついた猛烈な勢いを今後の戦いにつなげていく。
2026年04月15日 05:01
「ロッテ1−5日本ハム」(14日、ZOZOマリンスタジアム)
やっぱりホッとした。
2026年04月15日 05:01
「阪神3−4巨人」(14日、甲子園球場)
今年は競り勝つ。巨人・阿部慎之助監督はナインらをたたえながら、大きくうなずいた。「こういう緊迫した試合が去年から続いているので、本当に紙一重のところを持ってこられるか。そこだけの勝負だと思います」。言葉ににじむ執念を体現した。
2点のリードを則本昂大投手が懸命に守るも、七回に逆転された。だが直後、大城卓三捕手の放った2号ソロが沈みかけた流れを引き戻す。ベンチの空気が一変した。九回には松本剛外野手が決勝打を放ち、初のヒーローインタビューに「やっとジャイアンツの一員になれたかな」と笑った。
新戦力が加わり、競争は熾烈(しれつ)さを増した。昨季は阪神相手に8勝17敗。1点差での惜敗が8度と、あと一歩を取りきれなかった現実があった。だからこそ、この1勝を巻き返しの合図としたい。指揮官は「粘り勝った」と言い、大城の同点弾には「流れは完全に向こうに行ったけど、あの本塁打でまた自分たちに流れを持ってこられた」と表情を緩めた。
一気にボルテージが上がった状態の敵地で追いつき、追い越した価値ある1勝。昨季こぼし続けた白星を、今季は手放さない。
2026年04月15日 05:01
「オリックス5−1西武」(14日、京セラドーム大阪)
WBC出場組の4年目左腕、オリックス・曽谷龍平投手が、遅ればせながらの今季初先発で5回1失点と力投し、昨季7月11日・日本ハム戦以来となる今季1勝目をマーク。チームの連敗を2で阻止した。
「僕にとっても開幕戦でもあったので、悔いのないよう飛ばしていった。昨季7月以来の勝利?大きいです。でも、まだ始まったばかりなので、しっかりシーズン通して投げられる準備をしたい」。WBC終了後は首脳陣の配慮を受け、2軍戦で再調整。六回以降の投球には「帰ってきたらハイタッチされて…いかせてくださいも言えなかった」と笑ったが、得意のスライダーがさえ渡る上々の発進だった。
同じWBC出場組だった宮城が左肘靱帯損傷で戦列離脱。改めて「そこをカバーするのは(先発の)僕たちしかいない。戻ってくるまで耐えて、頑張っていきたい」と話した曽谷。今後も“有言実行”に期待だ。
2026年04月15日 05:01
デイリースポーツの記録担当がプロ野球のさまざまな記録をひもとく新企画「記録の向こう側」(随時掲載)がスタート。今回は満40歳以上での最多通算本塁打を取り上げる。
◇ ◇
Q…満40歳以上での最多通算本塁打は?
A…門田博光の133本
南海球団最後の年となる、1988年。開幕前の2月26日に、門田は40歳の誕生日を迎えた。シーズンも佳境に入った夏場に、「球団をダイエーに売却」「福岡への本拠地移転」という衝撃のニュースが届く。ベンチには報道陣が殺到し、ガラガラだった大阪球場の客席は大観衆であふれた。一変した状況にあっても顔色一つ変えず打席に立ち、44本塁打、125打点で2冠を獲得。チームは5位に沈んだが、堂々のMVPに選ばれた。
家族のため、そして試合前に奈良市内の自宅で繰り返してきた「ルーティン」を守るため、関西球団での現役続行を申し入れた。近鉄との争奪戦を制し、時を同じくして阪急ブレーブスを買収したオリックスへの移籍が決まる。
希望通りの自宅通勤を勝ち取った門田は、新興球団への恩返しを心に誓う。41歳の89年に33本塁打、42歳の90年も31本塁打。優勝こそならなかったが、若き日の中嶋聡(後の監督)に振り抜くコツを伝えるなど、大きな土産を置いた。
90年オフにオリックス球団に申し出て、自由契約に。「最後はホークスで」と、ダイエー移籍を許された。43歳の91年に18本塁打、44歳となった92年は7本塁打で、引退となった。
なお40歳以降の通算本塁打は、以下【2】金本知憲80【3】山崎武司79【4】アルトマン60【5】落合博満58と続く。文字通り桁違いの数字を残した「不惑の大砲」を追い越す選手は、当分現れそうにない。※本塁打数は40歳の誕生日から起算
(デイリースポーツ・高野 勲)