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2026年01月13日 16:47
大谷翔平はオフは複数のCMに登場している オフの挙動も大きな話題だ。ドジャースの大谷翔平投手がこのオフ、複数本のCMに出演していることにLAの地元メディアが注目。「地球上で最高の野球選手」と評しつつ、スポンサーの広告塔としてグラウンド外でも圧倒的な存在感を放つ姿に注目している。 地元メディア「ドジャース・ネーション」は「ショウヘイ・オオタニ、今オフに複数の注目度の高いCMで主役を務める」との見出しで10日(日本時間11日)に記事を掲載。マルチな才能に「ドジャースのスーパースターであるショウヘイ・オオタニにできないこととは何だろうか?」と投げかけている。 投打二刀流で活躍するスーパースターを「まさに一生に一度現れるかどうかのレベルの選手」と称賛。ドジャースとの10年契約は8年残っていることもあり、「背番号17番のプレーを毎晩のように見ることができるのは光栄なことだ」と述べている。 その上で、大谷が現在はCMで“活躍”している事象を紹介。「何でもこなせる選手であり、このオフシーズンにはカメラの前にも数多く登場し、国内外で注目度の高いCMに4本出演している」と報じ、野球の枠を超えた影響力に触れている。 スター性と経済的価値についても同メディアは高く評価。「オオタニは間違いなく地球上で最高の野球選手であり、現時点では最も市場性が高い存在でもある」と言及。大谷がスポンサーを務めているCMを紹介。そのうちの一つでもあるニューバランス社については「彼は約3年間にわたり同社と契約しており、ブランドの成長を支える(重要な)中心人物となっている」と、大谷の継続的な貢献を強調していた。(Full-Count編集部)
2026年02月17日 10:00
巨人・石塚裕惺は2年目のブレイクに期待がかかる。
プロ1年目の昨季はファームで55試合に出場して、打率.327、3本塁打、25打点、4盗塁、得点圏打率.405と勝負強さを見せれば、一軍でも9試合に出場してプロ初安打を放った。シーズンオフに参加したオーストラリアのウインターリーグでは21試合に出場して、打率.318、3本塁打、16打点の成績を残した。
ショートを主戦場にしており、長年巨人のショートとして活躍してきた坂本勇人のような活躍を期待したくなる。当時と時代状況が全く異なるので、参考になることは少ないが、坂本の高卒1年目、2年目の成績を見ると、1年目の07年は一軍で4試合に出場して、放った安打は1本。ファームでは77試合に出場して、打率.268、5本塁打、28打点の成績だった。
2年目の08年、ヤクルトとの開幕戦に『8番・セカンド』でスタメン出場すると、故障した二岡智宏に代わって翌日からショートでスタメン。3試合目の3月30日のヤクルト戦でシーズン初安打を放つと、4月6日の阪神戦でプロ初本塁打。それも満塁本塁打の離れ業。開幕直後は主に7番や8番の打順を打っていたが、4月18日の広島戦で1番でスタメン出場すると、上位の打順で出場することが増えた。5月に月間打率.177と落ち込むと、再び下位の打順を任されたが、7月が月間打率.298、8月が月間打率.279、9月が月間打率.287をマークするなど、全144試合に出場して、打率.257、8本塁打、43打点、10盗塁の成績を残した。
当時は3番・小笠原道大、4番・ラミレスが打線の中核を担い、阿部慎之助、李承菀など2年目の坂本をカバーできるだけの人材がいた。今季の巨人は絶対的な4番だった岡本和真がメジャー挑戦し退団。打線の軸となる選手が不在の中で、石塚を開幕から固定して起用し続けるには、オープン戦から結果を残し続ける必要がありそうだ。当時中心選手がいたとはいえ、坂本も結果を残してポジションを掴んだ。石塚も坂本のような2年目を歩めるか注目だ。
2026年02月17日 09:21
今年も夢の対談が実現!阪神前監督の岡田彰布オーナー付顧問(68)と、日本ハム・新庄剛志監督(54)が2年連続で沖縄県のエナジックスタジアム名護でぶっちゃけトークを展開した。来訪を歓迎した新庄監督が、昨季の2位から16年以来の優勝を目指すシーズンを前に、監督として日本一と2度のリーグ優勝経験を持つ阪神の大先輩を質問攻めにした。球界屈指のカリスマ性を持つ2人による貴重な掛け合いの裏側とは−。
◇ ◇
やはり息が合うと痛感した。進行役の私は、岡田顧問と事前に質問内容などを打ち合わせていたのだが…。切り出すタイミングが難しいほど、2人だけの会話が弾んだ。
予定時間をオーバーしても、こちらが止めづらいほどの盛り上がりだった。対談を終えた岡田顧問は、私に向かって「おまえ、聞くことほとんど聞いてへんやん。こういうこと聞きますって言うてたのに(笑)」と言うほどしゃべり倒した。
18日の対談記事では、新庄監督が事前にメモしてきたことを質問する場面が出てくる。本気でヒントを得ようとする姿勢に、岡田顧問は改めて感心していた。「みんながあれぐらい考えたら、もっと野球がおもろくなるんやけどなあ」。以前からパ・リーグでは日本ハムを推している同顧問が、さらに“新庄野球”への期待を膨らませていたことは言うまでもない。
また、末筆ながら2年連続で球団の垣根を越えた企画を理解してくださった両球団に、この場を借りて御礼申し上げます。(デイリースポーツ・西岡 誠)
2026年02月17日 09:12
侍ジャパンのWBC事前合宿が17日、第2クールの初日を迎えた。
9時過ぎにメイングラウンドのスタンドが開放されたが、いきなり場内アナウンスが響いた。内容は午前中のメイングランドでの練習は近藤と周東、森下の3人だけというもの。投手と捕手、内野手は木の花ドームで非公開練習を行うため、観客は様子を見ることができない。
午前中は3人だけのアップやキャッチボールなどを見ることになりそうだ。バックスクリーンのビジョンにも「本日の午前中の練習につきまして」という案内がテロップで流れている。
2026年02月17日 09:10
ソフトバンクを戦力外となった又吉克樹が17日、メキシカンリーグのユカタン・ライオンズに移籍することが、同球団の公式Xで発表された。
2026年02月17日 09:02
「阪神2軍春季キャンプ」(17日、具志川)
阪神のドラフト1位・立石正広内野手(22)=創価大=が具志川組に合流した。
右脚の肉離れで別メニュー調整が続く立石は今キャンプを具志川でスタートさせたが、9日に宜野座組に初合流。変わらず別メニュー調整を続けたが、12日には初めて宜野座のメイングラウンドで練習を行い、屋外ロングティーで豪快なスイングを見せるなど虎党を沸かせていた。
また、嶋村麟士朗捕手(22)、百崎蒼生内野手(20)、井坪陽生外野手(20)、前川右京外野手(22)、小野寺暖外野手(27)も具志川組に合流。17日は具志川でDeNAとの練習試合が行われる予定だったが、天候不良のため当日に中止が発表された。
2026年02月17日 09:00
「ずっと目標にしていたので、これだけは変えたくない」。
ロッテ・山口航輝はプロ入りから毎年30本塁打を目標に掲げてきたが、今季こそクリアするつもりだ。
山口は3年目の21年にプロ初本塁打を含む9本塁打を放つと、翌22年には9月22日のオリックス戦で3打席連続本塁打を放つなど、同年はチームトップの16本塁打。23年も14本塁打を放ち、24年は2本塁打にとどまったものの、25年は8月にパ・リーグタイ記録となる4打数連続本塁打を放った。
30本塁打への思いについて「そこに向かってやっていく必要が絶対あると思うので、そこはブレずに追い続けたいと思いますね。ここでぶれたら本当に何のために野球をやってるんだ。今まで何を追っかけてきたんだというふうになってしまうと思う」と吐露。
「今までの数字を見て30本はなかなか言いにくいですけど、僕の目標でもあるし、入ってきた時からの目標があるので、そこは絶対にブラさず、誰に何を言われようがそこは変えたくないと思います」と力を込めた。
山口の課題は“継続性”。シーズン通して本塁打を打ち続けるために必要なことについて、「気持ちの面とかも大事になってくるのかなと思います。打ってる時はみんなそうだと思うんですけど、打ってる時は打てるんじゃないかと思うので、どこかで力みがあったり、どこかでやらなきゃいけないところを考えてしまう時はなかなかいい結果が出ないと思うので、いかに冷静に打席に立てるかが大事になってくるかと思いますし、あとは練習するだけかなと思います」と昨年、契約更改交渉後の会見で語っていた。
“気持ち”、“切り替え”の部分では、総合格闘家のヒロヤさんに会った際に、切り替え方について質問したという。そこで、ヒロヤさんから“人間誰もが落ち込むもの。その後の行動でどうしていくかというのが大事になるぞ!”とアドバイスをもらったそうだ。
1月の自主トレはZOZOマリンスタジアムなどでハードなトレーニングを行ってきた。2月の都城キャンプは「怪我なくいい感じに終えられたので、良かったです」と振り返り、「ここから実戦が入ってくるので、実戦の感覚をよくしていきたいと思います」と話した。2月15日のヤクルトとの練習試合では、0−1の9回無死走者なしの第4打席、荘司宏太が1ボールから投じた2球目のストレートを打った瞬間にそれとわかる、レフトへ特大な一発を放った。
本拠地をZOZOマリンスタジアムに移転後、日本人選手のシーズン最多本塁打は初芝清氏の25本塁打(95年・98年)。球団でシーズン30本塁打以上放った日本人選手は、86年に50本塁打を放った落合博満氏まで遡らなければならない。山口は瞬間的な活躍は何度も見てきており、そのパワーは誰もが認めるところ。コンスタントに長打が打てれば、目標である30本到達も夢ではない。
今から8年前の12月4日に行われた新入団選手発表会で「ホームランも30本以上打って、ホームラン王を獲りたいです」と当時18歳だった山口は高らかに宣言した。あれから8年――。プロ野球という勝負の世界に身を置き、良いことも、悔しいことも、多くの経験を積んできた。今季こそ、目標を達成してみせる。
▼ ZOZOマリン移転後シーズン30本塁打以上放った選手
M.ホール(1993年 / 30本)
ボーリック(2001年 / 31本)
D.メイ(2001年 / 31本)
フェルナンデス(2003年 / 32本)
ベニー(2004年 / 35本)
李承菀(2005年 / 30本)
レアード(2019年 / 32本)
取材・文=岩下雄太
2026年02月17日 08:22
昨季はレッズで打撃不振も…2021年に打率.311をマーク
“悲報”の直後に素早く手を打った。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督が16日(日本時間17日)に報道陣の取材に応じ、トミー・エドマン内野手が開幕戦に間に合わない見通しと説明した。すると、チームは元オールスター選手のサンティアゴ・エスピナル内野手を緊急補強。米ファンも「いい補強だ」と頷いている。
エドマンは2024年途中にチームに加入。勝負強い打撃と汎用性の高い守備で貢献してきたが、昨季は慢性的な右足首痛に苦しみ、シーズン後の11月に右足首の手術を受けた。ロバーツ監督は「今はまだ軽いジョギングや、ようやくスイングを始めた段階だ。野球ができる体に仕上げるには時間がかかる。最近、彼を急がせないという方針を明確にした」と現状を説明した。
その会見直後だった。米スポーツメディア「ジ・アスレチック」のファビアン・アルダヤ記者は自身のX(旧ツイッター)を更新。ドジャースがエスピナルとマイナー契約を結んだことを伝えた。春季キャンプにも招待されるという。米移籍大手メディア「MLBトレード・ルーマーズ」もこの動きに注目。ロバーツ監督の会見後に加えたことを伝え、ロースター入りを果たせば、ミゲル・ロハス内野手やキム・ヘソン内野手と二塁手争いをする可能性があるとした。
エスピナルは2020年にブルージェイズでデビューすると、2021年には三塁の準レギュラーとして92試合に出場し、打率.311、出塁率.376をマーク。翌2022年には自己最多の135試合にプレーしてオールスターにも選ばれた。もっとも、近年は成績が下降。昨季終了後にレッズからマイナー降格を提示されたが拒否してFAとなっていた。
ドジャースといえば、このオフもカイル・タッカー外野手やエドウィン・ディアス投手ら超大物を補強してきた。エスピナル自体は目立ったムーブではないものの、「素晴らしい動き」「ドジャースがまたオールスター選手を加えた」「頑張ってくれ」「活躍するに違いない」とファンも注目している。(Full-Count編集部)
2026年02月17日 08:00
「広島春季キャンプ」(16日、沖縄)
剛球がミットに収まるバチンという快音が球場に響いた。
2026年02月17日 08:00
「広島春季キャンプ」(16日、沖縄)
シート打撃にターノック、栗林、床田、森下、中崎、森浦、島内、ハーン、ドラフト2位・斉藤汰(亜大)、同5位・赤木(仏教大)が登板した。以下、練習後の新井貴浩監督の主な一問一答。
◇ ◇
−シート打撃が行われ、横一線の競争で抜けてきてもらいたい投手たちが登板。
「ターノックはいろいろな球種をしっかりと投げていた。最後に投げた斉藤(汰)、赤木も、斉藤は力のある真っすぐを投げていますし、赤木も右バッターの内角にしっかり投げ切れていたので、全体的に新人、新外国人選手が良かったと思います」
−先発挑戦の栗林も強い球を投げていた。
「いいね。フォークであれだけ空振りを取れるのは、ここ数年あんまり見ていなかった。本人もちょっと手応えあるんじゃないですか。あれだけ面白いようにね、フォークが落ちて空振りをたくさん取れていたので。本当に上々だと思います」
−シート打撃の後はブルペンでさらに投げ込んだ。
「そうだね。それも投げ込みをしたいということだったので。いいんじゃないですか」
−林も3安打。
「いいアピールをしていると思います」
2026年02月17日 08:00
「広島春季キャンプ」(16日、沖縄)
鋭い打球を次々と外野へはじき返した。広島の林晃汰内野手(25)がシート打撃で3安打をマーク。確率性向上を目指して鍛錬を継続する中での好結果に、一定の満足感をにじませた。
ターノックから中前打、森下から左前打を放つなど、柔軟性のある打撃が光った。左の大砲として期待を受け続けているが「確率よく捉えることが自分の課題」と認識。力まないスイングを「めちゃくちゃ意識している」と語る。
「試行錯誤する中で、今の形が一番しっくりきている」と進むべき道は定まっており、あとはそれを体現できるかに懸かっている。今キャンプは2軍スタートも14日から始まった沖縄1軍キャンプにメンバー入り。「1軍でずっと使ってもらえるように、アピールを頑張りたい」と力を込めた。
2026年02月17日 07:46
ダルビッシュの妻・聖子さんが感謝
野球日本代表「侍ジャパン」の宮崎合宿中にも“粋な計らい”を見せた。パドレスのダルビッシュ有投手の妻・聖子さんが15日(日本時間16日)、自身のインスタグラムを更新。ダルビッシュから旅行中にバレンタインプレゼントが届いたことを明かした。
ダルビッシュは13日から行われている侍ジャパンの宮崎合宿に参加中。子ども2人を連れ帰国しているが、他の子どもと妻の聖子さんは米国に残っていた。
聖子さんはインスタグラムで「パパが次男三男を日本に一緒に連れて行ってくれる事に」「2人をパパが連れて行けば私の負担も減るだろうと考えてくれたパパ」と感謝。続けて「私達もどこか行こうかとなり、した2人を連れて南の島にきました」と旅行したことを明かした。
そんな中、ダルビッシュから滞在先のホテルにバレンタインプレゼントが届いたそう。「ホテルを2回も変えたのに、バレンタインデーのギフトが届いたのは本当にビックリした」「ホテル変えた報告しては驚いてたのはそのためだったんだね」「ごめんね 落ち着きのない私で」と感謝と謝罪をしていた。
その後ストーリーズ機能でも「ママのテディベア(パパからの贈り物)は娘の物になりました」と投稿していた。(Full-Count編集部)
2026年02月17日 07:45
4点差を追う9回、1死満塁から走者一掃の二塁打を放った
日本ハムは15日、楽天との練習試合(金武)を9-9で引き分けた。
2026年02月17日 07:15
「日本人の今のやり方でやっていけば海外でも十分通用する」
来月にWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を控える野球日本代表「侍ジャパン」の宮崎合宿が14日から始まった。大谷翔平投手(ドジャース)らメジャーリーグ所属組はまだ合流していないが、アドバイザーとして参加しているダルビッシュ有投手(パドレス)が唯一無二の存在感を発揮。合宿入り早々から、“侍投手陣”の心をがっちりつかんでいる。
「周りの選手たちから『仏(ほとけ)だよ』と聞いていたのですが、本当に仏でした」。ダルビッシュとの初対面をこう表現したのは、隅田知一郎投手(西武)だ。「野球の知識量がすごいのはもちろん、初めてなのに僕の体の心配もしてくださいました」。予想以上の優しさにも触れ、感激の面持ちである。
ダルビッシュは合宿初日からブルペン入りし、全ての投手と万遍なく、積極的にコミュニケーションを取っている。日本代表レベルの投手たちとあって、手取り足取りのアドバイスをするというよりは、弾道測定器「トラックマン」で測定した投球データが表示されるタブレットを一緒にのぞき込みながら、同じ目線で会話を交わしている雰囲気だ。
ダルビッシュがメジャーへ移籍した2012年から、既に14年間の月日が流れた。合宿に参加しているNPB所属の投手陣の投球を見て、「自分が日本にいた時とはレベルが違う。もうこんなところまで来ているんだなと感じます」と述懐する。
今の日本の選手たちは、トラックマンなどによって得たデータを活用し「数字をちゃんと見ながら、自分がどうやっていかなくてはならないかがわかっている。メジャーリーグとはタイプが違うけれど、日本人の今のやり方でやっていけば(海外でも)十分通用すると思います」と太鼓判を押す。
それでも、現代の日本の投手たちがダルビッシュとの会話に胸を打たれ、アドバイスを求めるのはなぜだろう。1つは、日本球界でプレーしていた頃から、いち早くデータを重視し、独自のトレーニング法や体の使い方を科学的に研究していたのが、他ならぬダルビッシュだったからだろう。日本最終年に残した奪三振数、投球回数を、その後誰も超えていない
そして、日本球界にいた時に残した数字が凄い。北山亘基投手(日本ハム)は「シンプルに、ありえない成績を残されています。自分も去年1年間先発で回りましたが、見比べてみると、とんでもない違いがある。同じ先発でこんなに差ができるのかと思います。奪三振数が“おかしい”レベルですし、投球回数もおかしいです」と苦笑するしかない。
ダルビッシュは日本球界最終年の2011年に、日本ハムで28試合18勝6敗、防御率1.44をマーク。276奪三振と投球回数232はいずれも両リーグを通じてトップで、翌年以降この数字を超えた選手は日本に存在しない。
ちなみに、北山は昨季22試合に先発し9勝5敗、リーグ2位の防御率1.63という好成績を挙げたが、143奪三振、投球回数149で、さすがにダルビッシュの比ではなかった。これはもう憧れるしかない。
それでいて、頭ごなしにアドバイスするのではなく、人当たりが実に柔らかいところも、今どきの若い選手に合っているように見える。北山は「僕が聞きに行くというより、近くに来てくださる感じです。僕の方からゴリゴリ行ける人ではないので、“気付いたら話が始まっている距離感”でいてくださるのが凄くありがたいです。本当は僕から行けたらいいのですが、さすがに緊張するので……」と証言する。
「何を考えて、どうやって、その結果どう感じているのか、会話がちゃんと解決し、あやふやな部分がないくらいまで話をしてくださるので、凄くすっきりします」と北山が語るように、かなり深いところまで突っ込んだディスカッションが成立しているようだ。
逆に、ダルビッシュが若い“侍投手”から吸収するものもある。北山と高橋宏斗投手(中日)が、羽根付きのやりを投げる「ジャベリックスロー」を行っていると、興味深々に見守り、ダルビッシュの方から質問する一幕もあった。山本由伸投手がよく取り組んでいるトレーニングでもある。
「僕は単純に話をするのが好きですし、若い選手がどういう感じで野球をやっているのかを知りたいだけです」とダルビッシュはさりげない。本人によると、侍ジャパンのメンバーと帯同するのは「(今月の)20日か24日まで」。アドバイザーとしてこれ以上の存在は考えられないだけに、若い投手たちは吸収できるうちに最大限吸収しておかないと、もったいない。(宮脇広久 / Hirohisa Miyawaki)
2026年02月17日 06:56
球団発表…NPB通算503登板で173ホールド
ソフトバンクから戦力外通告を受けていた又吉克樹投手が16日(日本時間17日)、メキシカンリーグのユカタン・ライオンズと契約を結んだと同球団が発表した。
又吉は2013年ドラフト2位で中日に入団。2014年から3年連続で60試合以上に登板するなど、リリーフとして活躍。2021年オフにFA宣言し、ソフトバンクに移籍した。移籍1年目から3年連続で30試合以上に登板していたが、12年目の昨季は1軍での登板はなく、9月30日に戦力外通告を受けた。
NPB通算503試合登板で47勝32敗173ホールド11セーブの数字を積み上げた鉄腕は、11月に行われた12球団合同トライアウトにも参加した。年が明けても新天地がなかなか決まらなかったが、この日ついに新たな居場所を見つけた。
ライオンズ球団公式X(旧ツイッター)は「日本最高峰であり、世界屈指のレベルを誇るNPBにおいて、通算592イニングで防御率2.84という卓越した成績を収めた日本人投手、カツキ・マタヨシがユカタンへとやってくる。国際舞台で実証済みのその右腕は、我々の投手陣を確実に強化することになるだろう」と歓迎している。(Full-Count編集部)
2026年02月17日 06:50
三沢高を牽引した太田幸司氏が振り返る甲子園
青森県立三沢高のエースだった太田幸司氏(元近鉄、巨人、阪神、野球評論家)は1969年夏の甲子園準優勝右腕だ。延長18回0-0再試合となった松山商との決勝戦は伝説だが、その夏に向かうまでには試練もあった。春の東北大会でまさかの1回戦負けを喫して「あれで引き締まりました」。当時日大4年だった佐藤道郎投手(元南海、大洋)の指導も受け、気合を入れ直したという。
1969年春の選抜に出場した三沢高は2回戦で敗退した。浪商と延長15回の激闘を繰り広げたが、2-4で涙をのんだ。太田氏は「サヨナラでウチが勝てるチャンスはあったんですよ。満塁かなんかで小比類巻(英秋捕手)がセカンドランナー。1点取ればいいので、セカンドランナーは関係ない。サードランナーさえ還れば勝ちってところで、ちょろちょろちょろって、小比類巻が牽制でタッチアウトを食らって、結局その回ゼロで終わって……」と振り返る。
「大阪代表の浪商と互角に渡り合えたんで、自信というか、手応えをつかみました。でも小比類巻は負けたことに責任を感じて、試合が終わった後、『野球を辞める』って言い出してね、大変でした。何とかなだめましたけどね」。春の選抜でマスクを被った主将の河村真捕手が椎間板ヘルニアで離脱、以降、太田氏はこの小比類巻捕手とバッテリーを組んで伝説の夏を戦ったが、それは、そんな“騒動”を経てのことでもあったわけだ。
さらにチームにとってショックだったのが、春の東北大会1回戦で仙台工に0-2で敗れたことだった。「下馬評も“三沢高校のための東北大会、もう負ける相手はいない”と言われていたし、僕らも当然、負ける気はなかった、それが1回戦ですよ。今の楽天本拠地の宮城球場で……。仙台での開催だったので、宮城県からは3チームが出ていて、仙台工は宮城の優勝チームでもなかった。だから、もう左うちわで勝てるだろうと思っていたら、あれあれって感じで……」。
前年(1968年)秋以降で、東北地区の学校に初めて負けた試合だった。油断があったし、調子に乗っていた。「ちょっと気が緩んでいました。負けた時は悔しかったけど、あれでまたチームがまとまったというか、ふんどしを締め直して夏に行こうぜって、また違うテンションになって……。振り返ってみれば、いい薬でした。ある意味、負けてよかったのかもしれない。高校野球って何があるかわからない。そういうことも経験できたのでね」。
それまで、ほぼストレート1本で勝負していた太田氏は最後の夏に向けてカーブの練習も本格的に取り組んだという。「青森大会は真っ直ぐだけで行けても、やっぱり甲子園はそうはいかないと思ったのでね」。加えて、三沢ナインは日大の河内忠吾監督や佐藤投手にも指導を受けたという。「当時、三沢は日大とつながりがあって、以前から時々、教えてもらっていたんですけど、最後の夏の時も来ていただいたんですよ」。後のドラ1右腕から激アツ言葉のオンパレード
太田氏は1969年のドラフト会議で近鉄に1位指名されて入団するが、日大・佐藤投手も同じ年の南海ドラフト1位で、1970年のプロ1年目からリリーフとして大活躍してパ・リーグ新人王に輝く。そんな4歳年上の大学生右腕から太田氏は何度も気合を注入されたという。「『高校野球は何があるかわからんからな。どんな相手でも絶対手を抜くな! そういう手を抜いた試合をやると次に影響が出るから、とにかく目一杯行け!』とか言われました」。
激アツな言葉のオンパレードだった。「佐藤さんはよく言っていました。『俺は真っ直ぐでグイグイ押すタイプじゃないけど、ピッチャーは気持ちだぞ! 球に自分の気持ちは絶対乗り移るから、弱気になったら駄目だ! 迷ったら強気で攻めろ!』ってね。そういう精神面のことも、いろいろ話をしてもらいました。最後の夏には、それも大きかったですよ」。太田氏が常に前を向き、ひたすら腕を振り続けたのも、そんな教えを受けたからでもあった。
「佐藤さんに『俺はもう間違いなくドラフトにかかる。多分、お前もかかるだろうから、今度はプロで顔を合わせて頑張ろうぜ』みたいなことを言われたのも覚えています。佐藤さんは体がでっかくてね。で、練習用の上下真っ白のユニホームを『これやるわ』って渡されたんです。『僕にはブカブカですよ』と言ったら『いいじゃないか。これが着れるくらい、デカくなれ』って。今でも、そのユニホーム、大切に持っていますよ」
選抜後の東北大会1回戦負けのショックから、太田氏も、三沢ナインも気合で立ち直った。誰もが技量もアップさせた。「日大の河内監督からは守備のフォーメーションとか、作戦とか、頭を使う部分も教わりました。それまでは、そんなもの何にも習っていませんでしたからね」。そして1969年高校3年の夏、最後の夏、集大成の夏がやってきた。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)