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2026年03月25日 22:32
女子プロレス「スターダム」のフューチャー王座戦(25日、新木場1stRING)は王者・八神蘭奈が、さくらあやを破り初防衛に成功した。 八神は15日の横浜大会でHANAKOを破り同王座を獲得したばかり。一方、2023年3月25日にデビューした挑戦者のさくらは「デビュー3年未満、もしくは20歳以下」の規定のある同王座への挑戦がこの日で最後になる。 最後の挑戦に燃えるさくらから猛攻を浴びたが、王者も負けじと技を繰り出し一進一退の攻防を展開した。残り試合時間が3分を切っても勢いは衰えることなく、両者がダウン状態に。それでも立ち上がるとエルボー合戦で火花を散らしたが、王者が一枚上手だった。蹴り技を連発した王者は、最後に必殺技のビート・バスターを炸裂。残り試合時間19秒で3カウントを奪った。 試合後、マイクを持った八神は「さくらあやから初防衛したぞ!」と絶叫し「今日は対戦してくださってありがとうございました」と感謝の言葉を述べるとさくらは大号泣しながらリングを後にした。 そして王者は「どうしても今日勝って、やりたい相手がいたんですよ」と23年4月2日にデビューしたプロレスリングWAVEの炎華を次期挑戦者に指名。挑戦の期限が迫っているため早速今月31日の後楽園ホール大会での王座戦を希望した王者は「防衛してやるから来いよ。炎華、待ってるから!」と呼びかけた。
2026年03月25日 22:32
女子プロレス「スターダム」のフューチャー王座戦(25日、新木場1stRING)は王者・八神蘭奈が、さくらあやを破り初防衛に成功した。
八神は15日の横浜大会でHANAKOを破り同王座を獲得したばかり。一方、2023年3月25日にデビューした挑戦者のさくらは「デビュー3年未満、もしくは20歳以下」の規定のある同王座への挑戦がこの日で最後になる。
最後の挑戦に燃えるさくらから猛攻を浴びたが、王者も負けじと技を繰り出し一進一退の攻防を展開した。残り試合時間が3分を切っても勢いは衰えることなく、両者がダウン状態に。それでも立ち上がるとエルボー合戦で火花を散らしたが、王者が一枚上手だった。蹴り技を連発した王者は、最後に必殺技のビート・バスターを炸裂。残り試合時間19秒で3カウントを奪った。
試合後、マイクを持った八神は「さくらあやから初防衛したぞ!」と絶叫し「今日は対戦してくださってありがとうございました」と感謝の言葉を述べるとさくらは大号泣しながらリングを後にした。
そして王者は「どうしても今日勝って、やりたい相手がいたんですよ」と23年4月2日にデビューしたプロレスリングWAVEの炎華を次期挑戦者に指名。挑戦の期限が迫っているため早速今月31日の後楽園ホール大会での王座戦を希望した王者は「防衛してやるから来いよ。炎華、待ってるから!」と呼びかけた。
2026年03月25日 22:30
ノア25日の品川大会でGHCヘビー級王者のYoshiki Inamura(33=稲村愛輝)が元JTOの稲畑勝巳(25)とのシングルマッチに勝利。期待の新人へエールを送った。
JTOでファイヤー勝己として活躍していた稲畑は、ノアで一から練習生として出直し今年1月の新宿大会で再デビュー。稲村は団体最高峰王者としてこの日、自ら胸を貸した。
試合は両者は意地の張り合いに。稲畑のチョップを真っ向から受けて立った稲村は、無双を丸め込みで返されるあわやの場面も見せたが、ラリアートを何発も発射し逆転。改めて無双でマットに叩きつけて勝利し、王者の貫録を見せつけた。
試合後バックステージで稲村は「ユーはすべてをチェンジしたくてノアに来たのかもしれない。だけど、今までやってきたプロレスをチェンジする必要はない、ノー・ネセサリー。ユーはユーが思った通りのプロレスをして、このノアでトップに立つことをミーはホープしているよ。ティースをしっかりかみしめて、上までクライムアップしてきてください」と稲畑へ期待を寄せていた。
2026年03月25日 22:28
ノア25日の品川大会でカイ・フジムラ(30)がメインイベントのイリミネーションマッチに勝利。因縁の兄アレハンドロとの一騎打ちが決定的となった。
この日カイはアルファ・ウルフ、タダスケ、政岡純とともにドラゴン・ベイン、アレハンドロ、小田嶋大樹、ダガ組と対戦。通常のルールに加えてオーバー・ザ・トップロープを採用したイリミネーションマッチで激突した。
一進一退の攻防の最後は小田嶋との一騎打ちに。回転地獄五輪からのジャーマンスープレックスで3カウントを奪われそうになったが、タダスケがレフェリーの足を引き黒いアシスト。九死に一生を得ると、トラースキックで攻勢に転じ、最後はデスハンガーで3カウントを奪った。
試合後マイクを持ったカイは「ドコ…オニイチャン…」と自身が裏切った元相棒のアレハンドロを探す。「もっと俺と遊んでよ…」と挑発したところ、アレハンドロに4月1日後楽園大会での一騎打ちをぶち上げられる。カイは不敵な笑みを浮かべるばかりだったが、マイクを代わったタダスケが「おもろそうやのう」とこれを了承。兄弟対決が決定的となった。
2026年03月25日 22:26
ノア25日の品川大会で「ロス・トランキーロス・デ・ハポン(LTJ)」の内藤哲也(43)がOZAWA(29)と初対戦した。
2026年03月25日 22:23
「ボクシング・デイリースポーツ後援・第116回オーバーヒート・ボクサーズナイト」(25日、後楽園ホール)
ライト級4回戦で川島丈(21)=フラッシュ赤羽=がクンコウ・ワンチャロ(19)=世田谷オークラ=に判定勝ち。デビューから負けなしの4連勝(2KO)とした。
ここ数日体調不良が続き、この日の朝も「試合は難しい」というような状態だったという。それでもリングに上がると、サウスポーながら1Rに右フックでダウンを奪うなど、相手の動きを見極めながら効果的なパンチを繰り出し、有利に試合を進め判定勝ち。「何とか勝ててホッとしています」と言い、今後については「コンディションが良い状態でないと、6回戦では勝ち上がれない。一度リセットします」と、立て直した上で目標の日本チャンピオンを目指していく。
2026年03月25日 22:23
「ボクシング・デイリースポーツ後援・第116回オーバーヒート・ボクサーズナイト」(25日、後楽園ホール)
メーンのバンタム級8回戦で、日本バンタム級13位の印波優心(23)=レイスポーツ=が、頼政和法(33)=レパード玉熊=にフルマークの判定勝ちした。
これが昨年9月の日本バンタム級ユース王座決定戦で判定負けからの再起戦。1回からスピードある連打を何度も繰り出し、終始試合を優位に進めるなど相手を圧倒。いい形で再スタートを切った。
「通過点と思っていたユースで負けたことが大きかった。でも諦めず、次は1個上の日本タイトルを狙っていくためにも、フルマークで勝つことができて良かった。次につながるいい試合になった」と、今後へ大きな手応えをつかんだようだ。
2026年03月25日 22:21
「プロレス・ノア」(25日、品川ステラボール)
GHCタッグ王者の「ロス・トランキーロス・デ・ハポン(LTJ)」内藤哲也(43)&BUSHI(42)が、4月12日の名古屋大会で挑戦を受ける悪徳集団「チーム2000X」OZAWA(29)と6人タッグマッチで初対戦した。自軍のRYUSEI(26)が撃沈し前哨戦は黒星発進となったものの、昨年GHCヘビー級王者として方舟マットを席巻した新世代ヒールと初の手合わせを終えた内藤は「今日初めて体感したけど、俺的に去年のプロレス大賞MVPであるOZAWA選手、噂通り、いや噂以上だったよ」と不気味なほどの“ホメ殺し”に終始した。
内藤はともに先発したOZAWAとゆっくりと手を合わせ、寝そべってのトランキーロポーズを繰り出したが、逆にOZAWAに宙返りしてからのトランキーロポーズでお株を奪われた。試合はRYUSEIが捕まって苦杯を喫したが、内藤は「あの落ち着きっぷり、冷静に試合状況を見ている感じとか、すごいなっと素直に思いますよ。まだ彼はキャリアが短いんでしょ?いろんなことを経験したらものすごい存在になるんだろうね」とOZAWAへの賛辞を並べた。
「彼とこのタイミングでの対戦、めちゃめちゃ楽しみだよ。俺より年齢とキャリア以外、全ての面で彼の方が上回ってるんじゃない?すごいよ。そんな彼を全身で感じられることがすごく幸せだし、彼を経験した俺がどうなってしまうのか、自分自身でも想像できないから、楽しみにしてますよ」と、どこまでが本心かわからないもののホメ殺しに終始した。
一方、OZAWAはデビュー間もないRYUSEIを標的に毒ガスを放出。自身も新日本の練習生だった過去が明らかになっているが、「新日本プロレスの安田(優虎)の双子の兄貴、RYUSEI。お前の場合は(新日本の練習生を)クビになっても当然だったな。私は才能にあふれておりますので(新日本を)クビになった理由は理不尽。あの…(名前を出しかけて口ごもりながら)あのゴミの見る目が無かった」と主張。「お前はなぜか内藤哲也の下についているようだけど、内藤哲也も、自分の身のまわりのこともろくにできないやつが新弟子の育成なんてできるわけない」と言いたい放題で、「次回もまたボコボコにしちゃおうかな」と勝ち誇った。
次回は、4月1日の後楽園ホール大会の8人タッグマッチでLTJとT2Xが激突する。
2026年03月25日 22:15
朝倉未来が社長を務める1分間最強を決める格闘技イベント「BreakingDown19」で衝撃の13秒KO負けに終わった“ミスター・ブレイキングダウン”の異名を持つ川島悠太が22日、朝倉海のYouTubeチャンネルで公開された試合後の様子の動画に登場。
2026年03月25日 21:20
女子プロレス「スターダム」の若手主体興行「NEW BLOOD30」(25日、新木場1stRING)で鹿島沙希(32)と元パートナーのフキゲンです★とのチーム「東スポ大好き!」が一夜限りの復活を果たした。
鹿島は4月26日の横浜アリーナ大会での現役引退を表明。引退まで残り約1か月となったこの日NBに初出場すると、極悪軍団「H.A.T.E.」の前身である「大江戸隊」時代のタッグパートナー・フキゲンです★と越境タッグを結成し、若手の古沢稀杏&鉄アキラと対戦した。
2人が組むのは2023年6月に鹿島が大江戸隊を追放されて以来約2年9か月ぶり。久しぶりのタッグに手をつないで現れたが、入場するなりフキゲンに振りほどかれ悲し気な表情を浮かべた。
試合では奇襲攻撃を仕掛けられた2人だったが、フキゲンがつかまると鹿島が場外から鉄の脚を引き東スポで殴りまくり。久しぶりに極悪殺法を繰り出すと満面の笑みを浮かべた。
その後も東スポで鉄をしばき倒した鹿島だったが、古沢にアンクルホールドで絞り上げられるとピンチに。何とかロープに手を伸ばし難を逃れたが、「痛い! 痛い!」と大絶叫すると半べそ状態になってしまった。
それでもくらいついてくる古沢に再び足をつかまれたが、次の瞬間鹿島は靴を脱いだと同時に起死回生を炸裂。古沢を無理やり丸め込み3カウントを奪った。
試合後、マイクを持ったフキゲンから「…デース」とつぶやかれると、フキゲン専属通訳の鹿島は「4・4大阪大会がなんだって?」と問い掛ける。再びフキゲンから「デース…」と言われると鹿島は「フキゲン対鹿島沙希のシングルマッチがやりたいって? ということオカタロウよろしく」と訳し4月4日の大阪・ハービスホール大会でのシングルマッチを要求した。
最後にフキゲンポーズで近づいた鹿島だったが、フキゲンが歩み寄ってきた瞬間に東スポで殴り飛ばす暴挙に出た。そしてそのまま走り去るとバックステージにも現れず姿を消した。
2026年03月25日 19:11
1分間最強を決める格闘技イベント「BreakingDown(ブレイキングダウン)19」でRIZIN戦士の芦澤竜誠に2回KOで勝利した井原良太郎が24日、減量による衝撃の変身ぶりを公開した。
「40日での大変身。改めてすごすぎる笑笑 最後の水抜きも上手くいったし今回マジで過去一の俺だったわ」と綴り、減量前のお腹ぽっちゃりな75・9キロの姿と、減量後の61キロの姿を投稿した。
コメント欄などでは「そんな痩せるんだ!?」、「これはまじでプロ意識高い」、「短期間でこんなに変われるなんて俳優みたい」、「14・9キロはすごい」と反響を呼んでいた。
2026年03月25日 17:49
米国・WWEは24日(日本時間25日)、「シッド・ビシャス」「サイコ・シッド」などのリングネームで活躍した、サイコシッド・ユーディーさん(享年63)が2026年度の名誉殿堂「ホール・オブ・フェイム」入りしたと発表した。
団体CCO(最高コンテンツ責任者)のトリプルH(ポール・レベック氏)は、自身のXで「どの愛称で知っていたとしても、シッドの激しさはリングを越え、テレビ画面を通してでも感じられるものだった。WWEとWCWで複数回の王者となり、レッスルマニアのメインイベントを2度飾った彼は、26年度の殿堂入りにふさわしい。これを発表できるは光栄だ」と投稿。サイコシッド・ユーディーの功績をたたえた。
シッドさんは1987年にデビューし、90年代には2メートル6センチの長身を武器に、WWF(現WWE)とWCWを行き来しトップヒールとして暴れまわった。リングネーム「シッド・ビシャス」の由来は、英国の伝説的パンクロックバンド「セックス・ピストルズ」のカリスマベーシスト。長身から投げ捨てる豪快無比のパワーボムが必殺技で、WWEでは91年4月の祭典「レッスルマニア8」で、ハルク・ホーガンを相手にメインイベントに出場。96年11月には「サイコ・シッド」としてWWF世界ヘビー王座を獲得し、97年2月にも2度目の同王座に就いた。
2000年にはWCWで世界ヘビー級王座を2度獲得。当時の2大メジャー団体で、最高峰王座を2度ずつ獲得する快挙を達成した。だが脚のケガや素行問題が重なり、2000年代からはリング上での活躍から遠のいた。がん(悪性リンパ腫)による闘病の末、24年8月に63歳の若さで死去した。
シッドさんの息子、ガンナー・ユーディー氏は自身のフェイスブックに「私の父、サイコ・シド・ビシャスがWWE殿堂入りする。世界の支配者にして君主が、ついに栄誉を手にした。父の息子であり、そのレガシーを受け継いでいけることを誇りに思う。殿堂はこれでさらに凶暴になった」と投稿。サイコの家族も栄誉を喜んだ。
26年度のWWE殿堂入りは、ステファニー・マクマホン、AJスタイルズ、デモリッション(アックス&スマッシュ)、デニス・ロッドマンにに続いて5組目。今年の殿堂入り式典は、プロレスの祭典「レッスルマニア42」(4月18、19日=日本時間19、20日、ネバダ州ラスベガス)の前日17日(同18日)に、ラスベガスの「ドルビー・ライブ・アット・パーク・MGM」で開催される。
2026年03月25日 16:49
人気格闘家の武尊の妻で、タレントの川口葵(27)が25日、衝撃の寝相を公開した。
2026年03月25日 16:34
1分間最強を決める格闘技イベント「BreakingDown(ブレイキングダウン)19」でデビュー戦勝利を飾った黒柳禅がRIZINフェザー級王者のシェイドゥラエフに対し、自身のXで「マジでやらせてくれ 1分の戦い方シェイドゥラエフに教えてやるよ まじで打撃なら負ける気しない」と発信。格闘技関係者から反感を買っている。
RIZINに出場している宇佐美正パトリックは「そろそろ静かにしてもらえますか」と綴り、川尻達也は「これ一周回ってガチ?RIZINフェザー級のチャンピオンのシェイドゥラエフに対して冗談でもこういう事言って面白い、盛り上がると思ってのがよく分からない」と苦言を呈した。
コメント欄などでは「幻想やばい」、「そんなに強いなら何で無名なんだよ」、「こんなに色んな人間に喧嘩売りまくっての過去1じゃね?BD史上いなかった逸材だわ」、「さすがに身の程を弁えろよ」、「勘違いにもほどがある」との声が寄せられていた。
黒柳はボクシングで高校3冠の実績を引っさげてBDに参戦。デビュー戦ではキックボクサーのHIROTOにダウンを奪い、判定5−0で勝利した。
2026年03月25日 14:39
「ボクシング・ライトフライ級6回戦」(24日、後楽園ホール)
アマチュア6冠の「ザ・サンダー」片岡雷斗(19)=大橋=が鮮烈なプロデビューを飾った。いきなり日本ランク6位の大橋波月(27)=横浜龍拳=と対戦する異例の初陣となったが、鋭い左ジャブなどスピードで圧倒し、6回1分15秒レフェリーストップによるTKOで決着。憧れの井上尚弥(大橋)らが見守る前で難敵を仕留めた超新星は「プロの世界は華やかで楽しかった」と汗を拭い、「今は(勝てて)ホッとしているが、課題が見つかった。とても最高の試合になりました」とうなずいた。
敗れた大橋も、試合を支配されつつもガードを固めながら距離を詰めてボディーを打ち、レフェリーに止められるまで最終回まで我慢強く戦い抜きプロのプライドを示した。試合から一夜明けた25日に自身のXを更新し、「片岡選手への厳しい声が多いですね。井上選手には遠く及ばないとか。貴方たちは19歳という若さであの舞台であのパフォーマンスをしろと言われてできるのか。彼のボクシングは『努力の結晶』です。井上選手と比べるのではなく“片岡雷斗”を見てください」と投稿。自身が敗れた相手について井上尚弥と比較するようなSNSでの心ない意見に対し、拳を交えた者として異例ともいえる苦言を呈した上で、「彼はきっと経験を積んでさらに強くなります。日本のボクシング界は明るいです」と期待も込めた。
デビュー戦から厳しいマッチメイクを乗り越えた片岡は24日の試合後、デビュー戦について「30点」と自己採点。勝利を挙げたもののプロの洗礼も浴びた様子で「(採点は)低くつけてしまうが、相手の大橋波月選手の気持ちや技術が強かったから自分を出せなかった。(自分の中では)100点の動きを出したが、大橋選手によって低い点数になってしまった。大橋選手が強かった」と、相手への敬意を込めて振り返った。
プロ転向にあたって、大橋秀行会長(61)からは複数階級での世界王座獲得も期待されているが、プロ初戦を終えた片岡は「ミニマム級でも全然いける」と手応えを強調。「まだ生意気なことは言えないが、いつでも世界挑戦できるように準備して頑張っていきたい。これからもザ・サンダーをよろしくお願いします」と高らかに宣言した。
2026年03月25日 12:16
プロレス界の“レジェンド”藤波辰爾が24日、FMヨコハマの「PRIME TIME」(月曜〜木曜・午後7時)に生出演した。
番組では、藤波が主宰する「ドラディション」が5月22日に後楽園ホールでデビュー55周年記念イヤー第1弾大会「NEVER GIVE UP 2026 PHASE‐1」を開催することを紹介。藤波は、新日本プロレスの「H.O.T」リーダー、成田蓮と一騎打ちに挑む。息子のLEONAも「H.O.T」高橋裕二郎とシングルで対戦する。また、藤波が1月26日に出版したトレーニング本「マッチョ・ドラゴン式トレーニング 古希でも闘える体づくり」(ホーム社。税込み・2310円)を紹介した。
生放送では、藤波がリクエストした曲を流した。ドラゴンが選んだ一曲は、サザンオールスターズの「旅姿六人衆」だった。
かつてテレビ朝日系「ワールドプロレスリング」が関東地区などで土曜日の夕方に放送されていた当時、エンディングで流されていたサザンの名曲。藤波は「地方巡業のバスの中にこの曲が流れるんです。ボクは猪木さんの席の後ろだったんですけど…」と振り返り、この曲が「バスが巡業するのとピッタリ合うんですね」と感傷に浸った。
生放送を終え、改めて「旅姿六人衆」への思いを尋ねると、藤波は少し声を震わせた。
「うん…この曲を聴くと、余計に猪木さんを思い出しましたよ。ボクにとって猪木さんの姿と『旅姿六人衆』のメロディーが重なるんですよ。あぁ〜…猪木さんに会いたいな…」
16歳で日本プロレスに入門してからアントニオ猪木さんの付け人として日本全国を巡業した。1972年3月の新日本プロレス旗揚げからは、より緊密に時には離反しながら闘魂の影を追いかけた。猪木さんと共に旅したプロレス人生。旅姿六人衆とアントニオ猪木を重ねる藤波の言葉からは、亡くなってから3年あまりを経た今もなお師匠の背中を追い続けることを感じた。それは、燃える闘魂へ憧れる永遠のプロレス少年の心でもあった。72歳の藤波がリングに上がり続ける礎をそこに見た。(敬称略。福留 崇広)