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2026年02月07日 06:50
紀藤氏は楽天コーチ時代に田中将大を指導 広島、中日、楽天でプレーした右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、2006年シーズンに、野村克也監督率いる楽天の2軍投手コーチに就任した。2年目(2007年)は1軍投手コーチとなり、“野村の考え”を直に吸収できる機会も得た。その年は、甲子園を沸かして駒大苫小牧から2006年高校生ドラフト1巡目で楽天入りした田中将大投手のルーキーイヤー。課せられた田中指導のノルマは“新人王&2桁勝利”だった。 中日から2004年オフに移籍し、2005年シーズンの楽天創設メンバーの一員になった紀藤氏は、その年限りで現役を引退し、楽天2軍投手コーチに就任した。1軍がわずか1年で田尾安志監督から野村監督に交代したなかで指導者生活をスタートさせた。ID野球、野村の考えを学んだ。「カウント別の打者心理とかを勉強できたのは大きかったですね。自分がそれを現役時代に知っていたら、またちょっと変わったアプローチができたんだろうなと思いましたもんね」。 2007年シーズンからは1軍投手コーチに昇格。野村監督と話をする機会も多くなり、指導者としての引き出しも増えていった。そこで巡り合ったのが田中だ。2006年高校生ドラフト1巡目入団の大物ルーキー。「まずは怪我をさせちゃいけないなっていうのが第一ですよね。なのに、彼はやっぱり完投したいタイプのピッチャーなので(どういう状況でも)『まだ大丈夫です』っていうタイプなんですよ。そこの見極めがすごく大変だったですね」。 加えて田中指導にはノルマもあった。「球団からは『田中に、できれば新人王を取らせてほしい』と言われましたし、野村監督には『2桁以上勝たせろ』『開幕投手もいけ』って。そういう指令を受けました。開幕投手は『それは駄目ですよ』ってお断りしたんですけどね。2桁とかも“いやぁ、これはちょっと難しいのでは”と思いながらだったんですけど、田中は11勝だったかな。新人王も取ってくれたんで、肩の荷が下りた覚えがありますね」。 そんな逸材との出会いも紀藤氏にはプラスになったことだろう。「田中はいい頑固ですよ。ちゃんと吸収するんだけど頑固。これって言ったことはずっとやり続けるんです」と懐かしそうに話す。田中はその後、楽天の大エースに成長し、海を渡ってヤンキースでも活躍。2025年には巨人で日米通算200勝を達成した。プロ1勝目を見ている紀藤氏にとっても感慨深いものがある。「連絡とかはとっていませんけどね」と言いながら目を細めた。 指導者3年目の2008年シーズンも、紀藤氏は野村楽天を1軍投手コーチとして支えた。「この年は岩隈(久志投手)が21勝してくれたんですよね」。故障もあって2006年1勝、2007年5勝に終わっていた岩隈の復活シーズンに関われたことも財産になった。2005年の球団創設以来、ずっと最下位だったチーム防御率を2008年はリーグ3位の3.89にしたのも思い出の一つだ。 にもかかわらず、その年限りで退任。「それは別に何とも思わなかったですよ」とあっさり話す。「新規参入の球団なので、コーチもどんどん変わっていくのが早かったんですよ。球団としたら早く自前のスタッフ、自前の選手が欲しいわけですからね。まぁ、それが当たり前だなと思っていました」。台湾でコーチも経験「王さんに電話をいただいた」 楽天退団後の2009年は茨城県水戸市のパーソナル電電株式会社に勤務。「そこで野球施設を作ったんですよ。甲子園の土を4トン持ってきて、ブルペンを作って屋根があって……。さあ野球教室をやろうかって言っていた時に台湾(球界)からの話が来たんです。最初、同級生の武田(一浩)から電話があって『お前、台湾に行かない?』っていうから『え、なんで』ってなって『じゃあ、ちょっと王(貞治)さんに電話してもらうから』って」。 2010年シーズン、台湾・興農ブルズ投手コーチに就任した。「王さんに電話をいただいて、行くことになったんです。当時、興農には高津(臣吾投手)と正田(樹投手)が選手としていましたね」。2011年シーズンからは台湾・統一セブンイレブン・ライオンズの投手コーチとなり、2013年まで務めた。 「興農の時、楽天フロントから電話があって『来年(2011年)から統一に行ってくれないか』と言われたんです。楽天と統一がなんか提携していたんですよね。『自分は王さんに言われて興農に行ったので、それは難しいかもしれません』と言ったんですけどね。王さんに電話したら『何でだ』という話になって、その後、楽天の球団代表に王さんに話をしてもらって了承を得たんです」。 台湾では楽天時代に勉強した“野村の考え”が役立ったという。「チーム防御率を1位にできましたからね。優勝もしましたし。やっぱりピッチャーが抑えれば、チームも強くなりましたね」。 現役引退後も紀藤氏は野村監督など、人との出会いに恵まれ、コーチとしても実績を積んだ。王氏、武田氏との縁で、台湾でも貴重な体験もした。2014年に日本帰国後は水戸市のパーソナル電電株式会社に復帰し、野球教室「紀藤塾」を開校。さらには高校球界へも……。その野球人生はどんどん厚みを増していった。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
2026年02月07日 09:00
2日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2026』に出演した斎藤雅樹氏と坂口智隆氏が、西武・武内夏暉について言及した。
斎藤氏は「一昨年は素晴らしかった。プロ野球ニュースで何回も見させてもらいましたけど、本当に良いピッチャーでしたから。昨年は故障でスタートして、こう言う成績でしたけど、故障が治れば十分やっていけると思います。彼の良いところはクレバー。なんでもうまくできるピッチャー。それが出てくるといいなと思いますね」と評価。
坂口氏は「新人の頃からマウンドの佇まい、立ち姿が綺麗な投手なので、落ち着いていますし、先発陣をしっかり引っ張る、エースになってもらわないといけない存在。フル回転で頑張ってもらわないとチームとしては困る選手の一人ですよね」と奮起を促した。
武内は1年目の24年、10勝(6敗)、防御率2.17の成績を残し新人王に輝いたが、昨季は故障で出遅れた影響もあり、12試合に登板して4勝(5敗)、防御率5.26と精彩を欠いた。
☆協力:フジテレビONE『プロ野球ニュース2026』
2026年02月07日 08:00
「阪神春季キャンプ」(6日、宜野座)
7日のシート打撃で登板予定の阪神・早川太貴投手がブルペンで左右打席に打者を立たせて45球を投じた。デイリースポーツ評論家の西山秀二氏は「楽しみな存在になる」とし、“大魔神・佐々木”も例に挙げ課題も指摘した。
◇ ◇
ブルペンで村上、石井と並んで投げていた2年目の早川は今季、楽しみな存在になるのではないか。
腕が長くて、球持ちがいいので、バッターは球速以上に真っすぐを速く感じると思う。しっかりと腕を振って投げてくるスライダーもいい曲がりをしている。本人も自信を持って投げているのが見ていてよくわかった。
ただ、課題はある。スライダー以外の変化球を投げるときに腕の振りが緩んでしまう。
横浜、マリナーズで活躍した大魔神・佐々木はよく「真っすぐの腕の振りが100%なら変化球は150%、腕を振って投げないといけない」と言うが、まさにその通りで腕の振りが緩むと、打者に容易に見極められてしまう。早川がスライダー以外の変化球を投げる時の腕の振りは70%くらいに見えた。100%、120%で腕を振れるようにしたい。
また、少し投球のテンポが遅いように感じた。村上、石井が5球投げる間に早川は4球くらい。いい投手はみんな独特の速いテンポで投げてくる。腕の振りと投球テンポ。ここを勉強して改善していければ、十分に先発ローテでやっていけると思う。
2026年02月07日 08:00
「広島春季キャンプ」(6日、日南)
広島は6日、今キャンプで初めて重盗練習を行い、現役ドラフトで楽天から加入した辰見鴻之介内野手(25)が持ち味の走力を披露した。昨季31盗塁でイースタン・リーグ盗塁王にも輝いた韋駄天(いだてん)の健脚を、新井貴浩監督(49)も手放しで絶賛した。新井監督の主な一問一答は以下の通り。
◇ ◇
−重盗練習が今キャンプ初めて行われた。その意図は。
「キャッチャーとランナーの練習かな」
−得点のバリエーションを増やすという意味でも重要な練習。
「もちろん。いろいろやっていこうかなと」
−その中で新加入の辰見の走りを見て。
「速いね。速い。やっぱり武器になるね。今日パッと見てやっぱり速いなと思った。彼の武器ですね。聞いたら、タイムも速い。単純に足が速いと感じました」
−坂倉の打撃に視線を送っていた。
「いいね、すごくいいバランスで振っている。腰が据わったいいスイングをしてるなと」
−本人は去年、悔しさを味わった。
「本来持っているものは去年のような数字ではないからね。秋のキャンプから、いい下半身の使い方をしているなと見えていたけど、それが継続できている。ポイントの幅も広がっているし、すごくいいスイングをしていると思います」
2026年02月07日 08:00
「広島春季キャンプ」(6日、日南)
広島のドラフト5位・赤木晴哉投手(22)=仏教大=が6日、開幕1軍入りをつかみ取り、家族をマツダに招待すると誓った。
2026年02月07日 08:00
「広島春季キャンプ」(6日、日南)
広島の栗林良吏投手(29)と中崎翔太投手(33)が6日、別メニュー調整となった。栗林は腰の張り、中崎は下半身の張りを訴え、大事を取った。2人の状態について新井監督は「大したことはない」と説明し、軽症を強調した。
栗林は今季から先発に転向。3日のブルペンではプロ入り後初の100球超えとなる110球を投じ「テンポを上げることが課題の一つ。まずは投げる体力をつけていきたい」と話していた。中崎は5日までに3度ブルペン入りするなど順調な調整ぶりを見せていた。
2人は7日に予定していたシート打撃登板を回避。10、11日の紅白戦について指揮官は「そこは日にちを見て。トレーナーからどういう報告がくるかで決めていきたい」と慎重に判断していく方針を示した。
2026年02月07日 08:00
2日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2026』に出演した坂口智隆氏が、阪神・元山飛優について言及した。
坂口氏は「競争の激しいチームですけど、野球脳といいますかね、野球が上手な選手」と元山を評価する。「こういう選手が強いチームの一員になれたのは非常にチームにとってもプラスだと思いますし、本人にとってもレベルアップしないといけないところもたくさんありますから、そういう意味では野球のうまさに磨きがかかって、彼の力が発揮しやすいんじゃないかなと思いますね」と期待した。
元山は20年ドラフト4位でヤクルトに入団し、1年目の21年に97試合に出場。23年オフにトレードで西武へ移籍し、昨季は49試合の出場で打率.153、5打点の成績で戦力外通告を受け、今季から阪神でプレーする。
☆協力:フジテレビONE『プロ野球ニュース2026』
2026年02月07日 07:45
バンダは2024年5月に加入…昨季はチーム最多71登板
まさかの通告に驚きが広がった。ドジャースは6日(日本時間7日)、レッズからウェーバーで獲得したベン・ロートベット捕手を獲得し、これに伴いアンソニー・バンダ投手をメジャー出場前提の40人枠から外した。昨季チーム最多71試合に登板した左腕への処遇に「驚きを禁じ得ない」と地元記者も目を見開いている。
32歳のバンダは2024年5月に金銭トレードでドジャースへ移籍した。同年は48試合登板で3勝2敗2セーブ、防御率3.08の好成績を残し、自身初のポストシーズンでも10試合に投げてワールドシリーズ制覇に貢献した。昨季はシーズン序盤こそ低調だったが、チーム最多の71試合に投げて5勝1敗、防御率3.18とブルペンを支えた。
オフには年俸162万5000ドル(約2億5000万円)で新規契約を結んでおり、今季の活躍も期待されていた。愛される人気選手だっただけに、地元メディアも複雑な反応を寄せている。ニュースウィーク・スポーツのJP・フーンストラ記者はチーム事情を鑑みた時に理解はできるとしつつも、「ワールドシリーズの功労者が突然去ることは驚きを禁じ得ない」と指摘。ドジャース救援陣は昨季防御率4.21と苦しむ中で、バンダが「数少ない明るい材料だった」と名残惜しい様子だった。
また、地元メディア「ドジャース・ネーション」のノア・カムラス記者はバンダがドジャース加入前まで厳しいシーズンを送ってきたことを振り返り、その後は2度のワールドシリーズ制覇に貢献し、「彼は、ここロサンゼルスの地で自らのキャリアを劇的に変えたのである」とした。バンダは今後、他球団とのトレードか、ウェーバーにかけられることになる。(Full-Count編集部)
2026年02月07日 07:30
九州文化学園高・香田勲男監督、近鉄移籍を振り返る
望まれて移籍したはずの新天地で、痛烈なヤジを受けた。
2026年02月07日 07:10
2021年ドラフト1位の楽天・吉野創士は4年目の昨季1軍デビュー&初安打
「自分としては今年が本当に勝負の年だと思っています」。楽天の5年目・吉野創士外野手が語気を強める。。2021年ドラフト1位で入団した22歳は、昨季ようやく1軍デビューを果たしてプロ初安打もマーク。今季はキャンプ1軍を掴み、アピールに燃える。
期待の大きさとは裏腹に、入団から3年間は結果が出ずに低迷した。“ドラ1”の肩書きに押しつぶされそうになったことも数知れず。「それは正直、プロに入ったときからありました。ほかの人の目線じゃないですけど、そういうのも結構あって……」と打ち明ける。2024年オフには入団から背負ってきた「9」から「78」に変更となった。
このままでは終われないと4年目の昨季、2軍で99試合に出場して打率.250、3本塁打、29打点、長打率はチームトップの.364と光る兆しを見せ、9月29日についに1軍に昇格。4位が確定したあとの“消化試合”ではあったが、5試合に出場して打率.231(13打数3安打)に「相手投手に対する配球の整理、守備でも1軍の打者の打球の伸びなど学べること、実際にあの場に立ってわかることがありました」とうなずいた。
いい流れの中で、オフに参戦した台湾ウインターリーグでは打率.315をマーク。「シーズン中はガチガチに固まりながらやっている中なので、根本的に野球を楽しめて、それで結果的にああなったのでよかったです」とメンタル的にも成長を遂げた。
5年目の今季は同学年の大卒新人たちも入団してきた。その中には同じ外野手もいて「先に入った身として負けられない」と並々ならぬ意欲を燃やす。目標に掲げる開幕1軍、さらにはその先のシーズン50試合出場へ、「2軍同様、長打率も上げていきたい」とバットを振り込む日々だ。
「3年間結果が出ずに苦しい状態が続いた中で、4年目にちょっと“ドラ1の意地”じゃないですけど、少しは出せたと思うので、今年は本当に『やっぱりドラ1だな』ということを、ファンの方やチーム内でも思われたいです」と吉野。ここから逆襲が始まる。(町田利衣 / Rie Machida)
2026年02月07日 07:09
レッズからロートベッドをウェーバーで獲得
ドジャースは6日(日本時間7日)、アンソニー・バンダ投手をメジャー出場前提の40人枠から外した。レッズからウェーバーで獲得したベン・ロートベット捕手の枠を空けるための措置で、事実上の“戦力外”となる。
32歳のバンダは昨季チーム最多71試合に登板。5勝1敗、防御率3.18の好成績を残し、球団史上初のワールドシリーズ連覇へ大きく貢献した。ファンからの人気も高かった。4日にはアリゾナ州グレンデールのキャンプ施設で自主トレ。なぜ、そんな鉄腕が“戦力外”となったのか。
バンダは1993年生まれの32歳だ。昨季前半戦は防御率4.14と不安定だったが、シーズン終盤を5試合連続無失点で終えるなど28登板で防御率1.52を記録。万全でポストシーズンに入ったかに見えた。しかし、レッズとのワイルドカードシリーズではロースター外。フィリーズとの地区シリーズから復帰したものの、「ブルージェイズとのワールドシリーズで大乱調」だった。4試合登板して3回6安打6失点、防御率18.00と精彩を欠いた。
チームはレッズからウェーバーにかけられていたロートベッドを獲得。正捕手ウィル・スミス、若手有望株のダルトン・ラッシングがいるとはいえ、40人枠の「捕手登録は2人だけ」。長いシーズンを見据えた上で補強は急務だった。タナー・スコット、アレックス・べシア、ジャスティン・ロブレスキー、ジャック・ドレイヤーとリリーフ左腕は豊富におり、バンダは「余剰戦力」と判断されたようだ。巨大戦力を誇るドジャースだからこその苦渋の決断に見える。
今後、バンダは他球団とのトレードか、ウェーバーにかけられる。トレードやウェーバーで獲得球団がなければ、マイナー降格か自由契約となる。年俸162万5000ドル(約2億5500万円)。球団としてはウェーバー通過を目論んでいるのだろう。ワールドシリーズ連覇を支えた功労者の“これから”が注目される。(小谷真弥 / Masaya Kotani)
2026年02月07日 06:50
紀藤氏は楽天コーチ時代に田中将大を指導
広島、中日、楽天でプレーした右腕・紀藤真琴氏(株式会社EJフィールド代表取締役)は、2006年シーズンに、野村克也監督率いる楽天の2軍投手コーチに就任した。2年目(2007年)は1軍投手コーチとなり、“野村の考え”を直に吸収できる機会も得た。その年は、甲子園を沸かして駒大苫小牧から2006年高校生ドラフト1巡目で楽天入りした田中将大投手のルーキーイヤー。課せられた田中指導のノルマは“新人王&2桁勝利”だった。
中日から2004年オフに移籍し、2005年シーズンの楽天創設メンバーの一員になった紀藤氏は、その年限りで現役を引退し、楽天2軍投手コーチに就任した。1軍がわずか1年で田尾安志監督から野村監督に交代したなかで指導者生活をスタートさせた。ID野球、野村の考えを学んだ。「カウント別の打者心理とかを勉強できたのは大きかったですね。自分がそれを現役時代に知っていたら、またちょっと変わったアプローチができたんだろうなと思いましたもんね」。
2007年シーズンからは1軍投手コーチに昇格。野村監督と話をする機会も多くなり、指導者としての引き出しも増えていった。そこで巡り合ったのが田中だ。2006年高校生ドラフト1巡目入団の大物ルーキー。「まずは怪我をさせちゃいけないなっていうのが第一ですよね。なのに、彼はやっぱり完投したいタイプのピッチャーなので(どういう状況でも)『まだ大丈夫です』っていうタイプなんですよ。そこの見極めがすごく大変だったですね」。
加えて田中指導にはノルマもあった。「球団からは『田中に、できれば新人王を取らせてほしい』と言われましたし、野村監督には『2桁以上勝たせろ』『開幕投手もいけ』って。そういう指令を受けました。開幕投手は『それは駄目ですよ』ってお断りしたんですけどね。2桁とかも“いやぁ、これはちょっと難しいのでは”と思いながらだったんですけど、田中は11勝だったかな。新人王も取ってくれたんで、肩の荷が下りた覚えがありますね」。
そんな逸材との出会いも紀藤氏にはプラスになったことだろう。「田中はいい頑固ですよ。ちゃんと吸収するんだけど頑固。これって言ったことはずっとやり続けるんです」と懐かしそうに話す。田中はその後、楽天の大エースに成長し、海を渡ってヤンキースでも活躍。2025年には巨人で日米通算200勝を達成した。プロ1勝目を見ている紀藤氏にとっても感慨深いものがある。「連絡とかはとっていませんけどね」と言いながら目を細めた。
指導者3年目の2008年シーズンも、紀藤氏は野村楽天を1軍投手コーチとして支えた。「この年は岩隈(久志投手)が21勝してくれたんですよね」。故障もあって2006年1勝、2007年5勝に終わっていた岩隈の復活シーズンに関われたことも財産になった。2005年の球団創設以来、ずっと最下位だったチーム防御率を2008年はリーグ3位の3.89にしたのも思い出の一つだ。
にもかかわらず、その年限りで退任。「それは別に何とも思わなかったですよ」とあっさり話す。「新規参入の球団なので、コーチもどんどん変わっていくのが早かったんですよ。球団としたら早く自前のスタッフ、自前の選手が欲しいわけですからね。まぁ、それが当たり前だなと思っていました」。台湾でコーチも経験「王さんに電話をいただいた」
楽天退団後の2009年は茨城県水戸市のパーソナル電電株式会社に勤務。「そこで野球施設を作ったんですよ。甲子園の土を4トン持ってきて、ブルペンを作って屋根があって……。さあ野球教室をやろうかって言っていた時に台湾(球界)からの話が来たんです。最初、同級生の武田(一浩)から電話があって『お前、台湾に行かない?』っていうから『え、なんで』ってなって『じゃあ、ちょっと王(貞治)さんに電話してもらうから』って」。
2010年シーズン、台湾・興農ブルズ投手コーチに就任した。「王さんに電話をいただいて、行くことになったんです。当時、興農には高津(臣吾投手)と正田(樹投手)が選手としていましたね」。2011年シーズンからは台湾・統一セブンイレブン・ライオンズの投手コーチとなり、2013年まで務めた。
「興農の時、楽天フロントから電話があって『来年(2011年)から統一に行ってくれないか』と言われたんです。楽天と統一がなんか提携していたんですよね。『自分は王さんに言われて興農に行ったので、それは難しいかもしれません』と言ったんですけどね。王さんに電話したら『何でだ』という話になって、その後、楽天の球団代表に王さんに話をしてもらって了承を得たんです」。
台湾では楽天時代に勉強した“野村の考え”が役立ったという。「チーム防御率を1位にできましたからね。優勝もしましたし。やっぱりピッチャーが抑えれば、チームも強くなりましたね」。
現役引退後も紀藤氏は野村監督など、人との出会いに恵まれ、コーチとしても実績を積んだ。王氏、武田氏との縁で、台湾でも貴重な体験もした。2014年に日本帰国後は水戸市のパーソナル電電株式会社に復帰し、野球教室「紀藤塾」を開校。さらには高校球界へも……。その野球人生はどんどん厚みを増していった。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
2026年02月07日 06:00
「広島春季キャンプ」(6日、日南)
新戦力が存在感じゃ!広島は6日、今キャンプで初めて重盗練習を行い、現役ドラフトで楽天から加入した辰見鴻之介内野手(25)が持ち味の走力を披露した。
2026年02月07日 05:01
「阪神春季キャンプ」(6日、宜野座)
阪神の及川雅貴投手(24)は新加入の伏見寅威捕手(35)を相手に初めて投球練習した。相思相愛の2人でタッグを組み、タカ打線対策へ臨む。
ブルペンの若きホープにも苦手が存在する。昨季交流戦9試合に登板し、ソフトバンクにだけ1失点。3年前も鷹打線に失点を許していた。
「最近、交流戦の成績があまり良くない。パ・リーグから来たキャッチャーなので、引き出しは増えていくと思うのですごい楽しみ」。宿敵を攻略するためにもパ・リーグ2球団を渡り歩いた伏見の知恵を借りたい。
ブルペンで62球。途中からブルペン捕手と交代した伏見のミットも力強く揺らした。初めて左腕の球を受けた伏見は「早く受けてみたかった。フォームも独特な感じ。捕ってみて面白かった」と興味津々。及川も「投げやすかった。座っている姿もタイガースのキャッチャーにはいない体形で新鮮」と声を弾ませた。
「年も離れてるんですけど、いい意味でそれを感じないくらい話しやすかった」と左腕。頼りがいのある兄貴とともに今季こそタカ退治だ。
2026年02月07日 05:01
「阪神春季キャンプ」(6日、宜野座)
阪神・藤川球児監督(45)が6日、7日に行うシート打撃に具志川組から4人を参加させると明言した。合流するのは木浪、豊田、島田、ドラフト5位・能登(オイシックス)の4人。宜野座組では2年目の伊原や早川らも登板する予定だ。また、掛布雅之OB会長と熱烈虎党で知られる女子プロゴルファーの勝みなみが宜野座キャンプを訪問した。以下は、藤川監督の主な一問一答。
◇ ◇
−午前中はゲームノックなどを実施。
「少し第1クール頑張ってやってきたというか、若い選手たちに少し疲労も見えましたけど、その辺りはきっちりできる選手たちを見て、コーチたちとともに学びながらになるでしょうね」
−掛布OB会長も訪れた。
「キャンプに入ってますから、自分たちは変わりはしませんけど、ファンの方も喜んでくれていましたし、そういうところですね」
−勝みなみ選手はブルペンを見てチームの雰囲気がいいと話していた。
「やっぱり雰囲気がいいというより、しっかりと練習に集中する。そういうことを心がけてやっていけば、故障につながったりするケースが減りますし、練習の精度も上がる。そう信じてやってますから」
−勝さんは2年連続で来訪。
「去年来ていただいてタイガースも勝利することができましたし。非常に感謝は多いですし、お互いに得るものがあればなと。私も2年目ですから、ビシッともう少しというところがあって、結構、集中力、高いですから。でもその姿を見てやっぱり1勝目より2つ目の方が難しいというのも何となく分かりますしね。同じスポーツの世界で盛り上げられればなと思いますよね」
2026年02月07日 05:01
「阪神2軍春季キャンプ」(6日、具志川)
右脚の肉離れで別メニュー調整中の阪神ドラフト1位の立石正広内野手(22)=創価大=が負傷後初めて屋外でティー打撃を行った。藤川監督は復帰までの道のりを焦らない方針を明言。本格復帰に向けて、ゆっくりとステップを踏む。
バットを手にした立石が具志川のメイングラウンドに現れると、ファンの視線は自然と集中した。まずは感覚を確かめるように片手で8スイング。その後、両手でバットを握り、力強く振り抜いていく。最初はノーステップ気味だったが、徐々に左足をステップするようになり、約5分間で23スイングを重ねた。
この日は和田ヘッドが具志川を視察し、立石の練習を見守った。その理由を、藤川監督は「立石の状況のチェックをお願いした」と説明。ランニングメニューやノックなど徐々に屋外での練習機会が増えてきているが、「2月はゆっくりになると思います。動けてはいますけど、相対的に見てペースを上げない」と慎重な構え。これから長く続くであろうプロ野球生活。虎の未来のためにじっくりと歩みを進める。