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本ページはプロモーションを含みます。
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頸髄損傷で治療中の大谷晋二郎「生きててよかった」4年ぶり“聖地”帰還で涙のあいさつ「プロレスに帰ってこられた」「ただいま」

2026年02月11日 12:26

 2022年4月10日の試合中に負傷し、頸髄損傷でリハビリを続けているプロレスラーの大谷晋二郎(53)が11日、マネジメント業務を担当することになったノアの後楽園ホール大会に来場した。第1試合開始前、車イスに乗ってファンの前に登場すると、目に涙を浮かべながら約7分間リングサイドであいさつを行い「生きててよかった」と実感を込めた。  大谷はZERO1時代、22年4月10日の両国国技館大会でコーナーへのジャーマンスープレックスを食らった際に負傷。首から下がまひ状態となり、現在も治療とリハビリを続けている。昨年、ZERO1の運営会社が新体制となったことで退団となっていたが、このほどノアがマネジメントを請け負うこととなった。募金や支援活動も続けるほか、また、このほどYouTubeチャンネル「大谷晋二郎 ひたすら前進チャンネル」が開設されることも発表された。  負傷以来、初めて聖地・後楽園ホールに現れた大谷は「ノアの皆さん、こんにちは。僕はプロレスラーの大谷晋二郎です。今はケガで欠場中ですが、いつか必ずまたリングに立つ、その変わらぬ思いで日々、治療とリハビリを頑張っています」とあいさつした。「約4年ぶりの後楽園ホール、プロレスの空気、プロレスのにおい、やっぱり最高ですね。プロレスの世界に帰ってこられた。そんな気持ちがあふれてきます」と感慨を込めた。  「僕の知るプロレス界はめちゃくちゃ厳しくて温かい世界。そんなプロレスが大好きです」と切り出し、「実は僕はプロレスの教科書というものを持っています」と、おなじみのフレーズを披露。「プロレスの教科書270ページ、『何があっても諦めず、ひたすら前進する』。夢にまで見たプロレスの世界に帰ってこられた今、心の底から思います。生きててよかった。僕はプロレスが大好きだ。以上です」と言葉に力を込め、会場のファンから万雷の拍手が贈られた。  登場前、バックステージでは報道陣の前でコメントした。「今日、大谷晋二郎はプロレスに帰ってくることができました。ケガはしていてもプロレスラーです。リングに上がっていなくてもプロレスはできるんです。今も頸髄損傷という大きな相手と戦っている最中です。ただいま試合タイムは3年10カ月を経過したところですけども、この試合は大谷晋二郎の勝ちが確定している戦いです。必ず勝ちますので、皆さまにも温かく見守っていただければうれしいです」と心境を明かし、「ただいま」と3度口にし万感を込めた。

  • 格闘技
  • 【新日本】安田忠夫さんの追悼10カウントゴングを実施 入場曲の「燃えよ荒鷲」が鳴り響く

    2026年02月11日 15:01
     新日本プロレス11日大阪大会の試合開始前に、62歳で死去した安田忠夫さんの追悼10カウントゴングが行われた。  安田さんは8日に都内の自宅で亡くなった。この日の第0試合終了後、会場ビジョンに安田さんの現役時代の写真が映し出され、所属選手たちがリングサイドに立った。  阿部誠リングアナウンサーから経歴が紹介されると、故人の栄誉を称え追悼の10カウントが捧げられた。「第30代IWGPヘビー級王者・安田忠夫」のコール後に、入場曲として使用していた「燃えよ荒鷲」が会場に響き渡った。  安田さんは大相撲で活躍し、1990年7月場所には小結。廃業後の93年6月に新日本プロレスに入門し、翌年2月に日本武道館大会での馳浩戦でデビューした。2001年大みそかの「INOKI BOM―BA―YE 2001」でK―1ファイターのジェロム・レ・バンナから大金星をあげるなど総合格闘技でも名をあげ、02年2月には団体最高峰のIWGPヘビー級王座も獲得した。

  • 「GHCヘビー級王者」Inamura、杉浦貴を破りV4…次期挑戦者は待望の拳王「世界で一番のタイトルマッチ…ミーはビリーブしています」…2・11後楽園全成績

    2026年02月11日 14:56
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」(11日、後楽園ホール)観衆1598(札止め)  プロレスリング・ノアは11日、後楽園ホールで「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」を開催した。    立ち見券まで全席が完売した沸騰興行のメインイベントでGHCヘビー級選手権王者・Yoshiki Inamuraが杉浦貴と4度目の防衛戦を行った。  白熱の激闘は、19分39秒、DIS CHARGEでInamuraが杉浦を沈め、ベルトを死守した。試合後、リング上で王者は「ミスター杉浦!ユーはミーのあこがれです」とメッセージを送り次期挑戦者に「拳王」を指名した。  元日の日本武道館から指名するも乱入者が出現しはばれてきた。この日、試合がなかった拳王は、ノアの黒いジャージーに身を包み背後を警戒しながらリングインし「今日は安心しているぞ」と明かし「昔、ここ後楽園ホールで言ったよな。お前には期待している。そして俺の位置まではい上がってこい、と。Inamura、よくはい上がってきたな!」と感動を表すと「次は俺がGHCヘビーのベルト行かせてもらうぞ!お前がチャンピオンで俺が挑戦者。このシチュエーション、俺はむちゃくちゃうれしいぞ!」と受諾した。  反体制ユニット「金剛」時代から仰いできた拳王と待望のタイトルマッチに王者は「あの日の後楽園ホール、ユーの言葉があったからミーは腐らずにプロレスリングを続けることができました。世界で一番のタイトルマッチができる、とミーはビリーブしています」と誓い、決戦の場所を「3月8日、横浜武道館なんていかがでしょうか?」と指定し両者の激突が確実になった。  バックステージで王座奪還に挑む拳王は、王者へ「アメリカかぶれか…英語が大好きなのか…知らないけど」と切り出すと「俺の名前は、ケノーじゃなねぇぞ!ケンオウだ!そこまでネイティブに読まなくてていいぞ。次からはしっかりと昔のことを思い出してケンオウと呼んでくれ」と言い残すと雨上がりの雑踏に消えた。  ◆2・11後楽園全成績  ▼GHCヘビー級選手権試合 〇王者・Yoshiki Inamura(19分39秒 DIS CHARGE↓片エビ固め)挑戦者・杉浦貴●  ▼GHCタッグ選手権試合 王者組・内藤哲也、〇BUSHI(14分12秒 MX↓片エビ固め)挑戦者組・KENTA、HAYATA●  ▼NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026公式戦 アルファ・ウルフ、〇カイ・フジムラ(11分22秒 デスハンガー↓エビ固め)ドラゴン・ベイン、アレハンドロ●  ▼同 〇ダガ、小田嶋大樹(8分35秒 ディアブロウイングス↓エビ固め)Eita、稲畑勝巳●  ▼同 タダスケ、〇政岡純(4分13秒 Anbitions↓片エビ固め)小峠篤司、Hi69●  ▼同 〇マーク・トゥリュー、キーロン・レイシー(6分17秒 トゥリュースタープレス↓片エビ固め)AMAKUSA、ブラックめんそーれ●  ▼8人タッグマッチ 清宮海斗、〇ガレノ、晴斗希、郄橋碧(6分06秒 ガレノスペシャル↓体固め)征矢学、大原はじめ、小柳勇斗●、鶴屋浩斗

  • 内藤哲也&BUSHI、「GHCタッグ」初防衛…4人目「パレハ」乱入しKENTA&HAYATAを破る「彼は我々が自信を持ってお届けする」…2・11後楽園

    2026年02月11日 13:30
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」(11日、後楽園ホール)  プロレスリング・ノアは11日、後楽園ホールで「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」を開催した。  立ち見券まで全席が完売した沸騰興行のセミファイナルでGHCタッグ王者で「ロス・トランキーロス・デ・ハポン」(L・T・J)内藤哲也、BUSHIがKENTA&HAYATAと初防衛戦を行った。  昨年4月の新日本プロレス退団後、初の国内マットとなった元日の日本武道館でGHCタッグを奪取した内藤&BUSHI。1・3新宿大会でBUSHIが初防衛戦の相手にKENTAを指名し今回のタイトル戦が決定した。  内藤とKENTAは、新日本プロレスの2020年1・5東京ドームで内藤が史上初の2冠をかけたタイトル戦でオカダ・カズチカに勝利。IWGPヘビー&IWGPインターコンチネンタルを統一した試合後に「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」の大合唱をする直前にKENTAが乱入しぶち壊され「史上最悪のバッドエンド」と表現された。  両者は、2・6後楽園大会の6人タッグで再会。新日時代からの遺恨対決となったタイトルマッチで内藤は、劣悪なコンディションだった武道館から体もシェイプしKENTAと真っ向勝負を展開。BUSHIと絶妙な連係で挑戦者を追い込んだ。  一方の挑戦者はHAYATAが躍動しベルトが見えた展開だったが、「L・T・J」4人目の「パレハ」となるアンヘルレイエスが乱入。KENTAへ場外の空中技を浴びせるとリング上ではBUSHIがHAYATAにMXをさく裂させ、14分12秒でカウント3を奪い初防衛に成功した。  試合後、征矢学が登場し次期挑戦を要求。王者組は受諾し2度目の防衛戦での激突が確実になった。  バックステージで内藤は元日に続きBUSHIがフォールを奪ったことに「悔しい。存在感を示しているBUSHI」とほほ笑み「後楽園ホールに我々のパレハであるアンヘルレイエスがやっとリングに上がったんでね」とレイエスを紹介した。  内藤は「彼は間違いなく我々が自信を持ってお届けするパレハだしね、彼がこれからどんな戦いを見せるのか皆さま、じっくりごらんください」とPRし「じゃあ次、戦うその時は楽しみにしてください」とメッセージを残し雨が降る水道橋にまぎれた。

  • 【ノア】大谷晋二郎 頸髄損傷という強敵と対峙も「この試合は勝ちが確定している」

    2026年02月11日 13:16
     ノア11日の後楽園大会に頚髄損傷でリハビリ中の炎の戦士大谷晋二郎(53)が来場し、ファンへあいさつした。

  • 頸髄損傷で治療中の大谷晋二郎「生きててよかった」4年ぶり“聖地”帰還で涙のあいさつ「プロレスに帰ってこられた」「ただいま」

    2026年02月11日 12:26
     2022年4月10日の試合中に負傷し、頸髄損傷でリハビリを続けているプロレスラーの大谷晋二郎(53)が11日、マネジメント業務を担当することになったノアの後楽園ホール大会に来場した。第1試合開始前、車イスに乗ってファンの前に登場すると、目に涙を浮かべながら約7分間リングサイドであいさつを行い「生きててよかった」と実感を込めた。  大谷はZERO1時代、22年4月10日の両国国技館大会でコーナーへのジャーマンスープレックスを食らった際に負傷。首から下がまひ状態となり、現在も治療とリハビリを続けている。昨年、ZERO1の運営会社が新体制となったことで退団となっていたが、このほどノアがマネジメントを請け負うこととなった。募金や支援活動も続けるほか、また、このほどYouTubeチャンネル「大谷晋二郎 ひたすら前進チャンネル」が開設されることも発表された。  負傷以来、初めて聖地・後楽園ホールに現れた大谷は「ノアの皆さん、こんにちは。僕はプロレスラーの大谷晋二郎です。今はケガで欠場中ですが、いつか必ずまたリングに立つ、その変わらぬ思いで日々、治療とリハビリを頑張っています」とあいさつした。「約4年ぶりの後楽園ホール、プロレスの空気、プロレスのにおい、やっぱり最高ですね。プロレスの世界に帰ってこられた。そんな気持ちがあふれてきます」と感慨を込めた。  「僕の知るプロレス界はめちゃくちゃ厳しくて温かい世界。そんなプロレスが大好きです」と切り出し、「実は僕はプロレスの教科書というものを持っています」と、おなじみのフレーズを披露。「プロレスの教科書270ページ、『何があっても諦めず、ひたすら前進する』。夢にまで見たプロレスの世界に帰ってこられた今、心の底から思います。生きててよかった。僕はプロレスが大好きだ。以上です」と言葉に力を込め、会場のファンから万雷の拍手が贈られた。  登場前、バックステージでは報道陣の前でコメントした。「今日、大谷晋二郎はプロレスに帰ってくることができました。ケガはしていてもプロレスラーです。リングに上がっていなくてもプロレスはできるんです。今も頸髄損傷という大きな相手と戦っている最中です。ただいま試合タイムは3年10カ月を経過したところですけども、この試合は大谷晋二郎の勝ちが確定している戦いです。必ず勝ちますので、皆さまにも温かく見守っていただければうれしいです」と心境を明かし、「ただいま」と3度口にし万感を込めた。

  • 「頸椎損傷」大仁田厚、順調な回復をアピール「プロレスの神様が守ってくれた」

    2026年02月11日 12:25
     “不滅の邪道”大仁田厚が10日、プロレスマスコミへメールで頚椎損傷の診断から「順調に回復している」と発表した。  大仁田は、1月18日の広島産業会館大会で、自身の得意技であるテーブルパイルドライバーを失敗し、机から落下。試合後に頸椎損傷の診断を受けた。  大仁田は「もうサポーター無しでも大丈夫です」とアピールし「基礎が身を助けたと言われました。首を鍛えていたし、身に染みついた受け身が、咄嗟に出たと。あとはやっぱり、プロレスの神様が守ってくれたのかな」と明かした。  大仁田は11日に茨城・つくばカピオメインアリーナ開催される第9回東日本空手チャンピオン王座決定戦で同時開催されるOYAJIバトルのアンバサダーとして来場を予定。さらにプロレスの本格復帰は、22日に名古屋で行われるトークイベントの翌日となる23日開催の堺ストリートファイト大会となることをPRしていた。

  • 大谷晋二郎、62歳で亡くなった安田忠夫さん「訃報」に絶句「本当に仲良くて…」…2・11「ノア」後楽園に来場

    2026年02月11日 12:20
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」(11日、後楽園ホール)  プロレスラー大谷晋二郎が11日、プロレスリング・ノアの後楽園ホール大会に来場した。  大谷は2022年4月10日の両国国技館での試合で頸髄(けいつい)損傷の重傷を負い療養中。今回、マネジメント窓口業務をノアが担当することが決定した。  ノアは今後、チャリティー活動を中心にファンへ大谷からのメッセージを各種SNSで発信、出演依頼、肖像権管理などを通じて大谷をサポートする。募金活動、大谷への支援の輪をさらに広げたい計画。その一環としてこの日、公式YouTubeチャンネル「大谷晋二郎 ひたすら前進チャンネル」を開設したことを発表した。  大会前に記者会見した大谷は「今日、大谷晋二郎はプロレスに帰ってくることができました」と万感を込め「僕はケガをしててもプロレスラーです。今も頸椎損傷という大きな相手と闘っている最中です。ただ今、試合タイムは3年10か月を経過したところですけれども、この試合は、大谷晋二郎が勝ちが決定している試合です。必ず勝ちますのでみなさまにも温かく見守っていただければ、うれしいです」と明かし「ただいま!ただいま!プロレス界に帰ってきました。ただいま!」と目を真っ赤にし声を震わせた。  前日の10日には、新日本プロレス、ZERO―ONEで戦ってきた安田忠夫さんが62歳で亡くなった訃報が伝えられた。安田さんへの思いを聞かれた大谷は「そうですね…安田さんとは、本当に仲良くて…」と感極まり「すみません…安田さんのことは、また、後日、SNS等で出させてください…すみません」と絶句していた。  会見を終えた大谷は、第1試合前にテーマソングにのって車椅子で花道に登場した。札止めの会場からの「大谷コール」を全身で浴びると感極まって絶句し「プロレスリング・ノアファンのみなさま、こんにちわ!僕はプロレラー大谷晋二郎といいます」とあいさつし「今はケガで欠場中ですがいつか必ずまたリングに立つ…その変わらぬ思いで日々リハビリに治療…立ち上がっています」とメッセージを送っていた。

  • 大谷晋二郎、約4年ぶり「後楽園ホール」帰還…「生きててよかった」…ノア「マネジメント窓口」担当でYouTubeチャンネル開設「僕はプロレスが大好きだ」

    2026年02月11日 11:45
    ◆プロレスリング・ノア「LEGACY RISE 2026 〜NOAH Jr. TAG LEAGUE 2026〜」(11日、後楽園ホール)  プロレスラー大谷晋二郎が11日、プロレスリング・ノアの後楽園ホール大会に来場した。

  • 62歳で亡くなったプロレスラー安田忠夫さん…1か月前まで交流があったターザン山本が晩年の生活と言葉を明かす「この1年間、毎日会えたことが幸せだった」」

    2026年02月11日 09:01
     元大相撲の小結で元プロレスラーの安田忠夫(やすだ・ただお)さんが10日までに亡くなっていたことが分かった。62歳だった。詳しい死因は明らかになっていない。  元週刊プロレス編集長のターザン山本!(79)は、亡くなる1か月前まで安田さんと毎日のように会っていたという。ターザンがスポーツ報知の取材に応じ晩年の安田さんの仕事、様子、言葉を明かした。  安田さんは、足立区内で京成線の高架化工事に伴い踏切で警備員を務めていた。ターザンは、安田さんが小結まで昇進した大相撲を1992年夏場所限りで引退。93年6月に新日本プロレスへ入門してから取材してきた。安田さんが2011年に引退してから会うことはなかったが、およそ1年ほど前に夜中に警備する安田さんとターザンは再会した。  「その踏切が僕の自宅から10秒にあってね。1年ぐらい前に安田さんを見つけて『何してるの?』って話かけたんですよ。そしたら彼は懐かしいと歓迎してくれて、そこから、僕が夜中に帰ると彼と毎日のように話してたんですよ」  安田さんがターザンに明かした勤務は、夜の10時から終電までの夜勤だった。  「それが終わると、近くの事務所で仮眠して。また、始発まで警備をやっていたんですよ。彼は『夜勤の方がもうかる。立ってるだけでお金がもらえるから楽』って言ってました」  警備しながら雑談したターザンに安田さんは今の心境も明かしていた。  「彼は、『生きる意味もないし俺の人生終わりだ。孫もできたからもう十分だよ。お迎えが迎えに来てるよ』と言ってましたよ。元気だったんだけど、人生に対しての寂しさも充満している感じでしたよ」  大のギャンブル好きで知られた安田さん。晩年は競輪に熱中していたという。  「よく『今日も競輪は当たらないんだよ』と言ってましたよ」  安田さんは、1か月ほど前に足立区内の踏切から別の建設現場への警備に移ったため、ターザンとの交流は途切れていた。訃報は、10日午前中から関係者の間に流れた。ターザンは、事実を確かめるために安田さんが勤務していた会社の同僚に連絡した。  「昨日、同じ会社の人に連絡したら、安田さんが出勤しないので自宅を訪ねていったら亡くなっていましたと聞きました」  安田さんをターザンはこう表現した。  「一言で言うと、ものすごくマジメ。でも不器用で愚痴が多くて個人として純粋なバクチ好きだった。バクチで借金して人に迷惑をかけたけど、彼は『好きなことやったから満足している』と言って面白い人だった。僕もギャンブルで借金を抱えてるから、彼の気持ちがわかりすぎるほどわかる。ひとつ言いたいのは、彼は、借金では迷惑かけているけど、他は迷惑かけてない。立派な人生だった。バクチ打ちの鏡ですよ。とんでもない自由な人生だった」  2001年には総合格闘技デビューし12月31日の「INOKI BOM―BA―YE 2001」でジェロム・レ・バンナから大金星を挙げ脚光を浴びた。  「彼は、たまたまプロレスラーをやっているという感じだった。ここでまっとうしようとかなかった。一生懸命やっていたけど本職じゃない。ただ、バンナ戦のようにポイント、ポイントで偶然を勝ち取るすごい人生だった。これぞまさにバクチ人生ですよ」  安田さんは、アントニオ猪木さんを師匠として仰いでいた。  「彼から聞いた猪木さんとの関係性が僕にとっては一番面白くてね。猪木さんから格闘技戦に『安田、行くか?』と聞かれると、条件やギャラも聞けない。無条件降伏で『はい』というしかなかったって言ってましたよ。『それが俺と猪木さんの関係』と話してくれました。猪木さんと安田さんのその関係性が面白かったですよ」  最後にターザンは安田さんへ言葉をささげた。  「二度と会えないのが寂しいよ!俺もプロレスマスコミの借金王だから、あなたとは同じ穴のむじなですよ!この1年間、毎日会えたことが幸せだった。あなたと豊かな時間を過ごせたのが最高だった。ありがとう!」 (福留 崇広)

  • IWGPヘビー級王者・辻陽太、ジェイク・リーとの「初防衛戦」前日に記者に通告…「思ったことをそのまま記事に書けばいいんじゃないですか」…2・11大阪

    2026年02月11日 07:46
     新日本プロレスは10日、大阪・OIT梅田タワー 常翔ホールで11日に阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)で開催する「THE NEW BEGINNING in OSAKA」で行うIWGPヘビー級選手権試合の公開調印式を実施した。  チケットが全席完売となった沸騰興行。メインイベントで辻陽太のIWGP王座に挑むジェイク・リーは「改めて『その意気込みは?』と訊かれると一言、“存在証明”。これですかね」と明かした。  1・4東京ドームでKONOSUKE TAKESHITAを破りIWGP2冠王となった王者・辻。今回は、IWGP世界からIWGPヘビーへ戻した初の防衛戦に「正直言うと、俺もジェイクとまったくおんなじ気持ちなんだ。言いたいことは、このリングで言ってきた。あえて一つだけ言うとするのであれば、ジェイク・リー、あんたが一番隠したい真実と噓の間にある事実を、俺が明日見つけてやるよ」と宣言した。  辻はジェイクについて「俺は、ジェイクが東京ドームでしたことは許せないことだと思う。その借りは大阪で返す。それを水に流したのであるならば、ジェイク・リーというレスラーの存在は、異質であり、異物であり、いま新日本プロレスに必要なものだと思ってます」と明かした。この発言を受けジェイクは「必要なんだねえ……。だって、この一言に尽きるじゃないか。人に必要とされる。素晴らしことじゃないかい? だってみんなもそうだろ? そのために頑張ってるんじゃないか? 自分の存在を、価値を、見いだしたくて、証明したくて、頑張ってるんじゃないか? ねえ? 違うかい? チャンピオンが、チャレンジャの私であるジェイク・リーに、そう言ってくれたんだ。これってとても光栄なことじゃないか。だよね? 違うかい?」と問いかけた。  記者から「1月4日、東京ドームで棚橋選手が引退されて最初のIWGP戦ということで。団体全体を見据えると、所属選手の退団が続々と発表されてるなかで、非常にこう、新しい新日本プロレスというものが求められてる時期にお2人が闘うのかなと思うんですけど、その現段階でその団体において、お2人はこの試合にどういう意味を見いだしてるのかをお聞きしたいんですけど」と問われ、ジェイクは「まあ、主力選手……まあ、何人かやめましたね。だからなんだ? えっ、だからなんだっていうんだ? 主力張る選手なんか、いっぱいいるだろ。一番それは見ている人たちがわかってるんじゃないか? それに、主力選手が退団するんだ。プロレスラーを辞めるんじゃない。引退じゃない。引退した方は隣にいるけど。けど1人だけだ、引退したのは。残りは見んあ、プロレス辞めない。何をそんなに悲しむ必要ある? そうだろ? 物事っていうのは捉え方次第だ。ここから何が生まれるのか。それが面白いものなのか、つまらないものなのか。それは私にもわからない。けど、そういう時が一番面白いんじゃないかな」と断言した。  辻は「それをここでいっちゃあ、面白くないですね。岡本さん、あんたが見て、感じて、思ったことをそのまま記事に書けばいいんじゃないですか」と質問した記者に通告していた。

  • ウルフアロン、「初防衛戦」前日に成田蓮に顔面に水を噴射される屈辱…「バチバチの戦いをしていく」…2・11大阪

    2026年02月11日 07:39
     新日本プロレスは10日、大阪・OIT梅田タワー 常翔ホールで11日に阪府立体育会館(エディオンアリーナ大阪)で開催する「THE NEW BEGINNING in OSAKA」で行うNEVER無差別級選手権試合の公開調印式を実施した。  王者・ウルフアロンへ「H.O.T」成田蓮が挑戦。成田は「そのNEVERのベルトを俺の腰に巻く、それだけだ。テメエはそのために、明日、大阪に来るんだよ。わかったか? よく覚えとけ、バカ野郎。テメエ、そのベルト磨いてきたか? なあ、2日猶予を与えたんだ。しっかり磨いて、俺のこの腰に巻け。バカ野郎」と挑発した。  1・4東京ドームでのデビュー戦でEVILを破り王座を奪取したウルフは、成田へ「ベルトのきれいさを気にする方なんだなと、ビックリしてます。で、あと、なんで俺が、お前のためにベルトを磨かなきゃいけねえんだよ。まあ、明日必ず成田蓮に勝って、で俺、次のシリーズ試合ないから、そこでしっかりきれいにさしてもらいます」と受けて立った。  さらに前哨戦を振り返り「戦い方を通して、ズルい戦い方してくるなというところはありますけど、足関節の入り方だったりとか、要所要所で技術的なところは感じますし」と明かし「あとはほんと、僕次第だというふうに思ってます。まあ僕が、しっかりと気持ちを前に出してバチバチの戦いをしていくので、それをどういった形で応えてくれるかだと思います」と掲げた。  成田はこの発言に「バチバチの試合がしてえだ? ふざけろ。こいつがな、ドームで、どんな勝ち方したか見たか? そう見てもレフェリー買収だろ。いや、審判買収だな」とし「こんな悪党を許すわけにはいかないんだよ。明日、制裁の意味を込めた試合だ。わかったか? バカ野郎。よく覚えとけよ」と通告した。  ウルフは初防衛戦に挑む心境を「デビュー戦は、正直、相手からすると、EVILからすると、僕がどういった技をやってくるかわからない状況なので、正直、ビギナーズラックがあったと思います。勝つことはもちろん難しいですけど、勝ち続けることの方が僕は難しいと思ってて。でも勝ち続ける選手が、ほんとに強い選手っていうふうに考えてます。なのでしっかりと防衛して、僕自身の強さを皆さんに見てもらいたいなとおもいます」と宣言した。  質疑応答が終わり、写真撮影で向かい合うと成田は、水をウルフの顔面に噴射。屈辱を受けた王者は、リングで晴らすしかない。

  • Sareeeが明かすフワちゃんとの秘密練習 「いつか戦ってボコボコにしたい」

    2026年02月11日 06:00
     女子プロレスラーの太陽神Sareee(29)が、スターダムで活躍する人気YouTuberでタレントのフワちゃんとの秘密練習を明かした。

  • 【ドラゴンゲート】吉岡勇紀が高校野球部先輩・棚橋に誓う王座奪取「ハイフライフローで仕留めたい」

    2026年02月11日 06:00
     ドラゴンゲートの吉岡勇紀(31)が、棚橋弘至(49)から継承したハイフライフローでのオープン・ザ・ドリームゲート王座奪取を誓った。  吉岡は1月東京ドーム大会で引退した棚橋と同じ、岐阜県立大垣西高校の野球部出身。昨年7月神戸大会のタッグマッチ(吉岡&ドラゴン・ダイヤ vs 棚橋&ドラゴン・キッド)で対戦した後には、必殺技のハイフライフローを棚橋から託され、「ドラゴンゲートのエースになれよ!」とエールを送られた。  歴史的激闘となった棚橋の引退試合( vs オカダ・カズチカ)を中継で観戦したという吉岡は取材に対し「最後なかなか(ヒザが)きつそうでしたけど、本当に最後まで戦っていらっしゃった」と称賛。「最後まで『疲れてない』って言いながらやり続けていたので、自分も『疲れてない』って言い張って(試合を)やっていきたい」と拳に力を込めた。  ハイフライフローは性質上、使用者のヒザに少なからぬ負担を強いる技だ。26年の現役生活を支え続けた棚橋のヒザの状態に触れた吉岡は「ハイフライフローを使う代償だと思うので、自分にも降りかかる可能性がある」と述懐。それでも「棚橋さんが直接継承してくれましたし、ハイフライフローになる前のフロッグスプラッシュの時代から、棚橋さんリスペクトで使わせてもらっていた。受け継いだ以上、意志を途切れさせないように、自分はやっていくだけですね」と決意を新たにしていた。  23日福岡大会では、極悪軍「我蛇髑髏」のドリームゲート王者・菊田円との王座戦を控えている。吉岡は「何発でも、ヒザがぶっ壊れても、必ずハイフライフローで仕留めたいと思います」と胸を張った。団体を越えエースの意地と技は受け継がれていく。

  • “借金王”元プロレスラー・安田忠夫さんが死去 K−1トップ選手に大金星あげた“世紀の番狂わせ”で感動呼ぶ

    2026年02月11日 05:00
     元大相撲小結孝乃富士で、元プロレスラーの安田忠夫さんが10日までに死去したことが関係者の話で分かった。62歳だった。詳しい死因は不明。かつて所属した新日本プロレスも公式ホームページで発表し「謹んで、ご冥福をお祈りいたします」と悼んだ。  安田さんは九重部屋に入門して1979年3月に初土俵を踏み、最高位小結まで昇進したものの92年に廃業。93年に新日本に入門し、94年2月に馳浩戦でプロレスデビューした。師匠のアントニオ猪木の手ほどきで総合格闘技にも挑戦し、2001年大みそかの「イノキ・ボンバイエ」ではメインで当時K−1トップ選手のジェロム・レ・バンナ(フランス)と対戦。ギロチンチョークで大金星を挙げ、リング上でまな娘を肩車するなど“世紀の番狂わせ”として感動を呼んだ。  02年にはIWGPヘビー級王座も初戴冠。ヒールに転向し、悪党ユニット「魔界倶楽部」として暴れ回った。05年に新日本を退団後はIGFなどさまざまな団体に参戦したが、11年2月4日に引退。私生活ではギャンブル好きで知られ“借金王”という異名もついたが、憎めない愛されキャラだった。

  • 永田裕志が明かす安田忠夫さんとの絆 2001年大みそか決戦で明暗「柄にもなくやっさんが、新日本を一緒に盛り上げようって…」

    2026年02月11日 05:00
     新日本プロレスのミスターこと永田裕志(57)が、62歳で亡くなった元プロレスラーの安田忠夫さんからの意外すぎる熱血エールを明かした。  大相撲、総合格闘技でも活躍した安田さんは10日までに都内の自宅で亡くなっていたことが明らかになり、かつて所属していた新日本プロレスからも発表された。突然の訃報に永田は「本人は『いつ死んでもいい』なんて前からよく言ってたからね…。早いと思うし残念な気持ちはあるけど、やっさんがこれで幸せ(な人生)だったなら良かったのかもなという気もするんだよね」と複雑な心境を告白。「他人とトラブル起こして絶縁になってもまた誰か助けてくれる人がいる、捨てる神あれば拾う神ありみたいな生活をしていたからね。人間力というか、不思議な魅力のある人だったよ」と故人をしのんだ。   安田さんは2001年には師匠のアントニオ猪木さんに見出されて、総合格闘技でその才能が開花。同年大みそかの「INOKI BOM―BA―YE 2001」のメインイベントでK−1ファイターのジェロム・レ・バンナから大金星を挙げた試合は今もファンの間で語り継がれている。    それとは対照的に、永田は同大会でK―1ファイターのミルコ・クロコップにわずか21秒でKO負けを喫した。まさに明暗が分かれる結果となったのだが「やっさんがジェロム・レ・バンナに勝って国民的英雄になって、かたや俺はミルコ・クロコップにやられてさんざんな中、頻繁に連絡をくれたんだよね。柄にもなくやっさんが『新日本を一緒に盛り上げよう』って言ってくれて、それが力になったのはいい思い出だよ」と当時を振り返る。  永田は「俺も落ち込んでいるわけにいかなかったし、これから大量に辞めていく人がいるだろうって中だったから。救われたのもあるし、一人でいじけてる場合じゃないなって。あの時はやっさんが菩薩様に見えたよ…その気持ちは後の姿を見てすぐに消えたけど」と苦笑いするものの、安田の言葉に導かれるように、両者は02年4月の東京武道館大会で団体最高峰王座のIWGPヘビー級王座をかけて激突。永田が安田を破って同王座初戴冠を果たしている。 「向こうでも今ごろ猪木会長に怒られてるんじゃない? それで『しょうがねえな』って形で猪木会長から小遣いもらって、またギャンブルやってるのがある意味でやっさんの幸せなのかなって思いますよ。ご冥福をお祈りします」  文字通り波乱万丈な人生を歩んだ借金王は、多くの人々の記憶に残り続ける。