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2026年03月08日 06:50
太田幸司氏は現役引退後、女子プロ野球のスーパーバイザーに就任 “元祖甲子園アイドル”で、元近鉄、巨人、阪神でプレーした太田幸司氏は、1984年の現役引退後、再びユニホームを着ることなく、外からプロ野球を見続けている。「伝える側に面白さ、魅力を感じたんです」。過去にはコーチとして誘う球団もあったが、あえて全て断って、現在も野球評論家として活動中だ。その間にはスポーツキャスターとして人気を博し、女子プロ野球のスーパーバイザーも務めた。 現役生活を阪神で終えた太田氏は当時を思い起こしながら「解説者になるとき『解説をやっている間に阪神の優勝を1回は見たいね』なんて冗談で言っていたら、(解説者)1年目に優勝だもんね」と笑みを浮かべた。1985年の阪神は、ランディ・バース内野手、掛布雅之内野手、岡田彰布内野手の強力クリーンアップを擁して、1964年以来21年ぶりのリーグ制覇と、2リーグ制になってから初の日本一に輝いたが、正直、驚いたという。 「(自分が在籍した)前の年(1984年)とほとんど同じメンバーだったしね。僕はバースにも紅白戦で投げたけど、その時はまだそんなにね……。(1985年に)解説になってキャンプ巡りして、高知で阪急の練習を見たらパカンパカン。安芸に行って阪神の練習を見たらポッスン、ポッスンで、なんだこれは、って。それがその年に優勝。掛布らがいたわけだけど、どうなっているのって思いましたよ」 そんな阪神Vの年から太田氏の”第2の野球人生“はスタートした。「辞めて何年かは現場にもう1回という気持ちも十分にありましたけどね。途中からいろんなことをファンに伝える側に魅力を感じ出して、これでやろうと思うようになったんです」。再びユニホームを着るという気持ちはどんどん薄れていった。「『ピッチングコーチをする気はないか』とか、いろんな方から声をかけてもらったんですけど、その時は(スポーツキャスターとして)番組もやっていましたしね」と断り続けたそうだ。 「僕自身、かつて、こんなニュアンスで言ったつもりはないんだけど、(マスコミに)違う書かれ方をしたりとか、嫌な時期があったんです。だから、やっぱり伝える側っていうのは、ちゃんとやらないといけない、ちゃんと伝えようみたいな……そういう思いもあってね」 青森・三沢高時代の1969年夏の甲子園決勝、松山商戦では延長18回、0-0引き分け再試合の大熱投で人気を博した。甘いマスクに女性ファンが熱狂した「コーちゃんフィーバー」は、社会現象にもなった。そんな人気を背負い、プロ生活に突入した太田氏にしか分からない世界がいくつもあったことだろう。伝えられる側から伝える側に立場が変わり、新たな使命みたいものも感じたようだ。甲子園でレジェンド始球式に登板「すごく緊張しました」 2009年には日本女子プロ野球機構のスーパーバイザーに就任し、広報的な役割も果たした。残念ながら、2021年12月に同機構が無期限の活動休止となり「今は阪神も巨人も西武も、女子野球チームを持っていますが、自分らはちょっと早く行き過ぎたのかなっていうところはありますよね。目標としてはまず、女子プロ野球(発足)をきっかけに盛り上げて、底辺が広がればということだったんですけどね。だけど、いろんな誹謗中傷というか、そんなのも結構あったりとかでねぇ……」と何とも言えない表情で振り返った。 それでも、そんなアクションを起こしたことで、女子高校野球の全国大会決勝が甲子園球場で行われるようになるなど、現在につながっている。目標通り、当初よりも女子野球は広がりを見せており、その発展に貢献したのも間違いない。「そう思ってもらえれば、我々もやってよかったなってなりますけどね」と、太田氏は話した。 2018年夏、第100回全国高等学校野球選手権記念大会では、大阪桐蔭(北大阪)と金足農(秋田)の決勝戦で、太田氏はレジェンド始球式を行った。「あの時の金足農は、自分らの時の三沢高を彷彿させるような……。(エースの)吉田輝星(現オリックス)もいろんな(高校から)スカウトが来ていたみたいだけど、地元の仲間とやりたいから金足農に入ったって、何か自分を思い出すような、ね」と感慨深い思いで投げたという。 「プロの取材でよく甲子園に行くけど、久しぶりにマウンドに立ったら、(1968年の三沢高2年夏に)最初に甲子園に出た時みたいに膝がカクカクして……。すごく緊張しました。プロがやる甲子園と、高校野球をやっている時の甲子園は違うなと改めて感じましたね。そういうところに決勝戦で呼んでいただいたというのは、本当に高校野球をやっていてよかったというか、最高の栄誉だなと思いましたよね」 現在も毎日放送のラジオ解説者を務める。「今はどっちかというとパ・リーグ。オリックス-ソフトバンク戦の九州送りとか、オリックス-日本ハム戦の北海道送りとかの放送をやらせてもらったりしています。試合がない時は、その枠で吉本興業の野球好きの方々と、ちょっとおしゃべりさせてもらったりとかもね」と、野球の魅力を“伝える仕事”に全力投球中だ。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
2026年03月08日 09:00
プロ入りから“三振”にこだわり続けてきた侍ジャパン・種市篤暉は、WBCデビュー戦となった7日の1次ラウンドの韓国戦、1回を投げ三者三振の圧巻投球を披露した。
5−5の7回からマウンドに上がった種市は、前の打席に伊藤大海から本塁打を放っているキム・ヘソンを1ボール2ストライクから高めの154キロストレートで空振り三振に仕留めると、続くキム・ドヨンを1ボール2ストライクから代名詞のフォークで空振り三振。最後もジョーンズを2ボール2ストライクから145キロのフォークで空振り三振と、チームの流れを呼び込む三者三振。
その裏、侍ジャパンは鈴木誠也(カブス)の押し出し四球、吉田正尚(レッドソックス)の2点適時打で勝ち越し。種市はWBC初登板で嬉しい勝利投手を手にした。
◆ 奪三振
「自分のアピールポイントは、フォークボール。マリンスタジアムで三振をいっぱい獲れるように頑張っていきたい」。
今から10年前の2016年12月13日の新入団選手発表会で、自身のアピールポイントを口にした種市は、ブレずに三振にこだわってきた。
プロ2年目の18年8月12日のオリックス戦でプロ初登板・初先発を果たし、0−0の2回無死走者なしで吉田正尚を1ボール2ストライクから134キロのインコースフォークで空振り三振を奪い、これが種市にとって“プロ初奪三振”となった。
この年は7試合に先発したが、0勝4敗と1勝もできず。「課題というか、投球スタイルとしてもっとガンガン押せるピッチャーになって欲しいと(当時の井口資仁監督に)言われたので、自分もそういうピッチャーになりたいと思っていましたし、一軍ではそれができていなかった。三振を取れるピッチャーになりたいと思っていたので、一軍では全然狙っても三振取れなかったりして、ウイニングショットも欠けていたと思うので、そこは練習しかないと思います」と同年9月の取材で悔しさをあらわにした。
飛躍のきっかけになったのが、この年のオフに「鴻江さんから教わったことを1年間やろうと思っています」と当時ソフトバンク・千賀滉大(現メッツ)らが行っている自主トレに参加し、体の使い方など様々なことを学んだこと。そして、ストレートにもある変化があった。
種市の18年との違いにイチ早く気が付いたのが、昨季“柿の種バッテリー”で話題を呼んだ柿沼友哉(現ヤクルト)だ。19年1月26日にロッテ浦和球場で行った自主トレで、ブルペンに入った種市の球を受けた柿沼は「もともと動くようなストレートの感じのピッチャーだったんですけど、あまり動かずに強さがさらに増しているように感じましたね」と18年との違いを分析。種市自身も「投げ方を教えてもらって、ムービングをしなくなったと思っていますね」と話した。
19年に力強いストレートと落差の大きいフォークを武器に一軍に定着し、規定投球回に未到達ながらリーグ4位の135奪三振をマーク。
この年の10月17日の取材で「ストレートでガンガン押していけるピッチャーになりたい。単純にかっこいいと思うので、個人的には27球のアウトより27個の三振が好き。理想なピッチャーになりたい。豪腕かっこいいし、三振取れる人もかっこいいしという感じのピッチャーになりたいです」と、当時の理想の投球スタイルについて口にしている。
20年1月6日の取材で、19年に同学年の当時オリックス・山本由伸投手が最優秀防御率のタイトルを獲得し、種市もタイトルを獲得したい想いがあるか訊くと、「僕がいけるとしたら奪三振しかないと思っています」と口にした。誘導尋問のような形になってしまったが、種市が初めて“奪三振”のタイトルを獲ると明言したのがこの日だ。
新型コロナウイルス蔓延の影響で開幕が6月に変更となった20年、7月11日の西武戦後に奪三振リーグトップに立ったが、同年9月にトミー・ジョン手術を受けた関係で41奪三振。右肘手術から本格復帰した23年がリーグ2位の157奪三振、24年がリーグ6位の148奪三振、そして昨季はシーズン自己最多の161奪三振。昨季までの9年間で672個の三振を奪っている。
◆ 進化を続けるフォーク
代名詞であるフォークは“進化”を続けている。一軍でプロ初勝利を含む8勝を挙げた19年に「カウントを取るときはキャッチャーの頭を投げる意識で投げています」と、カウント球にストライクゾーンのフォーク、追い込んでからストライクゾーンからボールゾーンに落ちるフォークを本格的に投げ分けるようになった。当時種市は「握りは変えていないですね。意識を変えています」と話していた。
トミー・ジョン手術から本格復帰した23年4月27日の取材では、ストライクゾーンに投げるフォークについて「ど真ん中くらいの意識です。ど真ん中に全力で投げて勝手に落ちてくれる感じです。落としにいったら落ちないので、その中で腕振って落ちているのが一番空振りとれている要因かなと思います」と明かしている。
23年は左打者にシンカー系のフォークで空振りを奪うこともあった。同年4月9日の楽天戦の4回に小深田大翔から空振り三振を奪った139キロのフォークがそうだ。「シンカー気味に投げました。左バッターは気持ち、投げた瞬間、フォースラだと見切られるイメージがあるので、ちょっと体から離れていくイメージで投げています」としっかりと意図を持ってシンカー気味に落とした。
「フォークもそうなんですけど、その日に調子が悪いとわかった瞬間に感覚的に何かを変えるのをしていかないと思います。その中でノートを書くのが一番大事かなと思います。“こういう時はこうなる”、“力んだらフォークが落ちない”とか、“突っ込んだら落ちない”とか試合中にわかっていたら試合中に修正ができる。もっと自分に敏感になっていきたいなと思います」。
ノートに書くことで自身の振り返りに役立ち、イニング間での修正を可能にしている。同年4月23日のソフトバンク戦では「試合中にもっと敏感というか、嗅覚というか、イニングごとに“こうしよう”、“ああしよう”とイニング間のキャッチボールはやっているので、その中でなんとかしようと思っています。なんとかできていない部分が多いですけど、もうちょっと試合中に良くなれば。その中で、フォークは改善できたのは良かったです」と、4回以降フォークの握り方を変えて、4回と5回の2イニングだけでフォークで5つの三振を奪ったこともあった。
初の代表入りとなった24年3月7日に京セラドーム大阪で行われた「カーネクスト 侍ジャパンシリーズ2024日本vs欧州代表」では、2−0の8回から登板し、1イニング目を3人で片付けると、イニング間に「初回の感じが良くなかったので、もうちょっと人差し指を使っているイメージだったのを変えたら、だいぶ落ち幅が良くなったのでイニング間に修正できたのは良かったかなと思います」とフォークの握りを修正。先頭のエンカルナシオンを142キロのフォークで空振り三振に仕留めると、続くムジクを143キロのフォークで空振り三振、最後は代打・プロファーを147キロのフォークで試合を締めた。
同年5月29日のヤクルト戦、0−1の4回一死走者なしでオスナを0ボール2ストライクから4球目インコース143キロシンカー系フォークで空振り三振がよかった。本人にそれを伝えると、「あれを毎回投げたいですね、本来は。あれこそシームシフト系のボールだと思いますね」と口にした。スライダー系のフォークについては「サンタナもスライダーさせようと思って投げていたので、それでも空振りが取れていたので、スライダーでも良いかなと思っています」と語った。
同年7月6日の西武戦、「フォークが良くなかったので、ちょっと2ストライク後はスライダーに切り替えてほしいですと(佐藤)都志也さんに言いました」と、4回以降にスライダー、カーブの割合が増えた。この日の登板で気になったのは、カウント球でのフォークがいつもの登板に比べて多かったこと。「(カウント球にフォークは)多かったですね。データを見ても悪くないんですけど、僕の中で落ち幅より軌道の方が大事なので、フォークに関しては特に。軌道をもうちょっと真っ直ぐに寄せられたらなと思います」と悩みのタネでもあった。
すぐに修正するのが種市。続く7月12日のオリックス戦では「良かったですね。というか、その日にこの感覚だと落ちるんじゃないかというのを見つけて、それを試したらすごく良かったという感じです」と納得のフォークを投げられた。西武戦からオリックス戦までの1週間、フォークについて「いい1週間を過ごしましたし、改善できる点は改善しようとした中で、操れていたので良かったと思います」と振り返った。
同年8月に入ってからフォークの軌道が変わったように見える。種市は「(同年8月4日のオリックス戦)京セラからいい形で投げられているのかなと思います」と好感触。オリックス戦は「今年(24年)一番理想に近いフォークボールを扱えていたんではないかなと思います」と納得の表情。フォークの精度についても「僕の中では全く問題ないと思っているので、今の感覚で課題があったら修正していけたらいいかなと思います」と明かした。この時期から、「意識的にはシンカーというよりは、できるだけ軌道が膨らまないようにそこだけ意識していました」とシンカー系のフォークをあまり投げなくなった。
25年はフォークで言えば、2月の石垣島春季キャンプで140キロ台のスプリット(昨季まで投げていた140キロ台のフォーク)と、落差の大きいフォークの2種類を投げていきたい考えを示していた。
落差の大きいフォークは、2019年のようなストライクゾーンからボールゾーンにストンと落ちる系なのだろうかーー。
「そうですね、できるだけフォークボールの方をもっと落差を出せるように。遅くてもいいから落差を出せるようにしていきたいと思っています」。
24年まで右打者のインコースにシンカー系のフォークを投げていたが、そこについては「真縦に落としたいなと。普通に落とせればいいですね」と、この25年2月の取材からフォークについては一貫して“真縦に落としたい”、“真下に落としたい”と口にするようになった。
同年3月6日の『ラグザス 侍ジャパンシリーズ 2025 日本 vs オランダ』では、初回先頭の右・ディダーに2ストライクと追い込んでから空振り三振に仕留めた137キロフォークがストライクゾーンからボールゾーンに良い落ち。前回の韓国ロッテ戦から比べて落差も大きく、握りなどを変えたりしたのだろうかーー。
「感覚は変えました。スプリットもフォークも良い感覚で投げられましたので良かったです」。
0−0の2回に二死走者なしで左のクローズに初球、2球、144キロのスプリットで空振りを奪い、最後は落差の大きい140キロフォークで空振り三振で仕留めたのも良かった。
「スプリットはいつも通りですけど、フォークに関しては前日のピッチングで、(佐々木)朗希に教わったことをそのまま出せたのがすごく良かったかなと思います」。
シーズンが始まってから思うように三振が取れずにいた。5月28日のオリックス戦で、らしさが戻った。特に最大の武器であるフォークが素晴らしかった。「初回は全然だったんですけど、3回くらいから掴みましたね」と振り返る。その中でも、1−0の5回一死一、二塁で紅林弘太郎を1ボール1ストライクから空振りを奪った3球目の140キロフォーク、続く空振り三振を奪った141キロフォークはストライクゾーンからボールゾーンに良い落ち。本人も「ああ良かったですね!ちょっとシュートしながら、はい」と納得のいくフォークが投げられた。
フォークが良くなったところについて、「力感が良くなったのかなと思います。ずっと力んで投げていたので、その分いい指の抜け感というか、そういう感じですね」と明かした。
前半戦、14試合・86回1/3を投げ、3勝6敗、67奪三振、防御率3.65だったが、後半戦は、“支配的な投球”でパ・リーグの各球団に強烈なインパクトを与えた。
オールスター明け最初の登板となった7月29日の楽天戦は5奪三振だったが、8月5日のソフトバンク戦で12奪三振、13日の日本ハム戦で11奪三振、20日の楽天戦と27日のオリックス戦で9奪三振と、8月は月間リーグトップの41奪三振を記録。
8月5日のソフトバンク戦、6−1の7回二死一、二塁で周東佑京に対し1ボール2ストライクから、それまでタイミングの合っていなかったフォークで三振を仕留めてくるかと見せかけて6球目の148キロストレートで見逃し三振、8月20日の楽天戦、0−1の3回一死走者なしで村林一輝を2ボール2ストライクからインコースストレートで見逃し三振などは、フォークを意識させた中でストレートで三振に仕留めた。
9月に入ってからも変わらず三振を量産。特に目立ったのが、カウント3ボール2ストライクから落差の大きいフォークで三振を奪ったこと。9月11日のソフトバンク戦、1−0の2回先頭の栗原陵矢を3ボール2ストライクから四球が許されない中、11球目の142キロストライクゾーンからボールゾーンに落ちる142キロフォークで空振り三振に仕留めれば、9月27日の日本ハム戦、0−2の3回一死一、三塁で水野達稀を3ボール2ストライクから7球目のフォークで空振り三振に打ち取っていた。
3ボール2ストライクからフォークを選択するというのは、空振りを取れる自信があるからだろうかーー。
「そうですね、腕を振った中じゃないと、エスコンの(本塁打を打たれた)レイエス選手の時みたいになってしまうので、(カウント)32からでも腕を振ることを意識しています」。
そして、今年も2月27日の『ラグザス 侍ジャパンシリーズ 2026名古屋 侍ジャパン vs 中日ドラゴンズ』で、4−0の4回一死走者なしで細川誠也に1ストライクから空振りを奪った2球目の144キロフォークは軌道が変わったように見えた。本人に確認すると、「フォークに関しては毎球感覚は変えていました。指の力感だったり、セパレーション、捻転差をつけたりしながら投げたので、もうちょっと映像を見ながら、改善していきたいと思います」とのこと。細川を空振り三振を奪った外角のフォークはスライダー系だったが、「スピードを出したらフォースラするのが僕の特徴なので、もうちょっと真っ直ぐ落としたいと思います」と明かした。
今回はフォークボールのみの紹介となったが、野球が上手くなろうとする向上心、探究心は新人時代から変わらない。とにかく現状に満足することなく、“No.1のピッチャー”になるため、歩みをとめることなく“進化”を続けてきた。これまでの積み重ねが7日の韓国戦の圧巻投球に繋がったと言える。偶然ではなく必然の投球だったのだ。ロッテの代表として、日本の代表として、世界を驚く投球を披露し、“種市はいいぞ”と声高らかに言わせてほしい。
取材・文=岩下雄太
2026年03月08日 08:31
1次ラウンド プールD
○ オランダ 4x−3 ニカラグア ●
<現地時間3月7日 ローンデポ・パーク>
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のオランダ代表がニカラグア代表に逆転サヨナラ勝利。オジー・アルビーズ内野手(29)がサヨナラ3ラン含む全4打点を挙げ、今大会初白星をもたらした。
初戦を落としたオランダは3回裏に4番アルビーズの押し出し死球で1点を先制したが、ニカラグアに逆転を許し、2点ビハインドで9回裏へ。二死と追い込まれながら2番セダン・ラファエラが中前安打で出塁すると、3番ザンダー・ボガーツの平凡な三ゴロが三塁ベースに直撃。跳ね上がった打球が三塁手の頭を越え、幸運な二塁打でチャンスを拡大した。
二死二、三塁で左打席に入ったアルビーズは、3番手右腕オバンドの初球フォーシームを振り抜き、その瞬間に本塁打を確信。雄叫びを上げながらダイヤモンドを一周し、ホームインと同時に手荒い祝福を受けた。
なお、ニカラグアは8回表にソフトバンク所属のジーター・ダウンズが1号2ランを放って一時勝ち越し。あと一死のところで悲願のWBC初勝利はお預けとなった。
2026年03月08日 08:30
「WBC東京プール presented by ディップ 侍ジャパン13−0台湾代表」(6日、東京ドーム)
2回に先制の満塁本塁打を放ち場内が熱狂する中、冷静な表情でダイヤモンドを一周するドジャース・大谷翔平だったが二塁を回ると表情が一変。
舌を出しおどけた表情を見せた後、ウインクしながらほほ笑み、“お茶点てポーズ”を決めた。
生還後には、カブス・鈴木誠也とジャンプしながらタッチを交わし、ベンチに戻ると阪神・佐藤輝明、森下翔太に“お茶点てポーズ”で迎えられ笑顔をみせた。
初戦から衝撃的な活躍を見せる大谷が連覇を達成した時の表情が楽しみだ。(デイリースポーツ・堀内翔)
2026年03月08日 08:30
7日にNetflixで放送された『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次ラウンド 日本−韓国』のポストゲームショーに鳥谷敬氏が出演し、侍ジャパンについて言及した。
2026年03月08日 08:28
フィギュアスケート・中田が掲げた柳田タオル
まさかの登場だった。第6回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)が6日に開幕し、野球界が盛り上がりを見せている。そんな中、日本の裏側、ヨーロッパに“登場”したNPBスターが話題を呼んでいる。「起きてりおくんの優勝と柳田のエストニア進出を知った」といったコメントが寄せられた。
登場したのはエストニア・タリンで行われたフィギュアスケートの世界ジュニア選手権だった。17歳・中田璃士が優勝し、男子史上初の連覇を達成した。その後、キス・アンド・クライで掲げたのはソフトバンク・柳田悠岐外野手のタオルだった。
中田は野球ファンとして昨年8月のジュニアグランプリ(GP)シリーズ第1戦ラトビア大会でも柳田のタオルを掲げるなど、もはや“風物詩”となっている。
これにはファンも注目。「中田璃士選手キスクラに柳田のタオル持ってきてる」「そして世界ジュニアの舞台でも掲げられる柳田タオルw」「エストニア進出」といったコメントが寄せられた。(Full-Count編集部)
2026年03月08日 08:00
「オープン戦、広島2−3中日」(7日、マツダスタジアム)
広島はドラフト2位・斉藤汰直投手が1回を三者凡退に封じる好投を見せたが、先発の森翔平は3回5安打4四球で3失点と不安を残した。
また同日、大瀬良大地投手が右ふくらはぎの筋損傷のため、戦線から離脱。開幕ローテ入りは絶望的となった。以下は、新井監督の主な一問一答。
◇ ◇
−先発・森は球数がかさんだ。
「球数が多すぎる。四隅を狙いすぎて、自分で苦しくしてるように見える」
−前回登板が良かっただけに立て直してほしいところ。
「下(ファーム)で岡本、高もいい投球をしているので。また次回見ましょう」
−モンテロがバックスクリーンに一発。
「良い打ち方をしていないと、あそこにホームランは入らない。いいホームランだったと思います」
−平川は自打球で途中交代。
「もろに当たっているから代えた」
−今後は?
「明日の状況を見てから。どれだけ腫れているかで」
−斉藤汰は中継ぎでの起用だった。
「彼にも『ブルペンで』と言っている」
−ドラ5・赤木が8日先発。先発か中継ぎかの適性を見極めていく?
「そうやね。赤木はまだちょっと見ながらになるかな」
−大瀬良の状態について。
「下半身のコンディション不良とトレーナーから聞いている」
2026年03月08日 08:00
「オープン戦、広島2−3中日」(7日、マツダスタジアム)
広島はドラフト2位・斉藤汰直(たいち)投手(22)=亜大=がマツダスタジアムで初登板し、1回を三者凡退に封じる好投を見せた。デイリースポーツ評論家の安仁屋宗八氏は、3番手で投げた左腕の辻大雅投手が「目についた」と高評価。リリーフ陣の一角に加わるとみた。
◇ ◇
先発の森はいつもの投球じゃなかった。ストレートは最速145キロ止まりで、球威がなかったし、制球も良くなかった。変化球も抜けたり、引っかけたりする球が目立ち、四球を簡単に出してしまった。この内容では開幕ローテ入りは厳しい。先発の機会はまだ1、2回あると思うので、しっかり修正してほしい。
目についたのが3番手で投げた左腕の辻。球にキレがあり、真っすぐも150キロ近く出ていた。連続見逃し三振を奪った後の2死から四球を出したけど、これもカウント3−2から、右打者の鵜飼の内角をズバッと突いたもの。ボールにはなったが、ストライクと判定されてもおかしくないほどの際どい球だった。走者を背負っても、一塁けん制で鵜飼をおびき出してアウトにするなど、とても落ち着いていた。
一時は先発転向という話もあったが、コントロールもいいし、三振も取れるので、このまま中継ぎでやっていくのがいいんじゃないかな。楽しみのある投手だ。
ルーキーの斉藤汰も面白い存在。ストレートも良かったし、思い切り腕を振って投げていた。最後、追い込んでからフォークで奪った空振り三振も見事だった。
打者ではモンテロがバックスクリーンへのホームランを含む2安打。調子を上げてきているし、何よりも持ち味の長打が出たのが良かった。
2026年03月08日 08:00
2日にフジテレビONEで放送された『プロ野球ニュース2026』に出演した齊藤明雄氏が、ソフトバンク・スチュワートについて言及した。
2026年03月08日 06:50
太田幸司氏は現役引退後、女子プロ野球のスーパーバイザーに就任
“元祖甲子園アイドル”で、元近鉄、巨人、阪神でプレーした太田幸司氏は、1984年の現役引退後、再びユニホームを着ることなく、外からプロ野球を見続けている。「伝える側に面白さ、魅力を感じたんです」。過去にはコーチとして誘う球団もあったが、あえて全て断って、現在も野球評論家として活動中だ。その間にはスポーツキャスターとして人気を博し、女子プロ野球のスーパーバイザーも務めた。
現役生活を阪神で終えた太田氏は当時を思い起こしながら「解説者になるとき『解説をやっている間に阪神の優勝を1回は見たいね』なんて冗談で言っていたら、(解説者)1年目に優勝だもんね」と笑みを浮かべた。1985年の阪神は、ランディ・バース内野手、掛布雅之内野手、岡田彰布内野手の強力クリーンアップを擁して、1964年以来21年ぶりのリーグ制覇と、2リーグ制になってから初の日本一に輝いたが、正直、驚いたという。
「(自分が在籍した)前の年(1984年)とほとんど同じメンバーだったしね。僕はバースにも紅白戦で投げたけど、その時はまだそんなにね……。(1985年に)解説になってキャンプ巡りして、高知で阪急の練習を見たらパカンパカン。安芸に行って阪神の練習を見たらポッスン、ポッスンで、なんだこれは、って。それがその年に優勝。掛布らがいたわけだけど、どうなっているのって思いましたよ」
そんな阪神Vの年から太田氏の”第2の野球人生“はスタートした。「辞めて何年かは現場にもう1回という気持ちも十分にありましたけどね。途中からいろんなことをファンに伝える側に魅力を感じ出して、これでやろうと思うようになったんです」。再びユニホームを着るという気持ちはどんどん薄れていった。「『ピッチングコーチをする気はないか』とか、いろんな方から声をかけてもらったんですけど、その時は(スポーツキャスターとして)番組もやっていましたしね」と断り続けたそうだ。
「僕自身、かつて、こんなニュアンスで言ったつもりはないんだけど、(マスコミに)違う書かれ方をしたりとか、嫌な時期があったんです。だから、やっぱり伝える側っていうのは、ちゃんとやらないといけない、ちゃんと伝えようみたいな……そういう思いもあってね」
青森・三沢高時代の1969年夏の甲子園決勝、松山商戦では延長18回、0-0引き分け再試合の大熱投で人気を博した。甘いマスクに女性ファンが熱狂した「コーちゃんフィーバー」は、社会現象にもなった。そんな人気を背負い、プロ生活に突入した太田氏にしか分からない世界がいくつもあったことだろう。伝えられる側から伝える側に立場が変わり、新たな使命みたいものも感じたようだ。甲子園でレジェンド始球式に登板「すごく緊張しました」
2009年には日本女子プロ野球機構のスーパーバイザーに就任し、広報的な役割も果たした。残念ながら、2021年12月に同機構が無期限の活動休止となり「今は阪神も巨人も西武も、女子野球チームを持っていますが、自分らはちょっと早く行き過ぎたのかなっていうところはありますよね。目標としてはまず、女子プロ野球(発足)をきっかけに盛り上げて、底辺が広がればということだったんですけどね。だけど、いろんな誹謗中傷というか、そんなのも結構あったりとかでねぇ……」と何とも言えない表情で振り返った。
それでも、そんなアクションを起こしたことで、女子高校野球の全国大会決勝が甲子園球場で行われるようになるなど、現在につながっている。目標通り、当初よりも女子野球は広がりを見せており、その発展に貢献したのも間違いない。「そう思ってもらえれば、我々もやってよかったなってなりますけどね」と、太田氏は話した。
2018年夏、第100回全国高等学校野球選手権記念大会では、大阪桐蔭(北大阪)と金足農(秋田)の決勝戦で、太田氏はレジェンド始球式を行った。「あの時の金足農は、自分らの時の三沢高を彷彿させるような……。(エースの)吉田輝星(現オリックス)もいろんな(高校から)スカウトが来ていたみたいだけど、地元の仲間とやりたいから金足農に入ったって、何か自分を思い出すような、ね」と感慨深い思いで投げたという。
「プロの取材でよく甲子園に行くけど、久しぶりにマウンドに立ったら、(1968年の三沢高2年夏に)最初に甲子園に出た時みたいに膝がカクカクして……。すごく緊張しました。プロがやる甲子園と、高校野球をやっている時の甲子園は違うなと改めて感じましたね。そういうところに決勝戦で呼んでいただいたというのは、本当に高校野球をやっていてよかったというか、最高の栄誉だなと思いましたよね」
現在も毎日放送のラジオ解説者を務める。「今はどっちかというとパ・リーグ。オリックス-ソフトバンク戦の九州送りとか、オリックス-日本ハム戦の北海道送りとかの放送をやらせてもらったりしています。試合がない時は、その枠で吉本興業の野球好きの方々と、ちょっとおしゃべりさせてもらったりとかもね」と、野球の魅力を“伝える仕事”に全力投球中だ。(山口真司 / Shinji Yamaguchi)
2026年03月08日 06:00
広島・大瀬良大地投手(34)が7日、右ふくらはぎの筋損傷のため、戦線から離脱した。新井監督は「トレーナーから厳しいと聞いている」とローテ争いから外す方向性を示し、開幕ローテ入りは絶望的となった。
大瀬良は5日の練習中に負傷。蔦木トレーナーによると「フィールディング練習の時」に痛めたという。その後、病院を受診し、「右の下腿(かたい)の筋損傷」と診断された。この日もマツダスタジアムを訪れていたが、8日からはリハビリを行うため、3軍に合流することが決まった。
右腕は昨年23試合に登板して7勝9敗、防御率3・48。同年10月に自身4度目となる右肘手術を受けた。今年はキャンプを1軍でスタートさせ、初日からブルペンに入るなど精力的に汗を流してきた。ここまで対外試合2試合に登板。直近では1日に行われた楽天とのオープン戦で3回無失点の投球を見せていた。
開幕ローテから外れるのは、春季キャンプ中に右肘の故障で離脱した2016年以来10年ぶりとなる。現状のカープの開幕ローテは森下、床田、ターノックが軸となり、栗林、岡本、高、森らが枠を争う構図となっている。
2026年03月08日 06:00
「オープン戦、広島2−3中日」(7日、マツダスタジアム)
あいさつ代わりの零封じゃ!広島のドラフト2位・斉藤汰直(たいち)投手(22)=亜大=が7日、マツダスタジアムで初登板し、1回を三者凡退に封じる好投を見せた。これまでは先発と中継ぎの両にらみで調整を進めていたが、新井監督は「汰直はブルペンでと決めている」と起用法を明言。今後は勝ちパターン入りを目指していくことになった。
鯉党からの歓声を浴びながら、斉藤汰は堂々とした足取りでベンチに歩を進めた。最速は152キロ。ダイナミックなフォームから解き放たれる直球と切れ味抜群のフォークがさえ渡った。本拠地初登板を1回無安打無失点で終え、「緊張感があった中で、良い結果で終われて良かった」と息をついた。
2−3の八回から5番手として登板。「引っかけた球も多かったけど、ある程度ゾーンで、しっかり勝負できた」という直球は150キロ超えを連発した。先頭のカリステを直球で押し込んでの遊ゴロに仕留めると、次打者・上林は二ゴロに打ち取った。
「自分自身の安心材料」と語るほど、大きな信頼を置くフォークも納得の出来。2死から対峙(たいじ)した味谷には直球を4連投して最後は外角に落ちていくフォークで空振り三振。「真っすぐで本当は抑えたかったけど、いいフォークを投げられて良かった」とうなずいた。
「真っすぐがある程度いい感じに投げられるとフォークにもつながってくる」と2球種の連動性を大切にする。この日は、その両方に一定の手応えを感じ取り、「フォームの安定性や再現性が良くなってきてるかな」とはにかんだ。
先発の即戦力候補としてドラフトで指名され、自らも「先発で2桁勝利」を1年目の目標に掲げてきた。キャンプでも開幕ローテ入りを見据えた調整を進めてきたが、先発した2月21日のDeNAとのオープン戦(宜野湾)で2回3失点。1日の楽天とのオープン戦(倉敷)では中継ぎとしてマウンドに上がり、適性を探っていた。
その中で新井監督は、この日の斉藤汰の投球を「いいボールが行っていた。真っすぐもよかったし、最後もフォークかな。いいピッチングだった」と称賛。起用ポジションについて「ブルペン」と明言した。
大学時代には救援投手としての経験もあり、「全球勝負球だと思って、無駄なボールをできるだけ少なく投げる」ことをリリーフとして心得る右腕。開幕ローテ入りの目標は変わった。剛球と落ちる宝刀で勝ちパターン入りへ名乗りを上げる。
2026年03月08日 05:01
「オープン戦、楽天2−9DeNA」(7日、春野総合運動公園野球場)
DeNA・筒香嘉智内野手は楽天・前田健との6年ぶりの対戦に「あんな大投手の方と対戦できてすごく楽しかったです。
2026年03月08日 05:01
「オープン戦、オリックス8−0巨人」(7日、京セラドーム大阪)
チーム自慢の安打製造機、オリックス・太田椋内野手がオープン戦から好調だ。この日は初回無死二塁の好機で巨人の新戦力・マタから技ありの先制右前適時打を放ち、続く二回2死二塁でも中前適時打と持ち前の勝負強さが光った。
「今日はボールの見え方も徐々に良くなっている感じがあった。もっともっと状態を上げていけるようにしたい」。気は早いが、オープン戦3試合で8打数3安打2打点と頼もしい。宮崎での春季キャンプで右足首を痛め、別メニュー調整を強いられたが「逆に試合で守備、走塁を今は問題なくやれている。不安なく開幕に向かっていける」と手応えを口にした。
太田は昨年4月、球団右打者では最多タイの月間39安打をマークし、開幕ダッシュに貢献。10本塁打、52打点など全部門でキャリアハイを決めた。プロ8年目の今季から背番号1で挑むが、岸田監督も「(太田は)心配していない」と太鼓判。開幕早々、またけん引してくれそうだ。
2026年03月08日 05:01
「オープン戦、阪神1−0ソフトバンク」(7日、甲子園球場)
阪神は先発大竹耕太郎が制球良く投げ分けて3回2安打、高橋遥人は3回1安打でそろって無失点と先発候補が順調で2戦連続の完封リレー。八回に登板したダウリ・モレッタ投手が相手ベンチに戻ろうとするハプニングがあったが、ベンチから飛び出した藤川球児監督は「アドレナリンが出てくることが、リリーバーとしては非常に重要」と理解を示した。以下、指揮官の主な一問一答。
◇ ◇
−モレッタがベンチを間違えるハプニング。
「すごく興奮してたんでしょうね」
−本人は「監督に迷惑かけてしまった」と。
「そんなこと考えなくていいです。彼は生粋のリリーバーですからね。自分が最高潮に達する、ゾーンに持っていってもらいたいのが一番なので、こちらのことは気にしなくて大丈夫です」
−投手陣は2試合連続完封と上々の仕上がり。
「そんなに簡単なものではないと思いますけどね。伏見がデッドボールを受けたので。まぁ“トライ”ですね。伏見寅威で(笑)。タイガースに来て、虎の勢いで3つデッドボール当たりましたけど。ラガーマンじゃないのに、強い体を持っていると思いますね。大丈夫だといいなと。投手だけというよりバッテリーですから。バッテリー間のコンビネーションというか、チーム作りの一環だと思っています」
−ディベイニー、前川らが教育リーグに出場。2拠点でやっていく。
「前回、伝えていた通り、明日から1軍が10試合、ファームで(1軍開幕まで)15試合か。25試合を使ってやっていくということですね」
−ディベイニーは打席数確保の意味合いか。
「個人のそういうところは(言わない)。全体がみな同じなので」
2026年03月08日 05:01
「オープン戦、日本ハム5−3ロッテ」(7日、エスコンフィールド)
日本ハムは新人がそろって躍動した。先制適時三塁打の育成ドラフト1位・常谷(北海学園大)ら3選手がヒットを放ち、ドラフト1位・大川(明大)は1回をピシャリ。新庄剛志監督は「新人の子たちが“元気ハツラツ!オロナミンC”で。見ていて気持ちよかった」と上機嫌。
常谷には「もっとできると思う。アピールしてもらって支配下に上がれるように」と期待した。