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絶対にやるべき“正しい素振り”はどっち?確実にナイスショットへ導こう

2026年03月16日 06:30

「ラウンド中のショットを打つ前の素振りを見ていると『やらないほうがよかった』と思える人が9割近くいます」と話すのは中井学。 では、やったほうがいい素振りってどんな素振り?ミスショットを未然に防ぎ、確実にナイスショットへ結びつける素振りをレッスンする! リラックスよりも本番と同じスピードや力感で振る 本番のつもりでマックス素振り(〇)リラックスしたい脱力素振り(×) 「素振りはいいけど、ボールを打つとなるとダメになる」。そう口にするゴルファーが多いのですが、これは素振りだと『クラブをスムーズに振れているように感じやすい』のが原因です。素振りはいいけど、本番はダメとなってしまう例で多いのは、リラックスして振る素振り。 体を緩ませて振るとグリップの形や握る力が変わりやすく、その感覚でボールを打つと、本番のスイングでは腕の動きでシャフトをしならせようとする動きが加わるため、ヘッドの軌道が安定しにくくなります。 ナイスショットにつなげるためには、グリップを体の真正面に固定したまま、ノーコックで振る素振りがオススメ。グリップの形や握る力をキープし、胸やお腹を素早く回転してマックスに近いスピードで振りましょう。腕や手を使わず体幹を回し振る感覚がつかめるので、ナイスショットの確率が大きくアップします。 素振りはグリップの形と握る力を変えずに振ることが大事! トップでグリップを緩めない ショット前の素振りでも本番のショットでも、グリップの形と握る力を変えずにスイング。グリップ圧はトップで変わりやすいので注意 体や腕を緩めた素振りでは、トップで左手グリップが緩みやすい。グリップの形も変わってしまうので、さまざまなミスショットを招く。 腕を体の正面に固定してスイング(中央)体の回転だけでスイングする(右) アドレスの姿勢を作ったら、腕とクラブを体の正面にキープしたまま胸を左右に回転させながら素振り。振り幅は胸や肩くらいの高さでOK 本番のショットでは腕を使ってシャフトをしならせようとする人が多い。手打ちになるため、スイング中にグリップの形が変わりやすい 球を曲げないことより出球の方向の安定を優先させる インサイドに上げていく(左)カップの位置はやや引くめ(中央)アウトサイドから下ろすダウンスイングは腰の回転を先行させやすい(右) バックスイングでクラブをインサイド方向に低く上げていくと、アウトサイド・インの軌道で振りやすくなる スライサーにオススメなのは「アウトサイド・イン素振り」。アウトサイド・インがスライスの原因になるのでは?と思うでしょうが、今どきのクラブは確実に曲がりにくくなっているので、極端に右に飛んでしまうミスはボールが最初から目標よりも右に出ているプッシュ系スライスが多く、実際はそんなに右に曲がっていません。そのため、大事なのはしっかりと左に打ち出すことなのです。 インサイドに低く上げてトップでヘッドをループさせたら、ダウンスイングでは腰の回転を先行させてアウトから振り下ろす。確実に左に打ち出し、左からターゲットに向かって曲がっていく球筋をイメージしながら素振りをしてください。 左への振り抜きも大事。左へ鋭く振り抜けるとボールのつかまりがよくなるので、大きく右に曲がらない。(右) トップでヘッドをインからアウトへとループさせて、アウトサイドから下ろす感覚だが、腰がしっかり先行して回れば、極端なアウトサイド軌道にならない インサイド・アウトからのフェースオープンでビッグスライス! 最近のビッグスライスはカット軌道よりも、スライスを防ぐためにインサイド・アウトに振ったはいいが、フェースが開いているために右打ち出しのプッシュスライスになって出ることが多い ランスが崩れない小さいスイングを予行練習する バランスを崩さずに振れるスイングは、どのくらいなのかを素振りで確認しておく(左)本番のつもりで下半身を安定させてスイング(中央) 素振りは本番さながらのスピードや力感で振ることが大事で、これはどのクラブでも同じです。しかし、アイアンショットはティーイングエリアとは違い、大なり小なりの傾斜がつくライになることが多い。こういうライはマックスのスイングだとバランスを崩しやすいので、振り幅を小さめに抑えて、バランスをキープできる「スイングの出力を下げる感覚」を素振りでつかんでおきましょう。 フルスイングしてもボールが打ちやすそうに感じる、左足上がりの傾斜も同様です。マック素振りでフィニッシュまで振り切ってスイングが崩れてしまうなら、振り幅を小さくして出力を抑えてみる。足場が悪くても下半身をしっかり固めて振れるスイングをきちんとリハーサルしておくことが大事です。 スイングの途中で体がよろけてしまうようなら、そのスイングは振りすぎ。振り幅を小さくするなどで、出力を下げてみよう 傾斜の度合いに合わせて出力を下げる フルスイングは少しの傾斜でもバランスが崩れやすくなる。傾斜を少しでも感じたら、出力を下げる素振りで「どのくらい振れるのか」をチェックしよう いかがでしたか? 本番でうまくいくように何回も素振りをしましょう! レッスン=中井学 ●なかい・がく/1972年生まれ、大阪府生まれ。 構成=三代崇 写真=田中宏幸 協力=東宝調布スポーツパーク

  • ゴルフ
  • ジャンボ尾崎さんお別れの会 王会長「いろんな意味で型破りな人」原氏「われわれの憧れ」 野球界からも多くの参列者

    2026年03月17日 05:00
     昨年12月に78歳で死去した日本ゴルフ界のレジェンドで、「ジャンボ」の愛称で親しまれた尾崎将司さんのお別れの会が16日、東京都内のホテルで開かれた。ライバルだった青木功(83)、石川遼(34)ら関係者約1000人が参列。野球界からも多くの関係者が訪れた。ソフトバンクの王貞治会長、巨人前監督でオーナー付特別顧問の原辰徳氏が取材に応じ、故人をしのんだ。  尾崎さんは徳島・海南高(現海部高)の野球部のエースとして、64年のセンバツ優勝投手に輝き、西鉄(現西武)に入団。その後、ゴルフ道を突き進むこととなった。  王会長は「いろんな意味で型破りな人だった」と振り返り、「甲子園で優勝したときから、将来われわれの世界に入ってくると思った。残念ながらゴルフの方へ行ったが、逆に言うと、まさかゴルフでこんなにすごい選手になるとは思わなかった。そういう点ではものすごくがんばったんじゃないか」と語った。原氏は「非常にファイティングスピリットがあった。われわれの憧れであり、ヒーローだった」と回顧した。山本浩二氏、田淵幸一氏らも参列し、献花を手向けた。  ◆木戸 愛(女子ゴルフ)「ジャンボさんには感謝の気持ちと『これからも強い気持ちで頑張ります』と伝えた。良いご報告ができるように頑張ります」  ◆松山千春(歌手)「男子プロゴルフ界の歴史を変えるような男だった。プライベートな部分でヤツとはいろいろ付き合いがあった。カラオケもよく行った。最高のプロゴルファーだった」

  • ジャンボ尾崎さん「わが人生に悔いはない」 お別れの会で長男が明かす“最後の言葉” 青木「生涯のライバル」中嶋「憧れ」

    2026年03月17日 05:00
     昨年12月に78歳で死去した日本ゴルフ界のレジェンドで、「ジャンボ」の愛称で親しまれた尾崎将司さんのお別れの会が16日、東京都内のホテルで開かれた。ライバルだった青木功(83)、石川遼(34)ら関係者約1000人が参列。弔辞を読み上げた青木は「生涯のライバル。絶対に忘れない」と語り、喪主を務めた長男の智春さん(54)は、父の“最後の言葉”を明かした。  ゴルフ場と富士山をイメージして5000本の花で彩られた祭壇には、2002年の全日空オープンで55歳241日の史上最年長優勝を決めて右手を上げる尾崎さんの写真が飾られた。長男の智春さんは遺影を前に言葉をつむいだ。  「父親は最後に『わが人生に悔いはない』と言っておりました。わがままをたくさん言って、好きなものをたくさん食べて。こんなにすばらしい人生、何の悔いもない、と言ってこの世を去りました。こんなにたくさんの方に見守っていただき、今ごろ父親も本当に喜んでいると思います」  181センチ、90キロの大柄な体を生かして勝利を重ね、一時代を築いた尾崎さん。日本男子ツアー94勝、賞金王12度はいずれも最多記録。青木功、中嶋常幸とともに「AON」と呼ばれ、3人で数多くの名勝負を演じた。  青木は弔辞で「ある時、『おまえさんがいなかったら、俺はとっくに終わっていた』と言ったけど、本当にその通りだった」と述懐。最後に会ったのは2014年に行われた自身のプロ生活50周年パーティーで、尾崎さんから「僕のライバルはタイガー・ウッズ」と冗談交じりに言われたが、「なんと言おうと、生涯のライバルはジャンボ。たくさん思い出がありすぎて語りきれないけど、本当にもう一度会いたかった」と、約6分間にわたって思いを伝えた。  尾崎さんは晩年、アカデミーを開設して若手育成に力を注いだ。女子の佐久間朱莉や原英莉花らをトップ選手に育成。1964年のセンバツ優勝投手らしく、ピッチングフォームからゴルフを説くなど、持てる知識を余すことなく伝えた。  2007年にアマチュア優勝を飾り、翌年のプロ転向時から多くの助言を受けてきた石川遼は「いろんなことをたたき込んでいただいた」と、“恩師”ともいえる存在に感謝。「ジャンボさんは男の中の男だった。ジャンボさんの遺志を少しでも受け継いで、日本ゴルフ界がもっと強く、明るくなっていくように頑張っていきたい」。こみ上げるものをこらえるように目を潤ませた。  後輩たちが見てきた大きな背中。その姿は、これからも日本ゴルフ界の道しるべであり続ける。  ◇中嶋常幸「アマチュアの頃に憧れ、ああいうゴルフがしたいと思った。亡くなる前に会えず、元気なジャンボしか頭に残っていない。それが幸い」  【主な参列者】 青木功、中嶋常幸、倉本昌弘、伊沢利光、桑原克典、丸山茂樹、片山晋呉、谷原秀人、池田勇太、阿久津未来也、石川遼、木戸愛、佐久間朱莉、泉田琴菜、樋口久子、岡本綾子、小林浩美、藤井かすみ、明神正嗣、諸星裕、内藤雄士、辻村明志、佐野木計至、王貞治、山本浩二、田淵幸一、江本孟紀、山崎裕之、江川卓、原辰徳、鈴木健、松山千春、なべおさみ、谷隼人(敬称略)  ◆尾崎将司(おざき・まさし)1947年1月24日、徳島県出身。海南高(現海部高)のエースとして64年選抜大会で優勝した。65年にプロ野球西鉄(現西武)に入団も、3年で退団した。ゴルフに転向し、70年にプロテストに合格。ツアー賞金王12度、73年のツアー制度施行以前も含めて国内通算112勝は最多。海外大会でも1勝している。2011年に世界ゴルフ殿堂入り。プロゴルファーとして活躍した健夫、直道の2人の弟、飯合肇らと「ジャンボ軍団」を結成し、ゴルフ界を席巻した。晩年はアカデミーを創設し、後進の育成にも力を注いだ。昨年12月23日、S状結腸がんのため死去。享年78。

  • アプローチで“クリーンにミート”するには?上達するコツを人気コーチが解説

    2026年03月17日 05:00
    アプローチの2大ミスといえばトップとダフりだが、この原因は「点でインパクトしよう」とする意識にある。 「インパクトは最下点ではなく"最下ゾーン"をイメージして打つと2つのミスが激減しますよ」とアッキーコーチ。"最下ゾーン"とは何か?どうやって作るのかを伝授する。 アプローチは「ボール→右足前、スタンス→オープン」で打つ この理由わかりますか? アプローチは「ボールを右足前にしてオープンスタンスで構える」と教わる。これはアプローチのスタンダードな構え方としては合っているが、多くの人はこの言葉だけを覚えていて、なぜそうするのかの意味がわかっていない人がほとんどだ。これらの意味を理解することが”最下ゾーン”を作る第一歩になる ①ボールを右足前にセット→ダウンブローに打てる ボールを体の中心から右足前にセットするときは真横にズラすのではなく、体に近づけるように右手前にズラす。スイングは円軌道になっているので、ボールも円軌道に合わせてズラさないとボールまでの距離が遠くなってしまう。正しい右足前にセットすると、軌道は自然とダウンブローになる ②オープンスタンスで構える→フェースが正面を向く ①でボールを右足前にセットすると、フェースは右を向く。オープンスタンスにするのは、その向きを直すため。右を向いてしまったフェースを、スタンスの向きを変えて正面に向けるのだ。右を向いたままだと、ボールが右へ飛んでしまう ゾーン内ならどこでもミートできる魔法のインパクトです! 最下点は横に動くわけではない O体を中心にアークを描けば接地点と最下点がそろう(ピンク) ×左足に体重をかけすぎるとダフるアークになってしまう(水色) 最下ゾーンを作るためにも、まずはスイングの接地点と最下点を理解することが大切です。アプローチで一度ダフってしまうと、またダフるのが怖くて、体重を左にかけて最下点の位置を左に移動して防ごうとする。しかし、これは間違いです。 上の図を見てください。ピンクの円がきれいにインパクトできたときのスイングアークで、水色の円が体重を左にかけすぎたときのスイングアークです。左に体重をかけると円軌道は左に水平に移るのではなく、最下点が地下に潜ってしまう。するとへッドの接地点は右に移動し、ボールよりはるか手前に当たる大ダフリになってしまいます。 こうならないコツが”最下ゾーン”です。インパクトを点ではなく、地上のボール前後に線(ゾーン)にする。それには、接地点と最下点を同じ高さにする必要があります。最下点が地下に潜らないスイングを身につけましょう。 左足体重にすると最下点は地中になる 体重を左に乗せすぎてしまうと、クラブの入射角がキツくなる。クラブが地面に刺さるような打ち方になるので、ダフリの危険性が高くなる 入射角を緩くすればボールの前後に“最下ゾーン"ができる ひとつ上の図の円軌道のなかでは、わかりやすいように接地点と最下点を点で重ねているが、インパクトを点にしてしまうとミスしやすいので、上の写真の線のように「ゾーン」でイメージする。できるだけ緩やかな円弧を描くようにして、接地点と最下点の高低差をなくすることが大切。ボール前後でヘッドをなるべく低く動かし続けるゾーンを作ろう 体の右側で打つと方向性&飛距離アップ 体の右側で打つ感覚をつかんだら、実際にボールを打ってみる。ボールにうまく当てようとせずに、体の右側で打つことに集中。最下ゾーンができるので、ボールに当てようとしなくてもきちんと当てられる 「ボールは体の正面でとらえろ」といわれますが、最下ゾーンで打つためには"体の右側"で打つことが大切です。体の右側というのは、グリップは胸の前ですが、ヘッドは体の右側にある状態のこと。右側で打てるようになると、入射角が緩くなって最下ゾーンが作りやすくなる。そのためには、しっかり体を回して打つことがポイントになります。 最下ゾーンでボールをヒットできればフェース向きも安定するため、距離感や方向性がよくなります。野球やテニスなどのスポーツを思い浮かべてみると、ボールを打つときは体の右側で打っていませんか?ゴルフも同じで体の右側で打てば、しっかりインパクトできるのです。 体の右側とは「グリップは胸の前」「ヘッドは体の右側」 いきなりボールを打つのは難しいので、まずは上体を起こして水平素振りでクラブの動きを確認。グリップは体の正面、ヘッドは体の右側にくるようにしてそのまま腰を回転してみよう 体が回らず、クラブが先行してしまったり(左)、体がクラブより先に動いてしまうとインパクトがズレてしまう(右) 体全体を一枚のフレームとして考える 右手で持っているクラブがクラブの向き、左手に持っているクラブが体の向き。フレーム打法は、右にあるクラブと体の向きを変えないようにスイングする(○)。 最下ゾーンは、体の右側で打って入射角を緩くすると説明しました。一つひとつの動作はできても、同時に動かすとバラバラになってしまうという人にオススメなのが"フレーム打法"です。 フレーム打法とは、体全体を1枚のフレームのようにして、そのフレームを回すようにして打つ方法です。バックスイングでクラブを振り上げたら、その形を崩さずに体を回してフィニッシュまで振っていく。 このとき足首から体を回すようにすると、体全体が回りやすくなります。手だけで打とうとしたり、胸と腰が別に動いてしまうとダフリやトップの原因になるので気をつけましょう。 体がクラブを追い越してしまうと、体が突っ込みやすくなってダフリなどのミスを引き起こす(×) 足首から回転する フレーム打法で打つコツは、両足首から全身を回していくこと。フィニッシュで右足のカカトが地面から離れて、ツマ先立ちになるくらい回してOK 腰を回さずに胸だけを回そうとしたり(左)、手だけで打つ(右)のはNG。関節ごとに動かすのではなく、体全体を回すイメージをもつ 自分の最下ゾーンがどれくらいかを知る 高さも調節可能! 最下ゾーンで打てるようになると、球の高さを自由に変えることも簡単になる。ボールを右に寄せれば低い球、左に寄せると高い球が打てる 最下ゾーンはそのゾーンの中でなら、どこでインパクトを迎えてもボールをクリーンヒットすることができます。例えば、上の写真のようにボールを5球並べてもです。このゾーンの幅は人によって変わってきますが、これだけ長いと安心ですよね。 ゾーンの幅は手首を曲げる角度によって変化します。手首の角度を深くするとヘッドの位置が後ろに下がってゾーンは長くなりますが、深くしすぎると口フトが立ちすぎてしまうので注意しましょう。 また、最下ゾーンをマスターしたら、高さの打ち分けに挑戦してみましょう。最下ゾーンの中でボール位置を変えると、高さの打ち分けも簡単。ゾーンの始まりの右のほうでヒットすればロフトが立って低い球が、終わりのほうの左でヒットすればロフトが寝るので高い球を打つことができます。 構え方はシンプルでOK! 前回説明した、基本の構え方は変わらない。その構えからフレーム打法で最下ゾーンを作って打つ 点は成功率が低い 最下ゾーンなら5球並べても打てるが、最下点は1球しか打てない。クリーンヒットするか、しないか、この差は大きい! いかがでしたか? 最下ゾーンをマスターしましょう! レッスン=アッキー永井 ●永井研史(ながい・あきふみ)/1987年生まれ、神奈川県出身。アメリカに留学していた高校時代にゴルフに出会う。エースゴルフクラブ赤坂などでレッスンするほか、YouTube「キャンバスゴルフ」も配信中 写真=田中宏幸 協力=内原カントリー倶楽部(PGM)

  • 番手ごとに最適な抜けのソール!プロギア『PRGR 01/02』アイアンと『0 TOUR』ウェッジが4月17日デビュー

    2026年03月16日 19:30
    プロギアから、新作アイアン&ウェッジのアナウンス。

  • 中高生ゴルファーの全国大会・個人戦「春高・春中ゴルフ」が兵庫・三木市内で開幕 片山さつき財務大臣がビデオメッセージでエール

    2026年03月16日 19:06
     一般社団法人日本高等学校・中学校ゴルフ連盟が主催する「2025年度全国高等学校・中学校ゴルフ選手権春季大会 文部科学大臣楯争奪 第46回個人の部」(通称=春高・春中ゴルフ)の開会式が16日、“ゴルフのまち”を推進している兵庫・三木市内で行われた。  中曽根弘文会長による主催者あいさつに続き、大会を共催する三木市の仲田一彦市長が登壇。「今年で6回目となる春高・春中ゴルフがいよいよ始まります。4月には市内にある関西国際大が経営学部にゴルフマネジメントコースを開講します。“ゴルフのまち”として今後もジュニアゴルファーへのゴルフ環境の充実に力を入れていきたい」とあいさつした。  最後に、財務大臣の片山さつき参議院議員がビデオメッセージに登場。「片山家はマルマンの創業家です。私自身もゴルフは大好き。強い日本、そしてみなさんが強いゴルファーになることを期待しています」とエールを送った。  試合は18日から3日間、同市内にあるオリムピックGC(高校男子)、チェリーヒルズGC(高校女子)、三木GC(中学男女)の3コースで行われる。

  • 厚さ約1mmのグローブ!「かつてない厚さでしっかり握れる」手のヒラ側が2層になったブリヂストン『STRONG DUAL』が発売

    2026年03月16日 19:00
    ブリヂストンから、新作グローブのアナウンス。「2層構造でブリヂストンゴルフ史上かつてない厚さでしっかり握れるグローブ『STRONG DUAL』を3月12日に発売します。価格はオープンです」(同社)。 【写真】ブリヂストンが総力を挙げて作り出した『J’sメタル』 ジャンボの球を見てニクラスも使った名器 『DUAL』という名称は、手のヒラ側の合成皮革を2層に重ねていることに由来している。グリップに直接触れる層は「グリップ力を高めるためエンボス加工合成皮革」、手を入れる内側の層は「滑らかな手入れ感を持たせるため風合いの良いスエード調合成皮革」を採用。厚さ約1で、手とグリップの隙間を埋めることで、一体感を得られるという。また、前作よりも「2層構造部分を拡げ、親指部分も2層構造とし、グローブ内の親指部分の捻じれを抑制」したことに加え、「ベルクロを手のヒラ側生地と直接縫製することにより手のヒラ側生地の余りを軽減」したことで、よりフィット感が増して、力まず握れるようになっている。飛ばしたいと思って、力んでミスをすることが多いという人は、一度試してみる価値はあるだろう。 【製品概要】品 名: STRONG DUAL(左手用:GL2607、右手用:GL2608)素 材: 合成皮革 サイズ: 21〜26cmカラー: WR(白/赤)、BK(黒)※GL2608(右手用)は WR のみ価 格: オープン 「ジャンボさんの連勝でパーシモンからメタルに時代が動いた」増田雄二氏が語るドライバーの転換点 【写真】ジャンボが復活を遂げたテーラーメイドのメタルウッド こんなの僕らが打てるのか……ジャンボのために作った特製アイアンが発売、お値段は61万円オーバー! 飛ばし屋・山路晶が開幕戦で277ヤード! 新ヘッド×新シャフトは「とにかく音が良くて、振りやすい」 中村心が髪をほどきました【女子プロ写真】

  • 永嶋花音ちゃんと組んだ開幕戦 今年の「琉球GC」はいつもと違う光景でした【プロキャディー25年 梅ちゃんのツアー漫遊記】#58

    2026年03月16日 18:05
    【プロキャディー25年 梅ちゃんのツアー漫遊記】#58 【前回を読む】開幕前に「相棒」をカスタマイズ 長距離運転と車内泊が多い生活でもまだまだ大丈夫です  女子ツアー開幕戦の舞台は今年も沖縄の琉球GCです。名物の風とツアーでは珍しいコーライグリーンが特徴ですが、今年はまったく違っていました。  これまでのグリーンは強い芝目があり、転がりもさほど速くなかった。僕は何度も訪れているので、「ここのホールはあっちから順目がきつい」とか「下りだけど逆目だから遅い」と頭に入っているし、過去のヤーデージブックのメモもある。シーズン初戦に不慣れなコーライと強い風ですから、毎年苦戦する選手が多いものです。  今年はグリーンのどこから打っても速いし、芝目が関係ないほどの仕上がりでした。初日は強風が吹いて、60台のスコアは8人。風が弱かった2日目は17人に増え、優勝した佐久間朱莉ちゃんは圧巻の62をマーク。ベントグリーンのように素直な転がりなら好スコアが出るのも納得でした。もしかして、グリーンキーパーが代わったのかな?  3日目は、最大瞬間風速が16.5メートルという強風が吹き荒れアンダーパーで回ったのは51人中10人。これが琉球GCの本来の顔です。  僕がコンビを組んだ永嶋花音ちゃんは、昨年よりドライバーの飛距離が5ヤードから10ヤードくらい伸びて、ショットも良かったのですが、アプローチが寄らず、高速グリーンにも戸惑い予選落ちでした。でも、気にすることはありません。  実は練習ラウンドでこんな話をしていたのです。 「来週の台湾の試合には出場せず、第3戦から連戦になるから、本当の開幕は次戦から。プロ野球のオープン戦というわけじゃないけど、今週は結果を気にせずいろいろ試しながらプレーしたらいいんじゃないかな」  予選落ちは確かに悔しかったけど、そんなわけで落ち込むことはなかったし、ショットを見る限り、今年はシード権獲得が期待できそうです。  沖縄には愛車で来ることができないので飛行機に乗るわけですが、花音ちゃんも予約変更ができないチケットだったので、土曜日は長時間練習場で打ち込みました。  ちなみに、今は出場選手のプレー代や練習ボールは無料(下部ツアーはプレーフィ有料)です。支払いは、ハウスキャディーを使えばその料金とレストランの飲食代だけです。  ドライビングレンジも、通常の大会とは違う光景でした。  予選落ちすると、翌日もコースで練習する選手はいますが、今回は僕らのように予約便の変更ができない選手以外にも、沖縄から次戦の台湾へたつ選手もいたので練習場は大盛況。ギャラリーゲートから3ホール分ぐらい歩かなければ行けない練習場なのに、「推しの選手」がいたのか、たくさんのファンにも驚きました。  風の沖縄戦を制したのは昨年の女王です。今季の女子ツアーも朱莉ちゃん中心で展開される予感です。 (梅原敦/プロキャディー)

  • 中高生ゴルファーの全国大会・個人戦「春高・春中ゴルフ」が兵庫・三木市内で開幕 片山さつき財務大臣がビデオメッセージでエール

    2026年03月16日 17:58
     一般社団法人日本高等学校・中学校ゴルフ連盟が主催する「2025年度全国高等学校・中学校ゴルフ選手権春季大会 文部科学大臣楯争奪 第46回個人の部」(通称=春高・春中ゴルフ)の開会式が16日、“ゴルフのまち”を推進している兵庫・三木市内で行われた。

  • 帝王ニクラス、トム・ワトソンが尾崎将司さんに弔電「素晴らしい友人で、素晴らしい選手」

    2026年03月16日 17:56
    昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。ゴルフ界、野球界、文化人ら多くの招待者が会場で別れを惜しむ中、世界のレジェンドたちがビデオメッセージで追悼した。 【写真】若かりしタイガーもジャンボとしのぎを削った PGAツアー通算73勝、メジャー通算18勝を誇る“帝王”ジャック・ニクラス(米国)は「ジャンボが亡くなったと聞いてとても悲しい。良き友人だった」とメッセージを送った。尾崎さんはかつて、ニクラスが目標のプロゴルファーであることを明かしていた。「よく飛ばし、多くのトーナメントで優勝した。友人の私たちはお互いを高め合った。ジャンボが逝ってしまったことを残念に思う。素晴らしい友人であり、素晴らしい選手であり、そしてあなたの国を代表する選手だった。彼は日本を愛し、日本でプレーすることを愛していた。そしてファンを愛していた。ジャンボが安らかに眠れますように」メジャー通算8勝のトム・ワトソン(米国)は、尾崎さんと初めて出会った1973年エキシビジョンマッチの会場だったワイアラエCCがあるハワイで撮影された動画を寄せた。ワトソンと尾崎さんは日本ツアー「ダンロップフェニックスオープン」の最終日最終組で優勝を争った。「ゴルフ界のレジェンドのひとり、ジャンボ尾崎。2011年の世界ゴルフ殿堂入りがその証しだ。ハワイで私はジャンボと初めて出会った。その時、そして常に、ジャンボがどれほどし烈なライバルであったかを思い出す。ジャンボ、ご冥福をお祈りします」と語った。 〈連続写真〉ジャンボ尾崎やニクラスもやっていた “ヒールアップ”に共通点 “AON”の盟友 青木功、中嶋常幸がジャンボ尾崎氏を追悼 「叶う事なら最後にもう一度会いたかった」 尾崎将司さんのお別れの会 青木功が弔辞「俺のライバルだからな、最後まで」 尾崎将司氏が永眠 記録と記憶に刻まれた“ジャンボ”の軌跡を振り返る 栄光、不振、孤独な戦い… 同時代を生きた記者が明かすジャンボ尾崎さんの“繊細で大胆な素顔”

  • 松山英樹は13位後退 Cヤングが初のトップ5入り【男子世界ランキング】

    2026年03月16日 17:13
    3月15日付けの男子世界ランキングが発表された。 〈連続写真〉代名詞“頭残し”が減った!? 松山英樹のビフォーアフター 米国男子ツアー「ザ・プレーヤーズ選手権」を制したキャメロン・ヤング(米国)が15位から4位に急浮上。自身初のトップ5入りとなった。同大会を27位で終えた松山英樹は、1ランクダウンの13位。13位に入った久常涼は65位から61位に順位を上げた。日本勢3番手以下は中島啓太(122位)、金谷拓実(126位)、比嘉一貴(130位)、平田憲聖(186位)、金子駆大(197位)と続いている。LIVゴルフ第4戦を制したブライソン・デシャンボー(米国)は41位から33位に浮上した。世界1位はスコッティ・シェフラー(米国)がキープ。2位のローリー・マキロイ(北アイルランド)、3位のトミー・フリートウッド(イングランド)も順位を維持した。 ザ・プレーヤーズ選手権 最終結果 松山英樹、アイアンショットが“劇的変化”「今年に入って一番良かった」 “第5のメジャー”会場のわずか1マイル以内で銃撃事件発生 容疑者がコース内に侵入 尾崎将司さんのお別れの会 青木功が弔辞「俺のライバルだからな、最後まで」 石川遼が涙「男の中の男だった」 尾崎将司さんお別れ会

  • 尾崎将司さんはプロボウラーになっていたかも? 歌手の松山千春さんが語る素顔「ジャンボが踊るんです」

    2026年03月16日 17:00
    昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。ゴルフ界、野球界の関係者らに加え、30〜40年来の親交がある歌手の松山千春さんも出席した。 【写真】世界の王貞治さんら野球界のレジェンドも参列 8歳年下の松山さんだが、「俺の方が全然若いけれど、こういうタイプですから」と、親しみを込めて尾崎さんのことを「ジャンボ」と呼び続けてきたという。この日は「やっぱり何があっても来なきゃいけない」と、北海道から駆け付けた。プロゴルファーと歌手という異なる世界に身を置きながら、プライベートでの付き合いは長く、深かった。「トーナメントではとんでもない記録も記憶も…男子プロゴルフ界の歴史を変えるような男でした」。そう話しながらも、松山さんが思い浮かべるのは、プロゴルファーではない“素顔”の尾崎さんの姿だ。「飯を食ったり、カラオケにもよく行った。カラオケが好きで、演歌、歌謡曲、いろいろ歌った。2人で歌ったり、皆さん信用できないかもしれないけれど、俺が歌ってジャンボが踊るんです」。北島三郎さんの『山』という曲に合わせて踊る姿が、鮮明に思い出される。尾崎さんはプロ野球西鉄ライオンズ(現西武)の投手として入団し、在籍3年で現役を引退した。そしてプロゴルファーに転身。プロ113勝(国内94勝)という前人未到の記録を打ち立てた経歴を持つ。松山さんは「野球以外にはゴルフとボーリングをやっていて、プロゴルファーになるか、プロボウラーになるかいろいろ考えた末、プロゴルファーになったらしい」と驚きの裏話を明かした。「それが大成功というか。とんでもないプロゴルファーを生んでくれたことに感謝しています」。そして、青木、中嶋常幸の“AON”や倉本昌弘とも親交のある松山さんは、「そのなかでもジャンボは最高のプロゴルファーだった」としのんだ。 尾崎将司さんのお別れの会 青木功が弔辞「俺のライバルだからな、最後まで」 尾崎将司氏が永眠 記録と記憶に刻まれた“ジャンボ”の軌跡を振り返る “AON”の盟友 青木功、中嶋常幸がジャンボ尾崎氏を追悼 「叶う事なら最後にもう一度会いたかった」 栄光、不振、孤独な戦い… 同時代を生きた記者が明かすジャンボ尾崎さんの“繊細で大胆な素顔” 松山英樹も尾崎将司氏を追悼 「深き驚きと悲しみに包まれている」

  • 「ジャンボさんの連勝でパーシモンからメタルに時代が動いた」増田雄二氏が語るドライバーの転換点

    2026年03月16日 16:45
    通算113勝を挙げ、世界ゴルフ殿堂入りも果たした不世出のプロゴルファー・ジャンボ尾崎。

  • ゴルフ黄金期を築いた尾崎将司さんと“AON” 青木功「もう一回戻ってこい」、中嶋常幸「特別な存在」

    2026年03月16日 16:32
    昨年12月23日にS状結腸がんのため死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。青木、尾崎、そして中嶋常幸はそれぞれの頭文字をとって“AON”と呼ばれ、1970年から90年代の日本ゴルフ界を引っ張った。 【写真】ジャンボ尾崎を写真で振り返る 3人合わせて国内193勝(尾崎さんが94勝、青木51勝、中嶋48勝)。賞金王は合わせて21回(尾崎さん12回、青木5回、中嶋4回)。そんな一時代を築いたレジェンドたちだ。青木は1964年にプロ入り。4歳年下の尾崎さんはプロ野球の投手という経歴を経て70年にプロゴルファーになった。「切磋琢磨」という言葉がぴったりのように、数えきれないほど優勝を争い、多くのドラマを生んだ。「なんの言葉もない、なんもしゃべりたくない。自分の気持ちはジャンボとふたりでしまっておきたい。それくらい大事な人。自分のゴルフが変わるきっかけになったという意味では、ありがとうとしか言いようがない」としのんだ。40代になって海外ツアーに参戦した青木に対し、尾崎さんは日本ツアーをメーンに戦いを続けた。「離れ離れになったけれど、常に彼のことを気にしていたし、ジャンボに聞かないと分からないけれど、私のことも気にしていたと思う」と、ゴルフ人生においてかけがえのない戦友だった。青木は日本ゴルフツアー機構(JGTO)の会長を務め、尾崎さんは晩年、後進の育成に尽力した。ゴルフ界への功績は計り知れない。「俺にとっても大きいし、ゴルフ界にとっても大きいよ。いちいち説明する言葉がないくらい大きい。ちょっと早かったと思うし、いたら肩を組んで、酒を一杯飲みながら話をしたかった。もう一回戻ってこい、って言いたいわな」と語った。尾崎さんの8歳年下で75年にプロ入りした中嶋も、しのぎを削った試合は数知れず。「いろんなシーンがあるんだけど、勝った試合もあれば負けた試合もたくさんあって。ジャンボのすごさっていうのは、どこに行っても、何があっても決めてくるというか、特別な存在でしたよね」と話す。特に思い出深いと話すのが、88年と90年の「日本オープン」。東京ゴルフ倶楽部を舞台に行われた88年大会はAON三つ巴の争いを尾崎さんが制し、小樽カントリー倶楽部を舞台に行われた90年大会は大会3連覇を目指す尾崎さんを最終日に中嶋が逆転で優勝した一戦だ。「(88年大会は)ジャンボが17番で長いバーディパットを決めて1打差で追いつけなかった。あの試合の迫力というか凄さというか。今度はジャンボの3連覇がかかった小樽での90年大会の自分の逆転優勝。ジャンボはよっぽど悔しかったと思うけど、終わった直後に握手しながら『おめでとう、よくやった』って。悔しい中でも相手を称える、あの言葉っていうのも忘れないですね」。ゴルフファンを虜にした試合は数々あるが、ライバル関係でも相手を称える姿勢を持っていたという。アマチュア時代から「憧れていました。ああいうゴルフをしたい」と話し、19歳の頃、かけられた言葉は今でも覚えている。「『体を鍛えるんだぞ』っていうのが19歳の頃にかけられた言葉なんですけ。それからやっぱり体を作ってこそのスポーツ選手という言葉が一番大きかった」と中嶋の礎にもなったという。「あの人がいたからこそ、『これではダメだ』とか『もっとここを強くしなきゃいけない』とか体を作ったり、技術を磨いたり。常に勝とうと思って努力をする。まあ大きな『壁』として立ちはだかってくれたし。その壁も止まっているんじゃなくて前に進んでいる壁だったから。本当に壁にぶつかっていく、追い越していくというのがやっぱり楽しみでもありましたよね。パワーゴルフの幕開けは彼がいたからこそできた。日本ゴルフ界の革命を起こしてくれた人ですよね。その姿を見て、今も多くの選手たちが、意思を引きづいてやっていると思います」。AONと呼ばれ、通算48勝と勝ち星を積み重ねられたのは、尾崎さんの存在が大きかったとも明かした。 “AON”の盟友 青木功、中嶋常幸がジャンボ尾崎氏を追悼 「叶う事なら最後にもう一度会いたかった」 尾崎将司さんのお別れの会 青木功が弔辞「俺のライバルだからな、最後まで」 尾崎将司氏が永眠 記録と記憶に刻まれた“ジャンボ”の軌跡を振り返る 栄光、不振、孤独な戦い… 同時代を生きた記者が明かすジャンボ尾崎さんの“繊細で大胆な素顔” 松山英樹も尾崎将司氏を追悼 「深き驚きと悲しみに包まれている」

  • 尾崎将司お別れの会 長男で喪主の尾崎智春氏が告白 最期の言葉は「こんな素晴らしい人生、何の悔いもない」

    2026年03月16日 16:00
     昨年12月23日にS状結腸がんのため、78歳で死去した尾崎将司さん(本名・尾崎正司)のお別れの会が16日、東京・千代田区の帝国ホテル東京で執り行われた。ゴルフ界、野球界、芸能界などから約1000人が参会して日本男子プロゴルフツアーで歴代最多94勝を挙げ、12度の賞金王に輝くなど「ジャンボ」の愛称で人気を博した故人をしのんだ。  お別れの会の中で、長男で喪主を務めた尾崎智春氏(54)が遺族代表としてあいさつした。「父親は、最後に『わが人生に悔いはない』と言っておりました。好きなことをやって、わがままをたくさん言って。好きな物をたくさん食べて。こんな素晴らしい人生、何の悔いもないと言って、この世を去りました。それにこんなにたくさんの方々に見送って頂き、今頃父親も本当に喜んでいると思います」と頭を下げた。  智春氏は参列者の献花後に取材に応じた。「あれだけの著名な方々にお越し頂いて、うちの親父の偉大さを改めて感じました」と会を振り返った。ジャンボの存在については「僕の人生において一父親でもあるが、ほとんど父と接する機会はなくて、ほとんど師匠として接してきていました。(大相撲の)若貴兄弟のような感じで、僕がゴルフを志した時から、やっぱり父親ではなくて、師匠という感じでかなり厳しく接してこられた記憶があります」とうなずいた。ジャンボゴルフアカデミーの存続に関しては「素晴らしい選手がどんどん育っていって。今後は継続に関しては色々と模索中なんですけども。なんとかうちの親父の意思を受け継いで、今後の若い世代にいろんなことを教えていきたいなと思っています」と見通しを語った。  昨年12月のジャンボさんの最期に関しては「『自分の人生はわがままし放題の人生だった。こんな素晴らしい人生に何の悔いもない』と最期に言ってくれたので。そのまま他界したので、人生をすごい全うしたやり遂げたような顔をして逝去しましたね」と明かした。

  • 池田勇太「俺が死ぬまで整理はつかない」 40歳になった今年「ここからがスタート」尾崎将司さんへの報告誓う

    2026年03月16日 15:53
    昨年12月23日にS状結腸がんのため78歳で死去したジャンボこと尾崎将司(本名:尾崎正司)さんのお別れ会が16日、都内のホテルで開かれた。式典には発起人代表の青木功ら約1000人が参列。幼少期から尾崎さんに憧れ、背中を追ったツアー通算21勝の池田勇太が取材に応じた。 【写真】沈痛な面持ちで献花を行う石川遼 「つらいね…。俺が死ぬまで気持ちの整理はつかないんじゃないかな」と悲痛な思いを明かす。6歳でゴルフを始めた池田は、尾崎さんから大きな影響を受けた。1990年代から第二期全盛期を迎えて、毎週のように優勝争いをし、テレビではそのシーンが映し出され、憧れの存在となった。プロ転向後は尾崎さんと同じように3タックのズボンを履き、ズボンのポケットに手を入れる時は小指だけ外に出す“ジャンボスタイル”をマネするほど。「ANAオープン」や「ダンロップフェニックス」など尾崎さんが複数回優勝を挙げた大会には特に思い入れがあり、優勝したい大会と語っていた。初めて一緒にプレーをしたのは、池田がまだ高校生だった2003年「ブリヂストンオープン」。朝あいさつにいくと「無視ですよ」と苦笑いをしたが、「当時はそれが当たり前だったからね。そこから始まり、数えきれないほど思い出はあるけど、1個1個本当によく鮮明に覚えているし、キリがないですよ」。昨年1月の尾崎さんの誕生日パーティで会ったのが最後。思い出を振り返るたびに込み上げるものがあった。この日は“最後”のお別れ会となったが、「俺には最後という言葉はないですね。宍喰(尾崎さんの出生地)に行けば会えるし…。40歳になった俺はここからがスタートだと思っている。ちゃんと1回1回報告できるようにがんばります」。昨年12月に不惑を迎えた池田。40歳以降で64勝を挙げた尾崎さんの背中を追って、勝ち星を積み重ねていきたい。 尾崎将司さん プロフィール ジャンボ尾崎さんの死に池田勇太が無念のコメント「もっともっと生きて欲しかった」 尾崎将司さんのお別れの会 青木功が弔辞「俺のライバルだからな、最後まで」 石川遼が尾崎将司さんお別れ会で涙「男の中の男だった。遺志を受け継いでいく」 「オレはわがまま一杯で生きてきたから…」 “元ジャンボ番”が思い出す尾崎将司さんの言葉【悼む】