©sports-topics.net 2026
2026年07月27日 13:00
第108回全国高校野球選手権大会の地方大会は27日、新たに9地区で代表が決定。これまでに43校が夏の聖地切符を勝ち取った。28日に大阪、愛知、広島など6地区で決勝が行われ、全49校が出そろう。 27日は9都府県で決勝が開催。和歌山大会は智弁和歌山が耐久との接戦を制し、3年連続29度目の優勝。奈良大会は天理が快勝で2年連続31度目の甲子園を決めた。東東京大会は24年甲子園準Vの関東第一が16安打10点を奪い大勝で3年連続11回目の優勝を飾った。 27日決勝の各地区の結果は次の通り。 ◇山形 鶴岡東5−0東北文教大山形城北 ◇東東京 関東第一10−4二松学舎大付 ◇静岡 聖隷クリストファー4−2常葉大菊川 ◇三重 三重12−3近大高専 ◇京都 立命館宇治10−3鳥羽 ◇奈良 天理8−0奈良大付 ◇和歌山 智弁和歌山4−3耐久 ◇岡山 岡山学芸館5−4倉敷商 ◇徳島 鳴門渦潮7−4阿南光
2026年07月27日 16:37
ソフトバンクは27日、育成選手で台湾出身の張峻瑋投手(20)、ドミニカ共和国出身のルイス・ロドリゲス投手(24)、元広島の小林樹斗投手(23)と支配下選手契約を締結したと発表した。
背番号は張峻瑋が「17」、ロドリゲスが「85」、小林が「95」に決まった。
小林は和歌山県出身で智弁和歌山から20年度ドラフト4位で広島に入団。2試合登板にとどまって25年に戦力外通告を受け、今年は独立リーグの四国ILp徳島でプレー。5月にソフトバンクが育成契約での獲得を発表していた。
2026年07月27日 16:21
ジム・ボウデン氏「ファーム全体のバランスを整えることは考えられる」
ドジャースは現在、67勝39敗の勝率.632で、ダイヤモンドバックスに12ゲーム差をつけてナ・リーグ西地区首位を走っている。米スポーツ専門メディア「ジ・アスレチック」では、レッズやナショナルズでGMを務めた経歴を持つジム・ボウデン氏が各チームのトレード補強ターゲットを分析。しかしドジャースは“必要なし”となった。
記事では優勝争いを演じる22球団の補強候補を紹介。ワールドシリーズ3連覇を狙うドジャースについて「健康な戦力を取り戻し、外野の有望株を内野手や投手の有望株とのトレードに充てる」と結論づけ、「メジャーのロースターを補強するために誰かを獲得する必要はない。必要なのは(故障者が戻ってきて)チームが健康な状態になることだ」と説明した。
そのうえで「ファームには外野手の有望株が豊富にいるため、そのうち数人を同程度の評価を受ける内野手や投手の有望株との交換要員とし、ファーム全体のバランスを整えることは考えられる」とも。20日(日本時間21日)には、ニック・フラッソ投手、ランディン・ヴィドゥレク外野手との交換でロッキーズからセス・ハルボーセン投手を獲得したことを発表した。
大谷翔平投手、山本由伸投手らをはじめ巨大な戦力を有するドジャース。迫るトレード期限までに動きはあるのだろうか。(Full-Count編集部)
2026年07月27日 16:19
日本野球機構は27日、28日に東京ドームで開催されるマイナビオールスターゲーム2026の第1戦の先発投手を発表した。
セ・リーグは山野太一(ヤクルト)、パ・リーグは伊藤大海(日本ハム)が先発する。山野、伊藤ともにオールスターにファン投票で選出された。
オールスターは28日の第1戦が東京ドーム、29日の第2戦が富山で開催される。
2026年07月27日 16:06
「高校野球奈良大会・決勝、天理8−0奈良大付」(27日、さとやくスタジアム)
プロ注目のMAX150キロ右腕、奈良大付・新城楓雅投手(3年)が天理打線に打ち込まれ七回途中、8失点で降板。
2026年07月27日 16:02
小林樹斗は昨シーズンに広島を戦力外に
ソフトバンクは27日、小林樹斗投手、張峻ウェイ投手、ルイス・ロドリゲス投手と支配下契約を結んだことを発表した。7月末の補強期限を前に、投手の層を一気に厚くした。これで支配下登録選手は69人となった。
小林は2020年ドラフト4位で広島入り。5年間で1軍登板はわずか2試合に終わり、2025年オフに構想外通告を受けた。四国IL高知に入団し結果を残すと、今年5月にソフトバンクと育成契約を結んでいた。ファーム・リーグ西地区では8試合に登板して3勝3敗、防御率2.15という成績。異色の経歴を持つ右腕が、目指してきた2桁の背番号を掴み取った。
張は今年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシックにチャイニーズ・タイペイ代表として出場。東京ドームで行われた日本戦にも登板し、2回2/3を投げ打者10人を相手にわずか1安打、最速は155キロを記録していた。ドミニカ出身のロドリゲスはソフトバンクに入団して今季が5年目。最速は160キロを誇り、今季2軍では13試合に登板。2勝1敗、防御率2.03という成績だった。(Full-Count編集部)
2026年07月27日 16:00
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。バットを極端に短く持ち、死球大歓迎の特攻野郎。現役引退後は実直な人柄と幅広い人脈を生かしたスカウトマンとして活躍した。そのイケさんが自ら仕えた6人の監督を偲び感謝の言葉を捧げるコラム。第4回はアグレッシブな姿勢を最も好んだというドン・ブレイザー(ドン・リー・ブラッシンゲーム)さん。
◇ ◇
僕が南海に入団して最初の5年間は野村克也さんが1軍の監督をしていた。その野村さんから「短所欠点の矯正」は自分を見極めることにつながると教えられ、「慢心せず、失望せず」という戒めの言葉もいただいた。この2つは僕の原点になっていて、すべてがここに行き着くのです。
野村監督のあとを継いだ広瀬叔功さんには野手への転向を勧められ、野球選手として生きていく道を作ってもらった。
その次の監督がブレイザー。彼は野村監督時代のヘッドコーチで、野村さんがよく「野球とは何か」を問うて、教えを受けていた。それが考える野球=シンキング・ベースボールに通じていくのだけれど、後に広島の古葉野球にも伝播していった。
ただ僕におけるブレイザーの印象はむしろ、闘争心をムキだしにして戦う闘士そのもの。実際にアグレッシブなプレーを好み、常に実践させようとしていた。
1976年の開幕。入団4年目の僕は投手11人枠に滑り込みで入り、念願の1軍入りを果たした。オープン戦の防御率が13イニングを投げて阪急の戸田(善紀)さんと並ぶ0・00。クイックや牽制が得意で、「南海の堀内(恒夫)」と言われたこともあった。そんな“守備力”も買われての抜擢だったかもしれない。
ちなみに当時、クイックモーションという言葉はなく、「すり足」とか「早投げ」と言ってましたけどね。
しかし、投手としての評価だけが理由ではなかったように思う。
その年のオープン戦で僕は広島の高橋里志さんから右中間への二塁打を打ったことがあった。そのあと捕手の柴田(猛)さんが三塁方向へボールを弾くのを見て三塁を狙ったら、間一髪セーフになった。
このプレーにブレイザーが顔を真っ赤にして「グーッド!グーッド!」と言って盛んに褒めてくれた。「あいつは何をも恐れないアグレッシブなやつだ」と。投手だから無難にという考えはないようだった。
あのころ12球団ナンバーワンと言われた南海の投手陣ですからね。そこへ押し込んでくれたのがヘッドコーチのブレイザーだった。
監督として戻って来たあとのブレイザーは、すでに野手に転向していた僕を主に守備固めで使ってくれた。当時はこの守備固めからの脱却、もっとうまくなりたい一心で昼は2軍戦、夜は1軍の親子ゲームに率先して参加するようにしていたんですよ。
ところが3試合、4試合と続けて出るものだから、ブレイザー監督から「イケ、1軍の試合に備えてくれ」とストップがかかったことがあった。僕に2軍の試合に出るなと言った唯一の監督でしたね(笑い)。でもいろんな面で僕のことを気にかけくれて、支えてもらった。
ただ1軍戦力としてやりがいを感じる反面、たまにアテ馬(偵察要員)で使われた時は悲しいものがあった。その時点で仕事が終わったも同然だから。
(アテ馬は予告先発のなかった時代、相手投手の予想が難しい時に使われた手法で“あがり”の投手を使うのが一般的だった)
だから“せめて初回の守備だけでも使ってくれ”と頼んだことがあったけど、ダメだったね。
そういう場合、ベンチの隅っこで“番手”の役をやるんですよ。バッテリーへ向けて専用のサインを送る役目。配球ではなく、捕手が何番目に出したサインが有効かということを、何らかの仕草で伝えるというもの。
たとえば「1」だったら投手は捕手が最初に出したサインに従う。「2」なら2番目、「3」なら3番目に従うというように。
ときには三塁手の藤原(満)さんが出すこともあった。それぐらいナーバスになっていた。相手チームにサインを見られているかもしれないからと。特に敵地ではね。それはウチがやっていたからですよ。
南海では緻密というか面白いことをやっていましたね。あくまでも傾向と対策ですけど(笑い)。今思えば懐かしい。それも含めて考える野球、準備野球ですね。
シンキング・ベースボールというのは基本的なフォーメーションプレーがその土台になっているんです。ボールがどこへ飛べば、野手はどう動くか。ひとつのボールに対して投手を含めて全員が動く。フォローする。それが何十通りもある。
またバックアップとはボールに触れる人の後方で対応する動きのことであり、ベースを守るカバーリングとは違う。暴投は投手が投球時に犯すもので、悪送球は野手が犯すもの。そんな説明までしてあった。何も難しくはない。当たり前のことではあるが、それを文字で表しているから理解しやすいわけですよ。
でも僕の場合はシンキング・ベースボールの前にアグレッシグ・ベースボールを意識した。83年にパ・リーグ最多の16死球を獲得したことがあるが、デッドボール上等の精神を身につけることができたのも、ドン・ブレイザーの闘争心に触れることができたからこそだったと思っている。
◆池之上格(いけのうえ・とおる)1954年5月19日、鹿児島県垂水市生まれ。72年度のドラフトで右投げ右打ちの投手として南海に3位入団し80年に野手転向。87年に大洋へ移籍した。実働16年。投手時代は2勝0敗(1完封)。打者としては570試合で15本塁打、97打点、打率・269。83年はパ・リーグ最多の16死球を獲得している。
2026年07月27日 15:46
「日本ハム6−2楽天」(26日、エスコンフィールド)
歌手の鈴木亜美(44)が来場し、反響を呼んだ。ファーストピッチセレモニーの後には、イニング間に行われるきつねダンスにも登場。きつね耳、尻尾姿でキュートな踊りを披露した。
試合後にはスペシャルライブを行い、ヒット曲の「BE TOGERTHER」などを熱唱した。
SNSなどでは「なんやこの可愛すぎる生物は!?」、「世代を超えた神コラボすぎる!ダンスのキレもオーラも健在」、「44歳には絶対みえない!!」、「アミーゴ、ちょっと恥じらいがみえるな」、「かわいすぎるサプライズ」、「いくつになってもキレイです」との声が上がっていた。
2026年07月27日 15:42
ホワイトソックス本拠地で発売された球場飯
ホワイトソックスの本拠地・レートフィールドでは、後半戦に入って村上宗隆内野手とコラボした“スティック型の寿司”が発売されている。
2026年07月27日 15:07
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。バットを極端に短く持ち、死球大歓迎の特攻野郎。現役引退後は実直な人柄と幅広い人脈を生かしたスカウトマンとして活躍した。そのイケさんが自ら仕えた6人の監督を偲び感謝の言葉を捧げるコラム。第3回は広瀬叔功さん。投手から野手への転向を強く勧めた恩人だ。
◇ ◇
現役時代、投手として2勝しかできなかった僕だけど、早くから野手への転向を勧めてくれていたのが広瀬さんだった。広瀬さんが現役のころから「投手では難しいから野手をせい。野手なら1000万円プレーヤーになれるから」と言われていたんですよ。
当時は1000万円プレーヤーというのが野球選手のステータスでしたからね。
ただし、そこへたどり着くまでに時間がかかった。実に4年。投手への未練と言えば、そうかもしれない。
近鉄戦で1イニング3暴投、11失点というワースト記録を作った1976年7月25日、天神祭の日。その数日後、広瀬さんに「お前はメガネがあかんのじゃ。コンタクトにしろ」と言われ、愛車のムスタングに乗せられ岸和田かどこかの眼鏡店でソフトレンズを買ってもらったんですよ。突然のことで驚いたというか、何というか。
「俺は山内新一にもコンタクトを買ってやったことがあるから、お前にも買ってやる」と言ってね。山内さんは入団時、メガネをかけていたんですよ。
実はコンタクトレンズを買いに出掛ける前、堺のご自宅でカツ丼をご馳走になり、「お前、暇な時でいいからウチの息子の家庭教師をやってくれ」と言われたんです。これにはもっと驚きましたね。
僕は入団してからも、ずっと黒か銀縁のメガネをかけていたので、「常陸宮」とか「哲人」なんて呼ばれていた。なんとなく風貌がそんな感じだったんでしょう。
(確かに池之上氏は鹿児島県下有数の進学校でもある鶴丸高校を卒業している。中学時代は常に学年トップで通信簿はオール5。絵に描いたような優等生で、将来は建築関係の仕事か医療従事者になることを漠然とながら考えていたという)
でもね、実際の僕は鶴丸高校同期生515人の中で440番目ぐらいで入学し、野球部に入ったあとはずっと510番ぐらい。そこから微動だにしなかったね。いわゆる上を見ればキリがない、下を見ればあとがないというやつ。
そもそも進学にあたっては、一生懸命勉強してもみんなに追いつけるかどうかだと言われ、「野球部には入らない」と誓って入学していたので、高校生活は約束不履行から始まっているんです。
話を戻すと、投手で入団した僕が野手へ転向したのは結局のところ、広瀬さんが監督になって3年目の80年。監督最後の年なんです。77年にプロ初完封を記録して、もう1年やりたい気持ちになり、78年にファームで14勝を挙げると、さらにもう1年と色気が出てしまった。
78年は開幕を1軍でスタートしたものの、4月末に2軍降格を告げられた。その際に広瀬さんから「俺がバットを買ってやるから野手をやれ」と言われ、実際に1ダースのバットを用意してもらったんです。なのに翌年も投手。現役時代から言い続けていた広瀬さんもサジを投げていたかもしれない。
投手をやっているころから自分でも打撃はよかったと思う。2軍ではあるけど、1試合で2安打や3安打したことがあったり、代打で出たこともあった。いつごろだったか4割ほどの打率を残した時期もあった。当時まで遡る2軍成績は現在、NPBで正確に記録されていないらしいけど、結構打ってたんですよ。
投手に区切りをつけようと決心したのは79年9月6日、藤井寺での近鉄との2軍戦。この試合、僕は九回の1イニングで3本塁打された。“ビッグイニング”は得意ですから(笑い)。
その3本目を同学年のジャンボ仲根(正広)にポカーンとライトへ。これで踏ん切りがついた。仲根はその年に野手に転向してるんですよ。
次の日から2軍監督だった穴吹(義雄)さんに野手転向を願い出て許可をもらいノックを受け始めた。広瀬さんの現役時代から野手転向を勧められていたので、やっとこさの決断だった。
翌80年11月7日、シーズン最終試合。大阪球場での近鉄戦で野手初出場を一塁手として先発で起用してもらい、プロ初安打を記録することができた。福井保夫投手の足もとを強襲する恩返しの1本でした。
でも、悲しいかなその試合で広瀬さんは指揮を執っていない。すでに退任していたので横溝(桂)さんが代行を務めていた。広瀬さんは3年の任期を終えていたんでね。
大阪球場を日本シリーズ用に明け渡していた関係で未消化試合が残っていた。だから広瀬さん不在の最終戦。それだけが残念だった。
思えば投手として挙げたプロ初勝利(76年4月11日、日本ハム戦、救援登板)は広瀬さんのサヨナラヒットで飾らせてもらったもの。僕はうれしさのあまり、一塁ベンチで飛び上がって喜んだら天井に頭をぶつけてしまった。激痛ですよ。大阪球場は何かにつけてスモールだったなあ。
バットを作ってもらい、コンタクトレンズまで作ってもらい、野手への道を真剣にコーディネートしてくれた広瀬さんには、本当に縁の深さを感じている。
◆池之上格(いけのうえ・とおる)1954年5月19日、鹿児島県垂水市生まれ。72年度のドラフトで右投げ右打ちの投手として南海に3位入団し80年に野手転向。87年に大洋へ移籍した。実働16年。投手時代は2勝0敗(1完封)。打者としては570試合で15本塁打、97打点、打率・269。83年はパ・リーグ最多の16死球を獲得している。
2026年07月27日 14:47
中日は27日、井上一樹 監督のオーナー報告に関しての大島宇一郎 代表取締役オーナーのコメントを発表した。
大島宇一郎 代表取締役オーナーは球団を通じて「開幕前からシーズン序盤にかけて、主力選手にけがや想定外の不調が相次ぎ、負け越し17、リーグ6位と苦しい前半戦になりました。一方、その選手たちが徐々に戦線復帰し、打線の形、投手陣の勝ちパターンも定まった7月は、1試合を残して月間勝ち越しを決めました。ここまで本塁打はリーグ最多、失策はリーグ最少と好材料もあります。3位までは7ゲーム差。簡単ではありませんが、この上り調子を加速させられれば浮上の可能性は十分にあると考えています。さまざまなデータを詳細に分析すると、今のドラゴンズにはリーグ上位の戦力がそろっています。井上監督にはチーム全体が有機的に機能するよう、マネジメントをお願いしたところです」とコメント。
中日は球団創設90年目の今季、ここまで38勝55敗1分の最下位に沈んでいる。オールスター明けの巻き返しが期待される。
2026年07月27日 14:14
DeNAは27日、8月4日(火)〜8月30日(日)、「THE LIVE Supported by 大和地所」で特別イベント「プロ野球解説者トークショー」の開催決定を発表した。
横浜スタジアムでのホームゲームにあわせて開催するイベントは、TBSチャンネル2野球中継で解説を務めるお馴染みの佐々木主浩氏や谷繁元信氏をはじめ、豪華な元プロ野球選手をゲストに迎える。
試合前の時間に、横浜DeNAベイスターズのこれまでの戦いぶりや注目選手、当日の試合における注目ポイントをゲストに熱く語っていただく特別イベント。
▼ プロ野球解説者トークショー」開催概要
場 所:THE LIVE Supported by 大和地所
日程:8月4日(火)、8月5日(水) 、8月6日(木) 、8月9日(日) 、8月18日(火) 、8月19日(水) 、8月20日(木) 、8月23日(日) 、8月30日(日)
時間:試合前 ※開催日によって時間が異なる
内容:横浜DeNAベイスターズの これまでの戦いぶりや注目選手の紹介、当日の試合に向けた見どころ紹介、THE LIVE内飲食店おすすめメニュー食レポなど
ゲスト:佐々木主浩氏、 三嶋一輝氏、濱口遥大氏、谷繁元信氏、内川聖一氏、谷繁元信氏、槙原寛己氏、小笠原道大(出演順)
料金:無料※THE LIVEは飲食店のため、着席後は必ず飲食物の注文をお願いしている
2026年07月27日 14:08
西武は27日、西武ライオンズ海外戦略の一環として、インド出身のアクシャイ・モーレ投手と2026シーズンの育成選手契約を締結したと発表した。
2026年07月27日 14:04
アクシャイ・モーレ「謙虚な気持ちを忘れず、毎日努力を重ね、成長し続けていきたい」
西武は27日、「西武ライオンズ海外戦略」の一環として、インド出身のアクシャイ・モーレ投手と2026シーズンの育成選手契約を締結したと発表した。インド出身選手との契約は、NPB球団では初となる。
モーレは194センチ、88キロの恵まれた体格と高い身体能力に加え、スムーズな投球フォームから繰り出す140キロ台後半の力強いストレート、特徴的なフォークボールを武器とする投手だ。
球団側は今年6月に実施したトライアウトで将来性を大きく評価したほか、野球歴は約6年ながら真摯に野球に向き合う姿勢や向上心も高く評価し、このたび育成選手契約を締結した。
「西武ライオンズ海外戦略」は、外国人選手の獲得における戦力強化と、球団が培ってきた育成ノウハウを生かし、将来NPBで活躍が見込まれる外国人選手の発掘・育成体制を拡充することを目的として2025年11月から推進している取り組みとなっている。
○モーレ
「素晴らしい機会を与えてくれたライオンズに、心から感謝しています。チームメートやコーチの皆さんから多くを学びながら、チームの勝利に貢献できるよう全力を尽くします。そして、ファンの皆さんに信頼していただける選手になれるよう、謙虚な気持ちを忘れず、毎日努力を重ね、成長し続けていきたいと思います。皆さんにお会いできる日を楽しみにしています」
○広池浩司取締役球団本部長
「日本で野球をするのが夢だったモーレ投手は、長身を生かしたエクステンションの長さが特徴の投手です。MAX150キロのストレートに加え、シンカー、スプリット、チェンジアップ、カーブなどの変化球も一通り操ります。柔道ではインドの全国大会で準優勝の経験もあるアスリートで、誠実な性格にも魅力を感じています。昨年行われた中東・南アジア地域初のプロ野球リーグ「ベースボール・ユナイテッド(Baseball United)」で活躍し、今年6月のトライアウトでも今後に向けて大きな可能性を示しましたので育成契約を結ぶことにいたしました。ライオンズで大きく成長し、インドで野球をする人たちの希望の星になって欲しいです」(Full-Count編集部)
2026年07月27日 13:21
日本野球機構は27日、「新型日産キックス ホームランダービー」の出場選手が近藤健介(ソフトバンク)から清宮幸太郎(日本ハム)に変更になったと発表した。
なお、近藤はマイナビオールスターゲーム2026には出場予定だ。清宮はホームランダービーのファン投票では近藤に次いで5位だった。清宮は今季ここまで11本塁打を放つ。
2026年07月27日 13:10
DeNAは27日、球場内だけではなく球場外でもボールパークの雰囲気を楽しめる『ハマスタBAYビアガーデン』を、8月4日(火)からライト側芝生エリア(公園遊具付近)で開催すると発表した。
『ハマスタBAYビアガーデン』は、横浜公園内に期間限定で登場する入場無料のビアガーデンで、夏にぴったりな球団オリジナル醸造ビールやソフトドリンク、キッチンカーによるグルメなど食べながら、横浜スタジアムで開催される横浜DeNAベイスターズの試合を大型ビジョンで観戦できる。
また、ステージイベントとして、マスコット&オフィシャルパフォーマンスチームdianaによるステージに加えて、
8月28日(金)には虹のコンキスタドールのスペシャルライブ「推せ推せ!BAYガーデンIDOL LIVE 〜番外編〜」を実施する。
▼ 『ハマスタBAYビアガーデン』 概要
開催日:8月4日(火)〜 8月30日(日) 計15日間
※休業日:8月10日(月)〜8月17日(月)、8月24日(月)〜8月27日(木)
開催時間:試合開始3時間前〜試合終了
※全日程:最長22時00分まで
開催エリア:横浜スタジアム外周ライト側芝生エリア(公園遊具付近)