©sports-topics.net 2026
2026年08月10日 05:00
1976年6月26日にプロレスラーのアントニオ猪木とプロボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリが戦った世紀の一戦から50年を記念した展覧会「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木VSモハメッド・アリメモリアル展」が9日、当時記者会見が行われた京王プラザホテルで開幕した。オープニングセレモニーで、猪木の弟子である藤波辰爾(72)、藤原喜明(77)、初代タイガーマスクの佐山サトル(68)、前田日明(67)が出席し、当時の思い出や秘話を明かした。 当時アリ戦に向けた練習パートナーを務めていた藤原は「万が一負けたら新日本もつぶれるし、猪木さんもプロレスラーとして生きていけない。本当の意味で生か死かという真剣勝負だった」と懐古。また、佐山は「(お互い)30代で、すごい試合だった。格闘技の原点」と言い切った。 当時高校3年生だった前田は、学校を早退してテレビ生中継にかじりついたといい、「(後の)総合格闘技をつくったのは猪木さんだと思う。(新日本入門後も)相手になめられたらダメだと(教わった)」と、改めて偉大な功績をたたえた。
2026年08月10日 06:00
女子プロレス「マリーゴールド」9日大田区大会で復帰を果たしたプロレス界のアイコン岩谷麻優(33)が、Sareeeとの一騎打ち実現を保留した。
岩谷は4月大阪大会で足を負傷し、戦線から離脱。4か月ぶりのリングでは、ともに欠場していたビクトリア弓月とタッグを組んで「スパーク・ラッシュ」のSareee&彩羽匠と激突。観客を熱狂の渦に巻き込んだ試合は、弓月がSareeeの裏投げに沈んだ。
試合後、岩谷は床にへたりこみながら取材に応じ「4か月ぶりの試合が、こんなにハードになるとは思わなかったです」と、久々のリングでの限界突破を吐露。「4人の中で一番いっぱいいっぱいだったかもしれない。体力落ちたのかな…。でも体力落ちてたら、あんなとっさに体は動かないと思う。相手があの2人だから限界を突破するしかなかった、そうさせられた」と振り返った。
岩谷は今回コスチュームを一部持参し忘れ、急きょ南小桃のアームカバーを着用していたという。「ポンコツはポンコツ継続ということで…。団体も引っ張っていきつつ、自分らしさを忘れずに今後も頑張っていきたい」とはにかんだ。
宿敵Sareeeからは試合後のリングで「今日で終わりじゃないよな?」と呼びかけられる場面も。ファンの間では一騎打ちへの期待も高まっている。しかし、激闘で疲れ切った岩谷は「(Sareeeとのシングルは)もう当分いいです。今回の復帰戦で十分」とキッパリ。「いっぱい話題に挙げていただいて、利用するだけ利用してポイ捨て…したとしても、向こうはずっと麻優の名前を出し続けてくれるでしょう。Sareeeとの戦いは本当にオリンピック級、数年に一度でいいと思います」と早期の対戦を望まなかった。
両者の一騎討ちは、岩谷がスターダム時代の2024年4月に実現(岩谷の勝利)。ということは、決戦は2年後まで持ち越されてしまうのか…。ともあれ、岩谷と弓月の帰還で勢いを増した花園の今後に注目だ。
2026年08月10日 06:00
全日本プロレスの3冠ヘビー級王者・宮原健斗(37)が、85歳で亡くなった元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんにささげる王座防衛を誓った。29日の大田区大会で安齊勇馬との9度目の防衛戦を控えるエースは、王道マットを支え続けたレジェンドへのリスペクトを激白。V9戦へ並々ならぬ覚悟を示した。
9日後楽園大会の前哨戦で宮原は諏訪魔と組み、安齊&潮崎豪と激突。一進一退の攻防の末、強烈なヒザ蹴りが持ち味の次期挑戦者を、こん身のブラックアウト2連発で沈めた。
試合後、取材に応じ「王座戦に弾みもついたでしょ。完全にブラックアウトで3カウントを取ったし、自分のヒザの自信にもなった。彼の脳裏にも、ヒザを植え付けられたんじゃないですか」と堂々と勝ち誇る。「自分のフィニッシュホールドを出す前に、俺もヒザでフィニッシュを取れることを見せたかった。完全に作戦通りでした」と会心の表情を見せた。
弟・テリーさんとの「ザ・ファンクス」で絶大な人気を誇ったドリーさんは、2013年10月に全日本の王座の管理、認定を行うPWFの第4代会長に就任。最後の来日となった24年8月には、当時の3冠王者・青柳優馬対宮原の会見にも出席していた。
宮原はレジェンドの人となりを「細かいことは気にしないというか、昔のプロレスラーっぽい印象はある。やはりスーパースターだなという感じはある」と回顧。これまでの功績を踏まえ「歴史のあるプロレスへのリスペクトは常にある。これからも変わらず、ドリーさんが活躍したプロレス界を盛り上げる」と拳を握った。
その上で「PWFの会長として、タイトルマッチでドリーさんの名前が出る以上、恥ずかしい試合はできないと常に思っていた」と熱く語る。天国で見守るドリーさんへ、吉報を届けるためにも「絶対に8月29日は譲れない」と安齊撃破を誓った。
王道のエースが絶対防衛で恩返しを果たす。
2026年08月10日 06:00
前座の記憶は――。「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木 vs モハメド・アリメモリアル展」が9日、東京・新宿の京王プラザホテルで開幕。オープニングセレモニーには、故アントニオ猪木さんの弟子でレジェンドの藤波辰爾(72)、藤原喜明(77)、初代タイガーマスク(佐山サトル=68)、前田日明氏(67)が集結した。
プロレス世界王者の猪木と、ボクシング世界ヘビー級王者のアリは、1976年6月26日に日本武道館で激突。3分15ラウンドを戦い引き分けて世紀の大凡戦と酷評されたが、総合格闘技の浸透とともに究極の真剣勝負と再評価されている。50年後まで語り継がれる伝説となった一方、「前座試合」がひっそりと行われていたことはあまり知られていない。
当時の報道によると、藤原が木戸修と組み、木村たかし(健悟)、星野勘太郎組とタッグマッチ30分1本勝負で対戦。14分7秒、藤原がパイルドライバーで木村を叩きつけ、フォール勝ちした。直前まで師匠・猪木さんの練習をサポートし、当日はセコンドを務めたが、前座試合までこなしていたのだ。
ところが、本人を直撃すると「そうなの? 俺、覚えてないよ。全然覚えてない。ずっと猪木さんのことばかり考えていたから…100%覚えてないなあ。試合があったんだ。相手は誰?」と苦笑いする。その上で「猪木さんのことでたぶん、頭がいっぱいだったんだろうね。親分の生か死か(の勝負)だから。俺のことなんて、どうでもいい」と当時の胸中を振り返った。
当日は前座試合の他、イランの伝統格闘技コシティのデモンストレーションも行われている。
2026年08月10日 05:00
「プロレス・ノア」(9日、後楽園ホール)
内藤哲也(44)がGHCヘビー級王座に初挑戦し、シェイン・ヘイストのV4防衛を阻止。
2026年08月10日 05:00
「ボクシング・8回戦」(9日、エルおおさか)
日本スーパーバンタム級7位の辰吉寿以輝(30)=大阪帝拳=が2−0の判定で、ノーランカーの豊永太我(21)=ウォズ=を下し、2度目のタイトル挑戦に向けて一歩前進した。
初回に得意の左フックを決めるなど好発進したが、粘る相手を捕らえきれずダウンのないまま最終回のゴングを聞いた。「初回は練習したことが出せたが、倒すことに力が入りすぎた」と僅差判定を反省。観戦した父の元WBC世界バンタム級王者・丈一郎は「生真面目すぎる。もっと遊びの部分が必要」と課題を指摘する。
5月に父の時代からの後援組織の林英明会長が病気で亡くなった。寿以輝は涙を流し「父からずっとお世話になった。前回(2月)の試合はドローだったので今回は弔い星」と勝利をささげた。
2026年08月10日 05:00
1976年6月26日にプロレスラーのアントニオ猪木とプロボクシング世界ヘビー級王者ムハマド・アリが戦った世紀の一戦から50年を記念した展覧会「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木VSモハメッド・アリメモリアル展」が9日、当時記者会見が行われた京王プラザホテルで開幕した。オープニングセレモニーで、猪木の弟子である藤波辰爾(72)、藤原喜明(77)、初代タイガーマスクの佐山サトル(68)、前田日明(67)が出席し、当時の思い出や秘話を明かした。
当時アリ戦に向けた練習パートナーを務めていた藤原は「万が一負けたら新日本もつぶれるし、猪木さんもプロレスラーとして生きていけない。本当の意味で生か死かという真剣勝負だった」と懐古。また、佐山は「(お互い)30代で、すごい試合だった。格闘技の原点」と言い切った。
当時高校3年生だった前田は、学校を早退してテレビ生中継にかじりついたといい、「(後の)総合格闘技をつくったのは猪木さんだと思う。(新日本入門後も)相手になめられたらダメだと(教わった)」と、改めて偉大な功績をたたえた。
2026年08月10日 05:00
ノア9日の後楽園ホール大会で行われたGHCヘビー級選手権は、挑戦者の内藤哲也(44)がシェイン・ヘイスト(40)を撃破し、第51代王者に輝いた。昨年5月に誰よりも強くこだわっていた新日本プロレスを退団した制御不能のカリスマが、まさかの国内他団体の最高峰王座を奪取。その裏には、かつてライバルとして一時代を築いたオカダ・カズチカ(38=AEW)からの託された思いがあった。
会場の大「内藤」コールに応えてみせた。シェインの猛攻に耐え抜くと、ボム・バレー・デスにカウンターのデスティーノを発射。最後はコリエンド式から旋回式のデスティーノで激闘に終止符を打ち、代名詞の「デ・ハ・ポン!」大合唱で大会を締めくくった。
昨年までは想像もできない光景だった。新日本退団後の内藤はBUSHIと「ロス・トランキーロス・デ・ハポン」を結成し、海外に活躍の場を求めた。だが、夏以降に業務委託していた人物の「不適切な行動」が明らかになり社内が混乱。欧州遠征がキャンセルとなるなど苦難が続いた。
不安を抱え、先行きを案じていた時期に再会を果たしたのがオカダだった。棚橋弘至の引退試合決定記者会見が行われた昨年11月9日の夜、関係者から呼び出された食事会の席で合流。内藤がオカダとプライベートの場で同席したのはヤングライオン時代以来、実に約15年ぶりのことだった。取材に対し「思うように試合ができず、どこに進めばいいか分からない状態でしたよね。そんな時期の俺にとっては、貴重な席でした」と振り返る。
関係者によれば、近況を報告し合う中でオカダは何度も「内藤さん、日本で試合しましょうよ」と提案していたという。内藤は背中を押されるかのように、その後に舞い込んだノアのオファーを受諾した。
「『内藤哲也を見たことのない人の前で試合をしたい』という思いは今も変わらないし、10月と11月には海外でも試合する予定です。ただ、実際にノアに上がってみて、国内ではやり尽くしたかなと思ってたんですけど、まだやってないこともたくさんあるんだなと気づかされましたね。まさかこんな日が来るとは思わなかったですけど、毎日が充実してますし、今になってオカダの言葉の重みを感じますね」
さらに内藤は「オカダの言葉、俺は勝手に『内藤が日本のプロレスを盛り上げてくれよ』という意味だと解釈してますよ」と言い切る。オカダを筆頭に、多くの新日本時代のライバルや仲間が海を渡った。「彼らがまだいた時は『すごく日本のプロレスが盛り上がってるな』と感じてたんです。でもいま現在、その時ほどの熱があるかと言われればないわけで…。その状況って苦しいし、悔しい。やっぱりあの時以上の熱を、またこの日本で生み出したいなって気持ちも湧いてしまって。みんなが海外に行くなら、じゃあ俺しかいないだろって思いにはなってきてますよね」と使命感を燃やす。
満身創痍で何度も限界説がささやかれた内藤だが、執念の完全復活。制御不能のカリスマが方舟の、日本マット界の舵を取る。
2026年08月09日 23:41
「プロレス・マリーゴールド」(9日、大田区総合体育館)
けがで4月から長期欠場していた岩谷麻優(33)&ビクトリア弓月(21)のダブル復帰戦としてスペシャルタッグマッチが行われ、外敵の最強タッグチーム「スパーク・ラッシュ」のSareee(30)&彩羽匠(33)と対戦した。
2026年08月09日 23:00
1976年6月26日に新日本プロレスのアントニオ猪木とプロボクシング世界ヘビー級王者のモハメド・アリが戦った世紀の一戦から50年を記念した展覧会「格闘技世界一決定戦50周年記念アントニオ猪木VSモハメッド・アリメモリアル展」が9日、東京・京王プラザホテルで開幕した。オープニングセレモニーでは猪木の弟子である藤波辰爾(72)、藤原喜明(77)、初代タイガーマスクの佐山サトル(68)、前田日明(67)が出席し、当時の思い出や秘話を明かした。
当時、猪木とともに団体のシリーズを休んでアリ戦に向けた練習パートナーを務めていた藤原は、師匠がナイーブになっていたと明かし「万が一負けたら新日本もつぶれるし、猪木さんもプロレスラーとして生きていけない。本当の意味で生か死かという真剣勝負だった」と懐古。また、試合前の会見でアリから絡まれていたことを聞かれ、「今から考えれば、アリに“あり”がとう」と舌を出した。
また、佐山は「(お互い)若くて30代で、戦う勇気にビックリしたし、偉大な人。(実現までの過程や考え方も含めて)猪木イズムが格闘技の原点。すごい試合だった」と振り返った。
当時高校3年生だった前田は、通学時間が1時間半だったため、学校を早退してテレビ生中継にかじりついて見たという。「よく総合格闘技は誰がつくったのかという話になるが、自分は猪木さんだと思う。パキスタン(ペールワン戦)でも経験があったし、自分たちにも『相手になめられたらダメだ』と。米国のショープロレスじゃなく、『どの分野の格闘技選手が見ても参考になるような技術と技術の応酬をするように俺は変えてるんだ。だからシュートの練習もしないとダメだよ』と、ずっと言われていました」と明かした。
藤波は当時、米国遠征中のため帯同はできなかったものの、現地の会場の控え室では猪木−アリ戦の話題で持ちきりで、普段は用意されていないモニターで流れていた世紀の一戦に群がって見ていたという。「誰もなし得ないことをやり遂げた。当時のアリを日本に呼ぶことですら大それたこと」と功績をたたえつつ、試合はスリリングな膠着状態が続いてのドロー決着で、当時は“世紀の大凡戦”などと不評だっただけに「なんで猪木が勝たないんだとか(批判された)。エキシビションじゃなくお互いがプライドで戦っているので、それが(世の中に)通じなかったのは歯がゆさもあった」と振り返った。
◆猪木−アリ戦 1976年6月26日、日本武道館で開催。3分15ラウンド制の異種格闘技戦として行われたが、猪木が仰向け状態で蹴りを狙う展開(猪木−アリ状態)が続き、フルラウンドの末に引き分けに終わった。当時は「世紀の大凡戦」などと不評だったが、非公表だったルールの一端が明らかになったことや、後に総合格闘技が隆盛するにあたって再評価されるようになった。
2026年08月09日 22:55
「プロレス・ノア」(9日、後楽園ホール)
内藤哲也(44)がGHCヘビー級王座に初挑戦し、シェイン・ヘイストのV4防衛を阻止し、第21代王者に就いた。22分17秒、旋回式デスティーノからエビ固めで3カウントを奪取した。
右手を突き上げた。昨年5月に新日本を退団し、今年1月からノアに参戦。団体最高峰のベルトを手に「俺はこのリングに残るよ。だってGHCヘビー級王者だもの。次の試合は決まってないけど。トランキーロ、あっせんなよ」と勝ち誇った。そして「7か月戦って、ノアの戦いが楽しかったよ。まだまだこのリングを熱くしてみせます。厳しい目で見続けてください」と呼び掛けた。
死闘だった。場外戦で鉄柵に打ち付けられても、コーナーポスト上からパワーボムの形で投げ捨てられても、裸絞めのままジャーマンを浴びても心は折れなかった。場外戦で客席を足場にしたDDTで切り返すなど経験値の高さを発揮。最後は相手のボム・バレー・デスをデスティーノで切り返し、疾走式デスティーノ、旋回式デスティーノと畳みかけて決着を付けた。
かつて新日本でIWGPヘビー級王座など数々のベルトを手にしたトップ選手。最後は「ロス・トランキーロス・デ・ハポン!」を、ノアのマットで大合唱してファンを沸かせた。
バックステージでも内藤は止まらない。シングル最強決定戦N−1ビクトリーに関して「俺は出なくていいかな。もちろん試合は出るけど、N−1にはエントリーしない。だってノアの選手、社員の皆様は我々が邪魔なんでしょう。だったらさ、ノアでナンバーワンの選手を決めて、その選手と俺がぶつかればいいじゃん」と持論を展開。「まあいろいろ俺なりのアイデアがあるんでね」とも話し、新王者が早くも揺さぶりをかけた。
2026年08月09日 22:49
「プロレス・ノア」(9日、後楽園ホール)
新設されたGHCタイトル「GHC200(ジー・エイチ・シー トゥーハンドレッド)」王座の初代決定トーナメントが開催され、1回戦4カードを実施。元GHCヘビー級王者対決となった清宮海斗、Yoshiki Inamuraの一戦は時間切れドローとなり、ともに敗退した。
試合時間200秒。ドローは両者敗退となり、超ハイスパートが求められた。清宮は相手のラリアット、ブレーンバスターを丸め込んで3カウントを狙うも失敗。Inamuraは残り100秒からパワー殺法を全開させ、最後はパワーボムで清宮をたたきつけたところで時間が切れた。
Inamuraは「このフラストレーションをどこにぶつければいい?何も納得がいってないですね。清宮海斗というのは素晴らしいアメイジングなレスラーだし、彼とは何度だって試合したい。もう少し時間があったら勝てたとか、そんなシットなことは言いたくないし、本音を言えばミーと清宮とは時間の制約なして思う存分戦いたい」と不満をぶちまけた。
清宮も「こんな結果になってすごく残念です。後輩に強いところを見せられず、へばっている自分が悔しいよ。こんな結果で言うのも違うかと思うけれど、俺はあいつとまたやるときはメインでやりたい。そこまで俺が上り詰めて、決着をつけてやりますよ」とぶちませた。
なお、拳王とアルファ・ウルフの1回戦も時間切れドローで両者が敗退。10日の後楽園ホール大会では準決勝、決勝が予定されていたが、マサ北宮を下したHAYATA、AMAKUSAを退けた遠藤哲哉の両者による決勝のみが行われることになった。
2026年08月09日 22:05
マリーゴールド9日の大田区大会にウナギ・サヤカ(39)が登場。
2026年08月09日 21:40
ノア9日の後楽園ホール大会で行われたGHCヘビー級選手権は、挑戦者の内藤哲也(44)がシェイン・ヘイスト(40)を撃破し、第51代王者に輝いた。
IWGP世界ヘビー級王座を失った2024年10月以来、実に約1年10か月ぶりのシングル王座戦は、互いに譲らない大激闘となった。ブレーンバスターをカウンターのデスティーノで切り返した内藤だったが、正調デスティーノは防がれ、ボム・バレー・デスで形勢を五分に戻される。
スリーパースープレックスから再びボム・バレー・デスを狙われると、リバースフランケンで切り返す。なおも同技を狙うシェインに対し、カウンターのデスティーノからコリエンド式デスティーノを発射。最後は旋回式のデスティーノをさく裂させ、会場の大「内藤」コールに応えてみせた。
内藤は昨年5月に新日本プロレスを退団。BUSHIとともに「ロス・トランキーロス・デ・ハポン」を結成し、海外マットを中心に活躍した。今年1月1日の日本武道館でノアマット上陸を果たすと、いきなりGHCタッグ王座を奪取した。同王座陥落後の7月大阪大会では清宮海斗との挑戦者決定戦を制し、ノア最高峰のGHC王座挑戦権を獲得。約20年のキャリアで初となる国内他団体のシングル王座挑戦をモノにして、方船の中心に立った。
誰よりも新日本にこだわり続けてきた男が、ノアの至宝をまさかの奪取。LTJのBUSHI、RYUSEIが祝福に駆けつけたリング上でマイクを握った内藤は「アイツらいつまでノアのリングにいるんだよと思ってる方もいるかもしれないけど、俺はこのリングに残るよ。だってGHCヘビー級王者だからね。まだ次の試合がいつなのか決まってないけど、そんな時こそあの言葉でしょ? そうまさにトランキーロ、あっせんなよ」と不敵な笑みを浮かべた。
「この7か月間、ノアでのプロレスがめちゃめちゃ楽しかったよ。最高峰王座を手にしてしまったんだ。まだまだ俺はこのリングに上がり続けるぜ」と宣言すると「デ・ハ・ポン!」の大合唱で大会を締めくくった。
さらにバックステージではシングルリーグ戦「N−1 VICTORY」(9月12日、後楽園で開幕)への不参加を表明した。
「もちろん試合には出るけど、エントリーはしなくていいかな。だってこのノアの選手であり、関係者であり社員の皆さまは、我々LTJが邪魔なんでしょ? だったらノアでナンバー1の選手を決めて、その選手と俺がぶつかればいいじゃん。そしたら俺はベルトを失い、このリングを去ることになるかもよ。俺なりにアイデアがあるんで、ゆっくりノアの関係者の方とお話させていただきますよ」
ノア参戦当初は各方面からコンディションの悪さを指摘されてきた内藤だったが、ついに完全復活。制御不能のカリスマが、ついに戻ってきた。
2026年08月09日 21:30
ノア9日の後楽園大会で、GHCナショナル王者の丸藤正道(46)がKENTAを下しV4に成功した。
試合は序盤から、両者譲らぬ一進一退の攻防。場外戦でKENTAの脳天を鉄柵で打ち付けたかと思えば、固い床にDDTで叩きつけられるなど、激しくやりあう。その後も丸藤がパーフェクトキーロックで捕獲すれば、KENTAにGAME OVERで絞めあげられるなど、白熱の展開が続いた。
だが終盤、go 2 sleepを狙って担がれたところを体を入れ替え、タイガードライバーをズバリ。そこから腕十字固め、パーフェクトネックロックとつないで、ギブアップを奪って勝利した。
試合後、KENTAと握手をかわした丸藤は「KENTA、ありがとう。また戦ったり、組んだりしよう」と呼びかける。さらに「いつもなら次の挑戦者がすぐ上がってくるんだけど…。今日はみんな忙しいのかな? 例えば最近姿を見せていない谷口でもいいぞ。若いヤツらでもいい。なんなら他団体でもいいぞ。俺はこのベルトを守り続けるぞ」と、今後の防衛ロードに向けて闘志をみなぎらせた。
一方、惜敗のKENTAは「いやー、負けちゃいましたね。悔しいよ。この歳になっても、負けると悔しい気持ちがあるのは大事だね」と天を仰ぐ。さらに「ああいう存在が身近にいるのは刺激になるし、どんなチャンピオンロードを歩んでいくのか、見届けていきたいと思った」と話すのだった。
2026年08月09日 21:26
◆プロボクシング▽56・0キロ契約8回戦 〇辰吉寿以輝(判定 2―0)豊永太我●(9日、大阪・エル・シアター)
元WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎の次男で、日本スーパーバンタム級7位の辰吉寿以輝(じゅいき、30)=大阪帝拳=が、豊永太我(21)=ウォズ=を判定で破り、再起3戦目、30歳初白星を飾った。
試合後はリング上で、父のデビュー当時からの後援者である「辰吉丈一郎を見守る会」の会長・林英明さんが病気のため、5月に急逝したことを明かした。親子2代にわたって応援してくれていた恩人に勝利をささげ、「弔いとして、しっかりと勝つことができてよかった」と、涙を流した。「寿以輝コールをやってくれて、旗と横断幕を管理してくれていた方。最後が2月のドローの試合だったので…」と、しのんだ。
試合は、ジャッジ2者が77―75、1者が76―76という格下相手の辛勝だった。左を上下に打ち分けたが、決定打は少なかった。「全然ダメ。つなげて倒したかった。突破口のパンチを狙いすぎた」と、反省の弁を繰り返した。
寿以輝は、2024年12月の東洋太平洋スーパーバンタム級タイトルマッチで、中嶋一輝(大橋)に2回TKO負けし、プロ18戦目、自身初のタイトル戦で初黒星を喫した。現在は、東洋太平洋とアジアパシフィックの同級で、ともに12位につけている。2度目のタイトル挑戦に向けて、「決まれば、やります。目的は世界チャンピオン」。腕を磨き、好機の到来を待つ。