2024年07月01日 03:37
現地時間6月30日、ドイツで開催されているEURO2024のラウンド16で、前回大会準優勝のイングランド代表がスロバキアと対戦した。 序盤からボールポゼッションで優位に立つイングランドだったが、5分にいきなりピンチを迎える。カウンターを受けると、左サイドを上がってきたハンツコに左足のシュートを浴びたが、わずかにゴール左に外れた。 さらに12分にも、右サイドのウォーカーがハラスリンに背後を取られて、決定機を与えるも、グエイがギリギリでブロックした。 徐々にペースを掴まれると25分、ストレレツのラストパスからシュランツに流し込まれ、先制点を奪われる。 ビハインドを負った後も大きなチャンスを作れず、このまま0−1で前半を終える。 【動画】後半ATに土壇場の同点弾! ベリンガムのバイシクルショット 後半に入って49分、イングランドは敵陣中央付近でボールを受けたケインが左サイドへ展開。トリッピアーのクロスにフォデンが合わせてネットを揺らしたが、オフサイドの判定でノーゴールとなった。 57分にはドリブル突破を図ったメイノーがボックス手前の左寄りで倒されてFKを獲得。これをフォデンが直接狙うも、相手の壁にブロックされた。 攻勢を強めるなか、78分にはフォデンの鋭いFKにケインが頭で合わせたが、枠を捉えられない。その3分後にはペナルティエリア手前の中央からライスがミドルを放つも、左のポストを叩いた。 このまま終了かと思われた後半アディショナルタイム、ウォーカーのロングスローをグエイが頭で繋ぐと、最後はベリンガムが見事なバイシクルショットを叩き込み、土壇場で同点に追いつく。 さらに延長に入り、91分にセットプレーのこぼれ球に反応したエゼのボレーをトニーが頭で折り返し、ケインがヘディングシュートを決めて逆転に成功する。 このまま2−1で終了し、イングランドは8強入りを果たした。準々決勝では、前回王者のイタリアを破ったスイスと相まみえる。 構成●サッカーダイジェストWeb編集部
2024年07月03日 00:35
ドーピング陽性反応による2027年9月10日までの公式戦出場停止処分を受けたユヴェントス所属の元フランス代表MFポール・ポグバが自身の引退を否定し、選手としての復帰を目指すと語った。2日、イタリアメディアの『スカイ』が報じた。
現在31歳のポグバは昨年8月20日に行われたセリエA開幕節ウディネーゼ戦後、無作為に薬物検査の検査対象として選ばれ、筋力増強などの作用があるテストステロン値の上昇が確認された。その後、イタリア反ドーピング機構(NADO)は、ポグバから検出された物質が「非内因性のテストステロン代謝物であった」と発表。その後、10月6日に同選手から新たに採取したBサンプルの検査で再び陽性が確認され、今年2月29日、イタリア反ドーピング裁決機関(TNA)はポグバに対し、4年間の出場停止処分の裁決を下していた。
そのような状況のなか先月末に、ポグバがインタビューで「終わった。もうポール・ポグバは存在しないんだ」と語った映像が拡散され、ポグバがサッカー選手としてのキャリアを諦めたと世界の各国メディアが報じていた。
しかし、ポグバは『スカイ』のインタビューで「この不正と闘うチャンスはまだあると信じている」と語り、「私は終わった。ポール・ポグバはもう存在しないなどと言ったことはない。なぜならポグバはまだここにいるからだ」と、自身がサッカー選手としてのキャリアを諦めたという報道を否定。
つづけて、「まだサッカー選手だと感じているし、トレーニングもしている。今は前向きでいなければならない時だ」と、サッカー選手として復帰することを目指していると強調した。
そのうえで、「自分はまだユヴェントスの選手」だと説明したうえで、「ユヴェントスと契約しているが、スポーツディレクターや監督と話す機会がなかった。私は彼らの状況が分からないし、ちょっとした沈黙状態にある。彼らは控訴を待って今後どうなるか見守っているのかもしれない。残りのことは彼らに質問して欲しい」と語り、クラブとの契約などについてはユヴェントスに確認して欲しいと説明した。
2024年07月03日 00:00
7月1日にオープンした夏の移籍マーケット。数多くのクラブで早くも新加入の選手が発表され始めている。
今回は『Football Faithful』から「プレミアリーグのクラブも狙うかもしれない、フリーエージェントのアタッカー5名」をご紹介する。メンフィス・デパイ
昨季の所属:アトレティコ・マドリー
国籍:オランダ
メンフィス・デパイは昨季限りでアトレティコ・マドリーとの契約が終了したため、この夏に新たな挑戦に臨むことになる。30歳の彼は昨季リーガで9試合しか先発していないが、5ゴールを決めている。
この夏のマーケットでは最も有力なフリーエージェントのストライカーだ。オランダ代表でも豊かな実績を持ち、あと数年はトップレベルを維持できる。EURO2024が終了したら移籍先を決める予定だと言われているが…。ケレチ・イヘアナチョ
昨季の所属:レスター・シティ
国籍:ナイジェリア
10代でマンチェスター・シティのスーパーサブとなったことで知られるケレチ・イヘアナチョ。その後レスター・シティで7シーズンを過ごし、2部優勝を遂げた昨季を最後に退団している。
この数年はかつてのようなインパクトを残せていないものの、まだ27歳という若さである。そしてレスター・シティでは115分ごとにゴールかアシストを記録してきた。チェ・アダムス
昨季の所属:サウサンプトン
国籍:スコットランド
サウサンプトンとの契約更新に向けた交渉が決裂し、この夏にフリーエージェントとなったチェ・アダムス。昨季は公式戦で18ゴールを決めたアタッカーで、プレーオフを経てプレミアリーグ昇格に貢献した。
スコットランド代表でEURO2024にも出場した彼は、昨季のイングランド2部で注目を集めた選手の一人。ノッティンガム・フォレストやウォルヴァーハンプトンが関心を持っているとも。アントニ・マルシャル
昨季の所属:マンチェスター・ユナイテッド
国籍:フランス
モナコから「世界最高額の10代」「次なるティエリ・アンリ」と評価を受けてマンチェスター・ユナイテッドにやってきたマルシャル。その9シーズンの在籍期間に才能は開花しなかった。
ただ2019-20シーズンに23ゴールを決めたことも考えればまだまだポテンシャルは十分にあり、28歳と高齢ではない。現在はマルセイユやリヨン、ベシクタシュが関心を示しているとか。
鎌田も期待!ラツィオを退団してビッグクラブの主力となった「世界的スター」5名 ミシ・バチュアイ
昨季の所属:フェネルバフチェ
国籍:ベルギー
トルコリーグでの活躍からEURO2024でのメンバー入りも噂されたバチュアイ。エディン・ジェコのバックアップという立場ながら、776分のみの出場で12ゴールを決めた。
30歳という年齢となって落ち着きも出てきた彼は、現在同じトルコリーグの強豪ガラタサライに移籍するという噂もある。他にも欧州や中東の多くのクラブが関心を寄せているようだ。
2024年07月02日 23:58
トッテナムは2日、リーズからU−21イングランド代表MFアーチー・グレイを獲得したことをクラブ公式サイトで発表した。
現在18歳のアーチー・グレイは、9歳でリーズの下部組織に入団し、2023−24シーズンにトップチームデビューを果たすと公式戦52試合に出場。 EFLチャンピオンシップ(イングランド2部リーグ)のヤング・プレイヤー・オブ・ザ・シーズン(最優秀若手選手)に選出された。運動量を武器に中盤と右サイドバックでプレー可能なことから、リヴァプールに所属するイングランド代表DFトレント・アレクサンダー・アーノルドと比較されることもある。
グレイはトッテナム移籍について「とても興奮している。トッテナムはビッグクラブで、オファーを断ることはできなかった」と喜びのコメントを発表している。
現時点で契約期間などの詳細はクラブから発表されていない。
しかし、移籍市場に精通するイタリア人記者のファブリツィオ・ロマーノ氏は、自身のXでグレイとトッテナムの契約期間は6年間で、移籍金としてトッテナムからリーズに4000万ポンド(約82億円)が支払われると説明している。
2024年07月02日 23:12
シント・トロイデンに所属する日本代表GK鈴木彩艶に、セリエA昇格組のパルマ・カルチョが興味を示しているようだ。
2024年07月02日 22:00
今年初め、指導者として42歳の若さで日本を飛び出し、未知の国ベトナムの強豪ハノイFCで指揮を執ることになった岩政大樹監督。
シーズン終盤の佳境に入る中、ハノイFCは5月〜6月に見せた5連勝の快進撃もあり、中位から一気に3位まで浮上。今季残り1試合となった執筆時点で優勝の可能性は潰えてしまったが、シーズン3位以上が確定。カップ戦でもベスト4に残っており、引き続きタイトル獲得に期待がかかる。
初挑戦となる海外リーグで奮闘中の岩政監督に、ベトナムでの半年を振り返ってもらった。「予想以上に早かった」スタイルの定着と選手たちの変化
――ハノイFC監督に就任して約6か月。ここまでの挑戦を振り返っていかがですか?
「よい経験ができています。細かく振り返ると色々なことがありましたが、いつかゆっくり振り返ったとき、この半年間があって良かったなと思える経験が既にできていますね」
――就任当初から、Vリーグで主流になっているロングボール主体のサッカーではなく、小柄なベトナム人の特徴を活かしたサッカーを目指すとおしゃっていました。理想の完成形を100とすると、今の完成度は?
「半年で到達できるものを想定するなら、かなり100に近づきました。もっと細かく詰めるとしたら、70〜80といったところになりますが、半年で到達点できるところから考えると、想定の100を超えているかもしれません」
――選手たちの吸収が想像以上だったということでしょうか?
「正直、予備知識とはだいぶ違いました。連携や連動はあまり取れないと聞いていましたが、きちんと仕組みを提示して、その中でタスクを明確にすれば、選手たちはそれをピッチで表現することができました。結果的にそれが連携や連動に繋がるわけですが、そういう意味で言えば吸収は早かったし、このスタイルでやるんだという選手たちの強い意欲も相まって、予想以上に定着は早かったですね」
――岩政監督の就任した当時のハノイFCは、クラブ黄金時代を築いた主力数人が退団して過渡期にありました。そんな中、今季は積極的に若手を起用していた印象もありますが、若い選手たちの成長をどう見ていますか?
「就任当初は分からなかったのですが、ハノイだけでなく、リーグ全体も少し過渡期にあると気づきました。ハノイは数年前まで非常に力があったチームで、そこから他チームもどんどん力をつけてきて、パワーバランスが変わりつつある。
チームの特徴として感じたのは若手が多く、各ポジションに才能ある若手がいること。若手以外で言うと、フィジカルに優れた選手たちが移籍して、テクニックに優れた選手たちが残っている状況でした。今いる選手たちの特徴を生かすサッカーを考えましたし、僕自身も自分たちでボールを動かすサッカーをしたいという気持ちがありましたので、そこをうまく融合できればなと思いました。
若手たちは、伸びている者、そうではない者もいますが、起用してあげないと選手自身も気づきが得られないし、僕たちも評価できないので思い切って起用しました。ここまで第3GK以外は全員を試合で起用したはずです。それまではあまり選手間の競争心が見られなかったので、そこを刺激しつつ、全員を起用しながら結果も出して、うまく適応した選手を選ぶという形で進めてきました」
――ハノイは代表選手も多い中、代表ウィークで主力がごっそり抜けることもありました。この間のチーム練習の雰囲気や競争心をどのように刺激していったのでしょうか?
「そこはこの半年間で一番難しい部分でもありました。ハノイは6〜7人が常に代表に招集される状況で、ベトナムの代表ウィークはかなり長い期間、選手が抜けてしまうので、全員が揃わない中で準備をしないといけませんでした。就任当初の練習でも代表メンバーが離脱していましたから、この時は、今いるメンバーに代表選手よりも先にチームコンセプトを植え付けるということからスタートしました。
ただ、ベトナムの選手たちを見てみると、もともと競争心が少し足りないようにも見受けられました。試合に出られないから落ち込むというより、自分の立ち位置はこんなものだと思い込んで、そのままの気分で練習に取り組んでしまう。そういう緩んだ空気を感じたら、君たちは何を生業にしているのか、プロとしてどんな姿勢で練習に取り組むべきなのか、そういう初歩的な話もしながら説いていくことを繰り返す中で、少しずつ意識が変わってきました」ベトナムの地で示せた「信念を持って続けること」の重要性
――就任後しばらくは、なかなか勝ち切れないという試合も多かったですが、5月中旬から6月の代表ウィーク明けまでに5連勝。特に直近の試合では決定力が向上している印象です。この短期間にチームの中でどんな変化が起きたのでしょうか?
「一番大きかったのは代表戦と絡む日程的なこと。1月は代表選手が抜けた中で練習して、2月の試合に入っていきました。それから数試合やると、また代表選手が離脱して残った選手たちで準備をする。そんなことを何度か繰り返しました。
4月の中断だけオリンピック予選の中断だったので、A代表の選手たちは抜けませんでした。そこでしっかり準備期間が取れるというのは、日程を渡されたときに思い描いていました。それならば、大きな連戦もある5月が勝負になると考えていました。
2月〜4月の戦いは、出来るだけ勝ち点を拾いながらのチーム作り。この間は内容が良かったり悪かったりするのは、ある程度仕方ないと割り切っていました。4月の準備期間を経て5月に勝負をかけることは選手たちにも伝えてありましたし、ある程度想定通りに進んだというのが大きかったです。
勝ったり負けたりする中で、大事なことはチーム作りを進めることだったので、勝敗に関わらずよかった点と悪かった点を明確化し、映像で選手たちと共有して修正する。ただ、4連勝の前のハティンとの試合は(2-2で)引き分けましたし、5月勝負と考えていたのが最初の3試合(1敗2分)でつまずいてしまいました。
そこで選手たちに強く伝えたのは、全体の守備意識や献身性が欠けていたこと、コンパクトさをどう維持するのかということ。実際に結果が出なかったことで、選手たちも危機感を持ったと思います。これ以降、選手たちの意識や取り組み方が変わって、そこから4試合はコンパクトさが保てるようになり、特にボールを持たないときの連動性が高まって、結果としてチャンスやゴールの数が増えました」
――連勝街道が始まる前、4月上旬のHCMC戦では3-1で勝ったものの試合後の会見で、就任後で最低の試合だったと厳しい評価を下していました。ハーフタイムのロッカールームでは、かなり激しい檄も飛ばしていたようですが、選手たちにどのように発破をかけたのでしょうか?
「正直、そこも探り探りでした。どのぐらい強い調子で言葉を発するべきなのか。当然、日本人とは受け取り方も違うでしょう。結果として後半のパフォーマンスが上がる方向にもっていかないといけないので、そのために厳しい態度を取った方がいいのか、あるいは、さとすように伝えた方が良いのか。
当初は声を荒げることは、ほとんどなかったと思いますが、練習中にちょっと気が緩んでいるのが見えたときに少し強めに活を入れると、比較的パフォーマンスが上がる傾向が見て取れました。そこからは回数としては多くないですが、気が緩みそうな空気のときに厳しめの態度を取るようにしました。
マネジメントの部分では、色々なところで助けられたと感じていますが、(主将を務める)グエン・バン・クエットの存在が非常に大きかったですね。日本サッカーをすごくリスペクトしてくれていて、僕が目指したボールを保持しながら相手を動かしていくようなサッカーを彼自身もやりたいと共感してくれました。
彼以外の主力選手たちもそうですけど、僕が目指すサッカーに対して前向きでいてくれた。主力の彼らが、僕の伝えたことをピッチで表現しようとチーム内で共有してくれたので、そこはこの半年とても助けられた部分ではあります」
――外国人選手に依存しないサッカーを目指して、ハノイではその成果が見え始めています。では、逆にチームに足りないものを補うのが外国人選手だとしたら、助っ人に求める条件とは何でしょうか?
「やはり勝負を決める仕事ができることだと思います。ゴール前で決めきることに関しては、まだまだベトナム人選手は力不足なのは事実。そこでスペシャルな助っ人、例えばナムディンFCのラファエルソン(※元ベガルタ仙台、3季連続Vリーグ得点王)のような一発で決めてしまう力がある選手が、今のハノイに加われば相手チームはもっと対応が難しくなるので、そこは外国人選手に求める要素ではあります。
ベトナムメディアでは色々な言葉が出回っていて誤解を生んだかもしれませんが、僕は外国人選手を使わないとは一度も言ってなくて、外国人選手に依存しないサッカーをしたいと言い続けてきました。
Vリーグでは、外国人選手が後ろからパスやロングボールを入れて、受け手も外国人選手であることがほとんど。外国人選手に判断を委ねて、ベトナム人選手はこぼれ球に反応していくというサッカーになりがち。それではベトナムサッカーの発展に繋がらないと思ったので、それを変えたいと思いました」
――Vリーグのチームは外国人選手ありきのサッカーになりがちという話が出ましたが、2部では外国人選手の登録が禁止されています。カップ戦では1部と2部が試合することもありますが、実際に対戦してみてスタイルの違いは感じましたか?
「これは僕も感じた視点で、カップ戦の準々決勝でSHBダナンと試合しましたけど、彼らのサッカーは良かったですよ。ダナンは今季2部で無双して優勝を決めていますが、1部では見られないスタイルでした。外国人選手がいないことで、自分たちで判断する面白いサッカーをしていて、その分対応も難しかったです。
トレーニングマッチでは、PVFともやりましたが、自分たちでボールを動かして戦術的に戦うチームでした。この2チームが2部のトップ2ですが、どちらも1部より良いサッカーをしている印象でした。
本来そのようなサッカーができる力があるにもかかわらず、それができていないのが1部の問題なのかなとも思いました。たしかに手っ取り早く結果を求めるなら、前線にごり押しできる選手を置いて頼るという手法はよく分かるんです。でも、そこに振り切ってしまうと、結果的に選手たちの成長を阻害してしまうことになりますし、代表チームのレベルアップにもなりません。
これについてはチームを指導する監督が、このサッカーを続ければ数か月後、1年後に選手がこのように変わるんだと覚悟を持ってやるしかない。僕自身、このサッカーを選手たちと積み上げていくことを重要視してチームを作りました。
最初の数試合で結果が出ずに、色々言われることもありましたが、そこは僕も信念との戦いで、やり切ろうという覚悟で突き進み、今はこうして結果もついてきました。これは僕の自信にも繋がりましたし、信念を持って続ければ変わるのだということを少しは証明できたと思うので、ハノイのサッカーに触発されて、チャレンジする指導者がこれからどんどん出てきてくれると嬉しいです」
――かつてベトナムにも自分たちで主導権を握って勝とうとするスタイルのチームはありました。『美しいサッカー』をスローガンにしていたホアン・アイン・ザライ(HAGL)をはじめ、前ベトナム代表のトルシエ監督体制のベトナム代表もそうですが、結果が出ない中で徐々に変わってしまいました。長期的な視野が不足していると言われがちなベトナムで、チームのスタイルを根付かせるために、何か助言がありますか?
「一つはトライ&エラーを恐れずに繰り返すこと。サッカーに限った話ではないですが、トライが出来ない環境の中では、いつまでもイノベーションが起こせません。目先のことばかり考えていては、長い目で見たときにすごく出遅れてしまいます。
ハノイのサッカーを見せることで、『気づき』までは与えることができたと思います。このサッカーをやろうとすると、難しい面も確かにあって、きちんと構築しないと失敗する指導者も出てくるでしょう。でも、それはトライ&エラーの一つであって、その中でベトナムに合ったスタイルというのを構築できる指導者が生まれると思います。
もちろんサッカーのスタイルに正解はないので、今のVリーグで大半のチームがやっているようなサッカーが残ってもいいと思いますし、そうじゃないサッカーもどんどん出てきてほしい。多様性の中でいろいろなチームが、それぞれのサッカーの捉え方をする中で、5年後、10年後にベトナム人にもっと相応しいサッカーが確立されると考えています」今後は「1つのクラブで長く指揮してみたい」
――ハード面やソフト面なども含めて、この半年で見えたベトナムサッカーが抱える課題は何でしょうか。ピッチ状態とラフプレーの多さについては、記者会見でも何度か苦言を呈していたと思いますが?
「指摘すべきことは記者会見の場で伝えてきたつもりです。今質問していただいたことがほとんどなんですが、一つはやはりピッチの問題。あとはスタジアムやクラブハウスもそうですが、ハード面の改善に対して問題意識が低い気がします。この国のサッカーを長期的に強化していくためには必要なことですし、特にピッチ状態は重要な要素。
例えば、今ハノイがやろうとしているサッカーに挑戦するとき、ピッチ状態が悪い中では非常に不利。この環境下では、ロングボール主体のサッカーと対戦したとき、どうしても不利になります。ベトナム人の特徴を考えたら、良いピッチ状態で、しっかりパスを繋げるスタイルのほうが適していると思います。普段使う練習場から改善していかないといけません。
もう一点、ベトナムでは選手の怪我に繋がるような危険なプレーが横行しているように感じます。これをレフェリングで裁くことができていない。実際ハノイからも怪我人が出ましたし、危ないなと思うプレーが毎試合散見されます。
その度に第4審に対して、選手を守ってくれと要求しているんですが、現状それができていない。選手を守るためにルールがあり、それを守らせるのが審判団の大きな役目の一つなので、そこは是非改善して欲しいです」
――選手たちに指導する中で、言語化する上で最も気にかけたことは?
「そこは来る前も来てからもいろいろと考えさせられました。まず言葉があまり通じないし、通訳もサッカーに関しては素人。だから、サッカーを知らない通訳にも伝わる言葉じゃないといけない。あまり深く戦術的な指導を受けてこなかった選手たちに、どれぐらい提示すればいいのか。
プロ選手は育成年代を通り越しているわけで、ある程度自分のサッカーが出来上がっている。彼らのパフォーマンスを向上させることを考えた場合、100を伝えると、パンク気味になって逆に体が動かなくなるということが、サッカーではよくあります。
何を伝えるかは、その都度微調整しながらやってきました。色々な局面で、1つ2つの少ない原則の提示を行うことで、結果的に10のプレーを生み出すような言葉選びを心掛けました。日本時代より少ない提示で効果を出すことができましたし、選手たちもプレーしやすかったと思います。これは僕の指導者キャリアの中でも大きな経験になりました」
――以前のインタビューでは、通訳も育てる気持ちでいると語っておられましたが、サッカー通訳の重要性についてはどう感じていますか?
「来る前から通訳はとても大事だというのは何度も聞かされていましたが、実際体験してみると、その言葉の重みが違って感じられました。通訳によって変わるものは大きいんだなと感じています。
特にVリーグに関しては、外国人指導者も多くなく、日本人指導者は僕が3人目(※HCMCの三浦俊也氏:2018、サイゴンFCの霜田正浩氏:2021)で、選手も含めて日本とは交流が薄い状況。日本語が分かる人は多かったとしても、サッカーや指導を理解している人は数えるほどしかいません。
でも、よく考えればこういうステップを各国で日本人指導者が通ってきて今があるわけです。例えば、タイなんかはその恩恵を受けて、今の日本人指導者たちがいる。だから僕もここで先駆者になるんだと、ある程度割り切って努力してきたつもりですし、今後より多くの日本人指導者がベトナムで活躍できるようになればいいなと思っています」
――ハノイFCでの指導を経て、指導者またはサッカー人としての成長と収穫を感じていますか?
「たくさんあって全部は挙げられないですが、一番大きかったのはプロ監督として、シーズン終盤に自分が思い描いたチームに変化していくというのを経験するかしないかというのは大きいと思うんです。それがどの国のリーグで、どのカテゴリーだったとしても、一つ経験しておくだけで、自分の中のチーム作りに対する軸が定まることに影響してきます。
昨年の鹿島では、5位という成績の良し悪しは置いておいて、シーズン終盤戦に入っても、これが自分のサッカーだと思える瞬間がほとんどなかった。それは自分の中の大きな反省でもあって、どうすればよかったのか考えました。
今回のハノイでは、鹿島の延長線上ではありますが、少し違うチーム作りをしてみて今、公式戦の中で思い描いた通りのチームになっている。これは監督として、すごく大きな経験でした。このサッカーが自分の代名詞になりますし、僕はこういうサッカーが作れる監督だという自信と、今後の名刺代わりにもなる。
鹿島で1年半、ハノイで半年指導して、指導者としての経験値と幅が広がりました。別の国、別のチーム、別の選手を指導したことで鹿島時代の経験を多角的に見ることができるようにもなりました。本当に半年だったのかというぐらい、ハノイでは濃密な時間を過ごせています」
――指導者として次のチャレンジや描いている今後の目標は?
「ここまで比較的短いスパンで2つのクラブを指揮するというキャリアになっていますが、今後してみたいのは1つのクラブで長く指揮してみたいということ。
【インタビュー】前鹿島監督の岩政大樹に訊いた、日本を離れベトナムへ渡ったワケ
1年目というのは、与えられた選手でチーム作りをします。これはこれでやりがいがありますが、思い描くチーム作りに足りない戦力というのは当然出てくるわけで、そこを補強しながらできるのが2年目、3年目です。そういうチーム作りを40代のうちに経験したいと思っていますし、そういうクラブと出会えるといいなというのが今の願いです」
2024年07月02日 21:27
バイエルンに所属するドイツ代表MFジョシュア・キミッヒが、EURO2024準々決勝スペイン戦についての意気込みを記者会見で語った。1日、スペインメディアの『マルカ』が報じた。
キミッヒは、今大会唯一、全勝で準々決勝まで勝ち上がってきたスペイン代表と対戦することに関して、「スペイン人たちが準々決勝で我々ドイツと対戦することを喜んでいるかは分からない。一方で、もちろんドイツにとって、もっと簡単な組み合わせもあったかもしれない。けど、EURO2024で優勝のためには、スペインとの戦いを避けることは不可能だと思う」とヨーロッパの頂点に立つためには、遅かれ早かれスペインを乗り越える必要があると語った。
つづけて、「選手として、最高レベルでプレーされるこのような試合を楽しみにするのは自然なことだ」と前向きに話し、質の高い選手たちによる激突を楽しみにしていると自信をのぞかせていた。
ただ、スペインが誇る強力なウインガー、バルセロナ所属FWラミン・ヤマルとアスレティック・ビルバオ所属FWニコ・ウィリアムズには、あらためて警戒を強め、「スペインは前線に2人の優秀な選手がいる。彼らはとても興味深い存在だ。もちろん、我々はチームとして彼らを抑えるための策を持てるように努力する必要がある。間違いなく1対1の場面を何度かつくられるだろうけど、ピッチ上で何が起こるか見てみよう。どのポジションを見ても、非常に興味深い試合になるだろうね」と語っていた。
今大会はサイドバックが主戦場となっているキミッヒ。対峙が予想されるニコ・ウィリアムズとの勝負に注目が集まる。
2024年07月02日 21:06
ポルトガルメディアの『ア・ボーラ』は2日、バイエルン所属のU−20日本代表MF福井太智がレンタルでポルトガル1部のアロウカに移籍する可能性が高いと報じた。
2004年7月15日生まれで現在19歳の福井は、U−12チームからサガン鳥栖の育成組織に在籍し、2021年3月にクラブ史上最年少の16歳でトップチームデビュー。2022年3月にはプロA契約を結び、トップチームで公式戦通算14試合に出場し、2022年9月にバイエルンへの完全移籍。2023年1月よりレギオナルリーガ(4部相当)に身を置く同クラブのセカンドチームに在籍すると、今年1月にはポルティモネンセにレンタル移籍し公式戦13試合に出場し1ゴールを記録していた。
『ア・ボーラ』によれば、ポルトガル1部のアロウカが1年間のレンタル移籍で福井の獲得に近づいているとのこと。また、シーズン終了後に買い取りオプションも付帯している見込みだと報じられた。
アロウカはポルトガル北西部のアヴェイロ県アロウカを本拠地とするクラブ。2013年にクラブ史上初の1部初昇格した後、一度は降格したが、2021−22シーズンに1部復帰。2022−23シーズンは5位と躍進し、クラブ史上初となるカンファレンスリーグ予選出場権を獲得した。2023−24シーズンは惜しくも欧州カップ戦出場権獲得とはならなかったが、7位でフィニッシュしていた。
2024年07月02日 21:04
Jリーグの公式YouTubeは7月1日、ベルギー1部のクラブ・ブルージュから浦和レッズへの移籍が決まったMF本間至恩の新潟時代のプレー集を公開した。
2024年07月02日 20:42
今季のJ1で優勝争いに絡む鹿島アントラーズに、海外記者も注目している。世界のスポーツを幅広く取り上げる『ESPN』が伝えている。
同メディアは「7年間続いたJ1タイトルへの渇望を終わらせようとする鹿島アントラーズは本物か?」と題した記事を掲載。アジアのサッカー事情に精通するガブリエル・タン記者は、国内随一の“20冠”を誇る鹿島の歴史に触れ、2018年のACL制覇を最後に優勝から遠ざかっているなかで、久々のタイトル奪取の可能性を探る。
「アントラーズは過去11年間、トップ5から脱落したことがない。2024年シーズンも後半戦に入り、順位表で2位につけているが、今シーズンはJ1で7年間続いたタイトルなしの状態に終止符を打つシーズンとなるのだろうか?」
直近のリーグ戦では、ヴィッセル神戸との上位対決を1−3で落としたが、タン氏は「彼らには確かに本当のチャンスがあるように見える」と主張する。
「タイトル獲得に挑むために必要な人材が確実に揃っている。安定した先発メンバーは、経験豊富な主力選手と新進気鋭の選手の完璧な組み合わせによって編成されている」
守護神の早川友基、最終ラインで存在感を放つ植田直通や濃野公人、ボランチで新天地を拓いた知念慶らの特長に言及。トップ下で本格ブレイクする名古新太郎については「今シーズンのリーグ戦で最も優れたプレーメーカーの一人として頭角を現している」と称賛する。
【PHOTO】ゴールのために勝利のために声を出す鹿島アントラーズサポーター(Part1)
「そしてもちろん、フォワードにはエースの鈴木優磨がいる。頑丈な身体を武器に、卓越した技術も持ち合わせており、その両方で周囲の人々に刺激を与える28歳の彼は、まさにアントラーズの成功のバロメーターだ」
またチャヴリッチ、土居聖真、柴崎岳ら実力者も挙げたうえで、「アントラーズの選手たちの質の高さは否定できない。名声のあるクラブにとって、それはこれからも変わらないだろう」と記す。
今季からチームを率いるランコ・ポポヴィッチ監督に関しては、「これまでのところ、彼はチームにその決断を後悔させる理由をほとんど与えていない」とその手腕を評価。「ポポヴィッチが本物だと証明されれば、アントラーズは7年間続いたJ1リーグのタイトル獲得の渇望を終わらせることになるかもしれない」と展望した。
かつての“常勝軍団”は、その肩書を取り戻すような結果を掴み取れるか。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
2024年07月02日 20:00
EURO2024は1日に決勝トーナメント1回戦が行われ、フランスがベルギーと対戦し、1-0で勝利。ベスト8進出を決めた。
前半からフランスが攻め込む時間が続き、キリアン・エムバペを中心に攻め立てるも、試合終盤まで膠着状態が続く。
その中で迎えた85分、エンゴロ・カンテのワンタッチパスを受けた途中出場のランダル・コロ・ムアニが右足を振り抜くと、相手ディフェンダーのヤン・フェルトンゲンに当たってゴールに吸い込まれ、土壇場で試合をリードする。
試合はこのまま終了し、フランスが苦しみながらも次戦に進んだ。
勝ちはしたものの、フランスは決定力不足に悩まされた。この試合センターフォワードで先発し、ゴール奪取を期待されたマルクス・テュラムだったが、放った4本のシュートは全て枠外。特に前半34分のヘディングシュートは決めておきたかった。
また、ドリブルで局面を切り開き多くのチャンスを作ったエムバペも放った4本のシュートは全て枠外。これらを含めこの試合でフランスが放ったシュート20本のうち枠内シュートはわずかに2だった。
ただ、確実にチャンスは作れており、決定力が上がれば大量得点が狙えるはずだ。シュートに行き着くまでの流れも非常に良かった。
この試合は主にエムバペの左サイドを中心とし、彼のスピードを生かしたサイド攻撃で多くのチャンスを創出。特にアタッキングサード内での突破は相手のディフェンス陣に恐怖を植え付けた。
また、それまでトップ下で先発していたアントワーヌ・グリーズマンがこの試合は右ウィングで先発。右サイドバックで先発したクンデとの連携が非常に良く、グリーズマンが中に絞って空いたサイドのスペースをクンデがオーバーラップして侵入し、クロスを上げてチャンスを演出するシーンが多かった。
しかしチャンスを多く作ったとはいえ、ビルドアップの部分でもったいないパスミスも目立った。両チームに共通することではあったが、サイドに侵入した後のラストパスの精度が良くなく、チャンスを潰してしまう場面が多々あった。このポイントは次戦、改善に注目が集まるところである。
守備は瞬発力に長けているロイス・オペンダと強靭なフィジカルを持つロメル・ルカクの2トップに対してどう対応するかに注目が集まっていたが、ウィリアン・サリバ、ダヨ・ウパメカノのセンターバックが苦労しながらもなんとか封じ込めた。
左サイドのジェレミ・ドクはクンデがカットインを阻止する場面が多く、プレーメーカーのケヴィン・デ・ブライネもエンゴロ・カンテがシャットアウト。シュート数を5本に抑える素晴らしい守備を見せた。
フランスの次戦の相手であるポルトガルも捕まえづらい選手が多いため、どのような対応をするか注目だ。
一方、ベルギーにとっては非常に苦しい試合であった。
攻撃の軸となるデ・ブライネが封じ込まれると、サイドを中心に攻めようとするが、ターゲットとなるルカクがサリバの密着マークにより仕事をさせてもらえず。
ドクらサイドプレーヤーも相手のディフェンスによって長所を活かしきれず、何度か良い形を作ってもラストパスの質が上がりきらなかった。
何より苦しかったのが交代選手を入れるタイミングがほぼなかったところだろう。
試合的には非常に拮抗していたため、1人の交代により均衡が一気に崩れるリスクがあった。そのため迂闊に交代枠を使うわけにはいかず、流れを変えられる選手の投入ができなかったことが特にベルギー側にとっては痛かった。
また、失点した後の交代選手も良くなかった。ベルギーのベンチにはPSVで今季公式戦14得点を記録し、さらなる飛躍が期待されるヨハン・バカヨコや、サイドで違いを作り出せるレアンドロ・トロサールと、同点に追いつくためのタレントが揃っていた。
ただ、ロメル・ルカクをフル出場させ、後半20分までにロイス・オペンダを交代させた決断が仇となった。
今大会は調子が上がらず、この試合でもボールタッチ数が少なかった印象のあるルカクを早めに下げ、シャルレ・デ・ケーテラーレやヨハン・バカヨコなどを投入していれば結果は違っていたかもしれない。
オペンダは前線からのプレスがかなり効いていたため、交代した後にプレスの勢いが低下。自由にパスを回されるようになってしまった。EUROの戦いは終わってしまったが、今後の立て直しに期待だ。
フランス代表、「EURO2024に出場できない6名の招集漏れスターたち」
次の準々決勝、フランスはポルトガルと対戦。
2大会前の決勝と同じカードで雪辱を果たすことができるのか。試合は日本時間の7月6日(土)午前4時にキックオフされる。
2024年07月02日 19:30
アトレティコ・マドリードは今夏の移籍市場で守備陣の若返りを図るようだ。
移籍市場に精通するファブリツィオ・ロマーノ氏によると、アトレティコ・マドリードはレアル・ソシエダに所属するスペイン代表DFロビン・ル・ノルマンの獲得が間近に迫っているという。以前から個人合意はされており、同選手自身も移籍を望んでいたようだ。
現在27歳のル・ノルマンはフランス生まれの左利きDF。スタッド・ブレストでプロデビューを飾った同選手は、2016年夏にレアル・ソシエダに完全移籍をすると、最初の2年間はBチームでプレイ。18-19シーズンにトップチーム昇格を果たし、これまでにクラブ公式戦通算178試合に出場、19-20シーズンにはコパ・デル・レイ優勝にも貢献していた。ル・ノルマンは23-24シーズンもラ・リーガ29試合に出場し、2ゴールを記録するなど、守備の要として活躍しており、現在開催中のEURO2024でもスペイン代表の守備陣を牽引している。
そんなル・ノルマンの新天地として濃厚となっているのがスペインの名門アトレティコ・マドリード。同氏によると、同クラブはレアル・ソシエダに移籍金3000万ポンドを支払い、ル・ノルマンを獲得したとのこと。正式な手続きは未だ残っているが、長期契約で合意に至ったようだ。
2024年07月02日 19:00
日本代表FW上田綺世が所属するフェイエノールトとキットサプライヤーのCastoreは1日、2024-25シーズンに向けた新ホームユニフォームを発表した。
2024年07月02日 18:46
北海道コンサドーレ札幌は7月2日、公式Xを更新。同日に行なわれたルヴァンカップ・準々決勝の組み合わせ抽選会に、OB代表として参加した小野伸二氏のコメント動画を公開した。
今回のドローで、札幌は横浜F・マリノスとの対戦が決定。難敵を相手に小野氏は「嫌な相手ではありますけど、こういう相手に勝つことで自信もつきますし、楽しみな試合になるんじゃないかなと思います」と語る。
【PHOTO】コンセプトはFIRE(炎)! 日本代表が新ユニホームを発表! 久保建英、長谷川唯ら選手着用ショット!
また、J1では現在7連敗中で最下位と苦境に立つ古巣に「苦しい状況は変わりなくあると思いますけど、ルヴァンカップも含めて良い成績を収められることを願っています」とエール。ファン・サポーターにも次のように呼びかけた。
「毎試合、悲しい思いをさせてしまっているなかで、ホーム・アウェー問わず来て下さっている皆様に勝利を届けられるように頑張りますので、これからも後押しをよろしくお願いいたします」
OBからの激励を受けた札幌は、次節の鹿島アントラーズ戦でトンネルを抜け出せるか。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
2024年07月02日 18:30
24-25シーズンからアントニオ・コンテ監督が新指揮官に就任することとなったナポリは、戦力拡大に尽力しているようだ。
移籍市場に精通するファブリツィオ・ロマーノ氏によると、ナポリは今夏、トリノに所属するイタリア代表DFアレッサンドロ・ボンジョルノの獲得を熱望しているという。
現在25歳のボンジョルノはトリノU-19出身の長身DF。23-24シーズンはセリエAで29試合に出場し、3ゴールを記録するなど、クラブの守備の要として活躍。現在開催中のEURO2024イタリア代表メンバーにも選出されていた。
そんなボンジョルノだが、今夏の移籍市場では人気銘柄に。ACミランやユヴェントスが獲得を目指す中、現在はナポリへの移籍の可能性が高まっているとのこと。同氏によると、ナポリは今週トリノ側との直接交渉を行う予定であり、3500万ユーロの移籍金を準備をしているという。ナポリはボンジョルノの獲得に本気の姿勢を見せており、同クラブを率いるコンテ監督も獲得を熱望しているようだ。
2024年07月02日 18:30
音楽とサッカーの出会い⁉――
サッカー日本代表の応援ソングを作るアーティストのGAKU-MCさん。無類のサッカー好きで、学生プレイヤーでもあった彼が、この競技にのめり込み、離れ、そして今またサッカー界に欠かせない存在になったその軌跡。6回目を迎えた日比谷音楽祭に毎年出演を続け、会期中にフットボールに関するさまざまな発信も行なっているGAKU-MC氏に、サッカーと自身のキャリアやウカスカジーの活動についてインタビュー。
音楽プロデューサーで、ベーシストの亀田誠治氏が実行委員長を務める音楽イベント。「日比谷音楽祭 2024」は6月に開催され、世代を超えて誰もが楽しめる「フリーでボーダーレス」をコンセプトに掲げる音楽祭の運営を目的としたクラウドファンディングを行なっています。(日比谷音楽祭2024のクラウドファンディングは7月3日まで受付中)
©日比谷音楽祭実行委員会
現在はウカスカジーとして2014年に発表し、『勝利の笑みを君と』がサッカー日本代表の応援ソングとしても使われているGAKU-MCさんだが、これまでには「サッカーにそっぽを向かれてしまった苦しい時期もあった」という。
――今ではサッカーに関するさまざまな発信や制作活動を行っているGAKU-MCさんも、サッカーとの距離を取っている時期があったそうですね。
そうなんです。高校のサッカー部でレギュラーが取れずに挫折を経験しまして、それと同じ頃に出会ったラップという音楽に傾倒していくことになりました。
自分が苦しい時期に出会ったラップは、僕のことを高めていってくれるような存在でもありましたけど、一方ではサッカーに微笑んでもらえなかった高校時代の苦い思い出を長い間引きずっていて、「サッカーなんて絶対に見ない」と心に決めて、関係する情報をシャットアウトしていた時期もありました。
対外的には「ラップが好きでサッカーをやめた」と話していましたけど、その言葉が自分には言い訳のように聞こえることがあって、悶々とした思いでした。EAST END×YURIの成功の裏で……。GAKU-MCが抱えていた挫折感
GAKU-MCさんは1990年にEAST ENDを結成。(当時はMC GAKU名義)1994年には友人で東京パフォーマンスドールの市井由理さんと組んだEAST END×YURI名義で発表した『DA.YO.NE』がヒップホップ界の初のミリオンセラーを記録。翌年はヒップホップグループとしては初の紅白歌合戦出場を果たし、セカンドシングルの『MAICCA〜まいっか』が新語・流行語大賞に選ばれるなど、社会を席巻した。
かたや同時期の1993年には日本初のプロサッカーリーグのJリーグが開幕して大ブームに……。ジーコやリトバルスキーといった世界的名選手の来日や、さまざまな関連商品が発売なども話題を呼んだが……。当時のことを振り返ってもらった。
――GAKU-MCさんが活躍の場を広げた時期を同じくして、Jリーグが開幕しました。当時の印象を聞かせてください。
この頃から徐々にミュージシャンとしてスポットライトを浴びる機会は増えていきましたけど、それでもまだサッカーへの複雑な思いを抱えていました。当時は朝まで飲みながらクラブで過ごすような不健康な生活を送っていましたけど、それでも意図的に自分の生活からサッカーを排除するようなところがあって、サッカーの試合もほとんど見ていなかったような気がします。
――1993年の日本代表はいわゆる「ドーハの悲劇」によって、あとわずかなところで日本がアメリカW杯出場を逃してしまいました。
ニュースなどで、カズさん(三浦知良、現アトレチコ鈴鹿クラブ)、ゴンさん(中山雅史、現アスルクラロ沼津監督)、ラモス(瑠偉)さんがうなだれている様子は見ていたんですけど……。その時はまだ“サッカー嫌い”でしたから、全力で代表チームを応援するような気持ちになれない時期でした。
――サッカーへの思いが蘇ったのはいつ頃ですか?
アトランタ五輪が行われた1996年の夏です。ふとテレビを見ると日本代表対ブラジル代表の試合がたまたま流れていて。「絶対に勝てるわけがないだろうな……」と思って見ていたら、伊東輝悦選手(現、沼津)の得点が決まり、そのまま1対0でブラジルから大金星を収めたんです。その時の感動的な試合を見ていたら、これまでのサッカーが嫌いな自分が「ダサくてカッコ悪い」ように感じられて……。そこから再びサッカーのスイッチが入りまして、その後は南アフリカ大会を除いて現地のゴール裏に出向き、日本代表に声援を送るまでになりました。
――初出場で3連敗に終わったフランスW杯(1998年)から、目覚ましい成長を遂げてきたサッカー日本代表の現状をどのように捉えていますか?
『ジョホールバルの歓喜』(1997年)を経てフランス大会に初めて出場した時と比べたら、すごい速度で成長しているように感じます。日本サッカー界が成長していく姿を間近で見られていることが僕としてもすごく嬉しいですし、残念ながら僕はプロサッカー選手にはなれませんでしたけど、僕自身も好きなサッカーがそばにある人生はやっぱり素敵だなと思います。
GAKU-MCが惹かれるワールドカップの魅力
――昨年はDJダイノジさんとW杯の魅力を発信するトークショーを日比谷音楽祭で実施されました。たびたび現地観戦をされているGAKU-MCさんにとって、ワールドカップの魅力はどのような点にありますか?
先ほどもお話しした通り、日本が出場したW杯のうち、フランス大会と南アフリカ大会以外は現地で観戦しているんですけど、僕は冷静にW杯について考えてみると「“サッカーに特化した世界運動会”なのかな?」と思っているんです。
ロシアW杯(2018年)の時に、ベルギーに逆転負けをした悔しい翌日に現地のサウナに入っていると、たまたまやってきたロシアの方が「日本の試合はめちゃくちゃ良かった!」と声をかけてきて、日本代表のサッカーを延々と褒めてくれたことがあるんです。
現地に行くと、そのような感じで、自国代表の頑張りを世界各国の皆さんに認めてもらえるような環境があって、そこから新たな交流が生まれる。その様子はまるで「運動会で息子が活躍して父親が褒められるような感じだな」と……。
前回のカタール大会は街が本当に小さかったこともあり、各国のサポーターが同じエリアに飲みに出かけるんですけど、僕らがドイツ戦の勝利後に飲み屋街に出向くと、街中のサポーターが僕らを褒めてくれるんです。
まだ最終予選を勝ち抜かなければなりませんが、2年後の北中米W杯でもゴール裏に出向いて、みんなと一緒に戦っていきたいですし、各国のサポーターとの交流や新たな発見があればいいと思っています。今から楽しみです。
――U-23代表はパリ五輪を目前に控え、W杯出場を懸けたアジア最終予選の組み合わせも決まりました。GAKU-MCさんが注目している選手はいらっしゃいますか?
そうですね。もちろん皆さんを応援していますが、あえて名前を挙げるのなら、藤田譲瑠チマ選手(シント=トロイデンVV)です。「俺がやってやる!」という強い気持ちが画面越しにも感じられるので見ていて応援したくなりますし、彼のような若手選手がいたら「きっと日本サッカー界の未来も明るいんじゃないか?」と思えるくらいに可能性を感じているんです。
藤田選手がプレーするボランチは、遠藤航選手をはじめとする素晴らしい選手の揃うポジションですけど、パリ五輪が終わったら、おそらくフル代表の招集候補にも挙がってくると思いますし、活躍を楽しみにしています。
――日本サッカー界の未来に期待することを聞かせてください。
藤田選手以外にも、20代前半の若さで堂々としたプレーをする選手がたくさんいますから、おそらく近い将来にバロンドールを獲得する日本人選手が出てくると思いますし、そうなると日本のW杯優勝も現実的なものになってくるでしょう。
フランスW杯(1998年)の後、中田英寿さんがセリエA のペルージャ(イタリア)に行った時も驚愕しましたけど、今は遠藤航選手がリバプールのレギュラーとして活躍していて、当時とは比べものにならないくらい日本のサッカーもレベルが上がったように感じますから、願わくば「俺が飛行機に乗って現地で応援出来るうちに、優勝を成し遂げてくれたらな……」と思っています。不便な状況だからこそ音楽の魅力が引き出される
©日比谷音楽祭実行委員会
――日比谷音楽祭2024のステージを振り返ってのご感想をお願いします。
おかげさまでいい天気に恵まれ、音楽を楽しむには非常に適していた環境でしたし、「たくさんの人に来てくださって良かったな」と思っています。
――今年は新しく設けられたHIDAMARI(日比谷公園 健康広場)でのパフォーマンスでした。これまでとの違いを感じられた点はありますか?
そうですね。今回のステージは日比谷公園の一番端に位置していて、おそらくわざわざ足を運んでいただかないと、なかなか辿り着きにくいロケーションだったのではないかと思いますが、そのぶん僕も非常にやりやすい状況で演奏させてもらうことができましたし、会場の熱狂にもつながったのかなと思っています。
――GAKU-MCさんは1回目の2019年から日比谷音楽祭へのご出演を続けられていますが、初めてオファーを受けたときのことを聞かせて下さい。
亀田さんとの付き合いが長いので、詳しい状況を覚えているわけではありませんが、音楽祭を開催する前に、彼らしい言葉で「さまざまな層の皆さんに“本当の素晴らしい音楽”を届けるようなコンサートをやるつもりだから、ぜひ宜しくね」と言っていただいたことを覚えています。
――以前、亀田さんから「ニューヨークのセントラルパークで見たフリーコンサートの光景が日比谷音楽祭を始めるきっかけになった」とお伺いししましたが、GAKU-MCさんはキャリアに影響を与えたイベントは何かありますか?
そうですね。やはり2005年に始まり、僕も1回目から出演させていただいているapbank fes なくして、僕の音楽人生を語ることはできません。
フェスが掲げる「サステナブル」を軸にしたコンセプトや、そこに集まった若いスタッフの皆さんがみんなで必死になってイベントを作り上げていく様子もそうですし、本番に向けて何度もリハーサルを重ねながら物事を突き詰めていく姿勢など、さまざまなことを学ばせてもらいました。
僕らミュージシャンはもともと音楽が好きで、音楽を始めているんですけど、「そもそも何のために音楽をやっているのか?」を突き詰めていくと、その深層には「世の中の役に立ちたい」とか「良い方向に社会を変えていきたい」とか、「自分だけではなく、周囲にいる方やファンの皆さんにもより良い暮らしをしてもらいたい」という思いがあって、それらが音楽活動のモチベーションになっていることに気付かされたんです。
そしてapbank fesが始まった頃に、僕自身のライフステージにも変化があって。結婚して子供が産まれたくらいの時期に、「子供達が大人になった時に、彼らはどんな暮らしをしているんだろう?」とか、「“パパたちの世代のせいで、私たちがこんな暮らしをするようになってしまった”と言われたら嫌だな……」と考えたりして、僕なりにさまざまな問題に向き合った思い出が記憶に残っています。
――野外フェスやキャンピングカーでのライブなど、自然に出向いてのパフォーマンスに積極的な印象を受けるのですが、どのような思いがあるのでしょうか?
単純に僕自身が楽しいことをしたり、笑いながらたくさんの人々が集まってくる雰囲気が好きなことも理由の一つですが、時代が進むにつれて科学が進歩し、だんだん生活は便利になる一方で、外で寝泊まりながら音楽を演奏するような、不安定で不便な状況がかえって音楽の魅力を引き出すように感じることもあることに気付かされて。家やスタジオなどの安定して音が出せる環境では味わえないようなサウンドを野外フェスティバルやキャンピングカーでライブでは追い求めているのかもしれません。
ーー日比谷音楽祭では異なるジャンルで活躍するミュージシャンの共演が毎年注目を集めていますが、GAKU-MCさんのパフォーマンスや音楽制作にどのような影響を与えていますか?
今回で言うと、僕の出番の前に同じステージに立ったMONGOL800のキヨサクくんのパフォーマンスがとにかく素晴らしかった。彼は“UKULELE GYPSY”(ウクレレジプシー)という名義でウクレレを演奏していたんですけど、ウクレレののんびりした音を聞いていると、だんだん気持ちが穏やかになってきて、僕自身は「ガンガンと盛り上げていこう!」と思っていたんですけど、ウクレレの音に引っ張られるような感覚がありました。
でも、色々なミュージシャンの良い影響を感じとることもこのようなフェスティバルの 魅力の一部ですし、自分の予想しなかった一面を見つけられて、楽しいステージになりました。森保監督は盛り上げ上手で元気をもらえる方©日比谷音楽祭実行委員会
――日比谷音楽祭では、サッカー日本代表の森保一監督と亀田誠治さんを交えた3者対談も実現しました。
それぞれ音楽業界を牽引するトッププロデューサーと、W杯の大きな舞台を経験されている監督という立場のお二人が、初対面のせいかとにかく緊張している様子が印象的で、僕は微笑ましく見守っていました。
ーーお二人ともマネジメントに携わるポジションでご活躍されている方ですが、GAKU-MCさんが感じるお二人の共通点はありますか?
二人とも場を盛り上げるのが上手で、周囲にすごくいい影響を与えて下さいますし、一緒にいて元気をもらえる。活躍する場所は違いますけど、そのようなところがお二人の共通点かもしれません。お二人と接した時に気づいたのが、目の前にいる方をお名前で呼んでくださることが多いなと思っていて。些細なことかもしれませんが、お二人から自分のことを名前で呼んでもらえたら、やっぱり嬉しい気持ちになるでしょうし、例え辛いことがあったとしても、リーダーのために頑張れるような気がする。動画の中でもお話させてもらいましたが、ぜひマネジメントに苦労されているビジネスマンや、部下と上司に挟まれて辛い思いをされている中間管理職の方に見ていただけたらなと思っています。
――日比谷音楽祭では、7月3日までクラウドファンディングを実施しています。思いに共感していただける皆さんへのメッセージをお願い致します。
亀田実行委員長をはじめ、音楽祭を運営されているメンバーの皆さんが持っている「とにかく良質なものを無料で見てもらいたい」とか「多くの方に本物の音楽を知ってほしい」という思いに共感するところがあって、僕も毎年日比谷音楽祭に参加させていただいています。
素晴らしい音楽との出会いによって、人はさらに豊かな人生を歩むことができるようになると僕は思っていますが、そのきっかけとなる日比谷音楽祭の活動を支えるためには皆さんによるご支援が欠かせません。ぜひ、日比谷音楽祭を続けていくために、クラウドファンディングにご賛同いただけたら嬉しいなと思います。
――最後になりますが、今後の活動への意気込みやファンの皆さんへのメッセージをお願い致します。
7月からは弾き語りツアー『独ガク2024』が始まります。ソロデビュー25周年の幕開けは、キャンピングカーに機材を詰め込んで一人で全国8ヶ所を回るのですが、その中ではたくさんの挑戦をさせてもらう予定です。「ツアー中に100キロ走破する」と公言したので、目標達成に向けて頑張りたいと思いますし、行く先々でサッカーを楽しみつつも、良いライブにしていけたらと思っていますので、ご来場される皆さんは楽しみにしていてください。