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2026年07月28日 12:48
「高校野球広島大会・決勝、福山4−3広島商」(28日、マツダスタジアム) 公立校対決となった決勝は市立校の福山が、名門・広島商を逆転で下し、1975年の創部以来、悲願の初優勝を手にした。夏の過去最高成績は16強だった福山は、監督として西条農と総合技術で計3度、甲子園に出場経験がある小田浩監督が4月に就任。短期間で選手の特長を把握するなど、チーム作りを進めてきた。 −今どんな気持ちか。 「福山高校関係者のみなさん、並びに福山市民のみなさん、おめでとうございます」 −「福山市を驚かせたい」、そういう風に話されていた中での今大会、この景色も含めて今どんな風に見えてますか。 「一番驚いているのは私です」 −今日も試合後半の逆転、試合の流れを含めてベンチでどう戦ってましたか。 「監督のミスがあったんで、しっかり生徒に謝って『なんとか勝ってください』と生徒に頼みました」 −今大会を通して、これで1イニングでの複数失点は、大会を通して1度もありませんでした。この試合運びというのはどういう風に見てましたか。 「もう本当、選手のおかげだという風に思ってます。選手の皆さん、ありがとう」 −今年4月に監督に就任されて、改めてどんなことを大切にここまで声をかけてこられました。 「この3年生、うちで言うと6年生(中高一貫のため)は、毎年監督が変わるという不遇の学年だったんですけども、選手にも保護者にも、学校関係者のみなさんにも、なんとか信頼していただける、そういう指導を心がけてやってきました。本当に『チーム福山』みなさんのおかげです。ありがとうございました」 −初めての夏の甲子園に学校として臨むことになります。甲子園に向けて、今の時点でどんな思いでいらっしゃるでしょうか。 「まったくもうノープラン。イメージも全然湧かなくて、何を施していいのか分かんないんですけども、渡辺キャプテンをはじめ選手の方から良い提案が上がってくると思いますので、渡辺キャプテンお願いします」
2026年07月28日 14:44
日本プロ野球選手会の臨時大会が28日、都内で行われ、選手会としてピッチクロックの導入をを決議した。来季からの導入を目指し、NPB側と協議を続けていく。
12球団の選手に対してピッチクロックの是非についてアンケートを実施した結果、賛成を指示する声が多かったという。
近藤健介選手会長(ソフトバンク)は「秒数などルールについてはMLB方式にするのか、独自にするのか考えていく」とこれからの課題とした。
ピッチコムについては、来季から導入する方針がNPBと共有されている。
2026年07月28日 14:20
28日と29日に『マイナビオールスターゲーム2026』が開催される。
昨年はパ・リーグが第1戦に5−1で勝利し、2戦目も10−7で乱打戦を制し2連勝で幕を閉じた。
直近10年のオールスターゲームを見ても、パ・リーグが連勝で終えたのは17年、18年、22年、23年、25年と5度もあり、パ・リーグ優勢の戦いが続いている。
▼直近10年のオールスターゲーム戦績
16年:セ 1 (1) 0 パ
17年:セ 0 − 2 パ
18年:セ 0 − 2 パ
19年:セ 1 − 1 パ
20年:開催せず
21年:セ 1 − 1 パ
22年:セ 0 − 2 パ
23年:セ 0 − 2 パ
24年:セ 1 − 1 パ
25年:セ 0 − 2 パ
セ・リーグがオールスターを勝ち越したのは16年が最後で、2連勝でオールスターを終えたのは11年前の2015年だ。今季のセ・パ交流戦はセ・リーグが39勝、パ・リーグが65勝で上位3球団は西武、ソフトバンク、日本ハムとパ・リーグの3球団で、セ・リーグで交流戦を勝ち越した球団は巨人しかなかった。
夢舞台とはいえ、交流戦、近年のオールスターでやられっぱなしのセ・リーグ。今年は意地を見せたいところだ。
2026年07月28日 13:35
プロ野球のオーナーと、日本プロ野球選手会の会談が28日、都内ホテルで開催された。野球人口の著しい減少が進んでおり、プロ野球振興に向けて両者が手を取り合うべく、異例の対面会談で意見交換した。会談後には声明を発表。「日本の野球界のさらなる発展を目指して、プロ野球事業の拡大、野球界全体の裾野の拡大、そしてプロ野球選手の待遇のいっそうの向上を図るため、連携と協力を深めていくことを相互に確認しました」とした。
選手会はその後、近藤健介会長の会長談話を発表。「この20年、各球団の経営努力によって、日本のプロ野球は発展してまいりました。それでも今年のWBCで、メジャーの選手たちと言葉を交わす中で、私自身、その差を痛感しました。最近ではドラフトで指名された選手が、メジャーを選択するケースも出てきています。こうした差は、選手の力だけの問題ではありません。球界として、何を、どう決めていくのか。意思決定のあり方そのものを変えなければならない。私はそう強く感じています。本日はその危機感を、率直にお伝えいたしました」とし、オーナー会議を代表し、巨人の山口オーナーから「今後も、年に一度はこうした対話の場を設けること」「球界全体の意思決定を迅速化していくこと」の2点について話があったとし、「そこに、日本の野球界を本気で良くしたいという思いを感じました。選手会として前向きに受け止め、共同声明の発出に至りました。とりわけ意思決定の迅速化については、必ず実現していただきたいと、強く期待しております」と説明。「本日、私たちは一歩を踏み出しました。いつの日か、この日が、日本プロ野球の大きな転換点だったと言われるよう、私が会長を務める間に、少しでも前へ進めたい。その責任を果たしてまいります」と結んだ。
選手会の臨時大会に集結した30人を超える選手と、12球団のオーナーならびにオーナー代行らが顔を合わせての会談がスタートした。
現在の野球を取り巻く環境は厳しく、野球競技者人口の減少や中学の部活の地域移行といった問題の顕在化。16日のオーナー会議では次世代の野球振興の財源確保のために「スポーツ振興くじ」導入を検討することを決定しており、オーナー側から選手会へ理解と協力を求めたものとみられる。
オーナー側はオーナー会議の議長を務めるDeNAの南場智子氏をはじめ、巨人・山口寿一氏、阪神・秦雅夫氏、広島・松田元氏、日本ハム・井川伸久氏、ロッテ・重光昭夫氏、オリックス・井上亮氏らが出席。選手会からは近藤健介会長、源田壮亮、松本剛両副会長、12球団の選手会長および役員選手計30人が出席した。
2026年07月28日 13:15
「マイナビオールスターゲーム2026」が28日に東京ドーム、29日に富山で開催される。
2026年07月28日 12:56
「高校野球大阪大会・決勝、履正社16−2箕面学園」(28日、大阪シティ信用金庫スタジアム)
履正社の4番・辻竜乃介主将(3年)の父、西武の辻竜太郎2軍野手チーフコーチ(50)がスタンドに応援に駆けつけた。オールスターゲーム期間のタイミングで、今年初観戦がかなった。
自身は箕面市出身ということもあり、「複雑ですけれども」と笑いながら、「巡り合わせがすごく良かったなと思って。来られるタイミングで本当に良かった」と息子の勇姿を目に焼き付けた。
ここまでの6試合もチェックし、「映像を見てるだけでも、なかなか必死になって勝ち抜いてきたなと感じた」。普段は関東と関西で離れて暮らしているが、こまめに連絡を取り、エールを送ってきた。
「絶対に彼に野球を嫌になってほしくなくて。楽しくやらせたかった」と幼い頃から野球について怒ることはなるべくしなかったという。愛息の性格には「あまり焦らないタイプ。マイペース」と明かす。「キャプテンには向いていないかな」と思っていたといが、「『キャプテンやって違う世界が見えた』っていうことは言っていたので。ちょっと責任感が出てきたかな」と成長に目を細めた。
竜乃介主将は、履正社入学後、母と二人三脚で食トレに励み、体作りをしてきたという。試合前には竜太郎2軍野手チーフコーチから「お母ちゃんのために頑張れ。あとは応援してくれてる人のためにも。感謝の気持ちを最後伝えろ」と背中を押したという。自身も松商学園で2年夏に甲子園出場経験がある。親子での甲子園出場をかなえた。
試合後は「息子だけじゃなく全員で力を合わせていいプレーをしたと思う。みんなを甲子園につれて行ってくれたというのが恩返し。履正社で3年間一生懸命やっていたのが報われたなと。自分は1、2年生で甲子園に行ったので、3年生の最後で行けるのはすごくいいなと。(甲子園でも)優勝しないといけないですね。そういう気持ちでみんなと楽しんで甲子園で大暴れしてほしいです」と、目を細めていた。
2026年07月28日 12:52
「高校野球大阪大会・決勝、履正社16−2箕面学園」(28日、大阪シティ信用金庫スタジアム)
履正社が24安打16得点の猛攻で2023年以来、3年ぶり6度目の夏の甲子園出場を決めた。箕面学園は春夏通じ初の甲子園出場とはならなかった。履正社の多田晃監督(48)と箕面学園の山田文博監督(44)はともに履正社出身。山田監督は在校時に多田監督に指導を受けたこともあり、“師弟対決”だった。
履正社は三回に四球、安打、失策で無死満塁となると、小杉悠人内野手(3年)の適時打で2点を先制。続く4番の辻竜乃介主将(3年)の犠飛、暴投でこの回4点を挙げた。四回は小杉と辻の適時打などでさらに3点を追加。五回もさらに4点を追加した。以降も毎回得点を積み重ねた。
先発のエース・木村颯投手(3年)は初回に2死一、三塁のピンチを背負うも、無失点に。六6回5安打2失点で降板し、以降は継投で勝利をつかんだ。
2026年07月28日 12:48
「高校野球広島大会・決勝、福山4−3広島商」(28日、マツダスタジアム)
公立校対決となった決勝は市立校の福山が、名門・広島商を逆転で下し、1975年の創部以来、悲願の初優勝を手にした。夏の過去最高成績は16強だった福山は、監督として西条農と総合技術で計3度、甲子園に出場経験がある小田浩監督が4月に就任。短期間で選手の特長を把握するなど、チーム作りを進めてきた。
−今どんな気持ちか。
「福山高校関係者のみなさん、並びに福山市民のみなさん、おめでとうございます」
−「福山市を驚かせたい」、そういう風に話されていた中での今大会、この景色も含めて今どんな風に見えてますか。
「一番驚いているのは私です」
−今日も試合後半の逆転、試合の流れを含めてベンチでどう戦ってましたか。
「監督のミスがあったんで、しっかり生徒に謝って『なんとか勝ってください』と生徒に頼みました」
−今大会を通して、これで1イニングでの複数失点は、大会を通して1度もありませんでした。この試合運びというのはどういう風に見てましたか。
「もう本当、選手のおかげだという風に思ってます。選手の皆さん、ありがとう」
−今年4月に監督に就任されて、改めてどんなことを大切にここまで声をかけてこられました。
「この3年生、うちで言うと6年生(中高一貫のため)は、毎年監督が変わるという不遇の学年だったんですけども、選手にも保護者にも、学校関係者のみなさんにも、なんとか信頼していただける、そういう指導を心がけてやってきました。本当に『チーム福山』みなさんのおかげです。ありがとうございました」
−初めての夏の甲子園に学校として臨むことになります。甲子園に向けて、今の時点でどんな思いでいらっしゃるでしょうか。
「まったくもうノープラン。イメージも全然湧かなくて、何を施していいのか分かんないんですけども、渡辺キャプテンをはじめ選手の方から良い提案が上がってくると思いますので、渡辺キャプテンお願いします」
2026年07月28日 12:32
「高校野球広島大会・決勝、福山4−3広島商」(28日、マツダスタジアム)
福山が広島商を逆転で下し、1975年の創部以来、悲願の初優勝を手にした。
2026年07月28日 12:30
「高校野球広島大会・決勝、福山4−3広島商」(28日、マツダスタジアム)
公立校対決となった決勝は市立校の福山が、名門・広島商を逆転で下し、1975年の創部以来、悲願の初優勝を手にした。
三回までに2点を失うものの、追加点を与えずに反撃を待った。五回に1点を返すと、六回に松井湧心捕手(3年)の中前2点適時打で逆転に成功。七回にも福島悠杏内野手(3年)の左越え適時三塁打で加点した。
投げては、来山凌也投手(3年)と岩本大輝投手(2年)の2枚看板の継投で逃げ切った。
夏の過去最高成績は16強だった福山は、監督として西条農と総合技術で計3度、甲子園に出場経験がある小田浩監督が4月に就任。短期間で選手の特長を把握するなど、チーム作りを進めてきた。
試合後、小田監督は「一番驚いているのは私です。プラン通りの野球を選手はやってくれた。本当に選手のおかげ。選手の皆さんありがとう!(甲子園での戦いは)まったくノープラン、イメージも湧かなくて。選手からいい提案が出てくると思う」と、喜びを語った。
2026年07月28日 12:10
プロ野球のオーナーと、日本プロ野球選手会の会談が28日、都内ホテルで開催された。野球人口の著しい減少が進んでおり、プロ野球振興に向けて両者が手を取り合うべく、異例の対面会談で意見交換した。
選手会の臨時大会に集結した30人を超える選手と、12球団のオーナーならびにオーナー代行らが顔を合わせての会談がスタートした。
現在の野球を取り巻く環境は厳しく、野球競技者人口の減少や中学の部活の地域移行といった問題の顕在化。16日のオーナー会議では次世代の野球振興の財源確保のために「スポーツ振興くじ」導入を検討することを決定しており、オーナー側から選手会へ理解と強力を求めるものとみられる。
オーナー側はオーナー会議の議長を務めるDeNAの南場智子氏をはじめ、巨人・山口寿一氏、阪神・秦雅夫氏、広島・松田元氏、日本ハム・井川伸久氏、ロッテ・重光昭夫氏、オリックス・井上亮氏らが出席した。
2026年07月28日 11:57
岡本和真がメジャー初盗塁を記録
【MLB】Bジェイズ 3ー2 ナショナルズ(日本時間28日・ワシントンDC)
ブルージェイズの岡本和真内野手が27日(日本時間28日)、敵地でのナショナルズ戦に「6番・三塁」で先発出場。4回に安打を放つと、その直後に二盗を決めてメジャー初盗塁を記録した。カナダ放送局「スポーツネット」の放送席は、岡本が見せた走塁に驚くも「サプライズの要素。選手たちは気に入ったようです」と喜んだ。
4回1死で迎えた第2打席、岡本は初球のカーブを左前に運び、2試合ぶりに安打を記録した。2死となり8番ウリアスの場面で二塁にスタート。際どいタイミングとなったが、捕手の送球が高く逸れたこともあり初盗塁に成功した。
カナダ放送局「スポーツネット」で実況を務めたダン・シュルマン氏は「カズマ・オカモト! たった今、メジャー初盗塁を決めました」と興奮気味に伝えた。ただ、解説のジョー・シダル氏は、岡本が盗塁を仕掛けるイメージがなかったのか「ハッハッハ」と笑い、驚いた様子。中継カメラがブルージェイズベンチを映すと、実況は「サプライズの要素。選手たちはとても気に入ったようです」とチームメートの様子を伝えた。
続けてシュルマン氏は、岡本が巨人時代に記録した盗塁に言及。「彼の日本での盗塁数を見てみました。これが初めての盗塁ではありませんでした。日本での最多はシーズン3盗塁。23歳の時でした。彼は今30歳」と紹介した。「彼があんな風にベース上でクスクス笑う姿は見たことがありません。チームメートたちは(盗塁が)とても気に入ったようですね」と球場の雰囲気も付け加え、岡本の初盗塁を称えた。(Full-Count編集部)
2026年07月28日 11:53
「サントリードリームマッチ2026、ザ・プレミアム・モルツ球団−ドリーム・ヒーローズ」(27日、東京ドーム)
女優の上戸彩が始球式を務め、その可憐な姿が話題となった。
2026年07月28日 11:07
ベルーナドームで実証実験
西武は28日、管理運営する本拠地ベルーナドームで、株式会社ニフコが「熱中症対策システム」の実証実験を開始したと発表した。ベルーナドームではこれまでも環境測定が実施されてきたが、ニフコにより新たな測定センサーが設置される。
今シーズン開幕前には、球団がベルーナドームエリアの冷涼化対応として、ドーム前広場への大型パラソルとミストポールを設置するなど“暑さ対策”に取り組んできた。今回の「熱中症対策システム」も酷暑問題を解決するための施策となる。
ニフコはリリースを通して「ニフコは、ベルーナドームで働くスタッフや選手の健康・安全の確保に貢献することはもちろん、野球ファンの皆さまが安心して試合観戦を楽しんでいただける環境づくりを支えてまいります」とコメントを発表した。
ベルーナドームでは昨季、熱中症の症状で降板する選手が出たこともあり、酷暑問題は長年の課題となっている。(Full-Count編集部)
2026年07月28日 11:06
株式会社ニフコは28日、株式会社西武ライオンズが管理運営する「ベルーナドーム」(埼玉県所沢市)にて熱中症対策システムの実証実験を開始したと発表した。
ニフコは、西武の本拠地球場「ベルーナドーム」で、熱中症対策システム「NETSZERO™(ネツゼロ)」の本格導入に向けた実証実験を開始した。
ニフコの熱中症対策システム「NETSZERO™」は、省電力で無線通信を行う測定センサーを設置することにより、遠隔地のパソコンやスマホなどから設置場所の状況を確認することが可能。このシステムは、既に神奈川県横須賀市立学校70校に本格導入され、大田区や宮崎市など複数の自治体や学校法人の他、複数の企業でもトライアルを実施中であり、教育現場における子どもたちや様々な場所で働く人たちの健康・安全を守ることに貢献している。
今回実証実験を行うベルーナドームでは、これまでも環境測定が実施されていたが、新たに測定センサーをドーム内の様々なエリア計10カ所に取り付けることで、エリア別の温度、湿度、WBGT(換算)値を自動計測し、遠隔からの確認ができる。これを受け、管理者は状況に応じた迅速な熱中症予防策の実施や今後の計画に役立てることが可能だ。また、測定データは蓄積・グラフ化されますので、エリア別のリスク分析や空調管理計画の検討にも活用できる。
なお、このシステムは2026年7月からの実証実験を経て、2026年9月頃の本格導入を目指している。
▼ 熱中症対策システムの特長
・省電力で無線通信を行う測定センサーを使用するため、取り付け・取り外しが容易で大規模な配線工事が不要
・クラウドを通じたデータ集約により、インターネットにつながる環境があれば、現場に赴かなくても状況確認が可能
・エリア別の温度、湿度、WBGT(換算)値を見える化し、規定値を超えた際には管理者へアラート通知
・システムから過去の温度、湿度、WBGT(換算)値の測定データを出力可能
・システムから日々のチェックリストを自動作成し出力可能
・測定データは蓄積・グラフ化され、エリア別の熱中症リスク分析や、施設の空調管理の検討に活用可能
2026年07月28日 11:00
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。バットを極端に短く持ち、死球大歓迎の無鉄砲な男。現役引退後は実直な人柄と幅広い人脈を生かしたスカウトマンとして活躍した。そのイケさんが自ら仕えた6人の監督を偲び感謝の言葉を捧げるコラム。第5回は社会人教育にも熱心だった穴吹義雄さん。
◇ ◇
僕には「人生を支える5つの言葉」があるんです。それは野村克也さんの「短所欠点の矯正」「慢心せず、失望せず」と穴吹義雄さんの「俺の色に染まれ」「大きな声を出せ」「全力疾走」の5つ。
穴吹さんは僕が入団したころの2軍監督でその後、1軍監督になった。そういう意味では常に僕の横にいてくれた人でもあった。
ビックリしたのは入団に際して契約前にもかかわらず、わざわざ鹿児島まで足を運んでくれたことだった。同行したスカウト担当で当時60歳の石川正二さんが、九州からは柏原純一(八代東)や定岡智秋(鹿児島実)らが南海に入団しているし、育成じょうずな穴吹さんに預けているから、君も心配しないでいいと言ってくれてね。
そのとき穴吹さんは、自分で作った50〜60種類の走攻守のサインを記したノートを持参し、「これがプロや」ということを話してくれた。
また野球選手にとどまらず、社会人としてどうあるべきかということも教わった。まず最初に新入団の1年生全員を前にして「俺の色に染まれ」と宣言した。この先プロとしてやっていくために俺が指導し教育する。だから俺についてこいと。
凄い自信だった。一瞬で“親分が言うのだから間違いない”と思わせるリーダーシップに引き込まれた。
「大きな声を出せ」「全力疾走」は選手として当たり前ではあるが、しっかり挨拶をする、全力で仕事をするという姿勢にもつながる。いま僕は人材発掘などの仕事をしているが、学生や社員に対して常に自分のほうから大きな声で挨拶をするように心掛けている。もうすっかり身についてますね(笑い)。
社会教育という意味では、合宿所の“寮生”みんながハードケースに入った五輪の書や孫子の兵法などを買わされて、ミーティングの教材にしていたほど。先生役はもちろん穴吹さん。2時間の勉強会をサイダー1本で頑張ったね。
僕が1軍に初めて昇格したときは「男の身だしなみや」と男性化粧品セットをプレゼントされ、2軍から送り出してもらった。そういうものには全く興味がなかったが、お陰様でというか、大阪球場に近い百貨店の化粧品売り場で働いていた家内(和代)と知り合うきっかけにはなった。
当然ながらプロの練習も厳しくて、とことん鍛えてもらった。「心技体」ではなく「体心技」の順序を重んじた人だから半端ではなかった。午前は2軍で練習し、午後は1軍へ合流して打撃投手を務める。朝から夕暮れまで、ずっと練習していた。
ちなみに中モズでの練習上がりに用意された昼食は結構、粗末なものでしたね。インスタントラーメン1杯だから。そこに生たまごを乗せたらご馳走という感じだった。そしてシャーベット状になったサイダー。これで終わり。
あのメニュー、夏場は最高でしたよ。熱いし冷たいし。胃袋も鍛えられたかな。今ならノーグッドでしょう。
穴吹さんは自分の時間を選手のために割けることのできる人でもあったね。だれよりも朝早く2軍の中モズ球場(現大阪府堺市北区中百舌鳥町)へ来て、トラクターに乗ってグラウンド整備をする。選手が帰ったらまたトラクターに乗る。ライン引きや水まきは1年生の仕事だったから、穴吹さんのそういう姿を僕らはいつも見ていた。
中モズ魂とでも言うのかな。そこで経験した人たちは、その後もしたたかに生きているはずですよ。
投手として入団し、4年目にようやく1軍へ上げてもらった。そこで挫折し、2軍で鍛え直されてまた1軍へ。その間、ずっと2軍の再生工場で面倒を見てくれていた穴吹さんは、いわば僕のお師匠さん。
1977年10月6日の日本ハム戦。僕がプロ2勝目を完封で飾ったときの1軍監督は野村さんではなく、穴吹さんが代行していた。野村さんは途中退任していたから。ちょっと複雑な気持ちだったが、野村さんも穴吹さんも僕にとっては人生の原点を作ってくれた人。感謝しかない。
穴吹さんが1軍監督をしていたのは1983年から3シーズン。その間は遠征先に向かう飛行機の中、移動の新幹線やバスの中、宿泊先のホテルでも話し相手をすることがあった。そこでは本音トークで多くのことを学んだものです。
あれは結婚の報告で穴吹さん宅を訪問したときのことだった。通された部屋は本だらけで、あまりの多さに圧倒されてしまった。勉強家であり、その博識の高さにも。野球はもちろん多岐にわたる話を聞いたが、常在戦場もその一つで、「練習のための練習ではダメ、常に試合本番を意識した姿勢」というものを叩き込まれた。
野手転向後の僕がレギュラーとして起用されたのもこのころ。そのうちナイマンという外国人選手が入ってきて僕は一塁から三塁へ回ったり、また一塁を守ったり。正選手の期間は短かったが、少しでもお師匠さんを支えようと必死だった。
その後、巡り巡ってダイエーホークスの一員として再会することになるとは。そのときは立場が変わり、穴吹さんは編成部長だった。僕はスカウト担当デスク。これもまた縁というものなのでしょう。
◆池之上格(いけのうえ・とおる)1954年5月19日、鹿児島県垂水市生まれ。72年度のドラフトで右投げ右打ちの投手として南海に3位入団し80年に野手転向。87年に大洋へ移籍した。実働16年。投手時代は2勝0敗(1完封)。打者としては570試合で15本塁打、97打点、打率・269。83年はパ・リーグ最多の16死球を獲得している。