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2026年07月29日 11:00
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。バットを極端に短く持ち、死球大歓迎の特攻野郎。現役引退後は実直な人柄と幅広い人脈を生かしたスカウトマンとして活躍した。そのイケさんが自ら仕えた6人の監督を偲び感謝の言葉を捧げるコラム。第6回は横浜大洋ホエールズ時代の監督だった古葉竹識さん。 ◇ ◇ 僕は古葉さんが大洋の監督をしていたころ、2年間は選手、最後の1年はスコアラーとしてお世話になってるんです。1987年からの3年間、古葉さんが監督に就任してから辞めるまで、ずっと面倒をみてもらった。 古葉さんは僕が南海に入団したころの守備走塁コーチで、このときの縁が生きたんだと思う。南海を自由契約になったタイミングで古葉さんが大洋の監督になり、運良く拾ってもらえた。 沖縄宜野湾の大洋のキャンプ地で、自主トレ中の1月に形式的な入団テストがあった。合格は決まっていて普通にプレーするだけでよかったが、太くて重い1・1キロのバットをもって、カーブマシンのボールを全部セカンドの頭上目がけて弾き返した。監督、コーチ全員が見ている前で。 事情を知っている人は“そんなに頑張らんでもいい”という顔をしていたけど、自分なりに狙いや目的を示さないと、周囲を納得させられないと思って必死だった。 あらためて合格を伝えられたときは涙が出た。これからは監督のためにやると決めた。その先兵が自分だ。練習からいっさい手を抜かずに一生懸命にやると。 広島の監督を退任後、1年のブランクを置いて大洋の監督になった古葉さんに対し、既存のコーチは冷ややかな目で眺めている雰囲気があった。お手並み拝見みたいな感じで。広島から大勢のコーチ、関係者を引き連れて入団してきたから。 古葉さんは厳しさに欠けるチームに本来あるべき姿を教え、作り上げようとしていた。だから僕にきつく当たることもあった。 中日戦で送りバントを失敗し、ナゴヤ球場のベンチ裏でもの凄く怒られたことがあった。「お前が失敗してどうするんだ」と。ベンチまで距離が近いから全部聞こえるんですよ。選手たちに。そして次の日に2軍落ち。 そのときコーチの寺岡(孝)さんに「イケ、なんで落とされたか分かってるだろ」と言われた。すぐに理解できた。あれだけ一生懸命にやっている人間でも落とされるのだから、もっと必死にやれという選手全員へのメッセージだった。 1カ月後、再昇格する日に打撃コーチだった重松(省三)さんが「イケ、ありがとう。お前が来て練習量がいかに大事かということをコイツらに教えてくれて」と言って褒めてくれた。 正直、僕は野球がヘタだった。ヘタな人間は練習するしかない。それを実践したに過ぎなかったんだけどね。 その当時、強く印象に残っている言葉がある。間接的に耳にした中日・星野仙一監督の「池之上はどういうルートで大洋に入ったのか。俺はあいつが欲しかったんや」という話。 僕のプレースタイルは「当たってでも塁に出る」というもの。1983年はシーズン16死球でパの“死球王”になった。星野さんはそういう玉砕型の選手を好んでいたのかもしれない。 (池之上の通算死球は40個。通算打席が1094だから“死球率”としては高い。通算最多死球の清原和博は9428打席で196死球。率では池之上が上回る) 野手に転向したころ僕はバットを普通に長くもっていた。だが、ブレイザー監督時代のヘッドコーチだった与那嶺(要)さんからアドバイスを受け、1グリップ半ぐらい短くもって内野の間を抜く打撃を心掛けるようになった。 死球で出塁できるのなら儲けもの。バットに当たらないのなら体に当たってでも出る。それが自分の生きる道。そのうち当たる軌道が分かるようになった。怖くはない。青あざは男の勲章ぐらいにしか思わなかった。 ところで、古葉さんの「凡事徹底」という思考も勉強になった。(阪神の藤川)球児監督も大事にしている言葉ですね。 監督なのに常にベンチから1アウト、2アウトと声を掛けていたから「どうしていつもそれを言うのか」と聞いたことがある。そしたら「俺がベンチでできるのは危機管理。分かっていることでも信用せず、繰り返して言わないとダメだ」と真剣に話していた。 大洋で現役2年を終えて球団からスコアラーへの転出を言われたとき、東京の古葉さん宅にお邪魔して現役続行を訴えたこともあった。4、5時間にわたり思いのたけをぶつけた。自分の去就の相談をしたのはそのときが初めてだった。 当夜、自宅に戻った僕はある人の助言もあり、引退に踏み切った。「いつまでもユニホームを着ることはできない」と観念し、自分自身に決着をつけた。現役を退いたあとの背広組が一番強いという考え方もある。深夜だったが、古葉さんに電話を入れて「すべてお任せします」と伝えると、安心したような様子で16年間の現役生活を労ってくれた。 翌年、古葉さんも僕も大洋を離れることになった。家内が「古葉さんと一緒に辞められてよかったね」と言ったが、僕にとってもそれは本望だった。大洋で拾われ次へのスタートを切るきっかけも作ってもらったわけですからね。セ・リーグを知ることができたのは、その後の人生で大きなプラスになった。 あの日の帰り、古葉さんがゲタをカランコロン鳴らして僕を最寄り駅まで送ってくれたことを今でも思い出す。優しい人だったなぁ。 ◆池之上格(いけのうえ・とおる)1954年5月19日、鹿児島県垂水市生まれ。72年度のドラフトで右投げ右打ちの投手として南海に3位入団し80年に野手転向。87年に大洋へ移籍した。実働16年。投手時代は2勝0敗(1完封)。打者としては570試合で15本塁打、97打点、打率・269。83年はパ・リーグ最多の16死球を獲得している。
2026年07月29日 12:38
4回に中前へ技ありの適時打を放つも…
【MLB】ドジャース ー マリナーズ(日本時間29日・ロサンゼルス)
ドジャース・大谷翔平投手は28日(日本時間29日)、本拠地でのマリナーズ戦に「1番・指名打者」で先発出場した。4回の第3打席は技ありの一打で試合を振り出しに戻したが、本来は逆転できる可能性もあった。“なぜか”止まったカイル・タッカー外野手に疑問の声が寄せられている。
大谷は初回先頭の第1打席で、後半戦初アーチとなる23号先頭打者アーチを叩き込んだ。第2打席は申告敬遠で勝負を避けられ、3-4で迎えた1死満塁の好機で第3打席が回った。
2球で追い込まれたものの、外角のボールゾーンに逃げていくチェンジアップにうまく反応し、中前に同点打を放った。二塁走者のタッカーも本塁を狙うかと思われたが、三塁でストップした。後続が倒れ、ドジャースはこの回で逆転することはできなかった。
ドジャース専門メディア「Dodgers Digest」のチャド・モリヤマ氏が自身のX(旧ツイッター)で「満塁の場面でオオタニが流し打ちのシングルヒットを放ち同点に追いついたが、ディノ(サードコーチ)が本塁生還を指示していたにもかかわらず、タッカーは(三塁で)ストップしてしまった」と指摘したように、ディノ・イーベル三塁コーチは腕を回していたがタッカーは自分の判断で本塁を狙わなかったようだ。
地元メディア「ESPNロサンゼルス」などで執筆するエイドリアン・メディーナ氏は「オオタニが適時打を放って試合を同点に追いつかせたが、ディノ・イーベルがゴーサインを出したにもかかわらず、カイル・タッカーは三塁でストップした。デーブ・ロバーツ監督は不機嫌そうだった」と分析したように、惜しいチャンスを逃すことになった。(Full-Count編集部)
2026年07月29日 12:02
左太もも裏の肉離れで離脱中の巨人・戸郷翔征投手が29日、ジャイアンツ球場で傾斜でのキャッチボールとジョギングを再開。阪神と同率首位で折り返した前半戦に刺激を受け、後半戦終盤での復帰意欲も語った。
この日はキャッチボール、遠投と順調にリハビリを続け、足はそのままブルペンへ。傾斜を使った中、軽めのキャッチボールを再開させるなど、ここまで順調にリハビリを続けている。練習後には取材に対応。「すごく順調だけど、そういう時こそ落とし穴があるってみんな言うので。トレーナーさんとケンカしながらです」と笑顔でジョークも飛ばしながら、「前例のないことをやらなきゃね」と懸命にリハビリと向き合っている。
前半戦のラストカードとなった阪神との直接対決では2勝1敗と勝ち越し。「もう最後の本当に数試合でもチームに貢献できたらいいと思うし、本当にそこが1番。この前の甲子園でね、すごい粘りながらピッチャーも野手も含めてやっていましたし、そういうのっていうのはすごく刺激になっている。余計にちょっとリハビリにも熱が入りすぎて、やりすぎちゃいますけど」とはやる気持ちも抑えながら、前進していく。
2026年07月29日 11:55
● カージナルス 2−10 カブス ○
<現地時間7月28日 ブッシュ・スタジアム>
シカゴ・カブスが2連勝で同地区カード勝ち越し。鈴木誠也外野手(31)は「2番・右翼」でフル出場し、3安打2打点の活躍を収めた。
鈴木は初回の第1打席で先発右腕マグリービーから右前安打を放って攻撃の口火を切ると、4番アレックス・ブレグマンがエンタイトル二塁打で繋いで二死二、三塁。5番イアン・ハップが右越えの2点適時二塁打を運び、鈴木が先制のホームを踏んだ。
さらに、2回表には一死三塁の好機で第2打席を迎え、左翼線へ痛烈なライナーを飛ばして適時二塁打。3番マイケル・ブッシュも右前適時打で続くなど一挙5点を加え、試合の主導権を握った。
8回表、一死二塁と再び得点圏での第5打席も4番手右腕ストレゼッキーからダメ押しの中前適時打を記録し、現地9日のオリオールズ戦以来となる1試合3安打。前日に6試合連続打点が途切れたものの、直近8試合で計12打点を叩き出している。
この試合5打数3安打、2打点、2三振という内容で4試合連続安打、16試合連続出塁をマーク。今季成績は打率.272、18本塁打、60打点、OPS.838となった。
2026年07月29日 11:41
● ホワイトソックス 2−3 ヤンキース ○
<現地時間7月28日 レート・フィールド>
シカゴ・ホワイトソックスが東地区2位のニューヨーク・ヤンキースに2連敗。
2026年07月29日 11:39
巨人・若林楽人外野手(28)の西武へのトレードが合意したと29日、両球団が発表した。
若林は巨人を通じて「ジャイアンツでは優勝も経験できましたし、毎日が刺激的でした。支えていただいた大勢の方々に感謝しています。これからもジャイアンツを応援していますし、次に対戦できる日を楽しみにしています」とコメントした。
若林は駒大苫小牧−駒大から20年度ドラフト4位で西武入団。24年途中に西武から松原聖弥外野手とのトレードで巨人に移籍した。同年は巨人で27試合に出場。昨季は86試合に出場した。
2026年07月29日 11:35
球団発表…今季は21試合出場
西武は29日、巨人から若林楽人外野手をトレードで獲得したと発表した。若林は2024年6月まで西武に在籍しており、異例の“出戻り”となった。
若林は2020年ドラフト4位指名で西武に加入。1年目は左膝前十字靭帯の断裂で無念の離脱となったが、44試合で打率.278、2本塁打、20盗塁と活躍した。
2024年6月に松原聖弥外野手とのトレードで巨人に移籍。7月12日のDeNA戦では移籍後初のサヨナラ打を放った。西武でもサヨナラ打を記録しており、史上初となる同一シーズンでの両リーグサヨナラ打の快挙を達成した。
昨季は自己最多の86試合に出場し、打率.241、3本塁打をマークした。今季は21試合出場で打率.179。5月27日に出場選手登録を抹消されて以降は1軍での出場がなかった。(Full-Count編集部)
2026年07月29日 11:27
ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平投手(32)が現地時間28日、本拠地でのマリナーズ戦に「1番・指名打者」で先発出場。第1打席で23号本塁打を放った。
後半戦10試合目で待望の一発が飛び出した。先発右腕カスティーヨに対する初回の第1打席、カウント2-2から内角低めのスライダーを振り抜くと、打球速度109.1マイル(約175.6キロ)、飛距離423フィート(約129メートル)の大飛球が左中間スタンドに着弾。今季10本目となる先頭打者アーチで貴重な先制点を奪った。
大谷は現地12日、球宴前の最終戦だったダイヤモンドバックス戦で22号本塁打をマーク。同戦以来のホーム試合で自身45打席ぶりの本塁打を記録し、本拠地ファンを熱狂させた。
2026年07月29日 11:00
南海ホークスに池之上格というガッツマンがいた。
2026年07月29日 10:54
敵地でのナショナルズ戦に途中出場し5回に一発
【MLB】ナショナルズ ー Bジェイズ(日本時間29日・ワシントンD.C.)
ブルージェイズの岡本和真内野手が28日(日本時間29日)、敵地でのナショナルズ戦に途中出場すると、5回の第1打席で4試合ぶりとなる特大の今季24号を放った。低迷するチームの中で輝きを放つ姿にカナダファンは感涙している。
この日は休養日でスタメンを外れていたが、4回にブラディミール・ゲレーロJr.内野手に代わって守備から途中出場した。5回2死走者なしで迎えた最初の打席、相手右腕カバリがカウント1-2から投じた98.4マイル(約158.4キロ)のフォーシームを豪快に振り抜いた。打球速度103.3マイル(約166.2キロ)、飛距離415フィート(約126.5メートル)の一発が右中間に突き刺さった。
この一発で今季24号となり、2002年のエリック・ヒンスキー内野手に並ぶ球団ルーキーの最多本塁打記録となった。後半戦は7試合で無安打と不振が続いた時期もあったが、24日(同25日)のレッドソックス戦で23号を放って“大谷超え”を果たすと、復調の気配を漂わせている。
頼もしい大砲の活躍に、SNS上のファンも大興奮だった。「ヤツはアンビリーバブルな選手だ!」「私たちはオカモトを愛してる」「来てくれてありがとう!」「今季のチームにとって、まさに明るい希望の光だ」「カズがいなかったら本当に大変だった」「カズ!」といった声が寄せられていた。
昨季のア・リーグ王者、ブルージェイズはまさかの東地区最下位と低迷しているが、4年6000万ドル(約98億円)で加入した岡本が救世主となっている。(Full-Count編集部)
2026年07月29日 10:44
トロント・ブルージェイズの岡本和真内野手(30)が現地時間28日、敵地でのナショナルズ戦に4回裏の守備から途中出場。直後の第1打席で24号本塁打を放った。
岡本は5回表の第1打席、カウント1-2から先発右腕カバリが外角高めに投じた98.4マイル(約158.4キロ)のフォーシームを振り抜くと、打球速度103.3マイル(約166.2キロ)、飛距離415フィート(約126メートル)で中越えの24号ソロ。4試合ぶりの一発で4点差に縮めた。
岡本は現地24日のレッドソックス戦で23号本塁打を放ち、2018年の大谷翔平がマークした日本人ルーキーによる最多本塁打記録を更新。24本塁打は2002年のエリック・ヒンスキーに並び、ブルージェイズの新人最多タイ記録となった。
2026年07月29日 10:34
敵地でのナショナルズ戦
【MLB】ナショナルズ ー Bジェイズ(日本時間29日・ワシントンDC)
ブルージェイズ・岡本和真内野手は28日(日本時間29日)、敵地でのナショナルズ戦に途中出場。5回のこの日最初の打席で、センター右に4試合ぶりとなる今季24号を放った。自身が持つ日本人選手1年目の最多本塁打記録をさらに更新。豪快弾に敵地は騒然とした。
この日は休養日でスタメンを外れたものの、4回にブラディミール・ゲレーロJr.内野手に代わって守備から途中出場した。5回2死走者なしの場面で打席を迎えると、右腕ケイド・カバリがカウント1-2から投じた、98.4マイル(158.4キロ)のフォーシームを振り抜いた。
打球速度103.3マイル(約166.2キロ)、飛距離415フィート(約126.5メートル)、角度26度の一発をセンター右に叩き込んだ。これで今季24号とし、2002年のエリック・ヒンスキーに並ぶ球団ルーキーの最多本塁打記録となった。
岡本は後半戦7試合で22打数無安打と不振が続いたが、24日(同25日)のレッドソックス戦で23号3ランを放つなど2安打3打点の活躍。日本人選手の1年目の本塁打数は2018年に大谷が記録した22本で最多だったが、後半戦初アーチで“大谷超え”を果たした。
試合前時点で104試合に出場して打率.224、23本塁打、65打点、出塁率.304、OPS.745の成績を残しており、本塁打と打点はチームトップ。ア・リーグ東地区最下位と低迷するチームのなか、30歳の“ルーキー”が輝きを放っている。(Full-Count編集部)
2026年07月29日 09:53
“首の寝違え”で離脱したスミスの近況
ドジャースのウィル・スミス捕手が野球活動を再開したことが明らかになった。
2026年07月29日 09:24
エンリケ・ヘルナンデスが負傷者リストから復帰
ドジャースは28日、左脇腹を痛めて負傷者リスト(IL)入りしていたエンリケ・ヘルナンデス内野手をメジャー復帰させたと発表した。
5月末に左脇腹を痛めて離脱したキケの愛称で親しまれる34歳が勝負の夏に帰ってきた。マリナーズ戦前の練習後に報道陣の取材に対応。離脱直後の絶望感とそこからの過酷なリハビリを振り返りながら「またチームに戻ってこられて最高だ。グラウンドで何ができるか楽しみで仕方ない」と笑みを浮かべた。
一時は離脱の診断結果に暗雲が立ち込めたという。「グレード3(重度の肉離れ)と聞いた時は、正直言って今季が終わったと思った。手術が必要なんじゃないかとパニックになりかけた」と明かす。しかし、高気圧酸素カプセルでの治療や幹細胞注射など、復帰に向けたあらゆる治療を試み、「1日1日を愚直にこなすことだけに集中した」と徹底したケアを敢行。当初想定された3か月近い離脱期間を前倒しし、約2か月でのスピード復帰を果たした。
打撃練習やリハビリ実戦を順調にこなし、実戦感覚を取り戻した。「怪我を意識して加減するようなプレーは自分らしくない。全開でいくのが自分のスタイルだし、それ以外の動き方は知らないからね」と力強く宣言した。
内外野をこなすユーティリティ性とプレーオフで見せる勝負強さはチーム屈指。勝負の後半戦に向け、ドジャースに頼もしい男が帰ってきた。(小谷真弥 / Masaya Kotani)
2026年07月29日 09:03
球団発表
ドジャースは28日(日本時間29日)、エンリケ・ヘルナンデス内野手を負傷者リスト(IL)から復帰させたと発表した。代わってアレックス・フリーランド内野手が傘下3Aオクラホマシティに降格となった。
キケの愛称で親しまれるヘルナンデスは内外野を守れるユーティリティプレーヤーとして重宝され、プレーオフなどでの勝負強さにも定評がある。5月27日に左脇腹を痛めて戦線離脱していたものの、終盤戦に向けて層の厚い陣容を整える上で貴重な戦力復帰となる。今季は2試合出場で
一方、5月27日にメジャー昇格を果たしていたフリーランドは、層の厚い内野陣の影響もあり、再びマイナーで実戦経験を積むことになった。今季は72試合で打率.231、3本塁打、19打点。(Full-Count編集部)
2026年07月29日 08:11
ロバーツ監督が説明
【MLB】ドジャース ー マリナーズ(日本時間29日・ロサンゼルス)
ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は28日(日本時間29日)、投手での復帰を目指す大谷翔平投手について言及。まだまだ時間がかかるとの見解を示した。
大谷は25日(同26日)にブルペン入りすることが決まっていたが、急きょ回避した。指揮官は「彼自身が100%の確信を持てるまで、そして我々も100%確信できるまでは先に進まない」とその理由を説明した。
大谷が最後にブルペン入りしたのが22日(同23日)。2週間ぶりに力強く投げ込む姿を見せ、スイーパーなど31球を投げ込んだ。しかし以降は登板せず、一方で打者としての出場は続けている。
この日報道陣の取材に応じたロバーツ監督は「まだきょうトーマス(・アルバート・トレーナー主任)に確認していない。いつ彼が投げるのか、或いは投球を計画しているのかわからない。言うまでもなく、いつブルペンに入るのかわからない」と話した。
一方で大谷の状態については「全体的に彼(の身体の調子は)いい。日曜日(日本時間3日)は疲れていたと思う。(チーム)全員そうだったと思う。リフレッシュしてここに戻ってきたことを願っている。選手たちは遠征を(終えて)限界を突破していたと思う」とし、東海岸遠征を終えて本拠地に戻り復調することに期待した。
球界最大のスターにしてドジャースにとってもキーマンでもある。当然、起用は慎重になる。打者としては出場できているが、なぜ投手としては難しいのか。指揮官は「(専門家ではないので)詳細に話すことはできない」としつつも「私が知っていることは、(投球時)着地する時に、少し違和感を感じているということ。投球時に身体を回転させるからね。そんな感じ。でも、どう感じているかは詳細にはわからない」と話した。(Full-Count編集部)