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2026年08月06日 05:00
プロレス界のレジェンドで元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが4日、85歳で死去しマット界には悲しみが広がっている。弟・テリーさん(故人)との伝説のタッグ「ザ・ファンクス」として1970〜80年代に大旋風を巻き起こしたレジェンドは、日本のプロレス界とファンの心に何を残したのか。当時を知る全日本プロレスの名誉レフェリー・和田京平氏(71)が胸の内を明かした。 取材に応じた和田氏は訃報に際し「寂しいのは寂しいけど、いずれこうなるのは仕方のないことだよ」とポツリ。父、ドリー・ファンク・シニアさん、弟のテリーさんに続く別れに「全日本の宝のファンクスファミリーがみんないなくなっちゃったよね…」と胸の内を明かした。 一世を風靡した「ザ・ファンクス」の活躍を眼前で見てきた和田氏は「テリーのプロレスとドリーのプロレスは全く真逆なんだよ。だから面白かった。テリーが攻めて、ドリーが守る。そういった面でいくと、テクニシャンだったのはドリーだったね」と振り返る。裁いた中で最も印象深い試合として、1975年12月のホースト・ホフマン戦を挙げた上で「今はドリーみたいなプロレスをするレスラーっていなくなっちゃったよね。最後の砦が亡くなって寂しさはあるけど、試合を裁けたのはレフェリー・和田京平として名誉だったね」と胸を張った。 リングでは無類の強さを誇る一方、性格は「日本人より日本人らしい」と形容するほど穏やかだった。「どっちかっていうとリングの外のドリーの方が意外に好きだったかな。あっけらかんというか、のほほんとしてて…」と思いをはせる。「入場もゆっくり来るもんだから、リングに着くまでに入場曲の『スピニング・トー・ホールド』が2周しちゃう。今は黒潮(TOKYOジャパン)が入場曲を長くかけて入ってくるけど、そのはしりだったね」と笑った。 さらには巡業先でも、その性格はいかんなく発揮され「ホテルをチェックアウトしてバスが出るまでに、最後に出てくるのはドリー」とらしいエピソードを披露。さらには荷物も若手に任せて出てきてしまうため「1回や2回じゃないから(ジャイアント)馬場さんはよく怒ってたよ。ドリーはいつまでも朝ご飯を食べてる。和食が好きで納豆とみそ汁が大好物だったね」と懐かしんだ。 どれほど時代を彩ったスターも、いつかは別れの時が来る。「PWFの会長もやってくれていたし、お疲れさまだね。空の向こうで馬場さんとまた戦ってほしいなと思いますよ。テリーもいる、ジャンボ(鶴田)もいる。あっちの世界でもプロレスを続けていてほしいね」と惜別のメッセージを送っていた。
2026年08月06日 05:00
プロレス界のレジェンドで元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが4日、85歳で死去しマット界には悲しみが広がっている。弟・テリーさん(故人)との伝説のタッグ「ザ・ファンクス」として1970〜80年代に大旋風を巻き起こしたレジェンドは、日本のプロレス界とファンの心に何を残したのか。当時を知る全日本プロレスの名誉レフェリー・和田京平氏(71)が胸の内を明かした。
取材に応じた和田氏は訃報に際し「寂しいのは寂しいけど、いずれこうなるのは仕方のないことだよ」とポツリ。父、ドリー・ファンク・シニアさん、弟のテリーさんに続く別れに「全日本の宝のファンクスファミリーがみんないなくなっちゃったよね…」と胸の内を明かした。
一世を風靡した「ザ・ファンクス」の活躍を眼前で見てきた和田氏は「テリーのプロレスとドリーのプロレスは全く真逆なんだよ。だから面白かった。テリーが攻めて、ドリーが守る。そういった面でいくと、テクニシャンだったのはドリーだったね」と振り返る。裁いた中で最も印象深い試合として、1975年12月のホースト・ホフマン戦を挙げた上で「今はドリーみたいなプロレスをするレスラーっていなくなっちゃったよね。最後の砦が亡くなって寂しさはあるけど、試合を裁けたのはレフェリー・和田京平として名誉だったね」と胸を張った。
リングでは無類の強さを誇る一方、性格は「日本人より日本人らしい」と形容するほど穏やかだった。「どっちかっていうとリングの外のドリーの方が意外に好きだったかな。あっけらかんというか、のほほんとしてて…」と思いをはせる。「入場もゆっくり来るもんだから、リングに着くまでに入場曲の『スピニング・トー・ホールド』が2周しちゃう。今は黒潮(TOKYOジャパン)が入場曲を長くかけて入ってくるけど、そのはしりだったね」と笑った。
さらには巡業先でも、その性格はいかんなく発揮され「ホテルをチェックアウトしてバスが出るまでに、最後に出てくるのはドリー」とらしいエピソードを披露。さらには荷物も若手に任せて出てきてしまうため「1回や2回じゃないから(ジャイアント)馬場さんはよく怒ってたよ。ドリーはいつまでも朝ご飯を食べてる。和食が好きで納豆とみそ汁が大好物だったね」と懐かしんだ。
どれほど時代を彩ったスターも、いつかは別れの時が来る。「PWFの会長もやってくれていたし、お疲れさまだね。空の向こうで馬場さんとまた戦ってほしいなと思いますよ。テリーもいる、ジャンボ(鶴田)もいる。あっちの世界でもプロレスを続けていてほしいね」と惜別のメッセージを送っていた。
2026年08月05日 22:37
DDT5日の新宿大会でKO―D無差別級王者の上野勇希(30)と次期挑戦者のMAO(29)が最後の前哨戦を行った。
上野は11日両国大会でのV9戦でMAOと雌雄を決する。この日は正田壮史、高鹿佑也、佐藤大地、To―yと組んで、「ストレンジ・ラブ・コネクション(SLC)」のMAO、KANON、飯野雄貴、納谷幸男、ビエント・レバンテ組と激突した。
両軍リングに入り乱れる試合は大混戦に。上野はMAOと場外戦でも激しく気持ちをぶつけあった。互いの敵軍に向けて上野がトペ・コンヒーロを、MAOがケブラーダを同時に発射した。
リング上で一騎打ち状態になると上野がシャイニングウィザード、カナディアンデストロイヤーと攻め立てる。MAOも2度目のシャイニングウィザードをキャッチすると垂直落下式ブレーンバスターで返し譲らなかった。
一進一退の攻防の中、孤立したTo―yがMAOとビエントから合体攻撃を狙われる。しかし上野がカットしている隙にTo―yがビエントを丸め込んで3カウント。上野のチームが勝利し、試合は幕を閉じた。
これでビエントの持つ「いつでもどこでも挑戦権」がTo―yに移動。試合後マイクを握ると「欲しかった奴手に入れた。取れちゃったよ。なにこの状況…」と気まずそうにしていた。
上野は「まあできれば(使うのは)両国のもうちょっと先とかにしてくれ」と要請。その上で「両国のメインイベントでMAOとやるのを今何よりも人生の楽しみにしている。MAO改めて言うよもっとくれよ」と投げかけた。一方のMAOも「俺は強いぞ、痛いぞ」と臨戦態勢。決戦まで待ったなしだ。
2026年08月05日 21:20
プロレス界のレジェンドで元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんが死去した。85歳。WWEが4日(日本時間5日)に発表した。ドリーさんはプロレスコーチとしても優秀で、日本、米国を問わず教え子らが哀悼の意をささげている。
リング内で偉大な功績を残した一方、プロレス指導者としては弟のテリー・ファンクさん、テッド・デビアス、スタン・ハンセン、タリー・ブランチャード、ボビー・ダンカン、ブレッド・ハートらに加え、日本のジャンボ鶴田、天龍源一郎ら後のレジェンドも育て上げた。
鉄人小橋建太は自身のXを更新し、全日本プロレスでの若手時代、試合前にドリーさんから指導を受けていたと回想。「いつも朗らかで優しかった」と記した。師匠のジャイアント馬場さんからはドリーさんの元での武者修行を提示されたこともあったとし、「強烈なエルボースマッシュ、スピニングトーホルドを忘れない!!」などと記し、追悼した。
またドリーさんは90年代後半、フロリダ州オカラに、「ファンキング道場」という名のプロレススクールを解説。同スクールはプロレス団体へと発展し、現在まで続いているが、多くのスター選手を輩出した。
ファンキング道場の初代卒業生だったAEWのアダム・コープランド(元WWEエッジ)は、自身のインスタグラムに「ドリー・ファンク・ジュニアは俺の人生を変えてくれた」などと投稿。「ドリーの指導のおがけで準備が整った。俺は初代のファンキング道場卒業生であることを誇りに思う。ドリーは口でも行動でも示した。無駄なくすべてが一流、穏やかでタフな人だった」と、師匠の死をいたんだ。
元WWEで現TNAのマット・ハーディーは自身のXに「彼はWWEでの俺たちの始まりに大きな役割を果たしてくれた。98年に彼がWWEの道場システムを率いていた時、彼からかえがえのない教訓を学んだ。ドリーは非常に辛抱強く、情熱的な指導者であり、さらには優しい人だった」などと、亡き師をなつかしんだ。
米国・WWEのコメンテーターで元WWE王者のビッグEは、「15年以上前にFCW(かつてのWWE育成機関)でドリー・ファンクに訓練を受けた時間は光栄だった。彼の優しさと忍耐は、いつもいとおしく思い出す」と投稿。ドリーさんはコーチとしても、プロレス界の発展に寄与したことは間違いない。
2026年08月05日 20:25
DDT5日の新宿大会で行われた今林久弥GM(53)と東京女子プロレスの甲田哲也代表(55)のアイアンマンヘビービーメタル級王座をめぐるいさかいは、すったもんだの末にイルシオンがベルトをかすめ取って決着した。
2026年08月05日 19:15
元プロレスラーで米WWE殿堂入りの武藤敬司(63)が5日、85歳で亡くなったテキサスの若馬ことドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
ドリーさんは、弟のテリーさん(故人)と「ザ・ファンクス」で絶大な人気を誇った。武藤の化身「グレート・ムタ」が米国で大ブレークしていた1989年から90年にかけて、WCWでテリーさんとタッグを組み、兄のドリーさんとも親交があった。武藤は本紙の取材に対し「すごく温厚で、俺からしてみたらすごくいいおじさんだよ」と天を仰いだ。
2009年には兄弟そろってWWE殿堂入り。武藤は昨年4月にラスベガスで行われた「レッスルマニア41」を現地で観戦した際に、VIPルームでドリーさん一家と再会。たわいのない話をしたといい「奥さまとべったりだったから、奥さまが一番ガッカリしていると思う」と気遣った。
ドリーさんは、引退後にフロリダでレスリングスクールを設立。武藤がWRESTLE―1の社長を務めていた15年に、道場を訪れた様子が日本テレビ系「アナザースカイ」で放送された。「いい子がいたら、日本に引っ張って行こうぐらいの感覚だったよ」と振り返る。
ドリーさんは、昨年2月に食道がんのため亡くなった元プロレスラーで文京区議の西村修さんを、愛弟子として育て上げた。武藤は「(ドリーさんが)日本に来た時も、付け人のように世話したのは西村だったから。西村がドリーさんを待ってるからね。案内してくれると思う」と哀悼の意を表した。
レジェンドの訃報に、プロレス界が悲しみで包まれている。
2026年08月05日 17:13
LLPW―Xのミスター女子プロレス神取忍が5日、11月2日にKanadevia Hall(旧 東京ドームシティホール)で40周年記念大会を開催することを発表した。
神取は柔道の世界選手権銅メダリストという肩書を引っ提げ、1986年8月17日、ジャパン女子プロレスの旗揚げ戦でデビュー。以降、ジャッキー佐藤さんや北斗晶らを相手に数々の伝説的な戦いを繰り広げ、トップ選手の地位を築いた。40年たった今も第一線でリングに上がり続けている。大会のサブタイトルには「〜40年の挑戦!折れない心で!伝統は未来へ!〜」が付けられている。
神取は「今年、プロレス人生40周年という大きな節目を迎えることができました。40年という時間は決して簡単な道のりではありませんでした。数え切れないほどの試練や怪我、苦しい時期もありましたが、そのたびにリングへ戻り、闘い続けてきました」と思いを語る。
「40周年記念大会は、これまで支えてくださったファンの皆様、スポンサーの皆様、関係者の皆様への感謝をお伝えする大会であると同時に、女子プロレスの未来へバトンをつなぐ大会にしたいと思っています。リングに上がる以上、40周年だからといって思い出を語るつもりはありません。年齢は、挑戦を諦める理由にはなりません。何歳になっても、自分を信じて一歩前へ踏み出してほしい。挑戦する気持ちさえあれば、人はいつからでも変われます。私自身が、その姿をリングで証明したいと思っています。11月2日、Kanadevia Hallで皆さんと新たな伝説を創り上げたいと思います」と意欲を語った。
注目の大会となりそうだ。
2026年08月05日 16:22
全日本プロレス夏の祭典「ゼンニチJr.フェスティバル 2026」の記者会見が5日都内で行われ、前年度覇者の青柳亮生(26)が欠場することが発表された。
Bブロックから出場する予定だった亮生は2日の立川大会で左ヒザ前十字靭帯を損傷。リーグ戦全戦を含め当面の試合を欠場することとなった。ともにアジアタッグ王座を保持するパートナーのライジングHAYATOからは「復帰の時期も未定だから、このアジアタッグを返上させてもらうよ」とベルト返上が告げられた。
その上でHAYATOは「亮生がやりたかったことをかなえてあげるのが今の俺にできること。大森北斗、絶対に決勝に上がって来い。そこで潰す」と開幕前から亮生と舌戦を繰り広げていた北斗に照準を定めた。
代替選手としてはドラゴンゲートの望月成晃の出場が決定。マイクを握ると「青柳亮生選手の代打ということで今回出させていただきます。この話を聞いたときに非常に驚きと興奮を覚えました。ほとんどがこのブロック、約1名(土井成樹)を除いて初対戦の人たちばかり。元気のあるところを見せて、ここに元気な50代がいるというところを見せたいと思います」と意気込んでいた。
一方、現世界ジュニア王者の田村男児は昨年覇者の不在に「ケガはハイフライヤーの宿命じゃないけど、しょうがないもの」と見解を示す。「(欠場が)どのぐらいになるのかわからないけどしっかり休んでもらってまたジュニア戦線を一緒に戦っていきたい」とメッセージを送っていた。
2026年08月05日 15:40
全日本プロレスは、日本時間8月5日に85歳で亡くなったドリー・ファンク・ジュニアさんへの追悼文をホームページに掲載した。
2026年08月05日 15:09
新日本プロレスは5日、85歳で亡くなったプロレス界の大レジェンド、ドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
新日本は公式ホームページで「日本時間8月5日、元NWA世界ヘビー級王者であり、日本のプロレス界にも絶大な影響を与え、『グレート・テキサン』と呼ばれたレジェンド、ドリー・ファンク・ジュニアさんが逝去されたことがWWEより発表された。享年85歳」と伝えた。
さらに「ドリーさんは、父ドリー・ファンク・シニアのもとで英才教育を受け、1963年にプロレスデビュー。1969年にジン・キニスキーを破り第46代NWA世界ヘビー級王座を獲得すると、以後約4年3か月にわたり王座を防衛し続けた。日本においては、1969年の日本プロレス初来日時にジャイアント馬場、さらに新日本プロレス創業者であるアントニオ猪木とも歴史的な名勝負を展開。その後は全日本プロレスを主戦場とし、弟テリー・ファンクとのタッグチーム“ザ・ファンクス”で、日本のプロレスブームを牽引。看板外国人スターとして絶大な人気を誇った」とドリーさんの輝かしい功績を紹介した。
続けて「新日本プロレスのリングとは長らく縁がなかったものの、2001年10月に初参戦をはたす。10.8東京ドーム大会ではザ・ファンクスを結成し、藤波辰爾&ボブ・バックランド組との夢の対決を実現させた。2009年には兄弟揃ってWWE殿堂入りをはたしている」と新日本での活躍も記した。
その上で「謹んで、ドリー・ファンク・ジュニアさんのご冥福をお祈りいたします」と追悼した。
2026年08月05日 13:57
全日本プロレスは5日、公式サイトなどで85歳で亡くなった日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
ドリーさんはジャイアント馬場さんが団体を旗揚げした1972年10月からレスラーとして外国人レスラーを招聘(しょうへい)するブッカーとしてリング内外で王道マットの発展に貢献してきた。
2013年からはPWF会長に就任し今年で旗揚げ54年を迎える団体を支えてきた。
全日本は「四代目PWF会長ドリー・ファンク・ジュニアさんが日本時間2026年8月5日、85歳でご逝去されました。ドリー・ファンク・ジュニアさんの訃報に接し、全日本プロレス所属選手・スタッフ一同、哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈りいたします」と追悼した。
2026年08月05日 13:35
新日本プロレスは5日、公式サイトなどで85歳で亡くなった日米のプロレス界でトップレスラーとして活躍した元NWA世界ヘビー級王者のドリー・ファンク・ジュニアさんを追悼した。
新日本プロレスはドリーさんの功績とプロレス人生を紹介。そして「新日本プロレスのリングとは長らく縁がなかったものの、2001年10月に初参戦をはたす。10.8東京ドーム大会ではザ・ファンクスを結成し、藤波辰爾&ボブ・バックランド組との夢の対決を実現させた。2009年には兄弟揃ってWWE殿堂入りをはたしている」と伝え「謹んで、ドリー・ファンク・ジュニアさんのご冥福をお祈りいたします」としのんだ。
2026年08月05日 13:27
◆全日本プロレス「全日本プロレス祭り2026」(2日、東京・ドーム立川立飛)観衆880人(札止め)
全日本プロレスは2日、東京・立川市のドーム立川立飛で「全日本プロレス祭り2026」を開催した。
2026年08月05日 13:03
プロレス界の“レジェンド”藤波辰爾が6日から新宿区の「アートコンプレックスセンター/ACT5」でCOUNT2.9presents 人間・藤波辰爾展」を開催する。
展覧会は、今年デビュー55周年を迎えた藤波のプロレスラーとしてだけではなく、夫、父、そして1人の人間としての藤波辰爾の人生。生い立ちや家族、あまり語られてこなかったプライベートの「藤波辰巳」をデビュー55周年特別企画展で紐解く内容で秘蔵写真、ガウンを公開、あの『伝説の曲』で使用された幻の衣装を初公開する。
期間中の8日には午後1時から藤波が来場者の前でライブで書道作品を書き上げる特別イベント「藤波辰爾席上揮毫イベント」を開催する。
藤波はスポーツ報知の取材にファンに揮毫(きごう)する姿を初めて公開することに「デビュー55年でいろんなことに挑戦したいと思って、トライしてみようとなりました」と明かした。
書き上げる文字は師匠のアントニオ猪木さんの座右の銘「闘魂」になる。「猪木さんに天から『バカヤロー!』って言われるかもしれませんが、気持ちを込めて書こうと思います」と意気込みを披露。書道は、娘の美有さんが学校で書道を学び始めたころに「自宅に先生を招いて娘と一緒に教えてもらってね。その時から学んでいる」と明かす。筆をしたためると「気持ちが自然と無になる。ただ、うまく書こうと思えば、そうならないし、何かいら立つことがあると、そのままの気持ちが字に表れる。いかに気持ちを無にするかが本当に難しい」と精神修養の一貫となっていることを強調しイベントは「すべてを無にして筆に集中したい」と見据えた。
「揮毫イベント」の8・8は、1988年に横浜文田体育館で猪木さんと60分フルタイムを闘った大切な日になる。立会人として猪木元気工場代表取締役社長で猪木さんの実弟である猪木啓介氏が来場。イベント後には、藤波と啓介氏による作品認定式&スペシャルトークショー、藤波とタレントのユリオカ超特Qのトークショー、藤波との書道作品の前での2ショット撮影会も行われる。
また、今回のイベントで揮毫した作品をチャリティーオークションすることが決定。収益の一部は、「子どもの貧困」の本質的解決に取り組む「特定非営利活動法人 Learning for All 」へと寄付する。さらに「令和8年熊本地震」へもチャリティーオークションの収益の一部を義援金として寄付する。
熊本には何度も試合を行い思い入れの深い場所だけに藤波は「熊本のためにできる限りのことをやっていきたい。そして、また試合ができる状況になれば熊本で試合をしてみなさんに勇気と元気を届けたいです」と思いを寄せていた。
(福留 崇広)
2026年08月05日 13:00
全日本プロレスの安齊勇馬(27)が4日、初の冠番組収録に挑んだ。
安齊が出演したのは「GAORA SPORTS」で8月14日に放送・配信される「安齊勇馬の#ハジメテタッグ」。第1弾の今回は、初対面となるダンス&ボーカルグループ「BALLISTIK BOYZ from EXILE TRIBE」の松井利樹(26)とともに、ショッピングやタフティング(手芸の一種)を行い、交流を深める内容だ。
人見知りという共通点を持つ2人だが「すごくよそよそしい感じから始まって。古着屋で服を選ぶ時も『サイズはいくつですか…?』みたいな。けど、後半は気を使わず話せるようになりました」(安齊)、「(安齊と)同じくらい人見知りなので、逆にやりやすかったです」(松井)とすっかり打ち解けたという。
プロレス観戦経験がある松井は「試合に行きたい気持ちが高まりました。最前列でタオル持って行っちゃいたい」と安齊推しを宣言した。安齊も「俺もコンサート行かなくちゃ」と口にすると「背デカいから一番後ろで」と冗談を飛ばしていた。
収録を終えた感想を、安齊は「プロレスは閉鎖されている部分があるので、他の職業の方と触れ合うことがほぼない。こういうきっかけは、自分にとってとてもいい経験になりました」と笑顔を見せた。
9月には第2弾の放送も決定している。次回のゲストの希望を「プロレスから遠ければ遠いほどうれしい。例えば文化系の方とか。考え方も変わって、生きてきた世界も違うって勉強になると思うので」と、新たな分野とのつながりに意欲を見せていた。
2026年08月05日 12:25
◆全日本プロレス「全日本プロレス祭り2026」(2日、東京・ドーム立川立飛)観衆880人(札止め)
全日本プロレスは2日、東京・立川市のドーム立川立飛で「全日本プロレス祭り2026」を開催した。
前売券が全席完売となった大会。セミファイナルのタッグマッチで三冠ヘビー級王者の宮原健斗が8・29大田区大会で挑戦を受ける安齊勇馬と初の前哨戦で激突した。
試合は、場外戦で両者が激しくぶつかり火花を散らせた。リング上で宮原がドロップキックを放てば安齊勇馬もダブルアーム・スープレックスで応戦し両者が一歩も引かない展開となった。
安齊が宮原にジャンピング・ニーを叩き込むと、ヒザをついた王者へランニング・ニーをあごにたたき込みリング下へ転落させた。試合は宮原のパートナーの本田竜輝が綾部蓮を飛行機投げ固めでフォールしたが、アゴを粉砕されるなど安齊が宮原を制圧した前哨戦第1ラウンドだった。
バックステージで安齊はは「宮原健斗、前哨戦が始まったな。アナタもいま感じてるだろ、俺の勢いを。俺はこのまま、この勢い留まることを知らず、宮原健斗を食うぞ。全日本プロレスファン、日本のプロレスファン、全員俺だけ見とけ」と誇ったが、宮原はアゴを冷やしながら現れ「なんだあれ、最後は? ジャンピング・ニーってやつ? ランニング・ニー? アイツの得意技か。アゴが、アゴが…」とうめきながらダメージを負ったこと明かすと「次にオマエと向き合う舞台は8・9東京・後楽園ホールだ。おい、安齊勇馬。アゴ、やり返すぞ。オマエのアゴにヒザをぶち込んでやるよ」と宣言。8・9後楽園ホールは、8・22熊本大会が中止となったことを受け当初の8人タッグマッチからタッグマッチに変更となったが「次の8・9の対戦カード、俺のパートナーは誰だ? 諏訪魔!?」とぼうぜん自失でゲリラ豪雨がアスファルトをたたき付ける立川に消えた。
8・9後楽園は、前哨戦第2ラウンドとして「宮原&諏訪魔 × 安齊&潮崎豪」がラインアップされている。
◆8・2立川立飛大会全成績
▼第1試合 シングルマッチ 15分1本勝負
△小藤将太(引き分け)矢野安崇△
▼第2試合 タッグマッチ 20分1本勝負
〇青柳優馬、河野真幸(8分56秒 エンドゲーム)鈴木秀樹、芦野祥太郎●
▼第3試合 スペシャルタッグマッチ 30分1本勝負
斉藤ジュン、〇潮粼豪(15分07秒 豪腕ラリアット→体固め)斉藤レイ、関本大介●
▼第4試合 GAORA TVチャンピオンシップ
〇挑戦者・望月成晃(14分02秒 真・最強ハイキック→体固め)王者・羆嵐● VS
▼タッグマッチ
宮原健斗、〇本田竜輝(13分35秒 飛行機投げ固め)綾部蓮●、安齊勇馬
▼Road to ゼンニチJr.フェスティバル ランブル 2026
〇吉岡世起(23分41秒 クラッシュドライバー→エビ固め)矢野安崇●
※退場順は、レオン・デ・オロ、MUSASHI、“ミスター斉藤”土井成樹、田村男児、立花誠吾、ライジングHAYATO、小藤将太、大森北斗、青柳亮生