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2026年06月28日 12:31
DDT28日の後楽園大会にドラゴンゲートのYAMATO(44)が登場し、8月11日の東京・両国国技館大会に参戦することが発表された。 この日の第2試合終了後のインフォメーションで、両国大会への参戦選手として登場したYAMATOは「DDTのファンの皆さん、初めまして。僕のことご存知でしょうか?」と観客に問いかける。これに歓声が起きると「よかったー。こうしてDDTのリングに上げてもらうのは初めてなんで、誰も知らなかったらどうしようと思って昨日寝られなかったんですよ」と安どの表情を浮かべて笑いを誘った。 続いて今林久弥GMから戦いたい相手を問われると「私、ドラゴンゲートの最高峰ベルトであるオープン・ザ・ドリームゲートを最多の6度、タッグのオープン・ザ・ツインゲートを最多11度巻いて、ドラゴンゲートでそれなりの時代を築いた選手だと思うので、それなりの選手を用意してもらいたいです」と要求。これに応じたのが男色ディーノだ。 ディーノからは「なんだかんだでDDTとドラゲーって交わるようで交わらなかった。たまに交わることがあった。だけど私とあなたはこれまで交わってこなかった。あなたのドラゲーの守り方に、とっても興味がある。だからここで交わりましょう」と対戦を求められた。これにYAMATOは「10年遅いよ、お前。今年45ですよ。こんなのオッサン同士の交わりを見たいヤツいないだろ」としたが、客席からは「見たい」コール発生。YAMATOは「いいお客さんだな。まあ俺もキャリア20年、いろんなことを経験してきた。俺に男色殺法は通用しないぞ」と対戦を受諾。ディーノに股間を握られたが動じずにその強さの一端を示した。
2026年06月28日 16:52
ボクシング元世界3階級制覇王者の中谷潤人(28)=M・T=が28日、都内で取材に応じた。5月2日に行われた4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(33)=大橋=とのタイトルマッチで敗れた後、初めての公の場となったが、「本当に楽しかったし、僕のキャリアにおいても人生においてもかけがえのない経験だった。これは糧にしていかないともったいない」と振り返った。
また、世界3階級制覇を達成した“バム”ジェシー・ロドリゲス(26)=米国=についても言及した。バムは今月13日、バンタム級転向初戦でWBA世界同級王者アントニオ・バルガス(米国)に挑戦し、6回KOで勝利。階級を超えた最強ランクのパウンド・フォー・パウンド(PFP)でも4位につけており、近い将来の井上の対戦候補として浮上している。
PFP7位の中谷は「直近の試合(バルガス戦)でもハイパフォーマンスを発揮していたので、ものすごく優れている選手だなという印象は持っていますね」と明かし、今後自身がバムと対戦する可能性についても、「バンタム級にいた頃にそういう(対戦の)話があったので、(今でも)全然タイミングが合えばやりたいなって思っています」と前向きに語った。
中谷自身は井上戦で負った左眼窩底骨折から回復の途上で次戦は未定ながら、今後の目標について「スーパーバンタム級の中で世界チャンピオンになるって目標を(変わらず)持っているので、そこに向けて進んでいきたい」と語った。また、井上が再戦の可能性について「望む声があるのなら(井上−中谷の)第2弾は全然ありかな」と前向きに語っていたことを受け、中谷も「もちろんウェルカムです。チャンピオンなので、挑戦させてもらえるのであればやりたい」と意欲を示した。
中谷はこの日、東京都港区のSIX WAKE ROPPONGIで行われたボートレース情報番組「BOAT RACEプレミア」の生中継にゲスト出演した。
2026年06月28日 16:18
ボクシング元世界3階級制覇王者の中谷潤人(28)=M・T=が28日、都内で取材に応じた。5月2日に行われた4団体統一世界スーパーバンタム級王者・井上尚弥(33)=大橋=とのタイトルマッチで敗れた後、初めての公の場となったが、「本当に楽しかったし、僕のキャリアにおいても人生においてもかけがえのない経験だった。これは糧にしていかないともったいない」と、あらためて振り返った。
「THE DAY」と銘打たれた日本人同士の世紀の一戦は、ハイレベルな攻防の末に井上が3−0で判定勝ちし、防衛に成功。至高の頂上決戦に東京ドームの超満員5万5000人の大観衆が酔いしれた。
中谷はプロ33戦目で初黒星を喫したものの、スーパーバンタム級で現在もWBC1位、WBO2位、IBF4位、WBA5位につけている。次戦は未定ながら、今後の目標については「スーパーバンタム級の中で世界チャンピオンになるって目標を(変わらず)持っているので、そこに向けて進んでいきたい」と語った。
また、井上は中谷との再戦の可能性について「望む声があるのなら(井上−中谷)第2弾は全然ありかなと思います」と前向きに語っていた。それを受け、中谷も「もちろんウェルカムです」と即答し、「(井上は)チャンピオンなので、そこに挑戦させてもらえるのであれば、やりたいなと思います」と意欲を示した。
ただ、中谷は激闘の中で左眼窩底骨折を負い、手術を受けた。全治までは数カ月かかる見通しで、「回復も順調に進んでいる。視界は良好です」と術後の経過は順調だと明かしたが、まだ通院中で医師からトレーニング再開の許可が下りていないといい、「練習はいつ(再開)するかは気分で決めていきたい。もうちょっとしたら始めていきたい」と語った。
この日は、東京都港区のSIX WAKE ROPPONGIで行われたボートレース情報番組「BOAT RACEプレミア」の生中継にゲスト出演した。
2026年06月28日 15:48
米国・WWEのPLE「ナイト・オブ・チャンピオンズ」(27日=日本時間28日、サウジアラビア・リヤド)は激闘の連続で、中東の地を熱狂の渦に巻き込んだ。
メインの統一WWE王座戦は、王者コーディ・ローデス、グンター、サミ・ゼインがトリプルスレットマッチで激突。さまざまな因縁が絡んだ一戦は序盤からスリリングな攻防となり、王者コーディはグンターとゼインの2人同時にコーディカッターを仕掛ける離れ業を披露。グンターも強烈なチョップとパワーボム、スリーパーホールドで攻めまくった。
シリア系カナダ人でイスラム教徒のゼインはリヤド観衆から大声援を受けながらファイト。コーディがグンターをカバーしたチャンスには、レフェリーを場外に引きずり下ろして妨害する。コーディも同じ手口でゼインの勝利を阻止すると、王者には大ブーイングが上がった。ゼインはコーディにおきて破りのクロスローズ。コーディからグンターとダブルのクロスローズで叩きつけられたが、王者がとどめのクロスローズの体勢に入ったころで、体を沈め両脚を脇の下にかけながら前方にロールアップ。一瞬の丸め込みで3カウントを奪った。
ゼインは41歳にして最高峰王座を初戴冠。2013年にWWE入りしてからNXTを経て10年以上、追い求めてきた悲願のベルトをついに手にして男泣きだ。今年に入っては迷走を続けてきただけに、「間違いない。俺は王者に値するんだ。業界で20年以上やってきて、一度も認められたことがない。10年以上このタイトルを追いかけてきたのに、俺は一度も勝てなかった。明日、何年後、これからどうなろうと構わない。俺は永遠にサミ・ゼイン、WWE王者だ」と思いの丈をぶちまけていた。
1勝1敗で迎えたセス・ロリンズとブロン・ブレイカーの金網決着戦はイス、テーブル、竹刀が飛び交う壮絶な死闘に。ロリンズは金網の上からブレイカーを担いで雪崩式ブレーンバスターを放ってテーブル葬に処すると、ブレイカーは右目尻から激しく出血する。それでもスーパースピアーをぶち込んで逆転するが、ロリンズは執念で3カウントを許さない。
ブレイカーのスピアーをテーブルに自爆させるとペディグリー、ストンプで一気にラッシュ。最後はコーナー2段目からのスーパーストンプでブレイカーの頭を踏みつけて葬った。名勝負を勝ち切り、ユニット「ザ・ビジョン」をめぐる抗争に終止符を打った。
女子US王者ステファニー・ストラットンは、ジェイド・カーギルの挑戦を退け防衛に成功。ラッシュ・レジェンドと結婚式を挙げたばかりの男子US王者トリック・ウィリアムスは、リッキー・セインツをトリックショット一発で沈めて、ベルトを守った。
「WWEナイト・オブ・チャンピオンズ2026」は「ABEMAプレミアム」で放送された。
2026年06月28日 15:24
DDT28日の後楽園大会で、田口隆祐(47=新日本プロレス)と須見和馬(23)のユニバーサル王座戦開催が決定した。
2026年06月28日 14:46
新生ゼロワンの女子部「プロレスリングRose」旗揚げ第3戦(27日、東京・東京・TOKYO SQUARE in Itabashi)で、ROSEワールド王座The Rose次期挑戦者決定戦が行われ、T―HEARTSの叶ミク(25)が大殊勲の星をゲットした。
同王座は5・9新木場大会の初代王者決定戦を制したマーベラスのRikoが保持する。挑戦者決定戦の時間差入場バトルロイヤルにはLeon、SAKI、網倉理奈、駿河メイ、花園桃花、柳川澄樺、CoCo、志真うた、咲村良子に叶の10人が参戦。最後は叶と花園の争いになり、叶がミックミックナイフ(ジャックナイフ式エビ固め)を決めて3カウントを奪った。
これにより、8月7日のゼロワン東京・後楽園ホール大会で、王者Rikoの挑戦することが決定。試合後はマイクで、王者と丁々発止のやり取りを繰り広げた。叶がデビューしたのは24年9月のSareee自主興行で、2年足らずでワールド王者となれるビッグチャンスを得た。
叶は「今までタッグマッチを何度かやらせていただいて、そのたびにボコボコにされてきた。次回シングルマッチ、1対1で真剣勝負やれる機会をいただいたからには、今度こそ自分がRikoさんからスリー(カウント)を取って、Roseのベルトを私が取りにいきたいと思う」と、実績とキャリアで勝るRikoからベルト奪取を予告していた。
堀田祐美子のまな弟子が、殊勲のワールド王座奪取なるか。
2026年06月28日 14:45
DDT28日の後楽園大会で、KO―D無差別級王者の上野勇希(30)がバカサバイバーこと青木真也を下してV8に成功した。
シングルトーナメント「KING OF DDT」を制覇した青木と、それを迎え撃つ上野は序盤、関節を狙い合いながら共に押さえ込みを狙うなど緊張感のある攻防を展開。だが、場外に逃げた青木にプランチャを敢行した上野はアームロックでつかまりダメージを負う。その後、腕関節に集中攻撃を受けたかと思えば流れるように足4の字固めを作られるなど、押し込まれる展開になった。
だが場外戦にもつれると、ブレーンバスターの体勢で持ち上げて腹部をエプロンに叩きつけて反撃。リングに戻った青木にロープ越しのニードロップを叩き込むなどして攻勢に出た。だが、追撃を狙いコーナーに登ったところで雪崩式の腕十字固めで捕獲されピンチが続く。さらに逆エビ固めをしかけるも三角絞めで返されてしまった。
その三角絞めをパワーボムで叩きつけて脱出も、トペ、ニードロップ、卍固めと畳みかけられる。上野もドロップキックで吹っ飛ばしてからフロッグスプラッシュで飛んだが、ヨーロピアンクラッチの攻防からオモプラッタ、横三角絞め、グランド卍と移行されるなど防戦を強いられる。
続いてエイオキクラッチ狙われたが、なんとかカウント2で脱出。立ち上がると一瞬の隙をついてWRで叩きつけてからスリーパーで絞めあげ、ギブアップを奪った。
マイクを持った上野は「一言。DDTはみんな青木さんのことが大好きです」と笑顔だ。さらに「青木さん、僕と出会ってくれてありがとうございます。DDTの家族になってくれてありがとうございます。心の底から青木さんを尊敬しています。これからもDDTをプロレスを一緒に楽しんでいきましょう」と語り掛ける。そして「僕たちの家族、青木真也だ。どうだ、うらやましいだろ!」とどこかで聞いたことがある言葉を叫んで観客をわかせた。
続いて、8月11日の東京・両国国技館大会でのV9戦の相手について「僕の夢は東京ドームに行くこと。そのためにも両国を超満員にしないといけない。たくさんの人の前でやりたいのは、MAO!」と指名だ。これに応じてリングインしたMAOから「俺、めっちゃリアリストだからすげえ考えるんだよ。本当に行けるのかなって。すごい考えたけど俺も行けると思ってるよ。行かなきゃいけないと思っているし。もうユニットも背負わないしDDTも背負わない。『DDTの王子様・上野勇希』と『DDTの四角い悪魔・MAO』とどっちが強いか、純粋に勝負がしたい。だからその先、東京ドームを見すえて見ていこうぜ。道なんてもんは俺たちが突っ走った先に見えるものだから。ハハハ。かっこいいこと言っちまったぜ」と応じられてハイタッチ。上野も「AMOちゃんがMAOちゃんを背負ってくるように、僕もDDTのすべてを背負っていきます。楽しい日々を送ろうと思う人は、俺について来い!」と叫ぶのだった。
2026年06月28日 13:40
DDT28日の後楽園大会で、極悪軍「ダムネーションT.A」を率いるカリスマ佐々木大輔(40)が8月11日の東京・両国国技館大会で新日本プロレスのDOUKIとタッグを組むことを発表した。
佐々木はこの日、ダムネーションの岡谷英樹、MJポー、イルシオンと組んでクリス・ブルックス、HARASHIMA、アントーニオ本多、葛西陽向と対戦した。試合は8人とごんぎつねが入り乱れる白熱の攻防となったが、ダムネーションはラフ攻撃も使いつつペースをつかむことに成功。最後は佐々木が葛西をクロスフェースロックで捕獲してギブアップを奪った。
その試合後、8月の両国で「佐々木、X組VS本多、XX組」が発表されている2人がリングに残る。そして今林久弥GMからXについて問われた佐々木が「俺のパートナーを報告するために来たんだよ。それなりの選手を用意したぞ」と話すと、モニターにDOUKIが映し出された。これに今林GMも「それなりどころかめちゃ大物じゃないですか!」と驚く中、佐々木は「決定だ」と断言だ。
一方、本多は「そんなあ…。怖いじゃん。こんな悪い人いないだろ、あんまり。誰を呼べばいいんだよ」と肩を落とす。それでも「なんとかするよ。お客さん、任せといてくれ!」と力を込めると、佐々木に「テメエ、ずるいぞ。だがなあ、今度俺が発表したら『ズルいぞ』って言わせてやるからな」と宣告するのだった。
2026年06月28日 12:31
DDT28日の後楽園大会にドラゴンゲートのYAMATO(44)が登場し、8月11日の東京・両国国技館大会に参戦することが発表された。
2026年06月28日 12:20
【昭和〜平成スター列伝】歌姫テイラー・スウィフトとNFLのスーパースター、トラヴィス・ケルシーは、ニューヨークのマジソンスクエア・ガーデン(MS・G)を3日間、貸し切りにした豪華な結婚式を7月3日(日本時間4日)に予定しており、その総額は数百万ドル(数億円)に上るという。
MS・Gは言うまでもなく、多くの名勝負を生んだ格闘技の殿堂。日本人トップレスラーも何度か出場しており、昭和の時代にはそのたびに大きなニュースとなった。
日本人で初めてMS・Gのメインに立つ快挙を達成したのは世界の16文ことジャイアント馬場だった。馬場は2度目の海外修行に出ていた1964年2月17日(日本時間18日)に当時のWWWF(現WWE)世界ヘビー級王者の人間発電所ことブルーノ・サンマルチノに初挑戦。1万4700人の大観衆を前に激闘を展開した。本紙は1面で詳細を報じている。
「試合は馬場の突進から始まった。ヤツ手のような巨大な手をふるってサンマルチノに痛烈な張り手を叩きつけた。サンマルチノは馬場の209センチの長身にガップリ組みつくと怪力のベアハッグ(サバ折り)で絞り上げて強引にフォールを狙う。馬場はヘッドロックから十八番ココナッツクラッシュの強襲。しかし王者には通じない。ならばと馬場は王者の足を狙った。しかしここに一瞬のスキが生じる。リストロックでじわじわスタミナを奪うと、馬場の巨体をグイッとかつぎ上げた。人間発電所必殺のカナディアン・バックブリーカーがついに爆発。サンマルチノの肩の上で揺れる馬場は13分38秒、たまらずギブアップ。王者は馬場の巨体を丸太のようにマットに放り出した」(抜粋)
2本目が始まると馬場は逆転を狙って攻め込んだが、サンマルチノに必殺のカナディアン・バックブリーカーを決められる。ここで時計は午後11時となる。「ニューヨーク市条例」(午後11時以降の興行は認可せず)が適用されて、レフェリーが試合を止めた。つまり2本目は時間切れ引き分け。試合は0―1で馬場の敗退となった。馬場と師匠のフレッド・アトキンスは猛抗議したが受け入れられず、裁定は覆らなかった。
しかし、馬場はニューヨークのファンに鮮烈な印象を残し、サンマルチノとの友情も深めた。67年に日本プロレスに初来日を果たしているが、馬場にキャデラックを贈った話は有名である。全日本プロレス旗揚げ後は常連となって多くの名勝負を展開した。
馬場は同年2月だけでもルー・テーズのNWA世界ヘビー級王座(8日)、フレッド・ブラッシーのWWA世界ヘビー級王座(28日)、そしてサンマルチノのWWWF王座(17日)と、当時「3大王座」と呼ばれたベルトに挑戦という前人未到の偉業を達成している。永遠に歴史に残る世界の16文の金字塔である。
(敬称略)
2026年06月28日 11:32
米国・WWEのPLE「ナイト・オブ・チャンピオンズ」(27日=日本時間28日、サウジアラビア・リヤド)で行われた「キング・オブ・ザ・リング」トーナメント決勝戦は、ルーラー(支配者)ことオバ・フェミ(28)がジェイ・ウーソ(40)を下して初出場Vを飾った。
ナイジェリア出身の新怪物は2022年11月のデビューから破竹の快進撃を続け、今年4月の祭典「レッスルマニア42」ではビーストブロック・レスナーに圧勝した。5月のPLEイタリア大会ではレスナーに雪辱を許したが、トーナメントでは初戦の4WAY戦を制すと、準決勝ではドミニク・ミステリオを寄せつけず、決勝戦に駆け上がってきた。
対するジェイも元世界ヘビー級王者の強豪だ。序盤からトペ・スイシーダを連発して猛攻を仕掛けるが、オバには効かない。3発目をカウンターのエルボーで迎撃し、ショルダーバスターで叩きつける。一発一発がすさまじい破壊力で、ジェイを追い込む。ジェイにスーパーキックを連打され、必殺のウーソスプラッシュで押し潰されても、オバはジェイの喉元をつかみチョークスラムでマットに打ちつける。
ジェイはアノアイ一族の近親で「ザ・ブラッドライン」のリーダー、世界ヘビー級王者のローマン・レインズから優勝を厳命されている。負けじとスーパーキック3連発から、レインズ譲りのスピアーを発射。ウーソスプラッシュを2連発で決めるも、タフな新怪物はカウント2ではね返す。ジェイは奥の手のスリーパーホールドでオバの太い首を絞め上げた。
それでも支配者は両目を見開き、パワーだけで脱出に成功。高速のエルボーアッパーを連発でぶち込むと、ジェイの体を持ち上げ前方に投げ捨てる。とどめはフォールフロムグレイス(高角度シットダウン式パワーボム)だ。わずか8分足らずで元世界王者を沈めて、「キング」の称号を勝ち取り王冠を手にした。
オバはリング上のインタビューで「支配者から王になるのは最高の気分だ。ジェイ・ウーソは今夜何と戦っているのか、わかってなかった。やつは一人の男と戦っていると思っていた。一人の相手なら倒せるかもしれんが、運命には勝てない。最も重要なことは、俺には勝てない。なぜなら…俺が支配者だからだ!」とほえた。
「キング」トーナメント制覇により、真夏の祭典「サマースラム」(8月1、2日=日本時間2、3日、ミネソタ州ミネアポリス)での最高峰王座挑戦権を獲得。世界ヘビー級王者のOTCレインズか、この日に王者コーディ・ローデス、グンターとの3WAY王座戦を制し統一WWE王者となったサミ・ゼインに挑戦することになる。4月の祭典後にはOTCとの対戦を熱望していた新怪物だが、果たしてどちらの王座に挑戦するのか。次世代エースの決断に注目が集まる。
「WWEナイト・オブ・チャンピオンズ2026」は「ABEMAプレミアム」にて放送された。
2026年06月28日 10:00
【プロレス蔵出し写真館】「何してるの。何してるの。何してる何してる」。放送席のザ・グレート・カブキが戸惑いの声を上げた。
タッグパートナーの川田利明が三沢タイガーのマスクのヒモをほどき始め、自ら虎の仮面を脱いだ。素顔になった三沢光晴はマスクを観客席に投げ入れた(写真)。2代目タイガーマスクが三沢光晴に回帰した。
今から36年前の1990年(平成2年)5月14日、全日本プロレスの「スーパーパワーシリーズ」開幕戦が改装オープンした東京体育館のこけら落とし興行として開催された。
三沢タイガーは川田とタッグを組み、谷津嘉章&サムソン冬木組と対戦。タイガーは谷津と冬木のマスクをつかんでの攻撃にいいところがなかった。谷津の執拗なヘッドバットに腰から崩れ落ちる。
満を持して反撃を開始したタイガーは、川田と2人で谷津を抱えてバックドロップ。その後、マスクへの指示を出したのだった。リングサイドでカメラを向けていても、何をしているのか意味がわからなかった。カブキと同じように何してるのという思いだった。
観客も脱いだ直後は反応が薄かったが、場外に飛び降り冬木を場外フェンスに叩きつけると、歓声が湧き起こり「三沢コール」が広がった。
三沢は冬木にジャーマンスープレックスを決めて勝利を飾った。
三沢は試合後、報道陣の問いかけに「もう虎のマスクは捨てた。素顔の三沢光晴に戻って勝負したい。天龍(源一郎)さんにも脱いだ方がいいと言われていた」と答えた。
その天龍は、前シリーズの最終戦(4月19日、横浜文体)でジャンボ鶴田の3冠ヘビー級王座に挑戦して敗北。その試合を最後に全日プロを離脱して、新団体SWSに入団する。5月10日に虎ノ門のホテルオークラで、田中八郎メガネスーパー社長とともに設立会見を行った。
さて、三沢は東京体育館でマスクを脱いだものの、新たにマスクを発注していた。
マスクを作っていたのは「KONDOU SHOES」。小栗修代表は「実はマスクを脱いだ翌日、17日の広島に間に合うようにと、マスクの発注があったんです。でも半日してから『やっぱり大丈夫です』ってキャンセルされた」と明かす。
マスクを脱いだものの、三沢の決意は揺らいでいたのだろうか。
三沢は、16日の愛知・田原町大会でマーク・スカルパとシングル戦を行った。タイツはタイガーマスクのモノだったが、素顔で登場。この日から三沢光晴とコールされた。
17日の広島大会は小橋健太(後の建太)と保持するアジアタッグ防衛戦を行い、初防衛に成功するも王座を返上する。三沢は「小橋には悪いけど、これでアジアタッグを返上する。もっと上を狙うことにしたから。3冠をね」。そう三沢は控えめに宣言した。
和田京平レフェリーは「(マスクをキャンセルした件は)三沢らしくないなとは思うんだけど、もうタイガーマスクではやらないって本人は悟ったんじゃないかな。天龍さんたちがいなくなって、残った俺らでやっていくっていう決意の表明があのマスク剥ぎだったから」と振り返る。
「実は、横浜の試合が終った後、天龍さんと朝方までベロンベロンになるまで飲み明かした。天龍さんは荒れに荒れてた。『やってられるか、バカ野郎。京平ちゃん、オレはもう出て行くから』って言うのをオレが止めて。『天龍さん、そりゃマズイっすよ』って」(和田レフェリー)。
天龍は「要求が通らなくなった」と親しい記者に語っていた。
「その時に天龍さんが言ってたのは『京平ちゃん、オレがいなくなれば全日本が良くなるよ。オレがいなくなりゃ下が伸びてくる。オレのギャラが若い奴に回る』って。だから残ったレスラーのギャラがみんな上がった。小橋にしても川田にしても。オレも上がったし」
ところで、三沢はすぐに行動を起こし川田、小橋と超世代軍を結成。6月8日、日本武道館でノンタイトル戦ながら鶴田を破り、初勝利を挙げた。ブレーンバスターを狙った三沢を鶴田が逆にブレーンバスターにいくと、それを空中で切り返した三沢がバックドロップを狙う。鶴田は体をひねってボディープレスで押し潰しフォールにいった。押さえ込まれた三沢は後転してエビ固めを決めてカウント3が入ったのだ。
「ジャンボの付き人だった三沢がジャンボをやっつけていきなりトップレスラーになってきた。これは天龍さんがいたら無理。タイガーマスクではトップになれないから。マスクを投げ捨てた時点で、三沢の腹の中は決まったと思うよ。そこから三沢は変わった。戦い方もそうだけど生き生きしてきた。全日本のピンチがチャンスになった」と和田レフェリーは振り返る。
「あれは名場面だったね」。そう言って、6月13日が命日だった三沢を偲んだ(敬称略)。
2026年06月28日 09:13
米国・WWEのPLE「ナイト・オブ・チャンピオンズ」(27日=日本時間28日、サウジアラビア・リヤド)の「クイーン・オブ・ザ・リング」トーナメント決勝戦で、ジーニアス・オブ・ザ・スカイことイヨ・スカイが女子世界王者リブ・モーガンを破り、初優勝を飾った。
2026年06月28日 06:00
東京女子7月18日の東京・後楽園ホール大会でプリンセス・オブ・プリンセス王者・荒井優希に挑戦する山下実優(31)が蹴殺での返り咲きを誓った。
山下と荒井は27日、両国大会のメインで行われた8人タッグの前哨戦に出場。中盤に相対すると、山下は荒井のビッグブーツ捕まえてエルボーをズバリ放つ。これに応じた荒井からもヒジを返されると、激しい打ち合いで観客を沸かせた。その後、読み合いを制してペースをつかんだ山下は、ラリアートやリターンクラッシュ(三角蹴り)でダメージを与えた。
だがその後、荒井のサソリ固めに捕まり悶絶。ハイキックで応戦するも、フルネルソンバスターから再びサソリ固めで絞めあげられた。
試合は自軍の中島翔子が辰巳リカに勝利したが、王者からは「これが今の荒井優希です。ベルトを持った王者の荒井優希です。どう見えていますか?」と問いかけられる。これに山下は「分かってるよ。痛えな! ちくしょー。強いよ!」と吐き捨てた。
その後「自分的にはサソリをやられて動けなくなってたんで…。確かに強かった」と防衛を重ねた経験で強くなった荒井の成長を認める。それでも「悔しい部分もありますけど、私の答えは変わらず、私が絶対に勝つ。蹴り倒しますよ」と弱気は一切なし。7月4日の新木場大会で最後の前哨戦が予定されているだけに「新木場は必ず取ります」と闘志をみなぎらせた。
一方の荒井は「今までの前哨戦の中では一番手応えと言いますか、強い荒井を見せられたかなと。山下さんがどう思ったかは分からないけど、少し前に進めた気はしていて」と強気だ。決戦に向けて「過去最高の荒井で7・18に向かいたいと思っています。残りの時間も山下さんのことだけをいっぱい考えて、しっかり対策だって頑張りたいと思います」と力を込めるのだった。
2026年06月28日 06:00
DDTの高木三四郎(56)が「路上プロレスツアー」の構想を掲げた。
DDTは27日、新橋のフードエンターテインメントレジャー施設「グランハマー」での路上プロレスを開催。試合の様子はビル屋上の大型ビジョンでも放映され、新橋駅前では約70年ぶりの街頭プロレス中継となった。高木は「台風の影響もあったが、やっぱり目を引くんでしょうね。駅に行くと見ている人が多かった」と好感触の様子だ。
路上プロレスを得意とするDDTは近年「新幹線プロレス」「屋形船プロレス」など舞台を広げてきた。同ビル内の他店舗は通常営業中だったが反響は上々で「(入口の外から)見ている人も『プロレスやってるの面白いよね』みたいな。普通、リングを入れる都合でなかなか(使用会場が)制限されちゃう。路上プロレスだからこそできることだったかな」と振り返った。
会場には家族連れも多く「幅広い層にアピールできたんじゃないかな」とニッコリ。現在の客層は女性が多くを占めるが、ファン層拡大を狙っているという。
次回の路上プロレスの舞台の候補には新宿・歌舞伎町タワーや渋谷109を挙げた。若者のプロレスファン増加に向けて「今日は有料でしたけど。『無料だったら行こうかな』とか『新橋でやってたら見ようかな』というふうに間口を広げている最中」と画策している。さらに「新宿、渋谷、六本木とか主要なところで、路上プロレスツアーをやっても面白いかも」と構想。大社長のアイデアは尽きることがない。
2026年06月28日 06:00
エボリューションの諏訪魔(49)が、全日本プロレス時代の盟友で26日に44歳の若さで死去したジョー・ドーリングさんを追悼した。
米国・シカゴ生まれのドーリングさんは、2007年6月に全日本プロレスに留学生として来日。14年には諏訪魔を下して3冠ヘビー級王者となるなど、最強外国人選手として活躍した。だが、16年に脳腫瘍と診断され、摘出手術を受けるも22年に再発するなど、長年にわたって闘病生活を送っていた。
訃報を受け取材に応じた諏訪魔は「いやあ、もう本当にショックで頭が真っ白になったというか。思考が停止するような衝撃を受けましたね。なんか奇跡を起こしてくれるんじゃないかって(思っていた)。あんなバケモノみたいな人間が病に倒れるかって」と動揺を隠せなかった。
ドーリングさんとは3冠戦を戦っただけでなく、13年には世界タッグ王座を獲得して世界最強タッグ決定リーグ戦を制するなど、ライバルであり盟友という深い関係だった。「組んでも戦ってもいい思い出がある。とにかく一発一発が強烈で、レボリューションボムの破壊力は半端じゃないなって、恐ろしさをよく覚えてますね」と振り返った。
若手時代からその努力を間近で見てきた。「必死に合同練習してヒーヒー言いながらやってた思い出もあるし。試合もすごいと思うんですけど、アイツは中身が日本人なんだよね。考え方がとにかく真面目だし、優しいしね。でも怒れば怖いし、プライドも高かった」と人柄を明かしつつ「プロレスに対する考え方が俺と似てたんだよね。『全日本プロレスはこうあるべきだ』なんて話をよくしましたし、全日本プロレスを愛してましたよね」と懐かしんだ。
13年6月に全日本プロレスは分裂し、選手が大量離脱。諏訪魔とドーリングさんが所属していたユニット「ラストレボリューション」は継続不可能となった。そこで2人で始めたのが「エボリューション」だ。現在はその名を冠した団体の専務を務める諏訪魔は「ジョーと話して『進化させてやろう』ってことでエボリューションにしようよ、と。ジョーがいなかったらエボリューションはないわけですから。ジョーのためにも戦わないとなって思いますね」と誓いを新たにした。
「本当もう、お疲れさま。ゆっくり休んでくれって思うね。天国で暴れすぎるなよって」とドーリングさんにメッセージを送った諏訪魔。最後まで病と戦った暴走機関車の思いを受け継ぎ、進化の道を歩み続ける。